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2011年4月28日

「日本一新運動」の原点(52)── 菅首相の退陣が最大の震災対策だ!

■菅首相の退陣が最大の震災対策だ!

 「裏切られ騙されたとはいえ、菅政権成立の切っ掛けは私がつくった。今のままでは大災害や戦争が起こったら国政を統治できない。これは私の責任だ。」2月7日(月)の夕刻、小沢一郎元民主党代表が絞り出すように語ったことばを、私ははっきりと憶えている。菅首相の官邸での様子や、民主党内の問題を原口一博前総務大臣が説明して退室した直後で、いま思うと、東日本大震災を予感していたようだった。

 3月11日の東日本大震災発生以来、小沢氏は、故郷東北の惨状への菅政権の対応を祈る気持ちで見ていた。「民主党党員権資格停止」という、いわば「座敷牢」の中にいては与党議員として何もできない。「小沢さんを大震災対策の中心に据えるべきだ。この国が危急存亡にあるこの時こそ小沢さんに働いて貰わねばならぬ。小沢さんに直言できるのは平野さん、あなたしかいない。何をしているのか」と、日本一新の会のみならず、あらゆる立場の人たちから攻め立てられ、いたたまれない日々が続いていた。

 在日韓国人からの違法献金問題で、風前の灯火となっていた菅首相は、結果的に延命となった未曽有の大震災を「宿命」と発言するなど、その精神状態は尋常ではない。天災である東日本大震災と、人災ともいうべき福島第一原発災害というふたつの国難は、「国家国民が非常事態下に置かれ、日々生命が毀損されている」という認識に欠ける菅首相に対し、私は2回にわたって提言を行ったがいずれも不調に終わった。

 1回目は、笹森清内閣府顧問を通じたもので『東日本大震災及び福島第一原発問題に対する政治の取り組みについて』と題した。そのポイントは、

1)まず、民主党代表経験者を招き政権与党の挙党体制をつくる。

2)その後、挙国体制をつくり、非常事態に対処するよう、野党にひとしく働きかけること。

3)次に、超党派による「総合対策本部」を設置して、意思決定機関を一本化する。

4)その他。

 などの構想案を提言した。3月19日(土)に代表経験者を招きはしたものの、報道で知る発言はおざなりで挙党体制は夢幻となった。

 その後唐突にも電話で、谷垣禎一自民党総裁に震災担当相としての入閣を要請したが即刻断られた。挙党・挙国体制構築とは手間暇を要するものの、相手に対する礼節と手順は要諦であり、ここを端折ったらまとまるものも纏まらない。そんなことから「菅首相は政治音痴」と嘲笑される始末だった。

 2回目は、このままでは国家も国民も漂流しかねないとの思いで、亀井静香国民新党代表と、村上正邦元参議院議員に相談して菅首相に提言したのが『非常事態対策院』の設置であった。これは、国会決議により、非常事態に対処するため挙国体制をつくることを目的とし、各党・政府・各界を代表する強者を結集して、緊急対策や復興の基本方針・政策の立案及び実施を、菅政権に提言し実行せしめることであった。この構想は中曽根元首相の理解も得て、菅首相を説得すべく仙谷由人官房副長官が尽力したが実現するに至らなかった。菅首相が応じなかった理由は二つある。ひとつは、一区切りつけば退陣の可能性があり、二つ目は、この構想に応じれば増税で賄えない災害復興費が必要となり、それは財務官僚の意図に背くことをことを恐れたからである。要するに、この非常事態に財政再建に見通しをつけるまでは辞めたくないということだ。

 さて、大震災発生後50日近くになり、菅政権はどんな災害対策を行ったのか。23日(土)と24日(日)の両日に行ったサンケイグループの世論調査によると、菅首相に対して、79・7%が震災・原発対応で指導力を発揮していないと答え、評価したのは13・4%である。初期の救命活動やその後の被災者支援、被災地復興などが後手に回ったことを国民は見透かしているのだ。加えて、放射能漏れ事故に対する菅政権への、国際社会の批判と不信は高まる一方である。

 20を超える「対策本部」を設置し、構想能力に疑問のある曲学阿世の学者をかき集め、会議を開くことが最高の災害対策と確信している菅政権を、国会はいつまで放置しておくのか。

 4月10日と24日行われた統一地方選挙は、事前の予想通り民主党の惨敗で終わったが、これは与党執行部の大罪である。手足をもがれたも同然のこれからの国政選挙で、民主党は勝利することが可能だろうか。民主党という名で政治ができる状態でないことを、党所属の国会議員は自覚しているのだろうか。

 いま、日本国の政治でもっとも必要なことは、大震災被災者の救援であり、福島第一原発の放射能対策である。それをもっとも妨げているのは菅首相自身であり、一刻もはやい退陣が必要である。菅首相を退陣させることが大震災対策を効果あらしめる最大の政治課題といえる。

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2011年4月23日

「日本一新運動」の原点(51)── 復旧・復興財源をめぐる国家観の対立

■被災した東北の人々の心情

 今回の東日本大震災で、未曽有の被災を受けた東北の人々の様子が、テレビなどで報道されている。それに対して多くの人たちから「被災したはずなのに東北の人々は決して不平をいわない。小さな善意にも心底から感謝する。その純な気持ちが直に伝わってくる。素晴らしい」と、感想をもらすのを聞く。確かにその一面もあるかも知れないが、果たして東北の人々の心情をそのレベルだけで考えてもよいものだろうか。

 このことで、京都造形美術大学教授で磐座(いわくら)学会会長の、渡辺豊和氏が重要な発言をしている。渡辺氏は私の尊敬する友人で、世界的に知られている建築家だ。縄文文化の研究者としても有名である。阪神淡路大震災の際、神戸の復興を「曼荼羅都市」とし、鎭魂の心をもって都市再建すべしとの設計案を出した人である。私も国土庁(当時)に要請したが、残念なことに実現しなかった。

 東北は秋田県の出身で、岩手県との境で生まれている。先祖は岩手県の被災地で、親族の多くが被災している。その渡辺氏が、「磐座学会会報」(21号)の巻頭で次のように述べている。

 テレビで放映される被害者たちの談話などを聞いていると、気候風土の厳しさがあのような気持ちを育むのかも知れないが、として、東北の人々は「自身の身体で自己表現しようとする内に秘めた激しい欲求に起因している」と。そして、「東北の人々は現代の機械尊重の文明を信じていない。東北出身の私にはそのことがよくわかる。ところが皮肉なことに今度の震災でもっとも難儀な問題は原発なのだ」とし、テレビで放映される被災者たちのほとんどは、農業や漁業従事者であり、この農業や漁業は直接身体を使う仕事だから、彼らは身体で自己表現しているのだと、渡辺氏は論じている。さらに、「高度科学技術文明が限界にきているのは誰の目にも明らかだし、このまま進展したら間違いなく人類は滅亡する」と結論づけている。

■東日本被災地の復興の思想は何か!

 大震災の数日後、達増岩手県知事から電話があり「岩手県の被災地復興イメージづくりに、渡辺豊和さんの協力を得たい」と言うことであった。達増知事は今回の大震災の本質を理解し、復興の思想を「高度科学技術文明の限界と人間の復活」にと、懸命であった。この発想が復旧復興の原点でなければならない。そのために渡辺氏の話を紹介したわけだ。

 大震災から一ヶ月が過ぎて、それぞれの立場の人物が復興について、いろいろ発言しているが、被災者の心情や被災地の歴史的文化を無視したものが多い。

 代表的なものをいくつか挙げてみよう。

 まず、菅首相が陸前高田市などを視察した際、復興は「山を削って高台に住宅を建てることにし、エコタウンをつくる」と語ったことだ。海辺の山々を削れば何が起こるか。環境破壊どころか災害の原因となる。災害は地震や津波だけではない。何がエコか、不見識も甚だしい。

 次の暴論は、復興構想会議の議長となった五十旗頭真氏の発言で「災害のガレキを一個所に集め、希望の丘公園をつくればよい」というものだ。この程度の発想しかできない人物が大学教授で、しかも、国防の根幹ともいうべき防衛大学校長というから、日本という社会は余程人材がいないようだ。この欠陥人間を、復興構想会議の議長に座らせる菅首相の頭の中はどんな構造をしているのか、問うまでもなかろう。

 もうひとつだけ紹介しておく。とうの昔に過去の人物になったと思っていた竹中平蔵氏だ。東北被災地の復興に「TPP対応型の強い農業」などをつくるビジョンを明確にしろとの主張だ。被災地を高度経済成長策によって復興させようということだ。これだと高度科学技術文明のシンボルである、競争的資本主義を東北で実現しようという主張である。私は、被災地の歴史と文化がそれを許すことはないと断言する。

 大震災の復旧と復興の基本思想は、被災者の「幸福」を回復・確定することを通じて、被災地を再び災害のない安心して生活ができる場所にすることである。従って災害の真っ最中に「山を削ってエコタウンをつくる」とは、被災地の事情も知らず、彼が得意とする「その場の思いつき」でしかなく、内閣総理大臣が発言することでは断じてない。

 東日本大震災の復旧・復興には、高度科学技術文明の限界と反省を基本思想としなければならない。そして近代科学技術の長所を活用して、「人間と人間の共生」、「人間と自然の共生」を実現する新しい国づくりを、根本発想とすべきではなかろうか。これであれば、東北という、一地方の問題ではなく、いつ起きるかも知れない東海、東南海、南海地震などに対する備えにつながるのではないか。 

■復旧・復興財源をめぐる国家観の対立

 4月19日(火)の読売新聞(東京14版朝刊)は、一面トップに『消費税3%上げ検討』復興財源 政府、3年限定 2012年度にも、という見出しで特ダネ記事を出した。ごく一部のマスコミを除き、多くのメディアは消費税増税を主張する菅政権の情報操作の手助けを、かねてからやっていることは誰でも知っていることだ。

 菅政権内部では、被害総額を約25兆円と見立て、消費税率3%の引き上げで約7・5兆円を確保し、3年間の復旧に必要な支出の大部分を賄うという魂胆である。しかも、それだけではない。8%となった消費税率を、その後は名目を変更して恒久化しようと画策している。

 これは大震災を利用して、税と社会保障の一体化という菅政権の謀略を強行しようとすることに他ならない。世論調査では消費税率アップに対し、支持率が60〜70パーセントあるというが、これは巨大メディアの情報操作であり、このような不条理を許すことはできない。

 この謀略の思想は、総被害額をなるべく抑え込み、従来の災害原型復旧だけとする官僚の発想によるものだ。新しい東日本をつくるという考えは微塵もない。福島第一原発災害の国民への被害に配慮するつもりはまったくないようだ。要するに従来の劣化した官僚国家体制を続け、自分たちの既得権益を維持発展させようとする考えだ。

 この発想に対する政治家たちの反応が鈍いことも問題である。一部に増税反対の声があるが、財源論に説得性がない。さまざまな形での国債発行論があるが、政策として集約されていない。大量の赤字国債の発行が「市場を混乱させる」という岡田民主党幹事長の主張に、政治家としてまとまった反論ができていない状況だ。増税論も反対論も、それぞれの政治家自身に、「共生社会」を理念とする国家観がないからだ。

 この「共生」という国家観を前提に、財源をどう賄うか、これに智恵を出すべきである。昨年の民主党代表選挙の際、私が提案したのは「民間の埋蔵金」の活用である。それは金融機関(銀行・郵便局・保険会社など)の「休眠口座」を、法律によって公的に活用できるようにして、財源とすることである。「休眠口座」とは、死亡・行方不明者、相続人がいない人、規制のない時代にネコやイヌの名前で口座を作ったものなどのことで、いまは放置されている。

 英国では、最近、20年間使用されていない「休眠口座」を法律で公的に活用しており、大きな成果を上げている。日本では、この「休眠口座」にどの程度の資金があるか、専門家の推測によれば「可能性として50兆円程度」ということだ。現実問題として「30兆円程度」のものは確保できると思う。これは増税とか国債とかいった厳しい議論のあるものとは違う。金融機関がこれまで国民に迷惑を掛けてきたことを思うと、国民的合意は難しいことではない。

 これ以外に、どの程度の財源が必要となるか、それは復興計画構想によるが、私の発想だと、直接間接の復興費と、それに伴う社会や経済の再生も「共生社会」実現のために必要となる。50兆円、否、場合によっては100兆円という財源を必要とするであろう。その財源の確保については、既成の官僚的発想でなく、場合によっては、子孫への価値を残す建設国債や、英国の「コンソル公債のような永久国債発行の措置」などの検討を含め、叡智を集めるべきだ。

 大震災を悪用して火事場泥棒ならぬ津波泥棒の如く、消費税率アップを恒久化しようとする菅政権は直ちに退陣すべきである。

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2011年4月15日

「日本一新運動」の原点(50) ── 巨大震災は20世紀文明への警鐘だ!

 平成22年6月の創刊号から始まった「メルマガ・日本一新」で、私が担当した論説が、本号で50回となった。自称、「アナログ人間日本一」の私を支えて頂いている維持会員の皆さんに、心から感謝する。

■巨大震災は20世紀文明への警鐘だ!

 人類はアダムとイヴが蛇に騙され、リンゴを食ってから欲望が生まれた。その欲望が排他的競争となり、人類の歴史はその歴史でもあった。その結果が拝金資本主義の跋扈による我欲の解放であり、そして技術の進歩は、コントロールが困難な原子力の活用を文明の主流に押し上げた。

 いにしえの古代、人間は「太陽と月と星」を三位一体として信仰し、自然の営みに感謝して暮らしていた。「太陽」は繁栄の神として、「月」は変化の神として、「星」は心の癒しの神として。ところがいつしか多くの人間は「月」の変化の無情を忘れ、「星」の人々への平等な優しさを忘れていく。そして「太陽」の繁栄を信仰の中心とするようになる。人々が繁栄を求めることは大事なこと。しかしそれを排他的な競争で求めるなら「欲望という名の電車」に乗り、あてどもない「所有欲求」と、「存在欲求」の旅となる。それが2000年の人類の旅であり歴史であった。

 人類は欲望を達成するため、自然を壊し、人を殺し、戦争を仕掛け、ひたすら便利さと効率を求め、それが文明であると信ずるようになった。20世紀文明、それは人間が2000年かけた欲望を競争させる時間である。その成果が「原子爆弾」の発明であり、それを活用した「原子力」であった。原子力発電によって生じる「プルトニウム」という悪魔の物質は、自然が創ったもではない。それは人類の欲望が創ったものだ。人類は、自己が創った物質によって自己が問われることになった。

 「東日本大震災」という未曾有の大惨事、地震と津波という自然の怒りが、日本の中でもっとも自然を尊ぶ人々の多い地域を襲ったことに、無情を感じるのは私だけではない。衝撃的なのは人類文明・欲望のシンボルである福島原発が襲われたことである。それを人類は防ぐことができなかった。否、正確に言えば、これは人間が引き起こした「人災」である。「想定外」と政府や東京電力が叫ぶ思想に、自然の中に生きる人間の宿命を忘れ、自然への冒涜がある。それが人災といえる。

■自然との共生を抜きに人間は生きられない

 私の故郷・土佐清水市に、津波の恐ろしさを象徴する口伝が残されている。旧三崎村を流れる三崎川川口から約3キロ上流で海抜70メートルぐらいのところに、「あかぼう・とどろ」という所がある。「あかぼう」とは赤い色の深海魚のことで、「とどろ」とは「轟」のことであり淵(ふち)などが合流して音を立てて流れている場所のことだ。この地名の謂われは「海抜70メートル、川口から3キロぐらいの溝に深海魚が泳いでいた」ということだ。口伝によれば、白鳳の大地震(685年)で大津波が起こったことで、いかに自然の猛威が厳しいものであったかわかろう。ちなみに、この南海地方を襲った大地震では、土佐湾の海側にあった黒田郡全体が陥没したといわれている。村人たちはこの自然の猛威を教訓として、自然と共生してきた。農家は台地に家を建て、漁民は浜辺でも津波を避けられる地形を選んで暮らしていた。

 この自然との共生は戦後も昭和30年頃まで続いていた。高度経済成長時代に入り、この地方の人々の暮らし方も変化し、目先の利害と効率性に影響されるようになった。それでも四国88ヶ所の霊場の地だけあって、祖先から続く自然への崇拝の精神は残っている。

 「共生」(ぐしょう)ということばの語源は、仏教の『総願偈』(そうがんげ)というお経の「共生極楽成仏道」からである。この話を小沢一郎さんにしたところ、「共生に生きる社会が極楽か。共生は利他の精神がなければ成り立たない」と語っていた。そういえば、小沢さんが平成18年9月、民主党代表選挙の出馬にあたっての「私の政見」で、「人間と人間、国家と国家、人間と自然との『共生』を国是とする」と宣言し、これを民主党の基本理念にしようとした。

 しかし、政権交代を成功させた民主党は、菅政権になって「共生の理念」を放棄し、「競争の原理」という小泉政策に戻っただけではなく、ウラニウム原発をわが国の恒久エネルギー手段と位置づけたのである。さらにそれを発展途上国に多数売り込むことによって、わが国の経済成長の基軸とする政策を強行するに至った。

 東日本大震災は、「共生」を新しい国づくりにするために政権交代した民主党が、それを裏切ったことに対する神の警鐘と私は理解している。「自然との共生」を抜きに人間は生きていけない真理を知るべきである。

■原子力との共生は可能か?

 昭和56年(1981)秋、衆議院事務局で科学技術委員会の担当課長の職にあった私は、四国で初めて建設された愛媛県伊方原発を視察した。応対してくれた所長に、「原発で事故が起きる場合、どの部分がどういう理由で発生するのですか。それを防ぐために、どういう方策をとっていますか」と質問した。

 所長の答えは「絶対とは言いませんが、技術面では100パーセント近く事故を起こさない自信を持っています。もし事故が発生するなら、人間の傲慢さや過信から生じる事故です。そのため徹底的に人間教育をやっています」ということであった。この所長がいる限り伊方原発からは事故は起こらないと、私は感じたものである。

 30年ぐらい前までは、こういう技術者が日本にはいた。日本の技術はこういう精神で秀でた成果を出していたのだ。この30年間で日本人の精神がすっかり変わった。福島原発災害に対応する東京電力関係者だけでなく、政府の原子力関係者、著名な原子力学者たち、そして政治家たちのコメントを聞くにつけ、原子力技術に対する傲慢さと過信で腐りきった人間を、テレビで見せつけられる毎日である。

 「想定外の災害に対応できる設計でなかった」との主張に万歩ゆずって認めるとしても、災害発生後の対応について指導的立場の人たちの傲慢さと過信が被害を拡大したことは間違いない。その結果が世界最大の原発事故といわれるチェルノブイリ原発並の「レベル7」という、深刻な状況となったことを、政府は一ヶ月も遅れて発表せざるを得なかったのである。

 菅内閣の原発対策関係者の中には、「3月15日には『レベル7』の認識であった」と、私の知っている記者に説明しているから、いずれ報道されると思う。要するに菅内閣は福島原発災害について、国民と国際社会を騙していたのである。正確で誠実な情報を開示しなかった責任は重大である。初動対応を誤り、被災者をはじめとして、国民の混迷はもとより、国際社会の菅内閣への不信感は「核臨界」寸前である。原発問題での菅首相の対応は、国際社会を冒涜することに通じ、日本の国益を著しく損失させている。

 菅内閣と政府の原子力関係機関、そして東京電力の傲慢や過信で惨状を拡大した原発、すなはち原子力問題をいかに考えるべきであろうか。

 人類は原子力と共生できるか、という問題がある。私の結論は「現在、電力全体の約40パーセントを依存している原発を直ちにゼロにすることは難しい。いまの軽水炉の安全性を確保し、耐久年収に応じて順次廃炉にして、原発依存から脱していくべきだ」というものだ。

 代替案として、平成19年7月の参議院選挙のマニフェストに、中長期エネルギー対策構想を入れるよう当時の小沢民主党代表に進言したことがある。「プルトニウムという核兵器になり、悪魔の物質を発生させるウラニウム原発政策を見直すべきだ。プルトニウムを焼却できて、安全性が高いトリウム溶融塩原子炉の研究開発を復活すべきである」というものだった。

 小沢代表は賛同してくれ「菅代表代行と鳩山幹事長に説明するように」指示された。菅代表代行に説明すると「あなたから原子力の話を聞いても仕方がない」という態度で、驚いたのは「トリウム溶融塩炉なんて知らない」という言葉であった。ウラニウム原発の危険性について政治家としての感性がないと私は思い、鳩山幹事長への説明もやめた。

 民主党では原子力の安全性や、原発政策見直しを論じても仕方がないと諦め、以後この運動を東京電力の豊田元副社長や、朝日新聞の科学部元記者の飯沼氏らと、細々、知人の国会議員に啓蒙活動をやってきた。

 原発は、ウラニウムでもプルトニウムでも、安全性が高くて核兵器に使えず安い経費で済む「トリウム」であっても、できれば活用しない方が良いに決まっている。しかし、現在の文明社会をすべて否定できない以上、安全で環境にやさしいソフトエネルギーですべての電力が賄える時代が来るまでの期間、原子力と共生しなければならない。そのためには、技術の安全研究・開発もさることながら、この項のはじめに書いた、伊方原発所長のことばを忘れてはならないと思う。

 「もし事故が発生するなら、人間の傲慢さや過信から生じる事故です。そのため徹底的に人間教育をやっています」東日本大震災の翌日、菅首相は親しい友人に「これで2年間政権を続けることができる」と語ったという情報が流れている。真偽の程は不明だが、次々と内容が伴わないパフォーマンスを見るにつけ、彼の深層心理は情報の通りとするのが常道だろう。その他にも、思いつき・手続無視の問題発言が続出し、政権内の混迷となり、菅首相の「傲慢と過信」が、第2次、第3次災害を引き起こしている。4月13日(水)、小沢一郎元民主党代表は、直系の衆議院議員でつくる「北辰会」の会合に出て「小沢氏の見解」を示した。そこには菅政権に対して被災者が強い不安を抱いていること、原発事故の初動対応の遅れをはじめ、菅首相の無責任さが更なる災禍を招きかねないと指摘し、何のための政権交代だったか、先の統一地方選の大敗は菅政権への国民からの警告だとの見解を提示した。小沢氏の見解が民主党内でどれほどの理解を得るのか、野党に、その真意をくみ取る感性があるかどうかは読めない。私は、人間・小沢一郎が「身命を捨てて」世界と日本人に、その覚悟を示したものと思う。

 私には、小沢氏が北辰会でこれを提示したことに特別の思いがある。

 「北辰」は「宇宙を司る不動の北極星と北斗七星」のこと。古代から民衆を護る神といわれている。私の手元に「我れ北辰菩薩、名付けて妙見と曰う」で始まる『妙見菩薩陀羅尼経』がある。そこに重大な文言を見つけたので、ここに紹介しておく。「若し諸々の人王、正法を以て臣下を任用せず、心に慚愧(ざんき)なく、暴虐濁乱(ぼうぎゃくじょくらん)を恣(ほしいまま)にして、諸々の群臣・百姓を酷虐(こくぎゃく)すれば、我れ能く之を退け、賢能(けんのう)を徴召(ちょうしょう)して其の王位に代わらしめん」

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2011年4月 8日

「日本一新運動」の原点(49)── 幻の『救国非常事態対策院』の設置

■幻の『救国非常事態対策院』の設置

 有史以来最大の災害となった「東日本大震災」、その対応の最高責任者であるリーダーとしての菅首相の資質、というより人間としてのあり方が問題となっている。民主党内はむろんのこと、内閣・官邸から悲鳴が聞こえてくる。内閣も国会も機能不全という事態に、私は「日本一新の会」の多くの会員から、絶叫のような叱責を受けていた。

 私は衆議院事務局に33年間勤め、その間、10年ぐらい災害対策の仕事をしていた。災害対策基本法の制定にも関わり、日本の災害の特殊性や明治以来の官僚国家の中で、災害対策が国民のために行われていなかったことを熟知している。現在でも官僚制度の発想の原点に「原型復旧」という哲学が生きている。そもそもわが国で、「災害復旧基金」のようなものが始まったのは、日清戦争の賠償金であったという歴史を知ればわかろう。

 平成4年に参議院議員となり、小沢一郎氏のもとで「国民の生活が第一」を目標に、新しい国づくりのために活動していた。

 平成16年に参議院議員を引退後は「日本一新運動」を中心に政治評論活動をしている。

 思うに、日本の災害の歴史は社会的弱者が常に被害を受けるという構造であった。社会的強者や支配層が被害を受けることは少ないという歴史であり、今回の福島原発災害の背景には、大都会の繁栄のため、過疎地と、そこに住む人々が犠牲となるという社会構造を忘れてはならない。

 昨年、後期高齢者となった私は、堪え性がなくなったのか、国会・政府・政党の「非常事態」認識が不足していることに怒りを募らせ、旧知の自民党元参議院議員会長・村上正邦を、3月25日(金)に訪ねた。村上氏は原発災害でフランス大使館の支援に関わったことで、菅首相に強い不満を持っていた。私の顔を見るなり「わしに会いにきた狙いはわかっとるよ。国家非常事態で中曽根元首相に会わせろ、ということだろう」と言い当てた。

 ずばりであった。私は東日本大震災は非常事態であり「国家の危機」と認識していない菅首相の対応をきわめて憂慮し、「メルマガ・日本一新」でも提言を続けてきた。笹森清内閣府顧問も私の提言を取り上げ、菅首相に直言したようだが、摘み食いに利用されただけであった。衆参両院議長も国家の危機という認識はなく、この事態に指導力を発揮できるのは中曽根元総理をおいて他にないと確信した。

 ところが中曽根元総理と私は逆縁で、保守政界の中で私が指導を受けた政治家の全てが、中曽根政治と対立関係であった。その関係は中曽根さんも承知していて、私も距離を置いていた。しかし、この大惨事に対し、そんな小事にとらわれてはいかんと、村上正邦という国士に相談したわけだ。

 村上さんは「よし、中曽根さんと会おう」と3月28日(月)午後4時をセットしてくれた。中曽根さんと会うことが決まったことはよかったが、どんな話をするかは考えていなかった。この非常事態で菅首相を直ちに退陣させることはできない。与野党の挙国体制をつくる必要があるが、大でも小でも連立となるとポストと利権争いとなる。国家と国民のため、真の挙国体制をどうつくるか。村上さんと私は、国会決議で内閣とは別に各党・政府・地方自治体・民間諸団体などの代表者で「救国非常事態対策院」を設け、ここの提言を菅内閣が実行するということで意見が一致した。

 構想の叩き台はできたものの、村上さんと私だけではこれを動かすことはできない。どうするかというところで、村上さんから「亀井に相談しよう」とのことで、翌26日(土)に、村上・亀井・平野・南丘(月刊日本主幹)の四人で会うことになった。会談では、亀井国民新党代表のきわめて有用な提言に基づいて、次の構想をまとめた。

○救国非常事態対策院の設置(案)要旨
(目的)東日本大災害による非常事態に対処するため、挙国体制により、緊急対策本部の緊急対策と復興の基本方針、政策の立案及び実施を提言し、本部長を補佐する。
(構成)各党を代表する者、政府を代表する者、地方自治体を代表する者、経済界・労働界・言論界を代表する者、その他。
(設置)国会決議による。

 この構想のポイントは、政治・行政機能不全となった菅首相を、大災害の中で退陣させることは総合的な判断として適切でないという認識に立って、非常事態に対処するため国会決議という方法で、救国体制をつくろうというものであった。これだと大連立とかという党利党略なしに、真に国家と国民のための対策と、新しい国づくりが可能となる。

 緊急対策に見通しがついたところで、菅首相の花道として退陣してもらう。どの道、在日韓国人の違法献金問題の責任もあるという期待があったことも事実である。

 この構想をどう生かすか。亀井代表の意見は「菅首相が納得することが前提だ。説得するのは仙谷副長官をおいてない。平野さん、そのことは了承してくれるのか」と、小沢--仙谷関係を心配して、私に意見を求めてくる。「いろいろあるが国難のときだ。戦略的に仙谷さんに動いてもらって結構です」と言うと、亀井代表はその場で仙谷副長官に電話をした。状況を説明し同日、亀井--仙谷、村上--仙谷会談がセットされた。

 ふたつの会談で仙谷副長官は「これは戦前の枢密院だ」と叫んだとのこと。その通りだ。こんな非常事態には非常時体制で臨むべきであり、この構想は「超法規行為」を断行する腹がなくてはできない。そのため国会決議で設置し、憲法の原理に反しないようにしたのだ。仙谷副長官は賛同し、菅首相を説得することになる。村上氏は「3月28日(月)午後四時に中曽根元首相と会う予定なので、それまでに返事をもらいたい」と要望した。

 結局は、中曽根元首相との会談時間までに仙谷副長官から菅首相を説得したとの返事はもらえなかった。村上氏と相談して、中曽根元首相には経過報告中心の説明となった。中曽根元首相は、「非常事態には総理が命を懸ける気になれば何でもできる。それができなければ辞めるべきだ。そのことがわかる人間が総理になっているはずだ。構想のような組織はかえって邪魔になるのではないか」との意見であった。

 私たちは菅内閣が大震災発生後、機能しなくなっており、災害の国難とともに、政治がもたらす国難が発生しており、国際的にも日本国家の劣化が著しくなった状況を説明した。中曽根元首相は「菅首相が腹を決めて私にアドバイスを求めてくるなら、相談にも応じるし、指導もする」と、さすがの見識を見せてくれた。この話は村上氏から仙谷副長官に伝えられ、菅首相の対応を見ることになる。

 ところが、これらの動きに刺激されたのか、菅内閣・民主党執行部内で、自民党との連立構想が出てくる。同時に自民党内部でも百鬼夜行のように民主党との連立への蠢きが始まった。菅政権側は延命策としての連立、災害復旧利権に関わろうとする自民党化石グループ、そして自民党中堅からは菅抜き、谷垣首相が条件だとか、百家争鳴の状況となった。

 村上・亀井・南丘(前出)・私の4人の構想は、連立論となると利害利権の政争となるので、それを避けるために、超法規的発想による『救国非常事態対策院』による各党・各界の、真っ当な人材を活用した「枢密院」の設置であった。

 右往左往の連立論は泡のように消えたが、百鬼どもは、いつ自己の利益を求めて発酵してくるかも知れない。非常事態はより深刻になっているのにである。しかし、時間の経過とともに忘れられるようになった。私たちの構想も、早咲きの桜のように散り、さらに劣化し方向性を失った菅内閣は続いていく。このままだと日本は崩壊し、取り返しが付かない事態を迎えることとなる。

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2011年4月 5日

「日本一新運動」の原点(48) ── 菅政権では東日本大震災の救済は絶望だ

■菅政権では東日本大震災の救済は絶望だ

 巨大地震が3月11日(金)に発生して、最早3週間が過ぎた。やっと本格的救援が始まったとはいえ、いまだに救援物資の供給や、被災者援護の根本について政府官邸の機能不全が続いている。福島原発災害についても緊急措置が続いていて、放射能被害の拡大が国内だけの危険性でなくなり、国際問題として深刻な事態を続けている。その最中の4月1日(金)に、菅首相は久しぶりに記者会見を行った。

 率直に印象をいうと、会見のスタートでは、自信を漲らせていたのか、えらく張り切った話しぶりだった。ところが時間が経つにつれて顔の表情が固くなり、その説明も、一国の総理の記者会見にはふさわしくない、「山を削って家を建てる」など、実務の話に終始した。記者団の質問に対しても誠実な答弁はなく、具体的な問題は、専門家・他人任せで対応するというものであった。これでは、国民は安心して大震災の救援や復興を任せることはできない。

 問題点を指摘しておこう。まず第1に、東日本大震災がわが国に「非常事態」を発生させたという認識が、まったく無いことに驚かされた。従って大震災発生に伴う初期対応が遅れたことや、内閣官邸が機能不全に陥ったことや、馳せ参じた諸外国の救援活動に、齟齬をきたしたことに対する反省の弁もなかった。

 第2に、いまも「非常事態」は続いており、それは余震だけではなく、新しい震災の可能性が、日本中にあるという意識がなく、4月中旬には各界の有識者による「復興構想会議」をスタートさせるということだ。東日本大震災を奇貨とした「新しい国づくり」は大事であるが、ここ2・3日の朝日新聞を見ると、菅政権のとんでもない陰謀が読める。

 それは「復興へ新税創設案」(4月1日(金))という見出しで、民主党がまとめた「東日本大震災復興対策基本法案等」の内容だ。復興案を提示して被災者を安心させることは必要だ。

 しかし、未だ自衛隊と米軍が、海洋を中心に安否不明者を捜索中という、非常事態の中でのことである。それだけではなく、陸上に残る膨大ながれきの中には、その数が未だ定かでない行方不明者も残っているといわれている。

 しかも、基本法の中には、特別消費税や社会連帯税の創設を検討するとの方針が示されている。これらは、懸命に救命治療をおこなっているその傍らで、葬式の準備しているのと同じであり、被災地に出没する火事場泥棒と同罪だ。どうやら、菅政権はこの国を潰す腹を固めたようだ。

 さらに、同日の夕刊では「農漁業復興、国が全額負担 特別立法原案、被災失業者に補償」という一面トップの見出しで、民主党の特別立法チームの活動を報道している。これでは、民主党が朝日新聞を使って選挙運動をやっているのか、それとも朝日新聞が、菅民主党政権の延命工作に手を貸しているのかと、皮肉のひとつもいいたくなる。

 東日本大震災の復旧対策は、これまでの日本の政治・経済・社会などの構造を根本から変えるという覚悟がなければ成功しない。菅首相の言動からは、このような発想は微塵も感じられない。財政の形式的健全性にこだわる官僚の手のひらで踊らされている、思想なき人間なのだ。

 第3は、福島第一原発災害に対する菅首相の責任感がまったく感じられないことだ。「安定化の目途についていえない」と、あたかも、他人事のような言い方であった。3月12日(土)早朝、原発災害現場を視察し、その後の与野党党首会談で「福島第一原発は安全だ」と説明した直後、皮肉にも、それを待っていたかのように水素爆発を起こした。状況は時間が経つにつれて深刻となり、国際問題となっていることへの言及もなく、反省の弁も聞かれなかった。

 記者団の質問もなおざりで、専門家が指摘する「菅首相の、原発早朝・強行視察が現場の初期対応を遅らせた問題」について、菅首相の国会答弁の矛盾を追及すべきであった。国際原子力機関(IAEA)の測定による土壌汚染調査結果を、日本政府が無視していることも、これからの政治問題となろう。

■放射能の防御について小沢一郎氏の見識

 多くの国民から大震災対策の中心になって活動するように期待されている小沢一郎氏は、3月19日(土)の菅首相と民主党代表経験者の会談で、「何でも言ってくれ。何でもやるから・・・・」と、故郷東北への想いを伝えた。菅政権も民主党執行部も、それに応じるつもりは小指の先ほどもないようだ。挙国体制で守るべき国家の危機に、挙党体制も作れないまま政治は漂流している。そんな中で、小沢氏の見識を示すエピソードがあった。

 3月29日(火)午前、私の友人である板橋区役所ホタル飼育施設の安倍宣男理学博士から電話があった。ホタルを飼育するために、汚染された水質の改善技術で有名な人物である。

 「放射性ヨウ素と放射性セシウムの数値が高くなる水道水を、70%削減できる発明ができた。蛍の飼育を参考にして、ナノ銀坦持石と骨炭などの組み合わせだ。これを小沢先生の名で世の中に知らせて欲しい」という話だった。平成19年6月、民主党代表のとき、小沢氏がホタル飼育施設を訪問して以来の交友である。

 早速小沢氏に伝えると、「大災害の中で、国民のためになるものを、政治家のパフォーマンスに使うものではない。平野さんから実務的に専門の関係機関に伝え、しかるべき機関にオーソライズしてもらい、国民のために役立つようにしてやって欲しい」ということであった。こんな場合、菅首相ならふたつ返事で飛びついてきたはずである。パフォーマンスが政治だ、と思っている政治家が圧倒的に多いわが国で、小沢氏の見識はさすがであると、改めての思いである。

 この件は、早速友人の都庁OB職員を通じて、水道局として取り組んでくれることになった。安倍博士の貴重な発明が、放射能汚染におののく国民のために役立つことをひたすら期待している。

■小沢氏が参加する真の挙国政治体制の確立を!

 大震災発生後1週間程度は、交通手段の影響もあり、国会・政府・各党などの動きを見守るということを続けていた。

 参議院議員を引退して後は民間にいるとはいえ、「国家の危機」といえる事態に「このままでは国家・政府が機能不全となる」という、与野党の親しい政治家や各界有識者の叱責と、各方面からの訴えも届いたこともあり、3月18日(金)からいろいろな動きを試みた。申し訳ないが、その詳細は現時点で公開することはできない。これらは、真の挙国・救国政治体制を確立しないと、この大震災からわが国は再生・復興できないという思いに駆られてのことであった。

 その第一歩は、政権与党として責任ある民主党が挙党体制を確立することである。小沢氏の党員資格停止という集団リンチを反省・解消して、小沢氏を大震災対策の中心に据えることなくして、政治の機能不全を改善することはできない。

 挙国・救国政治体制のつくりかたはいろいろあるが、いま聞こえてくる政局の流れは、私たちが考える「真の挙国政治体制」から離れて、菅政権や自民党内の大震災を利用した利害・政権欲の裏取引となっている気がする。永田町の片隅で半世紀を過ごした私には、4月1日(金)の菅首相のことば尻に、その臭いを強く感じる。

 大震災を通して始まる政治は、「増税による復旧論」と「智恵のある思い切った財政出で、新しい国づくり論」の厳しい対立と思われる。

 菅首相は前者を選んだといえるし、このままでは日本は亡国となるが、「日本一新の会」は、断じて座視することはしない。

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Profile

平野貞夫(ひらの・さだお)

-----<経歴>-----

1935年、高知県生まれ。
法政大学大学院政治学修士課程終了。
衆院事務局に入り、副議長(園田直)秘書、議長(前尾繁三郎)秘書などを経て委員部長となる。
1992年、参院高知地方区で当選し、小沢一郎と行動を共にする。
2004年、参院議員を引退。
以降、言論執筆活動に専念する。

BookMarks

-----<著書>-----


『坂本龍馬の10人の女と謎の信仰』
2010年1月、幻冬舎


『平成政治20年史』
2008年11月、幻冬舎


『虚像に囚われた政治家 小沢一郎の真実』
2006年9月、講談社


『ロッキード事件「葬られた真実」』
2006年7月、講談社


『公明党・創価学会と日本』
2005年6月、講談社

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