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2010年10月25日

「日本一新運動」の原点(24) ── 日本の民主主義が危ない!

■幻の陳述書

 10月15日(金)の夜、2泊3日の故郷・高知旅行を終え帰宅すると、小沢弁護団から「今日、第五検察審査会の強制起訴議決について行政訴訟を行った。ついては早急に、政治家・小沢一郎のこれまでの功績と、これからの政治に、どれほど必要な人物か、率直な陳述書を提出してほしい」との要請があった。

 私は他用を排して、早速4000文字ほどの陳述文を作成し、17日(日)午前8時に、弁護団あてにファックスで送った。弁護団は、行政訴訟に対する東京地裁の取り扱いが問題で、一週間が山場であるという見方であったから、私は精魂をこめて陳述書の結びを次のように執筆した。

 「私は国会開設運動の故郷土佐に生まれ育ち、国会職員、参議院議員、そして政治分析家として、75年間を生きてきました。日本の議会政治が120年という節目ですが、今日ほど、議会主義の危機はありません。小沢氏の『検察審査会との問題』に象徴されております。憲法の原理と精神で問題が解決されなければなりません。検察審査会の制度が乱用された場合、議会民主政治だけでなく、司法制度そのものが自滅していくと思います」というものであった。

 ところが東京地裁は、この陳述書を提出した直後の18日(月)午後、「行政訴訟に馴染まない」として却下した。「文句があるなら裁判の中で言え」という、とても常識では考えられない暴論で門前払いしたのである。恐らくこの陳述書は読まれておらず、幻の陳述書といえる。

 小沢弁護団が行政訴訟した内容は、「強制起訴議決は、検察審査会の権限を逸脱した違法なものであり、議決を取り消すこと。さらにこれに基づく指定弁護士の指定差止め」を求めるものであった。

 強制起訴議決の中に「告発事実にないことが犯罪事実に含まれていた」ことを始めとして、第五検察審査会の構成、審査手続き、政治とのからみなど、多くの識者・国民が疑惑・疑念を持つなかでの東京地裁の門前払いである。検察審査会が行政機関であることは法務省も認めていること。さらに、誤った違法な議決に対する救済制度がないという法制度の欠陥もあり、これは国会の責任である。

 小沢弁護団の行政訴訟は、ひと言でいえば刑事起訴という小沢一郎の基本的人権を犯す検察審査会の議決のあり方について、起訴され裁判に入る前に憲法上の権利を擁護するための訴訟である。

 この行政訴訟に対して「強制起訴するので、そのことも裁判の中で争え」という東京地裁の判断は、それでも裁判所かといえるほどの論理破綻である。裁判所法第三条は、特別のことを除いて「一切の法律上の訴訟を裁判する」ことを、憲法上の義務としているから、東京地裁の門前払いは憲法違反ということになる。

 21日(木)、小沢弁護団は東京地裁の決定を不服として東京高裁に即時抗告を行ったが、なんと翌22日、東京高裁は即時抗告を棄却した。我が国の司法権の憲法感覚が致命的に劣化していることを国民に露呈したことになる。

■国会は何をしているのか

 郵政不正事件、即ち村木事件は、検察の証拠改竄という前代未聞のあり得ない問題で検察の信頼が地に墜ちている。これも重大な問題ではあるが、小沢一郎氏をめぐる検察審査会の違法議決と、手続きのあり方の問題は、我が国の憲法政治・議会民主政治にとって、権限と機能が確保できるかどうかという、議会政治が始まって以来の国家の存立を問われる問題である。

 検察が不起訴とした小沢氏を、正体も確かめもせず、政治問題(在日参政権)を理由に、検察審査会に申し立てた。それを棚ざらしにした上で、国会でまともに審議されていない検察審査会制度の中で、違法・無効と多くの専門家が指摘する「強制起訴議決」が行われ、さらに国会では与野党の合唱で小沢氏の政治活動を封じる謀略が展開されている。

 小沢氏の憲法上の人権を擁護しようとする行政訴訟を、東京地裁は却下し、東京高裁は抗告を棄却した。憲法に規定されている議員の「不逮捕特権」と「免責特権」は、「憲法の飾り」として存在しているのではない。国会議員の政治活動の自由を保障する議会民主政治の原理の上にあるのだ。小沢氏をめぐる問題は、悪質な政治勢力の影響をうけた検察、そして司法までもが憲法政治を踏みにじって政治活動を封じようとする悪巧みである。

 私が絶叫したいのは、国民を代表し、憲法第41条が示す「国権の最高機関」を構成する「国会議員」の多くが、この事態を、「議会民主政治の危機」と受け止め、行動しないことへの抗議である。特に横路・西岡衆参両院議長は何をしているのか、といいたい。ごく一部に危機感を持つ国会議員がいることは承知しているが、運動論として何をしてよいのか、するべきかがわからない状況だ。このままの事態が続くなら、マスコミと検察・司法が結託すれば政治家は何時でも、政治活動が封じられることになる。議員諸君は「明日は我が身」と知るべきだ。

 真の民主主義のためならば、国政調査権に限界はない。「議会民主政治を守る国民会議」を結成して、感性に欠ける国会議員を覚醒させねばならない。 


【参考1=裁判所法】
第1編 総則
第3条 (裁判所の権限)裁判所は、日本国憲法に特別の定のある場合を除いて一切の法律上の争訟を裁判し、その他法律において特に定める権限を有する。

【参考2=日本国憲法】
第4章 国会
〔国会の地位〕
第41条 国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である。

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2010年10月18日

「日本一新運動」の原点(23)── 民主党三長老よ、晩節を汚すな!

 月刊「文藝春秋」11月号は、民主党の渡部恒三・石井一・藤井裕久の三長老を登場させて「本音座談会」なる記事を掲載している。

 「小沢クン あんたの時代は終わった」というテーマであり、小見出しでは「かつての同志、盟友、知恵袋」と謳われているが、とんでもない間違いである。三長老と私は衆議院事務局以来の長い縁があり、あえて本当のことを世間に晒すことを避けてきたが、そこまでいうなら私も直言させてもらうことにしよう。

 まず指摘しておきたいことは三長老には歴史観がなく、菅--仙谷政権の正体を見抜いていないことだ。政権交代の原点を裏切り、自民党政権より悪質な、旧体制官僚政治を復活させたことがわかっていない。というより三長老とも菅政権を支え、官僚政治復活を推進したともいえる。

 10月12日、久しぶりに永田町に顔を出し、親しい国会議員やジャーナリストに会った。これからの政治の展開について貴重な情報を聞いた。

 まとめてみると、仙谷官房長官は、

1)菅首相の弱点を(女性問題?)を握っており、いつでも首をすげ替えることができる。

2)時期を見て前原を首相にする腹で、前原にしばらく静かにしていろと指示している。

3)時間を稼ぐ必要があり、小沢前幹事長の政治活動を封じ込めるために、検察審査会が不可解な動きをした。というもの。

 ネット上には同様の見方も流布されているし、私が聞いたのは、政局を見通す専門家だから当たらずとも遠からずであろう。私もこの流れが軸になっていると見ている。

 三長老が「小沢は9月の代表選に出馬したことは間違いであった」とか、「小沢の時代は終わった」などと、マスコミで盛んに放言しているが、政局の流れは、野中元自民党幹事長の指導のもと、仙谷官房長官が見事に「小沢排除」の道を成功させるかの動きである。

 そうなると、菅政権の崩壊どころか、民主党自体がバラバラになる可能性が出てくる。菅政権が政権交代の意義のほとんどを裏切った状況で、九月の代表選挙が菅代表の信任投票ということになっていたなら、民主党への信頼は地に墜ち、取り返しのつかない事態になっていた。

 小沢一郎という政治家は、代表選に出馬するという英断で、国のあり方と国民の生活を護るため、自己の思いを天下に指し示し、民主党という政党に生命を与えたのである。

 「世代交代」はきわめて大事なことだが、現在の与野党国会議員に危機の日本に対応しうる人間力のある政治家は残念ながらいない。誰かが仕組んだ可能性のある第五検察審査会の「起訴議決」があっても、この国の国民と民主主義を護るため、「小沢クンの新しい時代が始まった」のである。三長老の思考は政治的痴呆症候群というものでなく、国会議員なった時から政治の本質が何かを知らない政治家であり。もっと早い時期に、国民に知らせておくべきだったと反省している。

■政治判断ができない藤井裕久

 この人は政策には当代一流だが、政治判断はほとんど駄目な政治家で、要するに大蔵官僚としてのエリートで官僚的発想しかできなかった。

 自由党が民主党と合流し、藤井氏が70才と老齢化するにつれ、官僚意識が強くなり、岡田克也幹事長と共通した「役人性思考硬直症候群」を患ってしまったようだ。

 私とは昭和40年代の田中内閣頃からの付合いである。自民党を出たときも一緒で、自由党時代は藤井幹事長--平野副幹事長のコンビで通したが、藤井氏は小沢党首に言いにくいことは、全部を平野に言わせるというやり方で、小沢党首もそれを承知で「藤井は平野と相談してやっているので、僕に報告がなくてもよい」という毎日だった。

 平成12年4月、自由党から保守党が分裂するとき、私は小沢党首に呼ばれ「藤井さんは保守党に行く。あなたは古い付合いなので怒るだろうが、自由にさせておいて欲しい。あんたはこんな時、ネジを締め切るので、そっとしてやってくれ」と頼まれた。

 「わかった」と返事をしたものの腹の虫は収まらず、クライマックスの前夜、藤井さんの親友である鈴木淑夫衆議院議員に参加してもらい、藤井さんを交えた五〜六人の飲み会を開いた。中締めを鈴木さんに頼み「小沢党首バンザイ」をやってもらったが、これで藤井さんは保守党に行けなくなった。この話は本邦初公開である。

 藤井さんは自由党時代から「アルコール依存症」で、私は時間のある時、昼間からの飲酒にしばしば付き合わされたから、私が参議院議員を引退した頃には相当ひどくなっていた。平成18年9月の郵政総選挙で落選して引退を表明し、その後比例補欠で復活するときに世代交代を奨めたが、結局は官僚の地位欲が出たまでのこと。昨年の総選挙でも引退を表明していたが、鳩山代表の懇願で、またもや地位欲しさの官僚根性が芽を吹き、政権交代で財務大臣に就任した。

 私はこの時、何度か反対した。理由はアルコール依存症が相当程度進行し、時々認知症の前段症状が出ていたからだ。麻生政権時代の中川財務大臣の二の舞を恐れたからであるが、案の定「円高容認発言」が出た。優秀な官僚で政策の説明は秀逸ではあるが、その精神の根底に大蔵官僚の「形式論理発想」が抜けなかった。晩節を汚すことにならないように心配はしていたが、所詮は自民党55年体制の官僚政治家であり、小沢一郎はその辺を知っていたのだ。

■ポスト怨霊の渡部と石井

 平成5年に羽田・小沢の「改革フォーラム」が自民党を飛び出し、新生党を創ったとき、渡部恒三氏は政治改革の何たるかをまったく知らないのに驚いた。また、自民党時代の消費税国会で国対委員長をやったが、これほど役に立たず政権の足を引っ張った政治家も珍しく、衆議院事務局という役目柄、ずいぶんと無駄骨を折らされてことは記憶に新しい。

 石井一氏とは、議院運営委員会の海外旅行に同行したが、訪問国での行状は、「在外公館の担当者を困らせるベスト5」に選ばれるという、「優れた栄誉」の持ち主でもある。新進党結成の際、二人の参加は自民党の雰囲気を持ちこむ感じで、小沢氏との間はどっちかというと敵対的としか思えなかった。

 渡部氏が、衆議院副議長に再選されたときは自民党の野中氏の協力を得て自民党の票で当選し、民主党推薦の石井一氏は落選した。渡部氏は昨年、衆議院議長になることを邪魔したのが小沢氏だと恨んで、怨霊となっている。石井氏は西岡参議院議長の後を狙っての最近の行動と思えるが、ご両人とも自分を知って欲しい。国のためにも、国民のためにも。

■三長老の本音!

 巷間では文芸春秋に類似した記事を散見するが、「メルマガ・日本一新」の読者諸兄はこれらをどう読み取るか、ご意見を掲示板に寄せて欲しい。

 経緯はどうであろうとも、ある時期は同志として同じ釜の飯を食ったのだから、心底から「小沢は終わった」と理解する平均的日本人ならば、静かに見守るのが礼儀であると私は思う。

 しかし、敢えて足を引っ張るのは、「小沢は終わっていない」が彼らの本音であり、小沢氏の再登場でもっとも困るのは彼らなのである。

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2010年10月10日

「日本一新運動」の原点(22) ── これでは議会民主政治は機能せず、暗黒政治となる

 10月7日、民主党の小沢元代表は、記者団に東京第五検察審査会の起訴議決により、強制起訴されることになったことについて見解を表明したが、これに対してマスコミはさまざまの報道をくり返している。

 その中で見過ごすことのできないのが、「朝日新聞の社説」(8日朝刊)で、読み返すうちに朝日が戦前、世論を戦争に導いた我が国の悲劇を思い出した。そこで、朝日の社論がいかに議会民主政治の原理を冒涜し、かつての過激派の粛清思想であるかを論じておく。

■朝日社説の問題点

 社説のタイトルは「小沢氏のけじめ--民主党はこれでよいのか」というものだ。全体として問題であるが、特に二点について指摘したい。

 第一は「真相究明は『司法の場に移っている』として、国会での説明にも前向きと言えなかった」と論じていることである。小沢氏は「(証人喚問や政治倫理審査会での説明は)国会の決定に従う」と明言しているし、それはテレビでも流されたから国民の多くが耳にしている。

 朝日の社説は、その後の司法の場での対応の発言を意図的に悪用して、「国会での説明に前向きといえなかった」と、小沢氏がここに至っても説明責任を果たす気がないと、悪いイメージを国民に植えつける悪意を露骨に印象づけている。小沢氏の「国会の決定に従う」との意志を、どうして素直に受け入れないのか。この点については事実を意図的にねじ曲げたものであり、日本一新の会として、謝罪と訂正を断固として要求する。

 小沢氏の「政治と金」についての説明は、代表あるいは幹事長時代に、記者会見の質問に対してその都度行われている。問題は、第一線の記者がデスクに持ち込んでも「必要ない」と記事にされないことにあり、現場の記者のぼやきを幾度となく聞かされた。

 また、野党や民主党の反小沢派の中に、「国民が納得する説明をすべきだ」との主張がある。検察のリークによる報道で洗脳された多くの国民が納得するには、検察の言い分どうりの説明をしろということに等しいことである。

 第二は、「有権者の期待を裏切らず、歴史的な政権交代の意義をこれ以上傷つけないためにも、強制起訴決定の機会に議員辞職を決断すべきだった」という個所である。これは憲法の原理を無視した暴論である。議員辞職はもちろんのこと、離党も断じてすべきではない。もし小沢氏がその道を選ぶとすれば、重大な憲法無視となる。

 議会民主政治の歴史は、国家検察権力との闘いであった。検察権力は民衆の代表である政治家を弾圧して、国家権力が有利になるための役割を果たしてきた。現在でも潜在的にその意識があり、憲法に「不逮捕特権」(第50条)、「免責特権」(第51条)などが規定されているのは、国会議員の政治活動の自由を保障するためである。

 小沢氏の場合、検察がその総力を傾注し、莫大な税金を弄して捜査して不起訴となった事件を、得体の知れない団体の人たちが、政治目的をもって第五検察審査会に、不起訴は不当と申し立てたものである。

 それを常識に欠ける補佐弁護士の指導で「起訴相当」と議決し、そして二度目の審査で強制起訴への議決をするに至ったのである。もともと違憲の疑いのある検察審査会法であるが、今回の議決にいたる手続き、すなはち審査会の年令構成、補佐弁護士の選定、議決日と公表日のあり方などなど重大な疑惑もあり、なかんずく議決理由に違法性があり、多くの専門家が議決は無効と指摘している。

 このまま強制起訴にもとづいて、裁判が行われることになると、我が国の司法制度そのものが崩壊しかねない問題に繋がることである、さらに、小沢氏の無罪が確実視される中、これまでの「検察起訴即離党」の前例とは状況が根本的に異なるものである。第五検察審査会の審査実態など、徹底的な究明が必要とされるとき、小沢氏に議員辞職を迫るとは、議会民主政治の何たるかについて無知・無能といわざるを得ない。改めて朝日新聞の論説諸氏に告げる。「貴方たちは、日本の議会民主政治を機能させなくするために生きているのか。加えて、満州事変勃発直後から第二次世界大戦終了まで、大政翼賛会の発表をそのまま記事にし、戦争賛美の論説を書き続け、国民に多大の犠牲を強いる先導役を果たしたが、現在進行中の朝日論説と重なるとは思わないか。終戦をうけてあなた方の先輩は、社説「自らを罪するの弁」(1945年8月23日付、国民への謝罪)、声明「国民と共に立たん」(1945年11月7日)を発表・辞任した事実を振り返るべきである。」

 第一の、事実を曲げて小沢氏の「国会での説明に前向きと言えなかった」の部分の訂正と謝罪がない場合は、私が代表を務める日本一新の会として、「朝日新聞の不買運動」を始める。すでにネット上では同様の運動が早い時期から進んでいるようだが、私もその一員に加わり、もう一段レベルを上げる先頭に立つことを宣言する。

■小沢氏の「政治と金」の問題の本質

 西松事件から始まる小沢氏の政治と金の問題の本質は、政権交代により、健全な議会政治と国民生活を護ろうとする小沢一郎を、政界から排除しようとする政治謀略である。

 西松事件で、大久保秘書逮捕の2日前の平成21年3月1日、私は当時の森英介法務大臣に「平成になって日本の政治を悪くしたのは小沢一郎だが、その裏にこの平野がいた」と面前でいわれた。何でこんなことをいうのかと気になってはいたが、2日後から小沢氏は検察とマスコミの総攻撃を受けることになる。

 麻生自民党政権が、事実上の指揮権を発動した傍証を私は承知しているし、5月22日の「THE JOURNAL」に、「西松事件・大久保秘書逮捕の真相を究明すべし!」として発表したとおりである。当時の漆間内閣官房副長官の「疑惑は自民党には及ばない」という、まか不思議な発言や、樋渡検事総長らの指導による東京地検特捜部の執拗な小沢氏への攻撃は、今日の大阪地検特捜部と同根・同質の問題を孕んでいる。

 しかし、小沢氏を民主党代表から引きずり下ろすことは成功したが、国民の意思による政権交代は実現した。その民主党政権をやむを得ず受け入れた検察官僚と巨大メディアは、小沢一郎を政権から排除すれば、旧体制の官僚政治を持続できると画策し、陸山会事件をでっちあげたのである。鳩山政権に協力しないことで、不作為に同政権を崩壊させた旧体制官僚は、菅直人政権を手中に収めて、徹底的な小沢排除を断行し、その結末が第五検察審査会の二回目の起訴議決であった。菅氏らと旧体制官僚とのコラボレーションは鳩山政権の中ですでに出来上がっていたのだ。

 小沢排除は、菅政権のもと、行政府と司法府と、そして国会の立法府の三権の中で協調して行われるようになった。文字どおりの「暗黒政治」の始まりである。

 がしかし、日本の国と国民を護れという天命は、絶対にこれを許さない。すでに、日本一新を希求する多くの人々がこれを打ち破るために起ち上がっており、それは燎原の火のごとく燃え上がり、政権交代の大義を貫くためにひとつの輪になる日も近い。

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2010年10月 7日

「日本一新運動」の原点(21)── 違法で正当性のない第五検察審査会の議決

 こんなことが議会民主主義国家で許されてよいのだろうか。

 10月4日午後3時頃、柏市内をバスで移動中に、親しい新聞記者から携帯電話があり、「第五検察審査会で議決があり、あと30分ぐらいで発表されるようだ」との一報が入った。

 午後3時50分頃、自宅のTVは一斉に「第五検察審査会が、小沢氏を政治資金規正法違反(虚偽記載)で起訴議決を公表した」と報道した。これで小沢氏は強制起訴されることが決まった。

 午後4時過ぎ、小沢氏から電話があり、この事態に対する決然とした方針を聞いた。

 「日本の民主主義と国民生活を護るため、全身全霊を挙げて戦う」と、意を決した思いを力強く語ってくれた。

 私は「国家権力が小沢一郎の"日本一新"をあの手この手で妨害してきた最後の峠だ。裁判での無罪は確実なことであり、この峠を越えれば真の"日本一新"が実現する。そのためにはまず小沢グループが、日本の民主政治の危機を理解して団結を固めること。そして日本一新を国民運動として展開していくことです」と伝えた。

■違法で正当性のない第五検察審査会の議決

 公表された「起訴議決」の内容をつぶさに検証してみると、とても許容できるものではない。議決の違法性も含め、こんなことが法治国家で行われるようでは、司法権の独立と正当性など、小指の先ほども存在しないことを自ら証明したに等しい。

 まず、検察が提起したのは「虚偽記載」であり、それ以外の事項である「四億円の原資」について、疑惑があると起訴議決の理由としていることだ。第五検察審査会が審査する権限のない問題を、疑惑ということで起訴議決の理由としていることは、とりもなおさず、この議決そのものが無効であると自ら語っているのだ。

 また、日本一新の会々員である染谷正圀氏が指摘するように、「虚偽記載」は特殊な身分犯であり、記載者そのものの責任が問われるもので、小沢氏の監督責任も含め共犯であるという論理はあり得ない、という主張は第五検察審査会で申立てを受理したことの違法性を立論するもので、専門家の意見を知りたいものだ。

 さらに、第五検察審査会メンバーの平均年令が30.9才であることは、議決の正当性を欠く重要な問題である。全国民から抽選で選ばれるという形式だけで選任してよいものだろうか。わが国では世代間戦争という特殊な社会現象があり、このような片寄った年令構成では議決の正当性を著しく欠くものといえる。

 検察審査会は行政機関であり、このような違法性があり、正当性を欠く議決は無効とする行政訴訟を行うことを私は提起したい。

■マスメディアの論調

 これからの対応を考えるために、5日の中央各紙の論調を読んでみた。朝日--自ら議員辞職の決断を、毎日--小沢は自ら身を引け、読売--小沢氏「起訴」の結論は重い、日経--「小沢政治」に決別の時だ、産経--潔く議員辞職すべきだ、東京--法廷判断を求めた市民、というのが社説の見出しである。

 「議員辞職」を見出しとしたのが3社ある。残り3社のうち、「読売」と「東京」は冷静な論説であることにいささか驚いた。これまでは全社が異口同音に「政界からの小沢排除」をこぞって主張してきたが、この変化を冷静に捉えるべきである。6社一致しての主張は「小沢氏は国会できちんと説明すべきだ」というものだが、これは野党も一致して要求しており、これには対応すべきである。

 私は機会あるごとに繰り返し書いてきたが、小沢一郎という政治家ほど政治資金規正法を厳格に守る人物はいない。あまりにも厳格で、完璧にやるので検察が焼き餅的に手をつけたのが事の始まりだ、とこれは、検察OBが私に語った実話である。それなのに、一年数ヶ月の時間と、推定30億円という税金を使って、検察総動員で捜査した結果が不起訴であった。小沢氏は真実を国会で説明すれば「なんだ、こんなことだったのか」と誤解は解けるはずである。

■議員辞職決議案について

 マスコミだけでなく、与野党からも小沢一郎は議員を辞職すべきだとの意見が出ている。辞めなければ「議員辞職決議案を提出するぞ」と、野党は国会運営とからめて主張し始めた。谷垣自民党総裁がもっとも熱心なようだが、「君はそれでも弁護士か」と言いたい。国民主権を行使した有権者によって選ばれた国会議員を、国会の議決で辞めさせるには、憲法第58条2項の「懲罰の除名」に限定されている。(別記参照)

 検察が不起訴にし、検察審査会が不法不当な判断で強制起訴し、裁判で99.9%無罪と推定(確信)されている小沢一郎に、議員辞職を要求することがどれほど憲法の国民主権に反することか、これを理解しない政治家がいることで、日本の議会民主政治がいかに未熟かがわかるし、ましてや離党問題など論の外でしかない。

 さて、日本一新の会のこれからの活動だが、第五検察審査会の議決の違法性を全国会議員に訴えることから始めたいことから、会員各位のご助力をお願いしたい。

 同時に、出来るだけ多くの国民が理解するよう、ネットや集会などを駆使して説明し、正当な世論づくりを急がねばならない。

【参考資料(日本国憲法)】

〔役員の選任及び議院の自律権〕第58条 略。2 両議院は、各々その会議その他の手続及び内部の規律に関する規則を定め、又、院内の秩序をみだした議員を懲罰することができる。但し、議員を除名するには、出席議員の3分の2以上の多数による議決を必要とする。

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2010年10月 4日

「日本一新運動」の原点(20) ── 国の悲劇を導き始めた菅政権

■国の悲劇を導き始めた菅政権

 この度の、尖閣列島をめぐる中国漁船船長の逮捕から釈放にいたる事件は、菅民主党政権の無知と無能を世界に露呈したものである。外交・内政とも、憲法にかかわるさまざまな問題で、多くの国民に、この政権に政治を託してよいものか否か、大きな疑問を持たせたといえる。

 誤解のないように言っておくが、私は尖閣列島は明確に日本の領土であり、日本の領有権を犯す問題については毅然とした態度を貫くべきという立場である。一方、中国は諸々の理屈をつけて領有権を主張し、日中間の未解決の最大問題で、これが東アジアを不安定にしている問題であることも衆知のうえである。さらに、昨今の日中関係は、経済面において相互依存度が高く、一体的に競争と協力で動いている現実も承知している。

 尖閣列島をめぐる紛争は、油田開発を始めとして、これまでもしばしば発生しており、これからもさらにエスカレートしていくだろう。今回の中国漁船の海上保安庁巡視船への衝突事件は、過去にない異常なことであったようだが、日本政府や中国政府の問題処理に、両国ともに相互に異常なものがあり、将来に禍根を残した。中国側にも言いたいことは山ほどあるが、まずは日本の菅政権の問題点を指摘しておきたい。

 民主党で偏差値が高く権勢欲の強い連中に共通していることは、密室・根回し政治を嫌い、国民に見えるよう公開の政治に拘り、「小沢排除」の理由の一つにしてきた。政治という超化け物に対応するには、この発想で対処できるものでないことは子供でも知っている。まして外交、なかでも紛争をかかえる隣国との問題はさまざまな、智恵と駆け引きが必要である。

 今回の事件で中国側は、過去の例を前提にさまざまな駆け引きで問題の処理を打診したが、日本側は受け付けず、漁船々長の逮捕拘留という方法で対処した。事件の実体から推測すれば、当時の前原国交大臣の指示で行ったものであろう。逮捕拘留となれば日本の刑事法規で問題の処理を行わなければ、日本国の秩序維持システムに関わる重大問題となる。それなのに、中国側の異常な圧力によって、船長を起訴するかどうかの捜査中に、沖縄地検が処分保留として釈放した。

 問題の第一は、前原国交大臣(当時)の船長逮捕の指示が、国政の総合的立場から見て適切であったかどうかということだ。私は安保右翼の個人的思考を強く出し過ぎたもので、政治的には間違っていたと思う。現今の中国の政治状況を観察すれば、初期に政治的配慮があって然るべきであった。しかし、国内法にもとづいて「粛々と対処する」と、何回も公言して拘った以上、捜査中に釈放したなら、前原氏は外務大臣に交代したとはいえ、自己の意志が曲げられたものであり、政治責任は重大で、自ら辞任すべき問題である。

 第二の問題は、沖縄地検の「処分保留で釈放」という決定に、政治介入があったかどうかという問題である。菅首相以下の政府高官たちは、異口同音にに「政治介入はない」と否定しているが、これを信じる国民は誰ひとりとしていない。国民の誰もが信じないことを、政府首脳が繰り返し公言するという、日本国の不可解極まる実体を、国際社会はどう受け止めているだろうか。

 今回の問題で、岡田民主党幹事長は「中国は民主主義国家でない」(9月26日TV)と放言したが、「日本は民主主義国家か」と追求されたとき、なんと答えるか。形だけ民主主義の格好をして、中味が政治の本質に気がつかず、形式論理と言葉と数字だけで人間を支配できると思っている多数の政治家、巨大メディアに洗脳され白痴化した大衆の世論調査と検察の独善で政治が行われている日本、この国を民主主義国家ということはできない。

 沖縄地検は「わが国の国民への影響と今後の日中関係を考慮した」と釈放理由を発表した。国民から批判が起きると、仙谷官房長官は「起訴便宜主義からいっても適切だ」と、沖縄地検の発表は検察の権限として了解した。国会の関係委員会でも政府側は、口をそろえて「政治介入」を否定した。しかし、政府部内から、政治からの介入がさまざまな形であったことを証明する話が出ている。

 菅民主党政権の特徴は、政権運営でも国会運営でも、司法手続きの発想で動かしていることだ。弁護士の国会議員が多いせいかも知れない。司法の役割と政治=立法の役割とは異質である。中国船長の「処分保留で釈放」の決定理由は、誰が考えても検察権の権限外の問題で、超法規行為である。これを断行するなら、菅内閣総理大臣の「政治決断」で行われるべきであり、菅首相自身の言葉でその理由を国民に説明する責任がある。

 国民に真実を隠し、「政治介入」を否定し続けている菅首相は、嘘を重ねて政治を行っているといえる。国民に嘘を言い続ける政治の結末はどうなるか。国民と国家の悲劇でしかない。

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Profile

平野貞夫(ひらの・さだお)

-----<経歴>-----

1935年、高知県生まれ。
法政大学大学院政治学修士課程終了。
衆院事務局に入り、副議長(園田直)秘書、議長(前尾繁三郎)秘書などを経て委員部長となる。
1992年、参院高知地方区で当選し、小沢一郎と行動を共にする。
2004年、参院議員を引退。
以降、言論執筆活動に専念する。

BookMarks

-----<著書>-----


『坂本龍馬の10人の女と謎の信仰』
2010年1月、幻冬舎


『平成政治20年史』
2008年11月、幻冬舎


『虚像に囚われた政治家 小沢一郎の真実』
2006年9月、講談社


『ロッキード事件「葬られた真実」』
2006年7月、講談社


『公明党・創価学会と日本』
2005年6月、講談社

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