わかりやすい国会の話[第21回]昭和時代の議会政治(8)
吉田首相は、第2次から第5次まで内閣を続け、昭和29年12月7日に政権運営に行き詰まり総辞職する。政権を担当した5年間で講和条約と日米安全保障条約により、敗戦処理と戦後復興を行った。
昭和23年12月23日、吉田首相は少数単独内閣を解消するため衆院を解散。翌24年1月23日総選挙を実施した。結果は、吉田総裁が率いる民自党が264人の絶対多数を得た。民主党連立派との提携も成功し、参院緑風会との協力関係もでき、順調な発足となった。吉田政権は、米ソ冷戦でGHQが変更した占領政策に取り組んでいくことになる。ドッヂ九原則やシャープ税制改革らであった。
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投稿者: 《THE JOURNAL》編集部 | 2010年8月 3日 19:21