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わかりやすい国会の話[第5話]── 日本で国会がつくられるまで(5)

■明治天皇の国会開設の詔勅

 明治8年2月の「大阪会議」は、国会開設に向けて明治政府の意見を一致させたもので、政局の危機を回避した。その要点は(1)国会開設準備のため元老院を設置する(2)大審院を設け裁判権を独立させる(3)地方官(知事)会議を設け、立憲の礎とする(4)内閣と各省を分離する──という政治改革であった。

 当時はやった川柳に「大普請先ず板垣と木戸が出来」がある。政治の動きが徐々に立憲政体に進むなか、板垣は鹿児島で暮らす西郷に政府に復帰するよう説得するが、西郷は大久保利通以下、薩摩出身の政府首脳35名を「腐芋連」と批判し、対立は厳しくなった。

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ご理解・ご協力のほどよろしくお願いいたします。

本日(1月8日)の、ケンミレ株式情報というサイトに、

東京地検の「小沢幹事長潰し」は、日本最大の懸念材料

という記事が出ております。
この森田謙一さんという方は、株式の投資手法を20年以上研究されてきた方で、いわゆる「情報屋」や、「予想屋」、そして「証券アナリスト」とは、一線を画した方です。

また、「小沢信者」では、絶対にありません。
好きな言葉ではありませんが、人間的にはという言い方をするなら、小沢さんを好きではないと思います。
そして、非常に、平明なものの見方をしている方です。

少しぐらい、灰色の部分があったところで、日本の将来を考えたら、ここで小沢さんを潰していいのですか?
という、単純で、素直な考え方です。

*私は、この方とは一切の面識もなければ、会員でもありません。

*平野さん、
関係ない話を書いて、
まことに申し訳ありません。

<平野貞夫様>
本年もよろしくお願いします。
さて、国会の歴史をタダで教えて頂き有り難うございます。
今は参議院選挙まで、薩摩の西郷と大久保の対立の様に、民主党に内紛が起きない事を祈るだけです。
さて、小沢サイドはとうに把握していると思いますが、政治資金収支報告の記載のアドレスを張りつけておきますので、ご覧頂ければ、幸いです。
他の方(hiroki様)が、総務省から入手してくれたものです。
http://udonenogure.iza.ne.jp/blog/entry/1403899/
小沢さんからの借入金に記載もれは無かった事が判ります。
小沢さんには、くれぐれも安易に事情聴取に応じない様に、お伝えください。
小沢なくして、この国の真の維新はできません。
現在の政治家では、誰も敵いません。御身大切にお願いします。

この頃の政治には、血なまぐさい面もありますが、潔さが生きていました気がします。
それぞれが、わが身でなく、国を憂いて信念を貫く、そうした志が蔓延していたのでしょうね。

em5467-2こと恵美 | 2010年1月 9日 17:04様

私は、小沢氏シンパでもなく、おそらく今後も、どの政党も明確に支持することはないでしょう。

けれど、小沢氏のこれまでの言動をみると、数少ない「侍」であると感じています。

そうした、「侍」を見殺しにしないで下さいね。

<本田 勉様>
はじめまして、こんにちは。
レスありがとうございます。
失礼して、個人的な事を書かせて頂きます。
私は今でこそ、小沢シンパですが、前原代表辞任以前は、どちらかといえば反小沢でした。
隔世の感がありますが・・・。
つまり、演説が上手くて身奇麗(に見える)な議員を支持していたのです。
小沢氏の実態を知る事なく、古い政治家と決め付けていたのです。
それが、小沢代表になってからの目覚しい活躍、選挙戦術、改革提案などを知るにつけ、ぐいぐい小沢さんに引き付けられていきました。
今のスタンスは、平野貞夫信者(小沢氏の側近でありながら、選挙に対する考え方や国会議員の有り方、政権運営手法において小沢氏より優れていると、私は思う)
で、小沢シンパです。
小沢さんは革命家ですから、周りの人の迷惑を顧みない所があり、それがまた小沢さんの魅力なのですが・・・。
人使いがヘタなので、しばしば内紛の原因になったりしています。
小沢さんは、とても人間くさい人で、政治哲学や選挙戦術、防衛理論など政治のプロであっても、人間関係のプロでない所がヒヤヒヤさせられます。
日本に二大政党制を作る為に「生活が第一」という、明快な基軸を打ちたてました。
選挙で大敗しても、明快な対立軸が立てられない自民党とはエライ違いです。
5年前の選挙では、岡田代表が「政治をあきらめない」という前代未聞の意味不明なスローガンを打ちたて、民主党支持者の気持ちを大いに萎えさせたのとは、えらい違いです。
長々とすみませんでした。

em5467-2こと恵美 | 2010年1月12日 12:58様

私は長い間、無人島生活に慣れ親しんできました。
小沢氏も田中氏の末裔であろうと、勝手に解釈もしていました。
政権交代後、小沢氏の政治行動が頻繁に話題になるにつれて、私なりに彼が目指すものが、おぼろげながら見えてきます。
今は、その到達点を見てみたい気持ちでワクワクしているのが、本音です。
とは言え、その方向性に疑問を感じる時は、苦言も発することもあると思う。
民主党や他の政党の中にも、今の政治を憂う人が沢山いることも分かりますが、古いしきたりや名誉を重んじる傾向がある。
正直、一党政治は、私が好む政治形態ではないが、今現在の自民党が、対立軸であって欲しくない。
これまで、何度か対立軸になってもらいたいと思って、このサイトに提言をしようと考えたが、自ら理解しないと今の体質では、生まれ変わりようがないと、結論に至った。
苦言を聞き入れるものであれば、ここまで・・・。

いずれにしても、過去の栄光を捨て去らないと再生は不可能。

私も長々と、投稿しました。
ちなみに、私もトレッキーファンです。

平野様

小沢さんは、このままだと植草一秀氏のごとく無理矢理犯罪を捏造され、逮捕まで持って行かれそうな気がします。
そためにも絶対に検察の聴取に応じてはならない。

それを回避できても、マスコミに煽られた輩が万が一のことを起こすのではないかとの恐怖もあります。マスコミと検察官僚はその事態に至ることまでも想定していると思います。

http://rightaction.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/post-0bbb.html

なぜ、鳩山政権は政権交代なったその時に、検察・警察・裁判所・財務省・外務省への粛正を行わなかったのでしょう?
なぜマスコミにメスを入れられなかったのでしょう?

非常事態宣言の規定を早急に法制化することは可能なのでしょうか?

是非、小沢さんをお支え下さい。お願いいたします。

↑上記コメント中

「粛正」→「粛清」に訂正します。
失礼いたしました。

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Profile

平野貞夫(ひらの・さだお)

-----<経歴>-----

1935年、高知県生まれ。
法政大学大学院政治学修士課程終了。
衆院事務局に入り、副議長(園田直)秘書、議長(前尾繁三郎)秘書などを経て委員部長となる。
1992年、参院高知地方区で当選し、小沢一郎と行動を共にする。
2004年、参院議員を引退。
以降、言論執筆活動に専念する。

BookMarks

-----<著書>-----


『坂本龍馬の10人の女と謎の信仰』
2010年1月、幻冬舎


『平成政治20年史』
2008年11月、幻冬舎


『虚像に囚われた政治家 小沢一郎の真実』
2006年9月、講談社


『ロッキード事件「葬られた真実」』
2006年7月、講談社


『公明党・創価学会と日本』
2005年6月、講談社

→ブック・こもんず←



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