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「日本一新運動」の原点(51)── 復旧・復興財源をめぐる国家観の対立 »

「日本一新運動」の原点(50) ── 巨大震災は20世紀文明への警鐘だ!

 平成22年6月の創刊号から始まった「メルマガ・日本一新」で、私が担当した論説が、本号で50回となった。自称、「アナログ人間日本一」の私を支えて頂いている維持会員の皆さんに、心から感謝する。

■巨大震災は20世紀文明への警鐘だ!

 人類はアダムとイヴが蛇に騙され、リンゴを食ってから欲望が生まれた。その欲望が排他的競争となり、人類の歴史はその歴史でもあった。その結果が拝金資本主義の跋扈による我欲の解放であり、そして技術の進歩は、コントロールが困難な原子力の活用を文明の主流に押し上げた。

 いにしえの古代、人間は「太陽と月と星」を三位一体として信仰し、自然の営みに感謝して暮らしていた。「太陽」は繁栄の神として、「月」は変化の神として、「星」は心の癒しの神として。ところがいつしか多くの人間は「月」の変化の無情を忘れ、「星」の人々への平等な優しさを忘れていく。そして「太陽」の繁栄を信仰の中心とするようになる。人々が繁栄を求めることは大事なこと。しかしそれを排他的な競争で求めるなら「欲望という名の電車」に乗り、あてどもない「所有欲求」と、「存在欲求」の旅となる。それが2000年の人類の旅であり歴史であった。

 人類は欲望を達成するため、自然を壊し、人を殺し、戦争を仕掛け、ひたすら便利さと効率を求め、それが文明であると信ずるようになった。20世紀文明、それは人間が2000年かけた欲望を競争させる時間である。その成果が「原子爆弾」の発明であり、それを活用した「原子力」であった。原子力発電によって生じる「プルトニウム」という悪魔の物質は、自然が創ったもではない。それは人類の欲望が創ったものだ。人類は、自己が創った物質によって自己が問われることになった。

 「東日本大震災」という未曾有の大惨事、地震と津波という自然の怒りが、日本の中でもっとも自然を尊ぶ人々の多い地域を襲ったことに、無情を感じるのは私だけではない。衝撃的なのは人類文明・欲望のシンボルである福島原発が襲われたことである。それを人類は防ぐことができなかった。否、正確に言えば、これは人間が引き起こした「人災」である。「想定外」と政府や東京電力が叫ぶ思想に、自然の中に生きる人間の宿命を忘れ、自然への冒涜がある。それが人災といえる。

■自然との共生を抜きに人間は生きられない

 私の故郷・土佐清水市に、津波の恐ろしさを象徴する口伝が残されている。旧三崎村を流れる三崎川川口から約3キロ上流で海抜70メートルぐらいのところに、「あかぼう・とどろ」という所がある。「あかぼう」とは赤い色の深海魚のことで、「とどろ」とは「轟」のことであり淵(ふち)などが合流して音を立てて流れている場所のことだ。この地名の謂われは「海抜70メートル、川口から3キロぐらいの溝に深海魚が泳いでいた」ということだ。口伝によれば、白鳳の大地震(685年)で大津波が起こったことで、いかに自然の猛威が厳しいものであったかわかろう。ちなみに、この南海地方を襲った大地震では、土佐湾の海側にあった黒田郡全体が陥没したといわれている。村人たちはこの自然の猛威を教訓として、自然と共生してきた。農家は台地に家を建て、漁民は浜辺でも津波を避けられる地形を選んで暮らしていた。

 この自然との共生は戦後も昭和30年頃まで続いていた。高度経済成長時代に入り、この地方の人々の暮らし方も変化し、目先の利害と効率性に影響されるようになった。それでも四国88ヶ所の霊場の地だけあって、祖先から続く自然への崇拝の精神は残っている。

 「共生」(ぐしょう)ということばの語源は、仏教の『総願偈』(そうがんげ)というお経の「共生極楽成仏道」からである。この話を小沢一郎さんにしたところ、「共生に生きる社会が極楽か。共生は利他の精神がなければ成り立たない」と語っていた。そういえば、小沢さんが平成18年9月、民主党代表選挙の出馬にあたっての「私の政見」で、「人間と人間、国家と国家、人間と自然との『共生』を国是とする」と宣言し、これを民主党の基本理念にしようとした。

 しかし、政権交代を成功させた民主党は、菅政権になって「共生の理念」を放棄し、「競争の原理」という小泉政策に戻っただけではなく、ウラニウム原発をわが国の恒久エネルギー手段と位置づけたのである。さらにそれを発展途上国に多数売り込むことによって、わが国の経済成長の基軸とする政策を強行するに至った。

 東日本大震災は、「共生」を新しい国づくりにするために政権交代した民主党が、それを裏切ったことに対する神の警鐘と私は理解している。「自然との共生」を抜きに人間は生きていけない真理を知るべきである。

■原子力との共生は可能か?

 昭和56年(1981)秋、衆議院事務局で科学技術委員会の担当課長の職にあった私は、四国で初めて建設された愛媛県伊方原発を視察した。応対してくれた所長に、「原発で事故が起きる場合、どの部分がどういう理由で発生するのですか。それを防ぐために、どういう方策をとっていますか」と質問した。

 所長の答えは「絶対とは言いませんが、技術面では100パーセント近く事故を起こさない自信を持っています。もし事故が発生するなら、人間の傲慢さや過信から生じる事故です。そのため徹底的に人間教育をやっています」ということであった。この所長がいる限り伊方原発からは事故は起こらないと、私は感じたものである。

 30年ぐらい前までは、こういう技術者が日本にはいた。日本の技術はこういう精神で秀でた成果を出していたのだ。この30年間で日本人の精神がすっかり変わった。福島原発災害に対応する東京電力関係者だけでなく、政府の原子力関係者、著名な原子力学者たち、そして政治家たちのコメントを聞くにつけ、原子力技術に対する傲慢さと過信で腐りきった人間を、テレビで見せつけられる毎日である。

 「想定外の災害に対応できる設計でなかった」との主張に万歩ゆずって認めるとしても、災害発生後の対応について指導的立場の人たちの傲慢さと過信が被害を拡大したことは間違いない。その結果が世界最大の原発事故といわれるチェルノブイリ原発並の「レベル7」という、深刻な状況となったことを、政府は一ヶ月も遅れて発表せざるを得なかったのである。

 菅内閣の原発対策関係者の中には、「3月15日には『レベル7』の認識であった」と、私の知っている記者に説明しているから、いずれ報道されると思う。要するに菅内閣は福島原発災害について、国民と国際社会を騙していたのである。正確で誠実な情報を開示しなかった責任は重大である。初動対応を誤り、被災者をはじめとして、国民の混迷はもとより、国際社会の菅内閣への不信感は「核臨界」寸前である。原発問題での菅首相の対応は、国際社会を冒涜することに通じ、日本の国益を著しく損失させている。

 菅内閣と政府の原子力関係機関、そして東京電力の傲慢や過信で惨状を拡大した原発、すなはち原子力問題をいかに考えるべきであろうか。

 人類は原子力と共生できるか、という問題がある。私の結論は「現在、電力全体の約40パーセントを依存している原発を直ちにゼロにすることは難しい。いまの軽水炉の安全性を確保し、耐久年収に応じて順次廃炉にして、原発依存から脱していくべきだ」というものだ。

 代替案として、平成19年7月の参議院選挙のマニフェストに、中長期エネルギー対策構想を入れるよう当時の小沢民主党代表に進言したことがある。「プルトニウムという核兵器になり、悪魔の物質を発生させるウラニウム原発政策を見直すべきだ。プルトニウムを焼却できて、安全性が高いトリウム溶融塩原子炉の研究開発を復活すべきである」というものだった。

 小沢代表は賛同してくれ「菅代表代行と鳩山幹事長に説明するように」指示された。菅代表代行に説明すると「あなたから原子力の話を聞いても仕方がない」という態度で、驚いたのは「トリウム溶融塩炉なんて知らない」という言葉であった。ウラニウム原発の危険性について政治家としての感性がないと私は思い、鳩山幹事長への説明もやめた。

 民主党では原子力の安全性や、原発政策見直しを論じても仕方がないと諦め、以後この運動を東京電力の豊田元副社長や、朝日新聞の科学部元記者の飯沼氏らと、細々、知人の国会議員に啓蒙活動をやってきた。

 原発は、ウラニウムでもプルトニウムでも、安全性が高くて核兵器に使えず安い経費で済む「トリウム」であっても、できれば活用しない方が良いに決まっている。しかし、現在の文明社会をすべて否定できない以上、安全で環境にやさしいソフトエネルギーですべての電力が賄える時代が来るまでの期間、原子力と共生しなければならない。そのためには、技術の安全研究・開発もさることながら、この項のはじめに書いた、伊方原発所長のことばを忘れてはならないと思う。

 「もし事故が発生するなら、人間の傲慢さや過信から生じる事故です。そのため徹底的に人間教育をやっています」東日本大震災の翌日、菅首相は親しい友人に「これで2年間政権を続けることができる」と語ったという情報が流れている。真偽の程は不明だが、次々と内容が伴わないパフォーマンスを見るにつけ、彼の深層心理は情報の通りとするのが常道だろう。その他にも、思いつき・手続無視の問題発言が続出し、政権内の混迷となり、菅首相の「傲慢と過信」が、第2次、第3次災害を引き起こしている。4月13日(水)、小沢一郎元民主党代表は、直系の衆議院議員でつくる「北辰会」の会合に出て「小沢氏の見解」を示した。そこには菅政権に対して被災者が強い不安を抱いていること、原発事故の初動対応の遅れをはじめ、菅首相の無責任さが更なる災禍を招きかねないと指摘し、何のための政権交代だったか、先の統一地方選の大敗は菅政権への国民からの警告だとの見解を提示した。小沢氏の見解が民主党内でどれほどの理解を得るのか、野党に、その真意をくみ取る感性があるかどうかは読めない。私は、人間・小沢一郎が「身命を捨てて」世界と日本人に、その覚悟を示したものと思う。

 私には、小沢氏が北辰会でこれを提示したことに特別の思いがある。

 「北辰」は「宇宙を司る不動の北極星と北斗七星」のこと。古代から民衆を護る神といわれている。私の手元に「我れ北辰菩薩、名付けて妙見と曰う」で始まる『妙見菩薩陀羅尼経』がある。そこに重大な文言を見つけたので、ここに紹介しておく。「若し諸々の人王、正法を以て臣下を任用せず、心に慚愧(ざんき)なく、暴虐濁乱(ぼうぎゃくじょくらん)を恣(ほしいまま)にして、諸々の群臣・百姓を酷虐(こくぎゃく)すれば、我れ能く之を退け、賢能(けんのう)を徴召(ちょうしょう)して其の王位に代わらしめん」

★   ★   ★

◎日本一新の会事務局からのお願い

この論説は「メルマガ・日本一新」の転載で、日本一新の会が、週一回発行しています。購読を希望される方は、「 http://www.nipponissin.com/regist/mail.cgi 」から仮登録してください。折り返し案内メールが届きますので「規約」をお読み頂き所定の手続をお願いします。

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★1983年9月1日(木)午前3時26分20秒、ソ連防空軍サハリン・ソーコル基地 [詳しくはこちら]

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■コメント投稿について編集部からのお願い

《THE JOURNAL》では、今後もこのコミュニティーを維持・発展させていくため、コメント投稿にルールを設けています。投稿される方は、投稿前に下記のリンクの内容をご確認ください。

http://www.the-journal.jp/contents/info/2009/07/post_31.html

ご理解・ご協力のほどよろしくお願いいたします。

平野貞夫 様へ

 自然災害の地震、津波は日本においては何度も繰り返されてきたはずであり、奥尻島も秋田県も地震により発生した津波で多くの人命が失われたのはそんな昔の話ではないのである。

 しかし、今回発生した原発災害は過去にあなた方政治家が国会において電源事業の一環として推し進めてきた事実があり、事ここに至っては大いに反省をしていただかないと困るのである。
その管理する人間教育も含めて、大事なものをすべて世の中から排除しようとしてきた結果が

このありさまである。

どのようにその責任を取るつもりになるか自民党の大勲位を受けた、日本の国賊を思われる御老体も含めて大いに反省すべきである。
 己が築きあげてきた私財も名誉も地位も擲って、この原発災害の終息と地域住民の救済に

「己が屍をさらす覚悟」で命がけで取り組むべきである。

平野さん お久しぶりです。ご活躍感謝しています。さて平野さんの当面、原発運転継続の説ですが私は同意できません。いくら人的な管理を徹底しても防げない構造を原発自身が持っているからです。原発は事故が起きてもすぐに休止できない構造であることが一つと、廃棄物の管理が不可能であることです設備廃棄しても百年単位の管理が必要であることです。蒸気発生の炉心と発電設備をむすぶ配管は地震の揺れに完全には耐えられないということです、必ず破断しますその時には高レベルの放射能により修復作業はできないということです。核兵器の理論を平和利用などと高慢な思想はやめるべきだと思います。欲望の塊である人間には常に「想定外」が起こりえるからです。先生の一考をお願いします。

平野貞夫 様

現在、菅総理の不信任案がとりざたされているようですが、菅総理の心が壊れてしまったのも、日本がおかしくなったのも、キッカケは、陸山会事件ではないでしょうか?
私も、「阿闍梨(あじゃり)」と名を変えて、その心の闇を祓うべく、布教活動を続けております。
国民に真実を明らかにすることが、日本復興の第一歩と考えます。

この情報を、小沢先生に届けて頂けないでしょうか。
小沢さんに災害復興に立ち上がれという声が高まっているようですが、【第14回】等で、いとも簡単に『公訴棄却』を実現できるのですから、早く、小沢さんの手枷足枷を外してさしあげてください。

--------------------------
詳しくは、こちらをご覧ください。
【第20回】小沢さんの手枷足枷を外してさしあげましょうよ。
http://ajari-rikuzankai.at.webry.info/201104/article_2.html
【以下の内容が、全て、明らかになります。】
★【土地代金の支払い】
★【2007年の4億円の返済】

11時38分に投稿したものだが、再度書かせていただきます。

「文明への警鐘」とする題名ほどには、「警鐘」を鳴らしているとも思えないが、石原慎太郎よりは柔らかに人々のおごりをいさめているのでしょう。

ところで、
伊方原発の所長さんの言葉を引用されているが、
確かにその通りと言えばその通りかもしれないが、
「機械はこわれるモノなのです」という言葉に、いかにして反論できるのだろうか。

また、トリウム云々を書かれているが、首をかしげてしまう。
ウランの200倍のエネルギーを、ウランさえ制御できずにいる人間が、いかにして制御できると約束できるのだろうか。
1000分の1しか、廃棄物は出ないという。
という事は、六ヶ所村の廃棄物は1000分の1になると云う事か。
しかし、それでも出るのではないか。そして、その廃棄物は、現在のモノに比べて危険性は、どうなのだろう。
1000分の1だろうが、万分の一だろうが、出るモノは出る。
「ちりも積もれば山となる」と云う言葉を、平野さんは知らないのだろうか。

人間のおごりを書きながら、更なる強力なエネルギー源を求める事は、さらなる神の領域への挑戦と言ってもいいのではないか。

「もし事故が起こるとすれば、それは人間の傲慢さ・過信から生じるモノだ」とする言葉に耳を傾けるのならば、
旧エネルギーに頼りつつ、新しい自然エネルギーの利用促進と、それを推し進めるための切り札である「蓄電池」の効率アップに期待をつなぎたい。

早期に、原発に頼る現行のエネルギー政策を転換しなければならない。
原発一斉停止から、東日本の復興は始まる。

平野 様

「巨大震災は20世紀文明の警鐘だ」

どういう意図があって。現在21世紀であるのに、20世紀といわれているのか、ご投稿内容を見てもその真意が分からない。

人間の作るものに限らず、すべて存在するものは、進歩進化するものであって、100%完全な存在などはない。その基本認識がないと、トリウム溶融塩原子炉であろうが、危険性(リスク)は、常に包含していることに理解が及ばない。

リスクをいくら回避する方式を発見、発明しようとも、100%でない限り、リスクは周辺住民に及ぶのは避けられず、周辺住民説得のため、多額のお金が動くことになる。

群がる官僚、政治家、学者、マスコミ対策に巨額なお金がばら撒かれることになり、そこに癒着関係が生まれ、リスク管理がだんだんなおざりになってくる。

人間は、弱みに付け込み群がる習性があり、総会屋などは典型的なゆすりであった。

人の命を奪うような核開発関連技術は、人の心を揺さぶる魔力を持ち、人間にとって脅威以外の何物でもないという認識が求められるのではないか。

平野氏のご投稿は、原発に対する認識が中途半端であって、危険なものを感じます。原発に関係ない人は普通は、反対であるのが当たり前のような気がするのですが。

読売や産経は内閣総辞職を決めたようです。
この非常時にこんな事しか書けない新聞はこの世から無くなって欲しいと思う。
菅内閣は原発の危険性をある程度理解している、この事はどこかの脳天気な評論家や御用学者よりましだと思う。
総辞職も大連立も結構ですが、結果として東電を免責したり、浜岡の危険性を除去しないで(廃炉は不可避だと思う)運転を続けさせるような政権が生まれることは困ります。
自民党の面々を見ると原発利権から離れたくない人が多数のように思うが?

とりあえず、今やれることは、一度立ち消えになった、電力業界の発送電分離です。
送電会社は経済原則にしたがって安い電力を買うようになるから、政府の補助がなければ、今後予想される高額の保険料の支払いが必要とされる原発の電気は市場価値を失い必然的に原発の稼働は下がり、再生可能エネルギーの開発をやろうと言う気運が高まる。
また、電力などの特定の独占経営体の広告宣伝を禁止や、学会への寄付、公共団体への寄付、などの禁止も考えなくてはならない。

自分は生来メカに弱く、原発問題にも正直言って、無関心でしたが福島原発事故を知り、勉強がてら4・9脱原発への転換を!「緊急大阪集会」に出席。にわか反原発派となりました。とは言っても電力事情から、今すぐ全廃方向へ転換も無理だろうと傍観の構えですが・・平野先生のトリウム溶ゆう塩方式を読み、又ネットメディアでも数人の方のトリウム説投稿文があり、原子科学会の今後の研究課題であると傍観の構えでと、考えます。    話は変わりますが。このところ国民の多くは菅内閣退陣を求めています。更に、外国人からの不正献金が明白な政治資金規制法違反でも、完全冤罪の小沢氏との矛盾から、怒りの声がでており、刑事告訴の呼びかけがあれば加わりたいと思うほどです。  そんな矢先。明日、クリントン国務長官が来日するとか・・。「日米同盟の深化」といいながら、いつもの内政干渉ですか。特に政府人事の介入など余計なお世話。世界で嫌われ者のアメリカにはウンザリです。  断っておきますが、あくまでもこれは私個人的意見ですから。    

トリウム溶融塩炉については、古川和男先生著文春新書の「原発革命」が詳しいですが現在絶版のようです、
来月には「新・原発革命」が出版されるようです。

また、Webで
(j-3)原子力の核燃料サイクル問題を問う
と検索すると論文が出てきます。

想定外!


民主党がこんなにもお粗末とは想定外でした。


菅さんがこんなにもお粗末で自己保身とパフォーマンスの塊である事は想定外でした。

マスコミがこんなにも「大本営発表」をするとは想定外でした。


御用学者が政府・東電・保安員・マスコミと歩調を合わせるとは想定外でした。


政権交代に期待して投票した私の一票が「静岡8区の愚かな議員」を当選させてしまった事は想定外でした。

今からでも遅くない!  静岡県の民主党議員たちよ!想定外の行動を取ってくれ!

管支持から一日でも早く非難してくれ!それが次の選挙で生き残れる道だ!


想定外の行動を!

前提・大前提!

今この時期になっても相変わらず前提・大前提を無視した議論や意見を述べる方が多い。

今日も某テレビ番組で平井とかいうテレビ局の方が意見を述べていた。


「政治的空白を造ってはいけないから、野党なら兎も角同じ党の小沢さんが管降しに乗るのは良くない。協力すべきだ」と得意になって述べている。


これは全く大前提を無視している。何故なら既に管側がノーサイドを無視して、小沢氏を屋敷牢に入れている。初めから野党以下の扱いである。


大前提を無視しての議論はナンセンスである。


正規分布でないものを簡単に平均点をだす様なものだ。

こんにちは(いま4月17日8:00頃です)

反原発と脱原発

小沢さんは絶対正しい、菅さんは絶対に間違っている、悪であるという論しかないのかといつも辟易します。
もっと冷静に考えてみたい。
まず、この原子力村の体制は民主党の前の自民党時代に出来ていたものだ。その体制を覆さないで、継承したのが民主党政権だった。
「過渡的エネルギー」という方針から「安全性を確保しながら積極的推進」に変わった。そのときの経緯はいろいろあるだろうが、前原ー小沢ー鳩山ー菅という代表は結局は推進派になってしまったことには変わりがないのである。

100歩譲って原発がいままでのように「レベル7」のような事故がなかったとしよう。(今となってはむなしい幻想だったのだが)
それにしても「高レベル廃棄物の処理場所をどうするのだ」というイシューには誰も答えていないのだ。高レベル廃棄物は目一杯なのにである。まさに思考停止になってしまったのである。
原発推進派はまた復活を目論んでいるだろうが、この問題を解決方法を示してから言ってほしいものだ。

それから、反原発を唱え、即原発を停止しなくてはならないという人たちも責任を持って発言しているようには見えない。たとえば、名前を出して申し訳ないが、元株やさんなど。

僕は脱原発派である。そのやり方としては、いまある原発の中で再チェックをする。例えば浜岡などの危険性が極めて大きい原発は廃炉とする(そのためにも大変な労力とコストがかかることだが)。
でも、比較的(絶対はありえないが)大丈夫と思える原発が使ったいかねばならない。あくまで過渡的エネルギーの位置付けである。そうしている間に自然エネルギーのエネルギーを増やす。
その間のつなぎとしては日本の海域にある天然ガスの使用も含めて検討する。
そうやって勧める自然エネルギーは地産地消型で、雇用も生まれる地域活性化の起爆剤としても活用していく。

脱原発派はいろいろな観点で理論武装していかなければならない。
いまは、反原発派のひとたちも、より現実的で、地に着いた夢を語りあう脱原発派になってみようと思いませんか?

一応、xtc4241さんへ

私は、(いつの文章か忘れたが)小沢だろうが、鳩山だろうが、自民でも民主でも、政権を担当するにあたって原子力発電を否定するのは無理だと書いた事が有る。
そんな事は福島瑞穂にしか言えないと、書いた。

しかし、私は原発には反対であったし、今も反対だ。(昨日今日ではない。昔からだ。)
そして、小沢さんなら原発もなんとかなるだとか、など一言も言った覚えはない。
小沢一郎にしたところで、原発を即日停止して、他のエネルギーへの転換を図ることなど、出来ようはずもない。
とりあえずは、小沢オールマイティなど、下らん事を言った覚えは一度もないので、勘違いの無いように。

さて、「反原発」について、
原発が無ければ日本はやっていけないとか、
エネルギー効率が一番なのが原発だとか、
二酸化炭素を出さない温暖化対策の原発だのと云った、
「インチキ」については、様々な方が書いてくれているので、私が書くまでもないだろう。
所詮、文化系の門外漢だ。
小出教授でも、何とか言うモノカキの本でも読んでくれ。
半分以上は本当だと思う。
少なくとも、東電やナントカ委員会だの保安院だのが言う事よりは、信じて良いと思う。

私が反原発を想ってのは、今回のような恐ろしい状況を予想してのことではない。
もっと幼稚で簡単な話だ。
原発の周りの海で獲れる魚の異常。
原発の周りに見られる草や木の異常。
スリーマイル、
チェルノブイリ
それらを見たり聞いたりした事が、反対の理由だ。
なにしろ、怖いと思ったのだ。
恐ろしいと思ったのだ。
日本、特に東京などの大都市は、電気エネルギーを大量に消費しすぎている。
もっと消費を低く出来ないのか。
なぜエアコンが、それほど必要なのか。(なぜ、東京に集まりすぎるのか。)

考えれば、対処法は有るだろう。
それが、そんな小学生が考えるような事が、私の「反原発」です。

対処法は、個人も参加できる太陽光発電と、個人では難しいが太陽熱発電です。
そして、蓄電池の開発こそが、新しいエネルギーのキーになるだろうと、文化系の幼稚な頭は、考えています。

ついでを言えば、原発を容認する人達が、「反原発を言うモノには対案がない。何で補うのか。」と言いますが、何でだって出来るさ、というのが私の答えです。
足りなきゃ、使わなければいいじゃないか。
(なんで24時間、明々と照らしだす必要が有るんだ。)
たぶん、スマート・グリットという奴の事なのだろうと、思います。
電気は、使用する場所で大いに造りだし、電力会社は、そのたらざる部分を補う。

私には、そんな難しい事とは思えません。
もっとも、電力会社やその周りの資本にとっては、非常に不愉快な考え方でしょうね。

オイルショックの後、日本は省エネ技術を高めたが、それで明るさが減退したのは一時的で、結局エネルギーは必要とされるだけ使い放題になった。


 東京は、一極集中が過度に進み、ヒートアイランドになりエアコンが無ければ熱中症で死亡する人が続出するだろう。
 これを推進したのは石原現知事や小泉元総理や既得権益擁護者達である。

 その対極に、地方分権や緩やかな地方への富の拡散や、地方拠点都市の整備や、田園地帯の存続政策があろう。


 原発は、巨大都市を維持するのに必要とされているのであり、緩やかな地方を活用した発展においては、緩やかなエネルギー供給も現実的な視野に入ってくるのではないか?

 エネルギー政策は、現代の中央集権制維持のために不可欠なのであり、地方分権という体制変革がなされれば、エネルギー政策の変更も可能になると思う。


 総合的な国の形の考察の中で、エネルギー政策も決定してゆくのであろう。

「絶対とは言いませんが、技術面では100パーセント近く事故を起こさない自信を持っています。もし事故が発生するなら、人間の傲慢さや過信から生じる事故です。そのため徹底的に人間教育をやっています」

この話を聞いて安全であると思う平野氏のような政治家が今回の原発事故を生み出すきっかけを作っているのだと思う。

「しかし、現在の文明社会をすべて否定できない以上、安全で環境にやさしいソフトエネルギーですべての電力が賄える時代が来るまでの期間、原子力と共生しなければならない。」

私はその間は石油やガスで繋げば充分だと思う。そこにトリウム原子炉を加えることは単に原子力の利権にぶら下がるの人間の延命に力を貸しているようにしか聞こえない。

日本には既に地熱やマグネシウムなどその気になれば次世代の再生可能エネルギーを利用できる技術がある。出来ないのはプラントの建設コストを原子力に廻しているからではないのか。そこにトリウムという新たに原子力へ廻す予算を付けたがるのは電力会社と組んでいるからなのか?せっかく反原発の機運が高まっている時にシステムそのものの問題とせず単なる人為ミスのせいにして感心を他に誘導する気か?そんなにも原発村に恩義を売りたいのか?

さすが保守政治家、やることが小汚い。自由党を捨てて民主党員になった小沢氏に保守の泥を塗って足を引っ張っているのはあなた自身でないのか?小沢氏は原発推進派のイメージを現在かぶせることになんかメリットでもあるのか?自民党原発推進派と裏密約でもしたのか?

おはようございます(いま4月18日5:00頃です)

元株やさん、あなたが小沢さんを神格化していないことは知っています。だからこそ、名指しさせてもらってるのです。議論ができるひとだとおもっているからこそなのです。
僕が辟易するのは平野さんの言説です。それをなんの検証もなく、頭から支持してしまうひとたちのことです。

僕がいいたいことは、反原発をいうことは簡単である。こういう事故が起こってならなおさらです。
でも、現実は生きていかなければならない。反原発を唱えていればいいのではないでしょう。
そうではなくて、いまを生きて、なおかつ、将来原発のない世界へという道筋です。

それでなくても、原発推進派は核兵器と込みで、生きていかねばならないとするアメリカ・フランスなどの先進国や、これからの生活改善のために原発が必要としている中国やインドなどの新興国でもあるのです。
それは世界各国の権力者たちとの戦いでもあるのです。
脱原発は十分可能なことを示さねばなりません。甘いことをいっているとそこをついてくるのは間違えないでしょう。

だから、脱原発でなければならないと思っています。

 原発を継続させるべきか否か?

 事はそれほど難しくないとも言える。

 今の経済社会体制を存続させる限り、日本では約3割の電力不足が生じ、大停電が起こる危険を常に孕むことになる。
 だから、今の経済社会体制を存続させる限り、原発廃止は空理空論である。


 それ故に、原発を廃止したいなら、今の経済社会体制を改変させる必要がある。

 その方向は、東京一極集中の分散化、地方大都市の分散化である。

 
 とにかく肥満児は、その生活習慣に原因があるから習慣を改めねばならない。
 大量にエネルギーを消費する現代の日米両国民を始めとする先進諸国民は、過去の人から見れば「エネ消費怪物」だ。
 それを改めるには過去に戻る事だがそれは無理だ。だったら、体制変革しかないのである。


 緩やかな地方中心の文化こそ、代替エネ活用のゆとりを産む。!!

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玄葉氏は「他県に福島ナンバーの車が止まっていると『どけ』と言われ、避難している子供が『放射能がついている』と言われる」と実例を紹介。閣議後の記者会見で「一部の心ない対応は本当に残念でならない」と指摘した。""

「YAHOOみんなの政治」の玄葉氏を皆さん見てください。

皆さん良くご存知です。


今度の福島の原発事故の引き金は天災によるかも知れませんが、それを大きくさせたのは人災です。その張本人を支持した玄葉氏にも責任が有ると思います。福島選出の議員が手を貸したのです。

そこらへんの責任を取らないで何を言っても信用されません。

 原発推進は極悪非道だったのか?

 今も原発推進を唱えるサルコジ大統領は悪魔の使いか?

 代替エネは原発発電量をまかなえるのか?

 省エネ運動で原発廃止分を減エネできるのか?


 現実を踏まえた論議を聞きたい。

 農産物が売れないのは困るが、停電の不便さもただ事ではなかった。
 電気が来たときの喜びは、例えようも無かったのだが。

 自動車は毎日交通事故を起こし、毎日人間が死んでいる。しかし自動車の危険性を説く者はいない。
 それは、通常の運転をしていれば、事故は起きないハズだからであろう。

 原発と車を比較するのは不謹慎である、と誹られそうだが、車の事故も悲惨である。私の弟も幼い子を残して交通事故で亡くなった。

 しかし私はもちろん車を否定しなかった。
 原発はそれに比べると、死亡率は比較にならないほど低い。

 

 今海外では風評被害が出ているようだが、マスコミの取り上げ方もセンセーショナルだ。
 
 風評被害は、誤解が原因である。福島の子供が埼玉で放射能汚染で差別されている類の事が多い。


 放射能は遺伝子に影響する、といっても、影響の大きさは交通事故がはるかに上回る。

 こんなことを考えてしまう私は不謹慎であろうか?

平野貞夫先生御貴下
コメント欄をお借りし御報告申し上げます。
板垣 英憲(いたがき えいけん)氏「マスコミに出ない政治経済の裏話」~ニュースにブログ~
「小沢さん、早く立ち上がって下さい」と読者の声、仙谷由人、前原誠司、野田佳彦らも「菅降ろし」へ
2011年04月22日 19時29分10秒 | 政治
◆いつも板垣英憲のブログを愛読して下さるTさんから、ご自身のブログ「教育カウンセラーの独り言」に当方の記事を掲載されたとのご丁寧なメールが届いたのだが、その記事に目を留められた被災者の方からTさんのもとに大変痛ましい悲痛な声が届けられたことが書かれていた。
その悲痛な「声」を、本日の記事の冒頭、掲載させて頂きます。

『小沢さん、早く立ち上がって下さい。お願いします。原発周辺の家畜やペット置き去りにされ餓死共食い恐ろしい状況です。これは天災などと言ってられません。人災です。一刻の猶予もありません。お願いします』ビーマンさんtaiko_wat_docomo.ne.jpの方よりの携帯電話による御意見でした。
 誠に痛ましい限りです。牛舎に繋がれた牛は、逃げることもできず、可哀想で絶句するのみです。新潟中越地震のとき、山古志村の市たちが、ヘリコプターに吊り下げられて避難地に移されているテレビ映像がいまだに忘れられません。菅直人首相がモタモタしないで、先手先手と早いうちに手を打っていれば、助けられたはずである。すべて後手後手になっており、文字通り、菅直人首相が招いている「人災」だ。このまま放置しておくと、「人災」がどんどん広がっていく恐れがある。

◆マスメディアは、依然として「菅直人首相の下で、一致団結すべきだ」というような極めて単細胞的な論調を続けており、マスメディアが「人災増幅」のマシンの機能を発揮している。その罪は、まさに万死に値するのだが、小沢一郎元代表を血祭りに上げてきた立場から、いまさら、路線変更できないのだろう。その代表者は、TBS番組「朝ズバ」の「みのもんた」さんであり、これに同調しているのが、日本テレビ番組「ミヤネ屋」の宮根誠司さんである。いまの「菅直人首相降ろし」の動きを、いつもの「政局」と決めつけて、「人災増幅」の旗振りをしているのである。
 とにもかくにも、菅直人首相の言葉には、「心」が篭っていないのだ。街頭宣伝カーで演説するのと同じ調子でしゃべっているのだから、聞かされる方には、虚しく響く。従って、どこへ行っても「総スカン」を食らってしまう。天皇皇后両陛下の優しい真心の篭ったお言葉とは、比べものにならない。
 菅直人首相は4月21日、初めて福島県内の避難所を訪問し、住民から「憤激」のキツーイ一発を食らった。この恥ずかしい場面をさすがに新聞、テレビなどのマスメティアが、一斉に報じていた。この場面をネグレクトするようでは、マスメティアとは言えない。政府広報と言った方が正確だろう。
 読売新聞YOMIURI ONLINEは4月21日午後8時51分、「「もう帰るんですか」避難所訪問の首相に憤慨」というタイトルをつけて、以下のように配信している。(なお、読売新聞本紙は4月22日付け朝刊「社会面=39面」に掲載)
 「『早く原発を抑えてくれ』『早く家に帰らせてくれ』――。菅首相は21日、初めて福島県内の避難所を激励に訪問した。『頑張ってください』などと繰り返すだけの菅首相に、不満を募らせる避難住民から強い口調の訴えが投げかけられた。福島第一原発に近い大熊町や葛尾村などからの避難住民60人がいる田村市総合体育館。住民数人と話し、立ち去ろうとする菅首相に、被災者の男性が声を掛けた。『もう帰るんですか』。屋内退避区域に自宅があり、避難所で過ごしている。数回呼び掛けると、菅首相は出口から反転し、歩み寄ってきた。男性は『早く家に帰らせてほしい』と訴えた。菅首相は『全力を挙げて手立てを尽くしているところです』と話したといい、男性は『気持ちが伝わらなかった。(避難所訪問は)パフォーマンスに過ぎない』と憤慨していた」
◆こういう惨状のなかで、政界では、小沢一郎元代表を軸とする「菅直人首相降ろし」の動きが活発化してきている。私は4月19日夜、このブログで「小沢一郎元代表、仙谷由人官房副長官、亀井静香代表の3者が、『菅直人首相降ろし』のクーデター画策」と書いて投稿した。これをガッチリ裏付けるような記事を、日刊ゲンダイが4月23日付け紙面(5面)に「仙谷 小沢に接近の悪だくみ」-「天敵に「密使」を派遣-菅降ろしと復権狙う」という見出しをつけて掲載している。仙谷由人官房副長官は、「反小沢」の急先鋒だっただけに、「豹変ぶり」を皮肉っているのだ。
 夕刊フジは4月23日付け紙面(2面)で「菅降ろし止めない前原&野田-狭まる包囲網」という見出しをつけて、菅直人政権の「末期症状」を伝えている。
 小沢一郎元代表は4月24日投開票の統一地方選後半戦が終わるのを待って、本格的な「倒閣」に乗り出す構えだ。待ち遠しい限りである。

初めてお便りさせて頂きます。確かにあの地震による大津波は想像を絶するモノとして未だに覚えています。ただ、今回の未曾有の大災害に於いて石原慎太郎や柳田邦男を始めとする一部のエリート有識者の発言に関してはあらゆる文明社会に対する警告としてはある程度尊重(評価)しながらも、倫理的に納得出来ない部分が幾らかあるのも事実です。そういった連中に限って(今回の大災害で死亡及び行方不明になった方の)前世が悪人や畜生だったとか根も葉も無い非科学的な根拠や憶測を信じたり、元から反論出来ない道徳的な発言でもって(何故なら自分は基本的に「善人」だから)一方的に自身の信奉する特定理論だけで抑え付けたりする特性さえあります。まあ簡単にいえば(各個人が有する)「優越感」の問題かも知れませんが、この「優越感」こそ我々人類にとってバカバカしい程にこだわるアイテムの一つという事を忘れてはなりません。(詳しくは、河出書房新社発行「ワルの知恵本」参照)あと、文中にも触れた「欲望」の問題に関しても私の方から一言。確かにこの「欲望」という語彙は少なからず「悪」のイメージが必ずと言っていい程強いですね。しかし、あらゆる側面から「欲望」を排除すれば全ての人類は平等かつ幸福に向かえるかとなればそれは単なる詭弁としかいえません。単に「欲望」の問題に限らず、基本的にアンチ「○○」主義者の言う構造主義的にどちらが「善」か「悪」かで二分論式に決定付けた上で判断するのは無理もないと思いますが。それでも我々文明社会人は基本的に「たるんでいても平凡に暮らしていける様になりたい」という願望が強いからだ。不思議に見えるかも知れないけど、そういう理由があらゆる文明社会に於いて普遍的に存在する限り解消する事は恐らくないでしょう。

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Profile

平野貞夫(ひらの・さだお)

-----<経歴>-----

1935年、高知県生まれ。
法政大学大学院政治学修士課程終了。
衆院事務局に入り、副議長(園田直)秘書、議長(前尾繁三郎)秘書などを経て委員部長となる。
1992年、参院高知地方区で当選し、小沢一郎と行動を共にする。
2004年、参院議員を引退。
以降、言論執筆活動に専念する。

BookMarks

-----<著書>-----


『坂本龍馬の10人の女と謎の信仰』
2010年1月、幻冬舎


『平成政治20年史』
2008年11月、幻冬舎


『虚像に囚われた政治家 小沢一郎の真実』
2006年9月、講談社


『ロッキード事件「葬られた真実」』
2006年7月、講談社


『公明党・創価学会と日本』
2005年6月、講談社

→ブック・こもんず←



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