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2010年1月29日

わかりやすい国会の話[第6話]── 日本で国会がつくられるまで(6)

 自由党と立憲改進党は明治15、16年にかけて華々しい活躍を行い、自由民権運動は最高潮に達する。重税に対する反対運動、地域の民衆闘争がくり広がる。

 変わったところでは、東京の自由党員・奥宮健之らが人力車夫を「車会党」に組織するなど都市無産者にまで、運動を展開した。しかし、両党の対立、それぞれ党内の抗争も多くなる。自由党急進派は暴力事件を頻発させ、明治17年10月に自由党は解党する。立憲改進党も大隈総裁と河野敏鎌副総裁が党内抗争に嫌気をさして脱党して、党勢は衰退していく。

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2010年1月 8日

わかりやすい国会の話[第5話]── 日本で国会がつくられるまで(5)

■明治天皇の国会開設の詔勅

 明治8年2月の「大阪会議」は、国会開設に向けて明治政府の意見を一致させたもので、政局の危機を回避した。その要点は(1)国会開設準備のため元老院を設置する(2)大審院を設け裁判権を独立させる(3)地方官(知事)会議を設け、立憲の礎とする(4)内閣と各省を分離する──という政治改革であった。

 当時はやった川柳に「大普請先ず板垣と木戸が出来」がある。政治の動きが徐々に立憲政体に進むなか、板垣は鹿児島で暮らす西郷に政府に復帰するよう説得するが、西郷は大久保利通以下、薩摩出身の政府首脳35名を「腐芋連」と批判し、対立は厳しくなった。

>>続きは「Infoseekニュース 内憂外患」で!

Profile

平野貞夫(ひらの・さだお)

-----<経歴>-----

1935年、高知県生まれ。
法政大学大学院政治学修士課程終了。
衆院事務局に入り、副議長(園田直)秘書、議長(前尾繁三郎)秘書などを経て委員部長となる。
1992年、参院高知地方区で当選し、小沢一郎と行動を共にする。
2004年、参院議員を引退。
以降、言論執筆活動に専念する。

BookMarks

-----<著書>-----


『坂本龍馬の10人の女と謎の信仰』
2010年1月、幻冬舎


『平成政治20年史』
2008年11月、幻冬舎


『虚像に囚われた政治家 小沢一郎の真実』
2006年9月、講談社


『ロッキード事件「葬られた真実」』
2006年7月、講談社


『公明党・創価学会と日本』
2005年6月、講談社

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