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2011年1月24日

「日本一新運動」の原点(38)── 小沢氏の国会招致には絶対条件がいる

 民主党の岡田克也幹事長は、1月20日(木)、小沢一郎元代表に、衆議院政治倫理審査会(政倫審)への出席を求める議決を断念することを表明した。これからは、野党が要求する証人喚問を容認することを示唆した。

 この国の議会政治はどうなっているのか。民主党の菅代表以下、執行部首脳たちの議会民主政治に対する基本知識の欠如と、見識のなさには呆れるばかりだ。政治家として最低の常識を持たずに、政権与党として権力を欲しいままに行使しようとしていることに、怒りを感じているのは私だけではないだろう。

 そもそも「小沢問題」(政治とカネ)は、小沢氏を政倫審であれ、証人喚問であれ、国会に招致する問題ではない。野党が政敵を攻撃するため、暴論を展開することはままあることだ。政府与党首脳が狂ったように小沢氏を国会に引っ張り出し、検察やメディアが偽造した事件を取り上げ、メディアが造成する軽薄な世論で、小沢氏を政治の場から排除しようとすることがことの本質である。こんな暴挙は、わが国の議会政治の歴史にはなかった。

■政治倫理制度は議会政治の向上が目的

 私は1980年代から衆議院事務局で、政治倫理制度立案の責任者を務めていた。制度をつくった目的などをぜひ理解してもらいたい。

 1970年代になって、わが国の高度経済成長、情報社会化、グローバル化といった社会構造の変化に伴い、政治家の資金の集め方や、使い方について新しいルールが必要になった。直接の契機はロッキード事件やグラマン事件などであった。主たる目的は、国会議員の倫理性を確立して、議会民主政治を健全に向上させることにあった。

 そのため、議員の個人資金や収支を透明化すること。さらにメディアなどから政治倫理という名目的で、議員の権限や地位を侵害されないようにする制度をつくることであった。政治倫理審査会を中心とする制度で、そこでは、審査の対象とされる議員の基本権、すなわち有権者から選挙された代表者であるという、憲法の国民主権にもとづく諸権限と地位が、メディアの工作とか、政争から侵害されないよう特別に配慮した制度であった。

 そのため審査会は、他の常任委員会などと異なり、特段の権威を持ち、会長職には議長クラスの人物を当てることを慣例とした。初代の会長は、議長を辞めたばかりの福田一氏で、私は就任を口説きに行ったものだ。

■小沢氏の国会招致には絶対条件がいる

 岡田克也幹事長が小沢氏の政倫審への出席議決を断念した理由は、制度の基本的仕組みを理解していなかったことにある。政治倫理綱領第四項の「政治倫理に反する事実があるとの疑惑をもたれた場合にはみずから真摯な態度をもって疑惑を解明し努めなければならない」という宣言規定が、審査会での審査対象となり、世論から疑惑をもたれている小沢氏に対し、疑惑を解明して責任を明らかにせよ、と迫ることができると誤解していたようだ。

 審査会の審査対象になるのは、行為規範に規定した要件であり、政治倫理綱領という宣言規定は対象となっていない。これは世論の無責任な疑惑から議員を守るためである。審査会が取り上げるためには、行為規範の要件に著しく違反していることを明らかにした文書で申し立て、あるいは疑惑はないとの疎明文書で申し出することが必要である。

 小沢氏の場合、どういうことが政治倫理に著しく反したことか明確にされておらず、検察がメディアにタレ流した情報で「小沢叩き」をやっているだけである。

 「小沢問題」は、一昨年の西松事件での大久保秘書逮捕では、検察側証人が検事調書の証言を否定し訴因が消滅することになった。麻生自民政権が政権交代を阻止するため、小沢氏をターゲットにするよう検察を暴走させたものである。このことについては私自身が傍証を体験していることを何度も説明した通りである。元秘書の石川知裕議員が逮捕された「陸山会問題」は、起訴後の事情聴取で、石川議員が「起訴事実を否定」したことに対して、特捜検事が「小沢さんの圧力があったと、検察審査会の印象は悪くなるよ」と脅した事実が判明し、石川議員の録音記録が証拠採用されることになった。また、この事件で大久保秘書を取り調べた前田検事は、郵政不正事件で証拠隠滅罪で起訴された人物であり、検察は大久保秘書の供述調書を証拠として公判に提出しないことになった。

 さらに、検察側が必死に立証しようとした「一億円のヤミ献金」については、検事調書に供述した水谷会長が「渡していない」と、調書を否定する発言を周辺に語っているとの情報がある。また、石川議員に水谷建設を紹介した人物が、「ヤミ献金は渡していない」と語っているとの情報もある。私の推測では、検察は「水谷ヤミ献金」の事実がないことを承知の上で、小沢氏の政治的立場を世論上不利にし、菅首相らの「小沢排除」に、巧妙かつ悪質に協力していると思う。

 前記のことから、石川議員らの「陸山会事件」、小沢氏の「検察審査会の起訴」による裁判が始まれば、これらの検察側の正体が暴露されると私は確信している。さらに問題があるのは、東京第五検察審査会の「小沢問題」に対する疑惑である。数々ある疑惑から、二例だけ紹介する。

 第1は、第5検察審査会は小沢問題で2回目の起訴議決を行った際、そのための審査を7回行ったと公表している。私たちの調査では、3回の審査が限度であり、とすれば起訴議決が行われたかどうか。議決があったとしても法令に適法であったかどうか問題がある。この点について情報開示を求めても、開示を拒否している。審査員に支給される日当・旅費などを調査すれば、真実が判明する。

 第2は、第5検察審査会が行ったといわれる2回目の起訴議決は、法定要件を満たしていない可能性があり、ぜひとも事実関係を解明する必要がある。検察審査会法によれば、検察審査会は、2回目の議決の前に不起訴の理由の説明を、検察官から受けなければならないことになっている。

 特捜部副部長の斉藤検事が、第5検察審査会に説明に行ったのは、9月14日以降という信頼すべき情報がある。私たちの調査では、斉藤検事が地検の玄関で出会った知人に、「これから第5検察審査会に説明に行く」と話したとのこと。この情報を第5検察審査会に確認しても情報を開示しない。

 斉藤検事に確認する方法もあるが、彼は東京地検特捜部副部長に昨年4月1日に就任し、わずか6ヶ月後に、地検公判部長に異動するという異例の人事で、友人に不満をもらしたと聞いている。これらのことは、国会の国政調査権で解明できる問題である。森ゆう子議員らが懸命に調査し、法務省・最高裁・検察審査会などに事情聴取や資料要求しているが、適切な協力は望めない。

 日を追うごとに「小沢問題」は、政治的謀略であることが明らかになっている。政治謀略の主体が自民党政権で始まり、政権交代後に菅・仙谷政権体制に継承されたのである。菅・仙谷政権は、米国の悪質な金融資本や安保マフィア、そして日本の巨大メディアと共謀・結託して、「国民の生活が第一」という、鳩山・小沢政治を排除することを政治目標とすることになる。その手先に利用されたのが、第5検察審査会である。この二つの疑惑を解明することで、「小沢問題」の真相に穴を開けることができるのである。

 議会民主政治の本旨からいえば、民主党政権が真っ先に取り組むべきことだ。国民主権にもとづき、有権者から選ばれた国会議員の地位と権限を守るため、「小沢問題」の政治的謀略性を解明することである。

 それなのに、民主党政権樹立の功労者を政治の場から排除することに血道を上げているのである。これは議会民主政治の破壊そのものだ。

 民主党執行部は、小沢氏を政治倫理審査会に引っ張り出すことに失敗したため、証人喚問とか、起訴されれば離党勧告とか、資格停止、除名などを検討しているようだが、民主党は何時から独裁ファシズム政党になり下がったのか。民主党には常識ある多くの国会議員がいるはずだ。これらの暴挙を断行するなら、少なくとも第5検察審査会に関する二つの疑惑を解明してから検討すべきである。これらの解明が小沢氏の国会招致についての絶対条件である。同時に、これらの疑惑が解明されてからでないと、指定弁護士による小沢氏起訴を行ってはならない。起訴の絶対条件であることがわからないなら、法律家の資格がなく、懲戒処分の対象となる。

 わが国の国会は多くの与野党国会議員がこれらのことを理解できず、ひたすらメディアの「社会心理的暴力装置」に洗脳されて、「新しいファシズム」への道に暴走し始めた。行政も司法も、国会さえも、デモクラシーの本旨を放棄する事態になっていることに、気がついている国会議員が何人いるのか。

■民主政治を崩壊させる朝日新聞の悪霊性

 1月22日(土)の朝日新聞社説は『小沢氏の姿勢 国会を台なしにするのか』と、またまた「小沢排除」の民主党菅・岡田体制の"提灯もち"論説を恥も外聞もなく出している。岡田幹事長と同じレベルで、倫理綱領第四項が政倫審の審査対象でないことを知らないようだ。「民主党執行部は証人喚問や、離党勧告の検討に入る。小沢氏が政倫審出席を拒否する以上、当然の対応である」とのこと。「小沢問題」の政治的謀略と第五検察審査会の疑惑を確認してから論じてもらいたい。

 情報によると、昨年の暮れ、菅首相と朝日の反小沢で知られている、若宮・星という幹部記者が懇談、若宮・星両氏が「小沢排除を徹底すれば、世論の支持が上がり、政権は浮揚する」と進言したとのこと。菅首相が大きな影響を受けたことはその後の言動が証明している。菅首相と岡田克也幹事長のスターリン的政治運営を「当然の対応」と断言するに至っては、わが国の議会民主政治を崩壊させる悪霊といえる。菅・岡田体制の背後霊となった朝日新聞は、亡国への水先案内人と成り果てた。。まさにメディアが政治権力と結びついた「新しいファシズム」である。「社会心理的暴力装置」である朝日新聞を厳しく監視することが国民的課題となった。

 最後になったが、1月16日(日)、熊本市の本光寺で開催された、日本一新の会・熊本懇談会は大成功で、私自身も学ぶことがあった。このような政治向きの集会が、お寺を会場に開催されることは珍しいとは思うが、これも、日本一新の会のオリジナリティーなのだろう。今回を教訓にして、条件が整った地域から逐次開催することで、日本一新運動の裾野は必ず拡がるとの確信を得た懇談会であった。

 雪や寒風のために足元も悪い中、遠路にもかかわらず参加してくれた人たちもいて、心から感謝の意を表したい。

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2011年1月17日

「日本一新運動」の原点(37)── 「国会崩壊」から「国家崩壊」へ

■「国会崩壊」から「国家崩壊」へ

 平成20年6月、私は『国会崩壊』(講談社+α新書)を刊行した。福田自公政権が、参議院で否決した「テロ対策新給油法案」を衆議院で再議決して、議会政治の基本を崩壊させたことがきっかけであった。同著の中から、長くなるが、今日の民主党に通じる部分を紹介する。

「現在の"衆参ねじれ現象"は、きわめて深刻な事態である。しかし、議会政治の本旨からいえば、政党内の理念や基本政策のねじれの方が問題である。自民党と民主党の理念や政策の"ねじれ"を分析してみよう。
 まず民主党だが、大きく三つのグループに分類できる。それは、1、共生社会派、2、市場経済優先派、3、既得権保護派となり、それぞれ、一部理念がわずかに重なり合っている。しかし、市場経済優先派と既得権保護派は理念に重なりがなく、明確に分離している。
 一方の自民党は、1、共生・絆派、2、市場経済優先派、3、利権保護派で、多少の呼称は異なるものの、その分類は民主党と大差はない。ただ一点違うところは、この3つのグループの一部がほぼ均等に重なり合っていることであり、この重なりは民主党よりも幅が広いことが特長である。
 要するに、このままの政党構成で政権交代が行われても、同じような政治が続くだけである。政党の結成は共通の理念と政策によって行われるべきものだ。わが国では政治家の理念や政策は建前だけで、感情論や当選のしやすさという便宜的なもので政党が結成される場合が多い。福田総理と小沢代表による率直な意見交換は、これまでのわが国の政党政治を突き崩すきっかけになったかもしれない。
 しかし、結果は政策協議が行われる見通しもなく、国会は"衆参ねじれ現象"を抱えたまま、デスマッチを続けることになってしまった。与野党が国民生活をかえりみず、この現状を続けるならば、国家の機能は崩壊するといえる。
 この"国会崩壊"の原因をつくったのは誰か。平成19年の参議院選挙で民主党を圧勝させた有権者なのか。あるいは平成17年秋、小泉郵政解散で自民党と公明党に、衆議院の議席3分の2以上を与えた有権者に責任があるのか。徹底した検証が必要である」
というものだ。

 その後の政治状況だが、平成21年8月の衆議院総選挙で、民主党が大勝利し、民衆が初めて政権交代を実現させた。参議院は、社民党と国民新党を連立政権に入れ多数を確保した。鳩山連立政権が政治運営に失敗し、鳩山首相と小沢幹事長が、挙党体制で参議院選挙(平成22年7月)に勝利するために辞任し、菅政権と交代した。

 ところが菅首相は政権交代の歴史的意義を踏みにじり、市場経済優先の米国金融資本の手先となり、国民と約束したマニフェストの根幹を無視し消費税率のアップまで参議院選挙の公約とした。さらに最悪の選択は、麻生自民政権が政権交代を阻止するため、政治謀略として仕掛けた「小沢の政治とカネ」を、マスメディアと共謀して継承、「小沢排除」を断行したことである。

 メディアの世論調査では成功したかに見えたが、有権者には理解されず、民主党は参議院選挙で歴史的敗北を喫することとなった。菅政権はこの敗北を反省するどころか、同年9月の民主党代表選挙では、メディアを利用した詐欺的行為で勝利し、臨時国会に臨むこととなった。3年前に自民党が辛酸をなめた「衆参ねじれ現象」が再現することなる。今回の「ねじれ」が前回と違うのは、衆議院で与党が再議決(3分の2で法案を成立させる)を行う大多数を持っていないことである。さらに政治の本質に無知な「菅・仙谷政権」は、国内外の重要政策を混乱させ、「国家の崩壊」といわれる深刻な事態を生じせしめた。

 私は『国会崩壊』を執筆した平成20年の時点で、わが国での政治混迷の主たる原因を、国民の民主政治に対する未成熟な意識にあると考えていた。この時期、私は菅氏本人と小沢代表からの要請で、菅氏の国会運営などについてアドバイザーをやっていた。その後の政治状況を改めて分析すると、私の考えに誤りがあったと反省している。

 私の誤りは、第一に国民有権者の政治意識について完璧ではなくても、多くの有権者はそれなりに健全な政治選択を行っていることに気がつかなかった。第二の問題は、それを受け止める政治家側に原因があるということも見落としていた、自民党政権の福田・麻生内閣が「ねじれ国会」で苦しんだのは、政治運営や政策協議で民主党に真摯な妥協をしなかったことに原因があった。そこには政権政党としての奢りがあり、また政権交代などは起こってはならない不条理だという意識があった。民主政治の理解不足は、有権者側より政治家側にあったといえる。

 そこで、民主党に政権交代して、どうしてこうまで政治が混迷し、「国家崩壊」の危機となったか検証しなくてはならない。自民党政権の失敗は指導者たちの政治能力の幼稚性にあった。菅民主党政権の混迷は指導者たちの「人間性の欠陥」にあると私は確信している。私の生涯の師・前尾繁三郎元衆議院議長の遺言は「政治家である前に人間であれ」というものであった。前尾さんほど立派な人間は少ないが、それにしても国会議員なら人間としての仕種を知ってほしい。

 菅首相の最大の問題は、政権発足に仙谷由人と枝野幸男という二人の弁護士政治家をブレーンとしたことにある。かつてマックス・ウェーバーは「弁護士は政治家に適する」と言ったようだが、その時代の弁護士は「正義感」があったのだ。21世紀の現代、正義感のある弁護士は政治家にならない。政治家になりたがる弁護士は、自己顕示欲が強いくせに人間を知らない人種で、屁理屈と正論の区別すらできないのである。

 しかも、この二人は弁護士界でも真っ当な仕事をしていないことで知られており、常識を大事にして活動したことのない人たちである。政権運営の相談相手にはしてはならないことは、民主党の多くの議員が知っていたことだ。それを承知で菅首相が何の事情があってか、参謀としたことに民主党政権混迷の原因がある。

 認知症に近い言語を時々吐く偽黄門、アルコール依存症で知られている官僚OB議員など、菅・仙谷政権の背後霊役の人たち、読売新聞社出身の議員などを別にして、民主党のほとんどの国会議員は「人の道」を心得た人たちである。この人たちが志をもって自由闊達な活動をすれば、国民の期待に応えることができるのである。これを妨げているのは、挙党体制に反対して「小沢排除」を第一の政治目的とする、菅・仙谷政権のごく一部の「心の曲がった」指導者たちである。政治権力の組織とはかくも恐ろしいものだ。

 昨年末、私は『日本一新--私たちの国が危ない』を、民主党の国会議員に贈呈したところ、礼状や電話など驚くほど多数いただいた。その多くは代表選で「菅直人」と書いたと思われる人たちで、改めてびっくりした。民主党の若い国会議員は、政治のあり方や新しい国家の理念を学ぼうと必死になっていることがわかった。「国家崩壊」が回避できる道は必ずあると感じた。そのためには、民主党の再生がなんとしても喫緊の課題である。

■菅体制を変えない限り民主党再生はない

 1月12日の民主党両院議員総会、翌13日の党大会後、菅政権は政権の浮揚を賭けて内閣を改造した。ある精神科医が「葬式躁病」(AERA・1月17日号)と診断したとおり、政治上あってはならない『葬式躁病内閣』が成立した。

 人間には「躁的防衛、俗に葬式躁病といわれる心のメカニズムがあって、たいていの人は葬式みたいな状況になると落ち込むが、神経が高ぶっていると逆にはしゃいだり、強気になったりする人がまれにいる。(中略)『仲間』である仙谷官房長官自体が批判の矢面に立たされている。このままだと最後が近いんじゃないかと動揺して気持ちが不安定になり、孤独にもなっている。だから防衛的に自分の弱みを見せないように『権力』とか突拍子もない強気の発言をする。そんな憶測ができます」(同誌・香山リカ氏)

 これは1月4日の菅首相の年頭記者会見に対するコメントである。さすがの卓見で、両院議員総会や党大会の挨拶も、神経が高ぶりハイになったためか、同じ党の仲間への話が街頭演説のようになり、思想も論理もまったく無茶苦茶なものであった。その、「葬式躁病」と診断された菅首相のやった内閣改造が、政治史上噴飯ものであった。

 主要な問題点を指摘しておく。

1)与謝野馨氏については親しい知人なので、悪口は言いたくないが、彼は自民党の政策的首脳で、安倍・福田・麻生自公政権の中心人物であった。それを「増税のための財政再建」ということで入閣させた。まず、政権交代の歴史的意義を完全に菅首相は否定した。私は財政再建のために、「増税を唐突にやってはならん」という論者で、その解決の具体案を持っている。「小沢排除」をやめれば教えてもよい。与謝野氏入閣は、ポストを変えられた海江田氏が「人生の不条理」と言ったが、英国の保守党の政策首脳が労働党で入閣したと同じこと。この世でやることではない。それこそ「葬式」の後の、悪霊の世界の話だ。

2)枝野幹事長代理を仙谷氏の後任に抜擢したが、幹事長で参議院選挙に大失敗した人物が、まっとうに官房長官が勤まるわけがない。そもそも弁護士の感性は官房長官という職務に適しないのが、憲政の常識である。私の記憶では官房長官に就いた弁護士政治家は、かの有名な問責決議で交代した仙谷氏だけである。

3)藤井裕久元財務大臣の官房副長官も噴飯ものの最たるものだ。自社55年体制の政策には詳しいが、政治判断や政治仕種についてはほとんど感性のない人物だ。官房副長官といえば、政治の根回し役である。菅首相は官僚との調整役として活躍してもらうとのことだが、結果は財務官僚らの振り付けで踊る「老猿」である。

 今回の組閣は徹底した「増税・小沢排除」の改造劇であった。菅首相の政治手法は、だんだん独裁者・ナチスに似てきた。連日のように朝日新聞は「社会心理的暴力装置」として、ファシズム化を進める論説に終始している。「私たちの国が危ない」、これを忘れてはならない。

■「日本一新の会」のこれから

 菅首相の「葬式躁病政治」をこのまま看過できない。実は当会の維持会員で、地方選挙に出馬予定の人たちが多数いて、「菅政治に反対する民主党公認・推薦の候補者が多くいる。選挙では増税・小沢排除政治をやめるべしと訴えたいので、『日本一新の会推薦』という仕組みを創れ」との強い要望が、年明けから寄せられている。

 当面は任意団体ではあるが、地方選挙に出馬する維持会員には「日本一新の会推薦」を行うことにしたいので、ご理解をいただきたい。

 なお、維持会員以外の出馬予定候補者については、先に制定した規約に基づき、当会の趣旨を理解して頂くことを条件に推薦することを検討したいと思う。仔細は、後日事務局から報告するので、多数の応募をお待ちしたい。

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◎日本一新の会事務局からのお願い

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2011年1月 8日

「日本一新運動」の原点(36) ── 菅首相の憲法政治否定言動は病的である

 こんな内閣総理大臣を、日本国民はいつまで存在させるのだろうか。昨年9月の民主党代表選挙では「総理をくるくる変えるのは良くない」という俗論が通用したが、ここまで来ると、もはや国家の存亡に関わる問題であり看過できない。

 驚いたのは、菅首相の年頭記者会見だ。元旦に、首相公邸で開いた新年会に顔を見せた国会議員が45名と、小沢邸の120名に比べて著しく少なかったため、用意した弁当が150個も余ったという情報が流れたことが頭にきたのか、終始、支離滅裂の会見であった。それを例によって、朝日新聞がその社説で『本気ならば応援しよう』と論ずるに至っては、この国は完全に昭和初期のファシズムの道に突き進みだしたといえる。悪夢の再来である。「日本一新運動」の最大の目的は、日本のファシズム化を阻止することだ。

 さて、菅首相の年頭会見は「国のあり方について三つの理念を申し上げる」という大見得から始まり、1、平成の開国元年、2、最小不幸社会、3、不条理を正す政治、というものであった。翻って、いま何としても必要なことは、政権交代した歴史的意義を確認し、公約の「国民の生活が第一」を実現するために、民主党が挙党一致で邁進することだが、その気はまったくないようだ。

 ところで、菅首相が表明した三つの理念を、坂本龍馬流の妙見法力による四観三元論で分析すると大問題がある。

 まず、1、「平成の開国元年」だが、TPP(環太平洋パートナーシップ)について、「貿易自由化の促進や、若者が参加できる農業再生をやり遂げなければならない」と、言葉では誰もが反対できないデマゴーグを行っている。この政策は、米国の経済支配の中で生きていけという仕掛けがあることを知っておかねばならない。これこそが、さまざまな角度から検討すべきことで、6月を最終的な判断などとは米国の大統領選挙に利用されるだけだ。

 次に、2、「最小不幸社会」だが、昨年6月17日の創刊号メルマガでも述べたように、最少でも「不幸」を撲滅するのが政治の目的でなければならない。一定の「不幸」の存在を容認して社会政策を構想するのは、学者の理論であっても、断じて政治の理念になり得るものではない。狙いは税制改正という名の消費税率の値上げである。「社会保障の整備」という美名をもてあそび、財政悪化の責任から逃れようとする官僚の手のひらで踊らされ、自らの権力保持の欲望を満たすために、庶民を犠牲にする菅首相の根性の汚れに問題がある。

 私の体験を言っておこう。昭和63年の消費税導入は、占領体制下で歪められた税制度を改革するという歴史的意義があった。竹下政権も政権保持のためという私欲はなかった。どうにか成功したものの、あろうことか、協力した野党要求の福祉増額予算を政治資金へ摘み食いした政治家がいた。当時の厚生官僚の知惠で特養施設などを食い物にして、その後二人の総理大臣が誕生することになる。そして腐敗した官僚は天下りで、国民年金を食い物にしたのが、近時の社会保障の歴史であった。菅首相がいかにキレイごとを言おうと、官僚に尻尾をつかまれた政権を信用することはできない。消費税制度の改革が必要なことは、その成立に深く関わった私は、誰よりもよく承知している。そのためには、行財政改革に対する官僚の意識改革が絶対の条件である。このことについて、年内には制度の立法過程を出版する予定だから、詳述は譲りたい。財政再建を、取りやすい消費税に逃げ込もうとする官僚と、それを悪用する政治家たちを追放するのが、消費税制度改革の最低の前提である。

 何よりも大切なことは、現代の人間社会がどんな問題を抱えているか、という歴史認識である。資本主義の21世紀的変質はどんなものであり、社会保障の現代的意義をどう位置づけるか、という思想なくして、消費税を中心とする税制の抜本改革を論ずる資格はない。「やゝ唐突に消費税にふれたために、十分に理解を得ることができなかった」と、菅首相は参議院選挙の時のことを反省しているが、唐突に話すような問題でないことがわからないなら政治家はやめた方がよい。

 次の、3、「不条理を正す政治」だが、小沢さんの「政治とカネ」のことらしい。菅首相の頭脳はどうなっているのか。「不条理」の意味を知らないようだ。簡単に言えば「道理に反すること。不合理なこと」をいうわけだが、それは「政治=権力」で正せることではない。敢えていえば、政治=権力そのものが不条理な存在なのだ。そう認識することによって、政治の浄化は、はじめて可能になる。

 そもそも「小沢問題--政治と金」は、小沢氏に原因があるのではない。これまでも繰り返し説明したが、西松事件は、検察が麻生政権の圧力で、これまでの政治資金規正法の解釈と運用を極端に変更して、大久保秘書を逮捕したことだ。裁判で検察側証人が証言を覆して、訴因は事実上消えてしまった。

 陸山会事件は、会計事務を担当していた当時の秘書たちの収支報告の時期が遅れた「期づれ」が起訴の対象となった。これは基本的に犯罪となる筋のものではない。それを敢えて当時の秘書であった石川衆議院議員を逮捕までした。狙いは水谷建設から裏金を受け取ったというガセネタを利用しての「小沢潰し」であった。陸山会事件の裁判が始まれば、政治的謀略事件であったことが明確になることを私は確信している。そのために菅首相は「小沢排除」をあせっているのだ。

 小沢氏本人が「期づれ」報告の共犯容疑で何度も東京地検特捜の取り調べを受け、その結果不起訴となったのである。西松事件から始まって約1年3ヶ月と、約30億円ともいわれる税金を乱費して、東京や地元事務所、そして企業を数回に渡って強制捜査の上である。それだけでなく、憲法違反といわれる検察審査会に、いかがわしい人物が市民目線という美名のもと、不起訴不当を申し立てたのである。

 麻生自民党政権は、民主党の政権交代を阻止するという「不条理」によって、小沢氏を政界から追い落とそうとした。それを菅民主党政権は継承することになるが、これこそが不条理とはいえないか。司法界に詳しい専門家の話によれば、暗躍したのは弁護士の仙谷官房長官で、検察審査会関係まで手を入れたとのことだ。信じられないことだが、2度目の議決が適法に行われたかどうか疑問があり、検事役の指定弁護士が起訴すれば弁護士法の懲戒問題が起きる、との見方をする専門家もいる。仙谷官房長官が法務大臣を兼務して異常な月日となる。しかも「小沢問題」にとって微妙な時期だ。裏からの何かがあったはずと想像するのは、私一人ではない。仮に裁判となれば、これらの事実が白日のもとに晒され、不条理な政治が正されることにもなろう。

 要するに、「不条理」なことをやってきたのは小沢さんではなく、自民党麻生政権と、それを継承した菅政権であることはネット社会の常識となっているが、国民の皆さんに是非とも理解して貰いたい。

 菅首相には、もう一つ「大不条理」がある。この年頭会見で、小沢一郎という政治家に議員辞職を迫ったことである。国民有権者から選ばれた国会議員に辞職を迫ることは、国民主権という憲法の基本原理に反することがわかっていない恐ろしい人間だ。国会決議ですら、憲法に違反するといわれているのにである。しかも、起訴されていない段階での言動であり、これでは内閣総理大臣としての資質どころか、普通の人間として信用できない病的な言動である。

 さらなる「巨大不条理」は、この菅首相の一連の言動を批判するメディアがいないことである。それどころか、最初に紹介したように『本気ならば応援しよう』と論じたメディアがいる。菅首相と朝日新聞は、もはや精神的危篤状態といえる。そして、この事態に何の危機感も持たない与野党の国会議員たち、わが国の議会民主政治もいよいよ危篤状態かと、国家の滅亡がそこまできた感じだ。ところが一点の光が差し込んできた。それは、西岡武夫参議院議長の月刊「文芸春秋」に寄せた手記である。菅首相について、「国家観、政治哲学を欠いたままでは、国を担う資格なし」と断じ、「そもそも国家に対する『哲学』すらないのではないか」と切り捨てている。仙谷官房長官の放言癖にも怒り、「彼の発言は国会答弁の名に値するものではない。弁護士の経験からつかんだものであろう『法廷闘争』のやり方だ」として、国会議員の資質に疑問を投げかけている。議長職のため党籍を離れているとはいえ、与党民主党の重鎮でもある西岡さんの、辛辣な意見に彼らは何と答えるだろうか。

 そういえば、菅首相を弁護する仙谷官房長官の国会答弁は、まるで総会屋や裏社会を擁護するような態度であった。本来なら、マスメディアがこういった指摘をすべきことだが、それどころか巨大メディアの増長は、権力と結びついて情報社会を支配すべく暗躍を繰り返している。

■NHK会長人事に干渉する輩たち

 このメルマガを執筆中に寄せられた情報は、近く決定するNHK会長人事に、日本テレビの氏家会長らが、総務官僚OBなどを使って暗躍し、慶応大学の安西祐一郎前塾長を起用しようとしているとのことだ。安西氏は慶応大学の経営に失敗した人物であることは衆知のこと。要するに読売グループが先頭に立って、公共放送であるNHKに影響を与えようという狙いであろう。

 民間メディアが、例えば「納税者番号制度」の政府広報費をめぐって、菅政権にすり寄った報道を始めたことは、年末のメルマガで述べたとおりだが、渡辺--氏家という読売メディアのNHK支配が実現すれば、日本社会はどうなるのか、社会心理的「暴力装置」としての「メディア・ファシズム」が完成する。

 「メルマガ・日本一新」の読者の皆さん、そしてネットに集まる善良な人々よ、この謀略を阻止しようではないか。方法は一つ、あらゆる手段を駆使して、任命権を持つNHK経営委員に抗議の意志を伝えることである。

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2011年1月 4日

「日本一新運動」の原点(35) ── 小沢邸で考えたこと

 新年 明けましておめでとうございます。

行く年に 日本一新 誓いけり 貞夫


■小沢邸で考えたこと

 元日に小沢邸を訪ねた。昨年は大勢の政治家が押しかけるということで遠慮したが、今年は「小沢新年会」に顔を出した政治家を観察する魂胆があった。国会議員が120名ぐらいだったが、昨年の元旦、総選挙直後の160名と比べて遜色はなかった、というより、再生民主党の力としては十分だと思う。

 出席者で目立ったのは、海江田万里国務大臣・原口一博元総務大臣・細野豪志議員らであった。細野氏は「朝まで生テレビ」の元日放映に出演したばかりで眠そうだったが、少しの間、番組の話をした。司会の田原総一朗氏の「ソーシャル・ビジネス」と、細野氏が主張した「新しい公共事業」は似て非なるものだ。田原氏には何か企みがあるのではないか、と私は問いかけた。田原氏の司会ぶりには精細がなかった。菅・仙谷政権の浮上に苦慮している様子だった。菅・仙谷政権は、テレビメディアの政治部門に君臨する田原氏が樹立させたようなものと私は推測している。国家機能を喪失させた菅・仙谷政権に、新しい政策を提供しようという思いで、生かじりの「ソーシャル・ビジネス」を言い出したのだろう。

 哲学とか思想、そして歴史観に欠ける菅・仙谷政権にとって、一億総白痴化の総指揮者であり、テレビメディアで政治を動かすことに、歓喜と生き甲斐を感じる田原氏としては、国民受けする新政策を提供し、新年早々から世論づくりをしようとする狙いだ。鳩山政権時代に公約とした「新しい公共事業」とは、本質的に異なるものである。

 「新しい公共事業」とは、現代の資本主義の変質を認識することから始まるが、そのためには、これまでの収益中心の価値観と構造を改めなければならない。それは「自立と共生」という理念を、社会の根底に据えなければならないし、細野氏はテレビで盛んにこのことを主張したが、田原氏はそれを理解しようとはしなかった。しきりに、金融資本主義のファンドが、貧しい人たちのため社会ビジネスとして、これまで政府がやってきた政策をビジネスとして展開できるなどインドなどの例を挙げて主張していた。現代の資本主義の持つ矛盾をそのままにして「社会ビジネス」が、価値観や文化の違いで成功するはずがない。小泉政権で野心のある企業が福祉事業を始めて、福祉の美名のもと営利を貪った例はいとまがない。要するに、「人間とは何か」ということを、どう考えるかにつきる。細野氏は国や社会の構造を変えないと、「社会ビジネス」も「新しい公共事業」も成功しないと田原氏に食い下がっていたが、小沢幹事長の下で苦労した成果が出ていた。

 ところで、これまでの「社会ビジネス」の最たるものは「マスメディア」である。現代のマスメディアのあり方を見れば、田原氏の深層心理がよくわかる。社会の木鐸という美名のもとに、その恰好をとりつくろってはいるが・・・。

 その裏側では自己保全のために、政府広報費という国民の税金までしゃぶろうとする堕落の道に入り、どんな政権にも平気で抱きついていく。裁判員制度もしかりであり、今年の「納税者背番号制度」もその運びとなったらしい。菅直人亡国政権のお先棒を担ごうとする姿の数々、それを証明したのが新年各紙の「社説」であった。

 特に酷いのは、やはり「朝日新聞」だ。「今年こそ改革を」として、そのため『与野党の妥協しかない』との表題だが、条件として「民主党は公約を白紙に」ということである。朝日新聞は何時から「議会民主政治の否定メディア」になりさがったのか。

 民主党のマニフェストを破り、延命を画策する菅政権にとっては新年早々の援軍となった。さらに「与野党の妥協しかない」と主張するに至っては、大連立で権力を死守したい「菅政権の機関紙」との称号を与えても、言い過ぎではないだろう。

 国民にとって問題のポイントは、自民党と民主党の対立が、現代の腐敗した資本主義を根本から変えずに、都合の悪い部分を継ぎ接ぎで既得権を守っていく政治に対して、情報社会で変質した資本主義の仕組みや価値観などを根底から見直して、新しい社会に見合った制度や予算の配分を断行して、既得権による無駄をなくそうとする政治の対立であった。

 そのために国民は、一昨年の総選挙で歴史的判断を示したのであり、民主党勝利の原因はここにあったはずである。それなのに菅政権となって後、自民党対民主党の対立ではなく、民主党内の対立となった。

 もっとも、この対立は平成17年の民主党と自由党の合併時から予想されていたことである。私が早めに参議院議員を引退したのは、これらを予測してのことでもあった。菅直人という人物や、仙谷由人という政治弁護士からは、「国民の生活が第一」という政治より、政策は権力に就くための方便とする、非人間性の臭いを感じていたからだった。菅・仙谷政権は、政治の対立を「小沢の政治とカネ」対「クリーンな政治」として、朝日新聞などの旗振りに頼り、国民を騙そうとしているわけである。

 小沢一郎という政治家の、政治資金に不正なものは一切ないことを、天地神明に誓って私は断言できる。麻生政権から菅政権に継承された「小沢排除」は、「国民の生活が第一」の政治となっては困る既得権者たちと、米国金融資本の手先である政治家どものデッチあげである。

 小沢邸に結集した120数名の政治家たちは、このことをよく理解していた。「日本の危機的情況は、庶民の方が政治家より知っている。民主党を政権交代の原点に戻し、一日も早く"国民の生活が第一"の政治を実現しよう」という小沢氏の挨拶に、参加者一同賛同の拍手で、午後3時に新年会を終えた。

■日本一新運動について

 私がまったくの「アナログ縄文人」であることから、メルマガ読者の皆さんにはご迷惑を掛けている。正直にいって「誰かに煽てられての活動」ではあるが、次々に面白いことが発生するのが不思議だ。

 年末に、鹿砦社から刊行した「日本一新 ── 私たちの国が危ない!」を、民主党所属の国会議員で、当選回数の少ない人を中心に贈呈したところ、30人ぐらいから礼状や電話があった。その大半が先の代表選で、菅さんに投票した人たちだった。小沢邸でも多くの議員から「日本一新の会」について好意的な質問を受けた。民主党に何かが起こっている気がする。

 「日本一新本」も、初回発行部数が5千部と少なかったせいか、中古本にプレミアがついて、通販大手のアマゾンでは、最高2537円の値が付いているそうな。ひとり工面ではあるが、ここら辺に本年の「日本一新運動」の方向性があると思う。私の大胆な予測では、1月12日の民主党役員会などで、「菅内閣総辞職要求」が出てくる可能性すらある。 統一地方選挙を控え候補者たちは必死の思いなのだが、菅・仙谷政権にはそれらを忖度する気はないらしい。菅政権が三月までもっても、野党は参議院で「菅首相問責決議案」が可決されるように図るだろう。

 今年の政治も混迷だ。小沢一郎を排除して日本の再生は不可能である。

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Profile

平野貞夫(ひらの・さだお)

-----<経歴>-----

1935年、高知県生まれ。
法政大学大学院政治学修士課程終了。
衆院事務局に入り、副議長(園田直)秘書、議長(前尾繁三郎)秘書などを経て委員部長となる。
1992年、参院高知地方区で当選し、小沢一郎と行動を共にする。
2004年、参院議員を引退。
以降、言論執筆活動に専念する。

BookMarks

-----<著書>-----


『坂本龍馬の10人の女と謎の信仰』
2010年1月、幻冬舎


『平成政治20年史』
2008年11月、幻冬舎


『虚像に囚われた政治家 小沢一郎の真実』
2006年9月、講談社


『ロッキード事件「葬られた真実」』
2006年7月、講談社


『公明党・創価学会と日本』
2005年6月、講談社

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