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2011年5月28日

「日本一新運動」の原点(57)── 菅首相退陣のため内閣不信任案の提出を!

■議会政治での「嘘」を許してはならぬ

 議会政治の本質を知る話として、1961年に英国で発覚した「プロヒューモ事件」がある。国防大臣のジョン・プロヒューモ氏が、ソ連(当時)の女性スパイと親しい関係があったことがわかり、下院議員を辞め、政界から引退した事件である。辞任と引退の理由は、ソ連のスパイとの関係ではなく、下院での答弁で女性スパイとの関係を否定し、嘘をついていた責任をとったのだ。

 議会政治はキリスト教文化で育ったもので、教会から分離したものである。人間の内心・精神を調整するのが教会で、政治・経済などを調整するのが議会である。そのため議会は社会的教会といわれている。議会が教会という精神を持つ限り、議会で行ってはならない最大の行為は「嘘をついてはならない」ことである。議会で嘘をつくことは「神に嘘をつく」ことであり、それに反すれば政治家であることを辞めなければならない。これを実証したのが「プロヒューモ事件」であった。英国には議会政治の正当性を欠くという精神が生きているのだ。

 日本のような多神教社会で、この精神を生かすことは困難である。それでも昭和50年代頃までは、明治生まれの政治家が活躍していたので「国会で嘘をつくことが重大なことだ」ぐらいは理解していた。それは日本人の倫理観である儒教の「信・義・礼・仁」、仏教の「空・無」、神道の「惟神(かんながら)の道」といった精神の影響を受けていたからだ。「名分」とか「恥」といった感性も残っていた。

 平成時代になって、政治家からこの感性がだんだんに消えていった。情報化社会となって、真実と虚実の区別がつかなくなったのだ。新聞やテレビなどメディアだけの責任にするつもりはないが、かつての「社会の木鐸」という精神がほとんどなくなったのも事実である。

 例えば、小沢元民主党代表をめぐる西松事件も検察の仕組んだ謀略であった。また、陸山会事件での水谷建設裏金問題も、5月24日(火)の弁護団側が申請した2人の証言で、小沢氏側へ渡したと証言した検察側多数の証言の欺瞞性を明確にした。

 小沢氏は、政権交代とメディア改革を政治目的としていた。それを阻止しようと、当時の自民党政権・検察そしてメディアが、小沢氏を政界から排除するために起こした「検察ファッショ」と「メディアファッショ」であった。本来なら民主党は「検察ファッショ」と闘うべきであったが、何故かそれを行わなかった。そこに民主党の限界と今日の悲劇がある。それでも国民は政権交代を選択した。その功績の第一は、小沢氏の総選挙への戦略と戦術の勝利であったことは国民が知っている。

 ところが、次に起こったことは民主党内の小沢氏排除であった。政権交代による小沢氏の本格的改革を恐れた「反小沢グループ」の策略であった。東京地検は「陸山会事件」として秘書三人を逮捕し、小沢氏の「政治と金」をメディアを使って攻め立てた。鳩山政権に変わった菅政権は、こともあろうに、指導を受けていた小沢氏を排除することで政権浮揚の旗とした。東京地検が一年数ヶ月にわたり、その総力を挙げて捜査しても起訴できなかったのに、菅政権の工作もあり検察審査会が、憲法を無視して、いとも簡単に強制起訴した。

 実質2年半にわたり、日本社会挙げて「小沢排除」を行った結果が、今日の日本の劣化を招いたと私は思っている。その原因は小沢氏の「政治と金」をめぐって、虚実の捏造すなわち、「嘘」によって展開されたのである。健全な議会民主政治の国家とはいえない。「小沢氏排除」を政権維持の基本戦略とした菅首相のやったことは、政権交代の原点を放棄した政治運営と基本政策の変更で、自民党政治より悪政である。

 国民は「騙され嘘をつかれた」のだ。菅首相のもとでは議会政治は機能していない。

■菅首相退陣のため内閣不信任案の提出を!

 東日本大震災が起こらなければ、菅首相は在日韓国人違法献金問題で、3月中には退陣に追い込まれていたはずだ。菅首相は国会答弁で「外国籍とは知らなかった」と嘘をついた。報道によれば、東日本大震災の翌日、菅首相は「過去も、現在も会ったことはないことにして欲しい」と電話をしたとのこと。相手方は「菅はオレの国籍を知って付き合っていた」と語り、この問題は再び火を噴こう。このことだけでも当然に、退陣の理由になる問題だ。

 それにしても、東日本大震災直後からの菅首相の対応はすべて失敗である。特に福島第一原発の人災については、初動から「嘘とペテン」のオンパレードだ。「原発は安全だ」「炉心に障害はない」「放射能は心配ない」・・・、全部意図的に国民、国会、国際社会を騙していたわけである。その結果が八十日過ぎても収拾の見通しをつけることができず、被災を拡大させている。情報の隠蔽と工作は「嘘」を前提としている。

 当初、きわめて深刻な原発の常態をわかったうえで、レベル4としたこと。言い逃れが出来なくなってレベル7に変更したやり方などは、「嘘」を通りこして犯罪的なことだ。こんな政権で、千年に一度の大災害の復興ができるはずはない。世の中を真っ当に見る人間ならわかるはずだが、政治家の中には「急流を渡る途中に馬を乗り換えることはできない」といって、菅首相の延命を支持する輩がいる。朝日新聞の論説も同じだが、どうしてこうも政権に弱いのか。馬は乗り換えることができても、国民は国を乗り換えることはできないのだ。

 ようやく谷垣自民党総裁は、菅直人内閣総理大臣不信任決議案を提出することを決めた。問題は民主党衆議院議員が何人賛成するかだ。本来なら、現在の混迷の責任は菅首相を選んだ民主党にあるのだ。東日本大震災を保身延命に利用する菅首相を放置することは、国家国民と国際社会に許されることではない。

 このことがわかっていても、内閣不信任案が成立すれば、菅首相が解散を断行するというブラフにおののく衆議院議員がいると聞く。1日でも長く国会議員をやりたいようだ。こんな人間は国民のためにならず、次の総選挙での落選を私が保証する。

 岩手・宮城・福島の被災3県の7〜9ぐらいの小選挙区では、物理的に選挙を行うことが不可能と思われる。仮に内閣法制局や官邸の弁護士政治家たちの三百代言に乗って、菅首相が狂気の解散を断行したとき、どんな問題が起こるか考えてみよう。

 わが国の憲法は、基本原理を「国民主権―参政権―選挙権と被選挙権」とし、かつ「代表制民主主義」である。仮に6月中に解散となれば被災3県で、推定2百万人台の有権者の選挙権と被選挙権が行使できない。議員数で比例票を考えると、約15名ぐらいの国民の代表が選ばれることができなくなる。一定の地域から国民の代表者が総選挙に参加できないことがわかっていて、意図的に解散することは、衆議院の構成に正当性を与えない。各党の所属議員数も正当に構成されない。従って首班指名で選ばれる首相なども正当性がない。

 そもそも内閣の解散権とは、行政権のひとつであり、参政権とか代表制民主主義の下位にあるものだ。立法・行政・司法の三権の発生は国権の最高機関である国会を構成する国民を代表する選挙された議員によって正当化されるのが、憲法の仕組みである。まして総選挙の主要なテーマは、東日本大震災の復旧と復興である。被災地から国民の代表を選ぶことができない状況での総選挙は、憲法以前の問題といえる。

 あらゆる面からいっても、被災地での選挙の実施ができない状況の解散は憲法違反である。もし断行すれば、憲法体制を崩壊させるものである。当然、国民の多数から「解散無効の憲法訴訟」が起ころう。司法がこれを慣例と稱し、「統治行為論」でもって、司法権に馴染まないと逃げるとすれば、司法権の崩壊だけでなく、国家の崩壊となろう。

 憲法81条に「最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である」との規定がある。

★   ★   ★

 この論説は「メルマガ・日本一新」から転載されたものです。

2011年5月23日

「日本一新運動」の原点(55)── 日本をメルトダウンさせてはならない!

■情報の隠蔽と工作は犯罪行為だ

  連休中の5月6日(金)、菅首相は突然の記者会見で「浜岡原発の全面停止」を、行政指導として中部電力に指示し、多くの国民から喝采を受けた。これで連休後の政局のイニシアチブを握ったかに見えたが、これが偽の「脱原発論」だとわかり政局浮揚に効果が薄いとの雰囲気が漂い始めた。それを待っていたかのように5月15日(日)、東京電力は世界中が「ヤッパリ」と驚く事実を発表した。

 福島第1原発の事故で、1号機は大震災の5時間後燃料損傷が始まり、16時間後にメルトダウンしていたということだ。さらに、その後の報道によれば第2号、第3号機もメルトダウンしている可能性が強いということだ。専門家の一部には、第3号機が「再臨界」の可能性も否定できないとの主張もある。私に届いた東京電力関係者の内部情報によれば、4号機にも問題が多く「千数百本の燃料露出による水蒸気爆発などの可能性」があるとのことだ。

 東日本大震災の復旧が進み出したとか、復興構想が必要になったという菅政権のパフォーマンスと、それを垂れ流すメディア。何を考え、どこを見ているのか言語道断である。放射能からの避難命令に生活手段を奪われた被災地の人々、日々拡大する農業や漁業への被害、大震災と菅政権の人災により日本国は以前より増して危機に瀕しているといえる。原発事故以外でも被災後70日も経て、11万人を超える被災者を緊急避難所に放置し、悪性の肺炎で災害関連死が急増している悲劇を見るに、これは棄民だといえる。菅政権が大震災に対して機能していないことに腹が立つ。

 東京電力が5月15日(日)に発表した「第1号機はメルトダウンだった」という情報は、予想されていたとはいえ、菅政権にとって致命的な打撃であった。事故発生直後から「安全」を菅首相が言明していたからだ。翌日の衆議院予算委員会の集中審議での菅首相の狼狽ぶりを見ていればわかる。この情報は、菅政権が初動対応を誤っていたことを証明するものだ。米国をはじめ国際社会は当初から日本国政府が情報を隠蔽し工作したことを厳しく批判していた。恐らく東京電力は第1号機のメルトダウンの情報を、菅首相から公開しないよう指示されていたと思う。

 菅政権と東京電力の間に緊張関係があるのは当然である。しかし、敵対的な関係であってはならない。理由は人災といわれる事故が拡大中で、それをどう防ぐかという重大な危機が続いているのだ。「情報の隠蔽と工作」は菅政権に責任がある。正確に情報を公開することが、国際的協力を得て大災害を適正に収拾するための鉄則である。それを自己保身・政権延命のために行わず、あるいは工作した菅政権の行為は犯罪といえる。いずれ法的問題が提起されると思う。

 東京電力のやり方や在り方については、私を含め多くの人々は言いたいことが山ほどある。今、もっとも大事なことは、東京電力をはじめ専門家を活用して非常事態が続く原発災害を食い止め抑え込み、国民と国際社会に安心して貰うことである。そんな時期に菅政権のやっていることにはあきれるばかりだ。東京電力の社長を外部から起用する情報を流したり、電力会社側がもっとも嫌がる「発電と配電の分離」を菅首相自身が記者会見したりする。この他にも民主党内の議論もなく「原発中心のエネルギー対策を白紙化し見直す」との発言があった。これは大事なことであり、実現して貰いたいことだ。

 しかし、菅首相の本音は国民受けを狙った、責任逃れの延命策であることは明かである。この非常事態=戦争に最前線で戦っている部隊の戦意を失わせる愚かなことだ。もう一言いわせて貰えば、これらはさらなる「情報の隠蔽と工作」の責任を東京電力に負わせるためであり、菅政権への批判を躱すための話題づくりである。問題発言を繰り返し福島第一原発の対応ミスから、責任回避を狙ったものだ。エネルギー政策や電力産業の基本問題は、国民的議論の中で決めることで、菅首相の思いつき発言がかえって改革を妨げることになる。

 3月下旬、私は「非常事態対策院」を挙国体制でつくり、菅政権を緊急事態が収まるまで支える構想を実現すべく活動していた。この時知った話だが、この構想を仙谷官房副長官に説明し協力を求めた人物が、「どうせ在日韓国人からの違法献金問題で引責辞任となる。挙国体制でひと息ついた時点を花道に退陣する方が本人のためだ」と言ったところ、仙谷氏は「違法献金より、どのみち原発災害対応で責任をとらざるを得なくなるので、この構想で菅首相を説得してみる」と語って理解を示したとのこと。この話を聴いて、原発問題で菅首相自身、重大な情報の隠蔽と工作を行い、判断ミスをしていると確信した。

 東京電力の福島第1原発第1号機のメルトダウンに始まる情報公開は、菅政権との敵対的緊張関係を深めていくであろう、それが菅政権崩壊の要因になっていくと思う。菅首相も東京電力も、自分の保身を前提にしていては、原発のメルトダウンだけでなく、日本国のメルトダウンにつながることになる。これを避けるために何をすべきか。大震災への対応をここまで混乱させ、被災を拡大させている菅首相の退陣しかない。

■目に余る日本政治のメルトダウン

 本稿執筆中に西岡武夫参議院議長が、読売新聞に寄稿した「菅直人内閣総理大臣殿」という文章を読むことができた。「菅首相は法律を無視している」「情報の隠蔽と工作」など、六項目にわたって大震災・原発対応を巡って、菅首相にそれらを処理する能力はないと具体的に論じている。そして、サミット首脳会議前に、野党が衆議院に内閣不信任決議案を提出すべきと断じ、政治家・西岡武夫として、菅政権を誕生させた責任を感じ断腸の思いだと、絶叫している。

 私は西岡議長とは50年に近い親交があり、10年間にわたり同志として政治活動をともにしてきた。最長老の議会政治家としての思いに全面的に賛同するものである。しかし、この西岡参議院議長の論旨を理解する国会議員が何人いるか、私はほとんどいないと断じておく。理屈で分かっていても行動できる政治家はほとんどいない。

 西岡参議院議長は「国会議員が党派を超え、この大震災と原発事故が、少なくとも、子供たちの未来に影を落とすことのないよう、身命を賭して取り組まなければなりません」と、国会議員への呼びかけで寄稿文を結んでいる。この呼びかけに何人が応えることができるのか、多くを期待できない。その理由は、日本政治全体が福島第一原発と同じように「メルトダウン」を起こしているからだ。

 政治のメルトダウンほど恐ろしいものはない。大震災後、何度か衆参両院で政府に対する質疑が行われているが、問題の本質を突く質問が少ない。さらに、国会としての意志がまったく示されていない。西岡参議院議長が何回か菅首相を叱責する発言を行っている。この当然の主張を参議院の意思、すなわち国会決議をして、国民に提示することをどうして行おうとしないのか。方策はいくらでもある。

 首相問責という政局問題ではなくとも、例えば、原発の「情報の隠蔽と工作」問題などは、真実を国民の知らせるのは政府だけではなく、国会にも責任があると、なぜ考えないのか。もっと問題があるのは、横路孝弘衆議院議長だ。この国難にひと言もコメントしていないことだ。衆参両院議長が政治的良心をひとつにして、国を挙げて大震災に対応する姿勢を示し、菅首相を叱責すればこんな事態は避けられたはずである。

 菅政権が実質的に民主党政権でないことは前回論じたとおりだ。現在の民主党も議会政治を担う政党ではない。さらに、自民党に至っては、相変わらず政権交代の恨みを小沢一郎氏に持ち続ける小児的政治家が多く、国難に正面から立ち向かう志のある政治集団ではない。

 国会もメルトダウン直前だ。世代交代と粋がっているが、本当智恵のある政治家はいないのか。

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 この論説は「メルマガ・日本一新」から転載されたものです。

2011年5月16日

「日本一新運動」の原点(55)── ある皇室関係者のささやき

■菅首相に脱原発の思想はない!

 「メルマガ・日本一新」54号(菅首相で「国民の生命と財産」が守れるか)を発信したのが、5月6日(金)の午後4時だった。菅首相の「浜岡原発完全停止」の記者会見が数時間後に行われた。そのため前回のメルマガでは「浜岡原発停止」の菅首相の記者会見へのコメントが間に合わなかった。

 そんなこともあって、私の前回のメルマガに対する反応が多く、おかげできわめて興味深く「ネット社会」の実態を勉強することができた。私の意見への賛否はほぼ同数であった。印象として申し上げたいのは、「世の中の動きを総合的に見て、自己主張を抑えて多くの人が理解できるコンセンサスをつくろう」という雰囲気を感じたことである。この流れが進化すれば、ネット活動が既成メディアの欠点を駆逐し健全な社会をつくることができることになろう。これを健全派と名付けよう。

 一方、まだまだ既成メディアのタレ流しの影響を受け、メディアの批判をしながらメディア支配を増進しているコメントも多かった。この類は世の中を動物的反応で見ていることだ。人間が過去・現代・未来という異次元の中の同時存在だという理解がなく、全てを形と量で評定しようという発想だ。自己の主張に陶酔し、それが集団化して権力に利用されるようになると「ファシズム」となるが、これをネット社会の不健全派と呼ぼう。「ネット社会」の「健全派」と「不健全派」の葛藤が21世紀という情報化社会の成否を決めることになろう。

 さて、菅首相の「浜岡原発完全停止」の記者会見を聞いて、思い出したのは、平成13年5月の小泉首相による「ハンセン病控訴断念記者会見」であった。これは戦後最大の国会・政府・司法の怠慢で、ハンセン病患者の人権が放置されていた大問題であった。行政の当然の義務として控訴を断念すべき問題を、就任早々の小泉首相のパフォーマンスで政治的に利用したことである。

 この小泉首相の態度はハンセン病患者の人間性を冒涜するものであったが、全メディア、そして与野党がこぞって小泉首相の英断として、高く評価して支持率を上げた。その結果が、小泉改革と称する米国金融資本による、日本植民地化と格差社会の実現となった。この時、公然と小泉首相のやり方を批判したのは、評論家の藤本義一氏と、日経新聞のA編集委員、そして私は、国会の参議院法務委員会で情報ファシズムの危険性を絶叫した。

 菅首相の「浜岡原発完全停止記者会見」は、おそらく小泉首相の「ハンセン病控訴断念記者会見」を参考にして、政権の浮揚と権勢欲拡大のパフォーマンスであったことは間違いない。小泉首相と菅首相のパフォーマンスの違いは、小泉首相は政府関係者にさんざん抵抗させた上で、いかにも自分が政治的判断をしたとの演出を成功させたことだ。これは冷静に行政判断として熊本地裁の判決に従うべきであった。

 これに対して菅首相の場合には、ごく一部の側近と極秘に協議して、連休後の「菅下ろし」を防御する狙いで、突如、唐突に記者会見したものだ。一見成功したかに見えたが、時間が経つにつれて菅首相の政治手法や日本経済への影響、さらに昨年の政権発足の時に公約した原発政策との整合性について、国民は疑問を持つようになった。

 菅政権発足以来、国民生活に重大な影響を与え、国家の存立の基本に関わる問題について、思いつきの判断で国民を不安に陥れることが何回かあった。代表的なものは、昨年の参議院選挙前の消費税引き上げ、沖縄尖閣沖衝突事件での中国人船長釈放問題などである。唐突さと思想性のなさと行き当たりばったりのやりかたは、国民の記憶に新しいことだ。

 浜岡原発の全面停止は、政策としては当然の判断である。本来なら東日本大震災以前に原子力政策の基本問題として、政府が真剣に検討すべきことである。国際的にも影響を与えることでもあり、国内的には国民生活に甚大な影響を及ぼすだけでなく、日本経済の根幹に関わる問題である。政府内部だけでなく、国会での各党の意見、関係各界の議論を行ったうえでの判断でなければならない。勿論、異論・激論があろう。それを総合的に調整したうえで、全面停止の判断を行うべきであった。決して政権継続とか保身という政略で対処すべきではない。

 菅首相の英断?の影響が、あまりにも大きかったため、数日後「原発の停止は浜岡だけです」と、他の危険が心配されている原発へ波及しないことを明らかにした。ここら辺が菅首相の「脱原発論」が本物でないことを証明するものだ。平成19年の参議院選挙で「原発政策の変更」を、当時の小沢代表の意向を受けて菅代表代行に進言したとき聞く耳を持たなかったことを思い出した。

 菅政権が発足して国民に約束したのは、消費税率の引き上げではなかった。「2030年の電源を原発で50%確保する」として、原発の増設方針を決めた。さらに経済成長のために途上国に、恐ろしい「ウラニウム原発」を売り込むことであった。某国とは契約が成立すると同時に利権も発生しているという噂もある。これが菅政権の実態だ。

 あまりにも整合性がないエネルギー政策に、次なる思いつきは「政権発足時のエネルギー政策を白紙に戻す」という政策変更となった。間違った政策を変更することは、悪いことではなく必要なことだ。しかし、大震災発生に関係なく、菅首相の「原発政策」は採用してはいけない政策であった。大震災の発生で政策変更を正当化しようとする根性に問題がある。それを白紙にするというのなら当然に「政治責任」が発生するが、これを自覚できない政治家は政治を行う資質に欠ける。

 日本の政治で深刻なことは、政策変更した総理大臣に責任や反省の意志がなく、それを追求する国会議員もほとんど稀で、さらにそれを取り上げるメディアもほとんどないことだ。日本の政治は最悪の状況で機能しなくなった。

■ある皇室関係者のささやき

 5月10日(火)、日野原重明先生が主催する「ホイットフィールド・万次郎友好記念会館協力会」の理事・評議員会に出席した。久しぶりに、皇室に関係する著名人と会った。

 私の顔を見るなり、「大震災という国難に政治が適切に機能していません。そんな時に首相を変えようという意見が大勢とならず、変えるべきでないとの意見が与野党の中で多いという事態を理解できません。メディアがそれを後押ししています。日本は不思議な国になりましたね・・・・」と話しかけられた。

 私は大震災以来、「当分は菅政権のままでも、日本人の全ての力を結集して対応する政治体制を作るべく、各方面に働きかけましたが、すべて失敗に終わりました。多くの良識ある人々から、『こうなったら天皇陛下からお声をかけてもらったら』という提案もあり悩みましたが、さすがに私もそれはできませんでした。

 しかし、すぐれないご体調で7週も続けて、両陛下が心を込めて被災者や被災地を見舞われているお姿をテレビで拝見して感動しています。また、被災者に対するお言葉やご丁重なお振る舞いの中に、日本の政治に対する陛下の思いを私は感じました。日本国と国民統合の象徴としての役割がこれでしょうか。それに比べ、政治の本質を忘れた政治家が多く、菅首相をはじめ与野党の政治指導者が日本全体のことを考えず、自己を捨てて復旧復興に取り組もうとしません」というと、その著名人は、

「陛下の回りには、しっかりした人物が何人かいます。同じような思いをしている人たちもいます」と、私にそっとささやいてくれた。

2011年5月 6日

「日本一新運動」の原点(54)── 菅直人政治七つの問題

■菅首相で「国民の生命と財産」が守れるか!

 東日本大震災発生から2ヶ月が過ぎた。復旧のための第一次補正予算が5月2日(月)に成立した。菅首相の対応は後手後手となり、責任逃れの発言が目立つ中で、国権の最高機関たる国会は国民を代表して職責を果たしていると言えるのか。今でも被災地は復旧・復興どころか混乱を続けている。特に、福島第一原発事故に至っては、当初の菅首相の「安全発言」が完全に誤りであったことが世界中に晒されている。

 菅首相で「国民の生命と財産」が守られるのか、戦後最大の政治危機として国民は深刻さを深めている。菅首相の退陣による強力な大震災対策政権の樹立が叫ばれる中、これらの動きを「つまらぬ政争」として、菅政権の継続を主張するメディアの影響をうけ、政治家レベルの菅首相退陣論はしぼんでいる。こんなことでよいのか、菅政治を検証してみよう。

■菅直人政治七つの問題

 東日本大震災への対応を中心に、菅直人政権を検証すると「七つの問題」にまとめることができる。要点を述べておこう。

1)非常事態という認識がない問題

 千年に一度という大震災、これに人類史上初めての人災が伴う原発災害事故、ともに、日本有史以来の国難である。これを「非常事態」と認識しなくて国民の生命と財産が守れるはずはない。私たちは党派を超え、政府高官の協力も得て、菅首相に、国会決議による「非常事態対策院」を設置することを進言した。政・財・地方・労働各界の強者による党派・階層を超えた司令塔をつくろうとするものだが、敢えなく拒否された。危機に臨む政治指導者としての資質に問題がある。

2)政権担当能力に致命的欠陥がある問題

 菅首相自らが「仮免政権」と自嘲した時期があったが、大震災対応で致命的欠陥が明らかになった。私はかつて菅さんから「政権担当能力」について質問を受けたとき、「戦略的自己抑制力」だと答えたことがあったがまったく理解しなかった。政治とは集団行為であり一人ではできない。ましてや、内閣総理大臣ともなれば「国民の生命と財産」を守る最高責任者である。その能力は司つかさ、部署部署にいる責任者の意見を聞き、適切な指導を行うことである。これが首相のリーダーシップだ。

 菅首相が事態に対する冷静さを失い、官邸の自室に閉じこもったり、報告に来た閣僚や官僚を理由もなく怒鳴るなどの異常行動は、歴代の首相には見られなかったことだ。きわめつけは、東京電力本社に怒鳴り込んだ奇行だが、大震災の直前には「在日違法献金問題」で菅首相の首は風前の灯火であったことが原因と思われる。昨年末からの菅首相の発言や行動に対して、心療内科の複数の医師(国会議員を含む)から危惧する意見が出されている。要するに、人格に問題があるということだ。

3)政権延命のため、情報隠蔽を操作した問題

 自然災害と人災が重なった原発事故が発生した翌3月12日(土)の与野党党首会談で、現場に押しかけ視察した直後の菅首相は「安全で心配いらない」と報告した。その直後に水素爆発は起こった。菅首相は正確な情報を知っていたのか、知って隠蔽したのか、工作したのか。あるいは本当に知らなかったのか、知らなかったならさらなる責任があろう。米国はじめ諸外国では、事故の当初から最悪の状態となる情報を把握しており、日本政府にも通知していたと言われる。この菅首相の姿勢が、原発事故の対応を全てにおいて混乱させ、現在でも続いている。

 そもそも、12日早朝のパフォーマンス視察が事故拡大の根本原因ではないか。政府が「ベント」を命令して、菅首相が放射能防護服も着用せず、専任カメラマンを同行して現場に現れたら、「ベント」などできるはずはない。東京電力もこの辺の事実を情報公開すべきだ。原発事故レベルを最初は「4」として、数日後には「7」に上げた説明も、国民だけではなく、国際社会を納得させることができなくて、不安・不信を増大している。原発事故はあらゆる意味でこれからが問題であり、全てにおいて失敗した菅首相を居座らせて解決できないことは明確である。

 原発事故の情報隠蔽は数限りなくあるが、きわめつきは、小佐古敏荘東大教授が「原発事故の取り組みがその場限りで、事態の収束を遅らせた」と涙ながらに記者会見して、内閣官房参与を辞任したことである。福島県内の小学校など、校庭の利用基準で被爆限度を年間20ミリシーベルトと設定したことへの抗議である。国会で取り上げられたが、菅首相は「問題はない」と発言した。これは暴言だ。小佐古教授の学問的生命を懸けた抗議は人間、なかんずく子供の生命にかかわる基本的人権という憲法上の主張である。これに唾を吐いたのが菅首相の答弁といえる。

4)国際社会への不信を増大させた問題

 米軍をはじめ各国の好意的支援のおかげで、今日の復旧が実現したことには心から敬意を表したい。同時に菅政権の判断ミスで各国の好意に対して失礼な対応をしたことが数多く指摘されている。その諸外国の好意に礼ならぬ「放射能汚染水」を垂れ流したのが、日本国政府であった。 

 これはさすがに隣国は苛立った。日本の「原発安全神話」は消え、放射能管理の杜撰さを露呈し国際社会に拭いきれない不信を与えた。一方、日本には原発事故の後始末に巨額の経費がかかるだろうし、先進国企業は国を挙げてそれを狙ってこよう。

 5月末にはサミットが開かれる。話題の中心は「原発事故」だ。仮に菅首相が退陣せずに出席することになれば、どんなことになるだろうか。原発事故の不始末を謝罪することになると、各国は言葉には出なくとも、腹の中では計算が働こう。原発事故始末を口実として、日本に「新植民地化」を強いてくるだろうが、菅首相では対応することはできまい。

5)風評被害を発信させた問題

 菅政権から発信される情報が、放射能被害が「安全」から始まり、「直ちに問題はない」となり、続けて野菜や魚の規制が始まり、そして避難勧告が拡大され風評被害が全国に拡大し、さらに果樹・野菜や魚はもとより、工業輸出品へのチェックとなる。

 きわめつきは菅首相が言ったといわれる、福島県のある地域は「2〜30年住めなくなるだろう」という話だ。躍起になって打ち消したが、まともにうけとる国民は少ない。一連の菅首相の、その場の思いつきによる軽口が風評被害の最大発信源となっている。こんなことで国政ができるのか。

6)国会で不誠実な暴論を繰り返す問題

 個々の問題は取り上げないが、大震災後の菅首相の国会発言には被災者の感情を逆なでしたり、専門家の意見を冒涜する発言が多かった。

 代表的なものとして、早朝の原発現場視察とベントが遅れた問題、政府機能が停止するような事態の検証、避難対象地域には住めなくなるとの発言、小佐古教授の内閣官房参与の辞任等々、菅首相の答弁には不誠実で暴言的なものもあった。国会議員からは鋭い指摘もあったが、総じて技術論が多く、非常事態に対応する政治の在り方という基本認識での議論が少なかった。菅首相の政治姿勢だけでなく、国会にも問題がある。早い機会に関係者を証人喚問すべきだ。

7)政権交代した民主党を崩壊させた問題

 大震災後の地方統一選挙は民主党の惨敗に終わった。岡田執行部は強がりを言っているが、民主党に対し、全国的に拒否反応が起こっていることは事実である。その原因は大震災前から見えていた。鳩山政権の成立は、自民党政権からの歴史的な政権交代であったことは疑う余地はない。それでは菅政権への交代は何であったろうか。

 形の上では党内での首相の交代だが、政治心理学的には大変な問題を抱えている。菅首相は昨年6月の就任にあたって「小沢氏の排除」を宣言し、それを政権浮揚に利用した。しかし、参議院選挙には敗北した。同年9月の代表選には小沢氏が出馬し、「自民党との政権交代の原点を守るか」、「政権交代の原点を放棄するか」を問う選挙だった。放棄派の菅首相が勝利し、政権を続けることになる。この対立は政党の通常の派閥抗争とは異なる。政権交代を国民に公約して成功した民主党が、偽装した正規の手続きで政権交代の原点を否定するわけだから、有権者への裏切りである。民主党国会議員の多くはこのことを理解していないようだ。

 小沢氏に対する検察審査会の強制起訴という政治的謀略が、裁判の段階に入るや、民主党執行部は徹底的な「小沢氏排除」に出た。しかし、小沢氏側には「小沢一郎」と書いた200名の衆参国会議員がいる。その中で小沢氏を支援する人数は150人前後といわれる。菅首相も岡田執行部も無視することはできない。それでも菅首相と岡田幹事長は、政治倫理審査会出席をめぐって、小沢氏を「党員資格停止処分」とした。

 東日本大震災は、小沢氏の「党員資格停止」を待っていたかのように起こった。この非常事態に対応するには、まず、政権政党が挙党体制を創ることが最重要課題である。小沢氏は3月19日(土)、菅首相の招きに鳩山氏らと応じ「何でもやるから何でも言ってくれ」と心境を述べたといわれる。菅首相にはそれに続ける言葉はなかったようだ。小沢氏は岩手県の出身で東日本大震災の復旧・復興に欠かせない政治家である。菅首相は、大震災という犠牲を払っても小沢元代表と挙党体制をつくることを拒否しているわけだ。民主党は政治心理学的には、肉体と霊魂が分離したような状況にある。菅直人という人格の反映だ。

 さらに、大震災の復興を悪用して、政権交代後から菅首相が策謀していた「大増税」を断行しようとしている。最悪の不況下で、民主党の立党の精神と「国民の生活が第一」という党是を否定するもので絶対に許してはならない。

 報道によると、鳩山元首相ら党幹部の中には菅首相の言動を批判する動きに、民主党を割る行為をしないようにとの意見のようだ。国民のほとんどは、菅・岡田体制を自民党から政権交代した民主党とは思っていない。菅首相が民主党を崩壊させた現実を直視し、立党から政権交代に至る歴史を振り返り、新しい政治への展開を志すべきである。

 鳩が蒔き 小沢が育てし民主党
   ただやすやすと 壊すは菅なり
                貞 夫

 統一地方選が終了した4月25日(月)、衆議院議員会館の地下廊下で、当選一回の民主党所属議員三人と出くわし、立ち話となった。彼らは「民主党は、これまでの支持者から拒絶されるようになりました。次の総選挙で私たちは棄てられます。私たちはどの船に乗ればよいのかわかりません」と話しかけられた。小沢グループの議員ではなかった。私は「他人の船に乗る時代ではないよ。自分たちで船をつくることを考えてはどうか。議会民主政治はそういう思想でできているのだよ」と、答えておいた。

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 この論説は「メルマガ・日本一新」から転載されたものです。

2011年5月 3日

大震災の非常事態と政治の異常事態は終わっていない!

■大震災の非常事態と政治の異常事態は終わっていない!

 3月11日(金)の東日本大震災発生から49日が過ぎ、被災各地で法要が行われている。数万人の人々の生命を失い、仮設住宅の建設が業界の圧力で著しく遅れ、10数万人の人たちが避難所での生活を続けている。また、復旧の見通しどころか、生きていく見通しがつかない人々の数も数10万人に及んでいる。避難所では病身のお年寄りが次々と死亡している。

 一方、福島第一原発の人災は、政府の情報隠蔽により世界中の不安は増大するばかりだ。菅首相は28日(木)の衆議院本会議で「原発事故検証委員会」を設置することを明らかにした。これは菅政権の事故対応の問題の実態、初動対応の失敗など、菅首相の判断ミスを隠蔽しようとするとんでもない謀略であることを国民は知るべきだ。

 原発事故発生時点に現場にいた東電関係者の情報によれば、菅政権の「レベル7」の発表の唐突さに対して、「4号機の千数百本の燃料露出による水蒸気爆発などの可能性を先取りした、レベル7の発表と思います」ということである。原発事故現場のその後の状況をみるに、この情報が確かである可能性が高まっている。

 29日(金)には、小佐古敏荘内閣官房参与(東京大大学院教授)が記者会見し、福島第1原発事故への政府の取り組みに関し、「その場限りの対応で事態の収束を遅らせた」と激しく批判して辞任するなど、菅政権は責任回避のため情報操作を行っているといえる。

 これだけではない。原発人災に伴う避難区域・警戒区域などに対する政府の方針の混乱、被災者に対する救援や補償などが住民中心に行われていなくて、相当の不満が出ている状況だ。それに福島第1原発風評被害は、福島県や周辺地域の農業・漁業だけでなく、日本中の経済に大きな影響を与えている。しかも、風評被害の根源は、菅首相や政権内部からの不用意で軽率な発言にある。

 私の言いたいことは、大震災や原発事故の非常事態は続いているにもかかわらず、菅首相の常識を破る暴言が国会でも続いている。それを与野党の国会議員が、反論できないどころか押し切られている現状がなんとしても異常である。この政治の異常事態を改善しなければ、真の国民のための震災対策はできない。

■菅首相の狙いは大震災対策より増税にあり

 大震災が発生しなければ、菅氏の首相としての地位は3月一杯で終わっていたのだ。在日韓国人の違法献金問題があったからだ。この問題はこれからも責任が追及されることになる。真っ当な政治家なら「応急な対策を終えれば辞めるので、新しい救国政権で対応されたい」という、大局的な判断をするはずである。

 菅首相には、この大震災が国難的非常事態という認識がないどころか、原発事故を、政界では自分が最大の知識の持ち主と過信し、初動対応を誤って人災としてしまった。そして大震災すべての対応に、不必要な組織を積み上げるという、非常時にやってはならないことを行い、震災対策を致命的に遅らせた。それでも日時が経つにつれ、復旧・復興費が巨額になることを見込んで、消費税や復興税など、増税を財源とすることを公言するに至っている。それどころか「災害復興をなしとげ、税と社会保障の一体的改革に見通しをつける」と、国会答弁で開き直っている。

 多くの国会議員が、この菅首相の狂言的暴言に、まともに反論できないのは何たることだろう。菅首相も駄目だが、国会もそれ以上に劣化した日本政治の異常さを露呈している。小沢一郎氏が身命をなげうって「こういう劣化した政治を変えなければ、この時代に生きた政治家として恥ずかしい。このままでは末代批判される」という決意を語っても、これを理解する国会議員は多数とならない。小沢氏の発言は地位や権勢欲を投げうった心境である。

 国難といわれる大震災の復旧も見通しが立たず、まして復興構想も思いつきのものしか政府が持たない段階で、財源に増税、しかも消費税の大増税を行い、復興に見通しがつけば社会保障のため恒久的なものにする、というのが菅首相のねらいだ。こんな発想で大震災対策が出来るはずがない。まして、有史初の原発人災を抱えて、財源を増税とする震災対策なら政治は要らない。

 国難の大震災への対応にもっとも必要なことは全国民の協力である。菅首相が自身の延命に大震災を利用とする限り、その地位に存在してはならない。このことを与野党の国会議員は肝に銘ずるべきだ。まずは各界の有識者の智恵を出し合って、増税でない財源の捻出を考えるべきである。国の埋蔵金、民間の埋蔵金や当面財政に影響を与えない調整金、建設国債など、五十兆円ぐらいの財源が捻出できないはずはない。

 4月28日(金)、三宅雪子衆議院議員から電話があり、私がかねてから「メルマガ・日本一新」などで主張してきた「民間の埋蔵金」、すなわち金融機関に眠る「休眠口座」の活用について質問があった。

 私の構想を支援してくれている中北徹東洋大学経済学部教授と、エコノミストの浪川氏を紹介しておいた。ようやく政治家が取り上げるようになった。制度上どのような整備が必要か、どれだけの財源となるか、英国の例が参考となる。(社会保障の整備と税制改革)

 社会保障の整備は確かに必要だし、税制改革もこのままでは立ち行かなくなる。しかし、消費税を社会保障目的税にするという時代ではなくなっていることを知るべきだ。菅政権が目論んでいる8%にアップしても5年もたないだろう。消費税制度を導入した時の先人たちの苦労を学ぶべきだ。私は当時、衆議院事務局で政治の裏方にいた。先人の政治家たちがどんな苦労をしたか。『消費税の攻防』(千倉書房)で、私の秘蔵日記を公開する準備をしている。

 平成20年代の変化した情報資本主義社会では、税で社会保障を賄うという政策は行き詰まっている。社会保障で安心・安定の生活のため、分担金という発想で国民的合意を得る努力をするべきだ。日本の「税」は、お上から召し上げられるという文化で成り立っている。

 「絆」も「共生」も互いに助け合うという共助思想をもとにしている。誰がどういう条件で分担していけばよいのか。新しい社会の在り方の基本として議論すべきであり、決して権力欲を満足させるためのものであってはならない。

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 この論説は「メルマガ・日本一新」から転載されたものです。

Profile

平野貞夫(ひらの・さだお)

-----<経歴>-----

1935年、高知県生まれ。
法政大学大学院政治学修士課程終了。
衆院事務局に入り、副議長(園田直)秘書、議長(前尾繁三郎)秘書などを経て委員部長となる。
1992年、参院高知地方区で当選し、小沢一郎と行動を共にする。
2004年、参院議員を引退。
以降、言論執筆活動に専念する。

BookMarks

-----<著書>-----


『坂本龍馬の10人の女と謎の信仰』
2010年1月、幻冬舎


『平成政治20年史』
2008年11月、幻冬舎


『虚像に囚われた政治家 小沢一郎の真実』
2006年9月、講談社


『ロッキード事件「葬られた真実」』
2006年7月、講談社


『公明党・創価学会と日本』
2005年6月、講談社

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