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わかりやすい国会の話[第1話]── 日本で国会がつくられるまで(1) »

民主党政権への不安(続)

 『民主党政権への不安』を、THE JOURNAL×Infoseekに投稿したところ、多数の貴重な意見をいただき参考となった。ブログ読者諸君の知的水準の高さと発想の特長を学ぶことができた。相当の誤解もあるので(続)として、補足の意見を述べることにする。

 明治以来続いてきた官僚支配政治が、本格的政権交代で改革されることになった。とりあえず「自民・公明政治」の弊害が根本的に改善されることになる。そのため、新しい政治をどのように展開していくのかが、きわめて困難で重要な作業である。民主党政権のスタートでは、特別な知恵と配慮が必要となる。

 前回の私のブログを、特別な魂胆があるかのように理解された人たちがいたようだが、これは誤解である。私は74才となり、地位にも金にも女性にも関心がなく、日本の議会政治の健全な発展を祈っている民間人だ。私の視点は「議会民主政治の原理」と「日本国憲法の原理」にあり、これを冒涜する言動に対しては、いかなる政党、政治家、メディアであれ、意見を言わせてもらう。

 昨年来、「民主党の政権担当能力」が論じられてきたが、私は「政策の実施などにおいて何ら心配はいらない。大事なことは"戦略的自己抑制能力"だ」という意見を述べてきた。そして政権交代にあたっては「議会民主政治の原理と憲法の原理に対する感性を大切にすることだ」と主張してきた。

 8月30日の総選挙前後、そして鳩山内閣が成立に至るまでの経過をみるに、私が危惧していたことが表面化したので、『民主党政権への不安』のブログをあえて投稿したわけだ。「国家戦略局」「官僚の記者会見禁止」「議員立法の禁止」といった問題は、民主党政権を動かしているスタッフの中に、議会民主政治や憲法の原理に対して理解不足があるのではないか。脱官僚といいながら、議員バッチをつけて頭が官僚の政治家がいるのだろう。

 率直に言って現在進行している民主党政権の性格は、憲法の基本である「議院内閣制」を逸脱して、「内閣議員制」という奇妙な形となりつつある。議会政治とは政党政治のことなのだ。主権者である国民は総選挙で、衆院議員と政党を選んだのであり、内閣はその議員と政党が国会で首相を指名することで成立するのである。

 従って国民が自分で選んだ議員や政党に従属する関係ではないように、議員や政党が選出した内閣にその議員や政党が従属するものではない。憲法41条の「国会は国権の最高機関であって、国の唯一の立法機関である」の趣旨はこういったところにある。

 ところが鳩山政権が発足するにあたり、与党民主党の幹事長に小沢一郎氏が就任するに際して、政権運営と政策協議に関わらないことが条件となったらしい。議院内閣制と政党政治の民主主義の国家で、こんなことが平然と行われるとは驚くばかりだ。これだと内閣に参加しない民主党国会議員は、政党としての政策論議ができなくなる。政府に政策協議を一元化するということは、国会議員の立法権や調査権を著しく妨げることになりかねない。

 さすがに鳩山内閣でも民主党でも、これには問題ありと気がつき、小沢幹事長の指示で「各省政策協議会」という民主党全議員が参加できる機関を設けることになったようだ。何故このような混乱が起こるのか。それは「細川政権を崩壊させたのは、小沢一郎の二重支配だった」と、テレビや新聞が事実に反する報道を繰り返したことによる。武村正義氏や田中秀征氏ら旧新党さきがけの関係者の話をたれ流し、鳩山政権でも「小沢の裏支配に気をつけろ」という世論をつくりあげたことにある。

 細川政権時代、細川首相と小沢新生党代表幹事の連絡役をやっていた私は、その間の事情をもっとも承知しているが「二重支配・裏支配」といったものはまったくなかった。細川首相の主席秘書官であった成田憲彦氏も「二重支配なんか存在しなかった」と新聞にコメントしている。また、細川首相自身も私に電話で武村氏らの言動を厳しく批判していた。こういったことが民主党内の反小沢グループと呼吸を合わせたことであったなら不幸なことである。

 さて、「国家戦略局」のことだが、名称はともかく「内閣で予算編成の権限を移すことや、国家の基本方針の策定」などを決定する政治主導の機関をつくることは賛成である。しかし設置するなら国民的論議をすべきだ。内容によっては憲法に関わる問題もある。個人や政党の手柄話のようなものになるのなら、政権交代すれば画期的な制度が消えることになりかねない。

 「官僚の記者会見禁止」については、やり方によっては「国民の知る権利」を侵すことになりかねない。少なくとも閣議や閣議懇談会で決める筋合いでないことは常識である。

 「議員立法の禁止」については、新聞にそう書かれる説明のまずさにあるかもしれないが、理屈をいえば憲法は国民の請願権を規定している(第16条)。国民は、国会議員を紹介者に立法などを請願することができるのだ。議員立法を自粛とはいえ禁止ということになれば、国民の請願権を妨げることになりかねない。

 要するに国家の運営、すなわち国家権力の行使の原点は「憲法の運用」であり、行政の事務ではない。従って憲法に関する感性を鋭くしておかないと、民主党政権は自民・公明政権の失敗を繰り返す。

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» 言葉狩り・続 送信元 ケミストの日常
以前言葉狩りの記事で批判をした平野貞夫氏の民主党政権への不安という記事ですが、その後、民主党政権への不安(続)を挙げたようです。 ここで使われている「テ... [詳しくはこちら]

コメント (32)

■コメント投稿について編集部からのお願い

《THE JOURNAL》では、今後もこのコミュニティーを維持・発展させていくため、コメント投稿にルールを設けています。はじめて投稿される方は、投稿の前に下記のリンクの内容を必ずご確認ください。

http://www.the-journal.jp/contents/info/2009/07/post_31.html

ご理解・ご協力のほどよろしくお願いいたします。

<平野様>
私は、ご意見にほぼ賛成です。メディア総動員の小沢鳩山二重権力構造論とそれに呼応した、野田グループの動きと岡田さんの不可解な発言の数々...。
衆議院選挙で300超議席をもたらした小沢さんの影響力が増すのは当たり前で、ことここに至っても、小沢さんの影響力を排除しようとは、まるで反抗期の子供みたいで、恥ずかしい。
私は、前回の平野さんの板にも書き込みましたが、憲法で認められた議員の立法権を奪うなど狂気の沙汰だと考えます。
ただ、事務次官の会見を中止すべきである、との考えだけは、変えられません。会見をしなくとも、憲法違犯ではありません。

平野様
民主党に対して不安を持っています。
①政府内に入らない議員はなにをするのか。

民主党の議員は気の毒です。
支持者が議員に意見を述べ、議員は党に挙げても、政権に届かないということは、国民と政治家との関係を遮断したことになっています。議員はやり場がないでしょう
例えば政権を取ったということで、内閣官房は記者会見のオープン化という党の公約違反を行なっても、なんら説明もしないほど傲慢になっています。
私は地元議員に総理会見のあと意見を送りますと、党の方針と違うので、次回から云々という返事がきましたが、
その後官房長官が記者会見をオープン化しないという方針を議員に伝えている、どうなっているのかと地元議員に意見を挙げると今回は返事がきませんでした。
地元議員は新人議員です。
選挙活動といってもかわいそうなものです。
国民と向き合っているのは党です。
党を排除するのは平野様とは別の見解で、間違っていると思います。
二重権力であれ、もっと緊張感のある組織が必要です。

②世の中全体に対応し、全体を総括するリーダーがいない。

今の民主党には経済の現実をしっかりつかみ、景気や雇用に現実対応する気のリーダーはいません。
あえて言えば亀井大臣ぐらいで、あとはマニフェスト官僚です。
藤井氏などは元財務官僚で、財政規律派でしょう。現実の厳しさに対しての認識が甘すぎます。
他の大臣も同様です。
景気に対して後手後手に回る気がします。
景気のかじ取り、株式市場との対話は重要です。
もし株式市場が暴落し、景気がさらに悪化すれば、改革など吹っ飛んでしまいます。

現に藤井大臣は円高容認発言で急速に円高が進み、大慌てしています。全く素人集団です。

③国家戦略室は全く機能していない。
半月たつのに部屋には机ひとつない。
ハードだけでなく、来季の予算編成に対しても戦略も方針もない。
無駄を削れという指示で各省大臣、査定大臣より提出させるだけとは恐れ入った。
何の為の国家戦略室か。
馬鹿馬鹿しい。
今の経済をどう認識しているの。
少なくとも大臣は経済企画庁大臣も兼ねているのである。
全体としてどうかの戦略は立てるべきである。
掛け声は勇ましいが、中身はまだまだ不安だらけである。


※アメリカ、中国の経済が日本を助けてくれることを祈るばかりである。


 民主は結局、烏合の衆、現実的には自民だろうな、という理由でこれまで自民に投票してきましたが、今回はさすがに民主に入れました。
 別に麻生氏のキャラクターや「政権放り出し」もどうでもいいのです。
 小泉改革以降、「生活していけない」社会になったからです。民主は子育て支援なんて言ってますが、就業形態や年収を考えたら子育てどころか結婚すら躊躇する時代になってしまいました。例えば脳梗塞で倒れて入院しても、1月ですぐ病院から追い出されます。「自立支援」とはおこがましい名称を、よくもまあつけたものです。「社会で介護を支える」はずの介護保険も機能しなくなりました。年金もそうです。庶民は雀の涙ほどの年金しかもらえない。公務員には豊かな生活・老後が保障されている。なら我々庶民は、公務員の生活を保障するために生まれてきたのか、と。
 そういう不満と不安が自民惨敗に現れたと思います。
 マニフェストを読むかぎり、民主政権への不安は大いにあるのです。しかし庶民としては、賭けるしかなかったのも事実です。
 生活への安心を謳う民主政権に期待はするのですが、教条的になられても困るのです。

少し話題がずれて申し訳ないですが,千葉法相と福島大臣のコンビで夫婦別姓法案提出,というニュースがyahooで出ています。Yahooはいつも右寄りの記事を出してきますが,保守系の格好の餌食でしょう。この法案提出は社会情勢と関係なく自分たちが長年一番やりたかったことを最優先する,安倍改憲論議と同じやり方で非常にまずい。

やっぱり,いま法相が最も急いでやらなければいけないことは,秋葉原無差別事件のような社会の様相に関係する凶悪犯に対して死刑論議を含めどのような対処を講ずるか,につきる。この手の犯罪は必ず再びおこる(誤解のないように言っておきますが,僕がやるって予言しているわけでは絶対ありません)。とにかく,凶悪犯罪対策に真っ先に手をつけないと絶対だめだ。

夫婦別姓は,外国人参政権の次でもいいくらいだと思う。いまどき,戸籍上同姓でも会社では別姓名乗ったり,みんな適当に対処してますよ。

鳩山首相は夫婦別姓法案について「まだ時期尚早」とコメントしたみたいですが,予想以上に政治勘が良くてびっくりしました。安倍氏とは違うな。

平野貞夫様

> 8月30日の総選挙前後、そして鳩山内閣が成立に至るまでの経過をみるに、私が危惧していたことが表面化したので、『民主党政権への不安』のブログをあえて投稿したわけだ。「国家戦略局」「官僚の記者会見禁止」「議員立法の禁止」といった問題は、民主党政権を動かしているスタッフの中に、議会民主政治や憲法の原理に対して理解不足があるのではないか。脱官僚といいながら、議員バッチをつけて頭が官僚の政治家がいるのだろう。<

 鳩山政権の「国家戦略局の創設」「官僚の記者会見原則禁止」「議員立法の原則禁止」という政策の戦略目標を自民党政治に照らして鑑みるに過度に官僚依存した政治・官僚が主導する政治からの脱却であり、基本的な政治方針は憲法の前文に規定された政治的目的の遂行だろうと、私は推定します。

 また、憲法の各条項の規定は、前文に規定された政治的目的を遂行する上での形式を規定したものに過ぎず、条文の解釈は、そこに使われている文字の国語的・文法的な意味を明らかにした上で、法規の論理的配列を考慮し、立憲の目的に従って拡張解釈・類推解釈・反対解釈・縮小解釈などの解釈技法を駆使して合理的に解釈すべきだと、現実を見たことのない机上の理想主義の視点からの類推解釈を以て、私は判断します。

> 率直に言って現在進行している民主党政権の性格は、憲法の基本である「議院内閣制」を逸脱して、「内閣議員制」という奇妙な形となりつつある。議会政治とは政党政治のことなのだ。主権者である国民は総選挙で、衆院議員と政党を選んだのであり、内閣はその議員と政党が国会で首相を指名することで成立するのである。<

 「議員内閣制」という語で認識する一般的な概念は“行政府である内閣の存立が、議会(特に衆議院)の信任を得ることを必須条件とする制度”であり、鳩山内閣は、この条件を満たしていると、私は思量します。

 複数の政党が存在し、議会における相互のかけひきや活動を通じて行われる政治政党において、党首が内閣総理大臣に就任する限り、或る程度は“内閣議員制”の側面を持つのは当然であり、いわゆる「党議拘束」は“閣議拘束”の一面が存在し、自民党政権時代の閣議は、事務次官会議に依存していたようですから、”官僚内閣制/官僚族議員制”とでもいうべき、官僚主導の政治という状態が続いていたと、私は推察します。

 従って、政権運営についての思いは、其々の国民に温度差はあるでしょうが、憲法の条規に違反していない限り、「異体同心」で、憲法の前文に掲げた目的を遂行し、目標を達成すべきだと、私は思量します。 

 結論的に、「国家戦略局の創設」「官僚の記者会見原則禁止」「議員立法の原則禁止」に限らず、如何なる政権運営の戦略も、憲法の条規に反し、立憲の目的から逸脱する危険性はあるが、憲法違反の政策が実施されたら違憲訴訟を提起することもできるような制度になっております。

 因みに、具体的な事案などが憲法の基本を逸脱すると思量するならば、憲法の定める統治の基本秩序を壊乱するために暴動をした「内乱の罪」で刑事告発または刑事告訴をするくらいの覚悟と理論武装をして、民主党に直訴すれば、平野貞夫様の影響力を以てすれば、違憲政策の遂行を阻止できるのではないでしょうか?

 余談ですが、アフガン・イラクへの自衛隊派遣について「公務員職権濫用」・「中立命令違反」・「内乱の罪」で東京地検に告発状を郵送したところ「事実関係が特定されていない」という理由で告発状を返戻しされたので、検事総長に告発状を郵送したら、最高検察庁から「この書類は当庁では受領できません。尚、告発・告訴は犯罪地を管轄する地方検察庁に相談してください」という理由で告発状を返戻しされた経験が、私にはありますから、憲法違反の事案を刑事事件として立件するには、諸々の障害・妨害が付きまとい、困難を極めると、私は判断しまます。

> 従って国民が自分で選んだ議員や政党に従属する関係ではないように、議員や政党が選出した内閣にその議員や政党が従属するものではない。憲法41条の「国会は国権の最高機関であって、国の唯一の立法機関である」の趣旨はこういったところにある。<

 国民は、自分で選んだ議員や政党に従属しませんが、自分が選ばなかった議員達の賛成で可決された法律や政権でも、その支配を受けるのは法治国家の因果の道理に従って当然の原理原則であり、それがいやなら国籍を離脱する権利も認められています。

 「議員内閣制」・“内閣議員制”・“官僚内閣制”・“官僚族議員制”の何れにしても、日本国は法治主義の国家であり、徳治主義ではありませんから、其々の議員や政党は内閣に従属する必要はなく、其々の議員には、法案に反対する権利も、党派を離脱する権利も認められており、政党としてまとまれば内閣不信任案を可決することも可能でしょう。

 然し、自分の属する党派が選んだ人物を首班とする内閣を存続させるならば、小異を捨てて大同に就くのが道徳的・倫理的な規範であると、私は思量します。
 
> ところが鳩山政権が発足するにあたり、与党民主党の幹事長に小沢一郎氏が就任するに際して、政権運営と政策協議に関わらないことが条件となったらしい。議院内閣制と政党政治の民主主義の国家で、こんなことが平然と行われるとは驚くばかりだ。これだと内閣に参加しない民主党国会議員は、政党としての政策論議ができなくなる。政府に政策協議を一元化するということは、国会議員の立法権や調査権を著しく妨げることになりかねない。<

 「国家戦略局の創設」「官僚の記者会見原則禁止」「議員立法の原則禁止」という鳩山政権の戦略目標に対して、小沢一郎さんは反対の立場でしょうか?

 実情は分かりませんが、もしも、鳩山政権の戦略目標に反対する理由が、本当に国民のために憲政の常道を歩むためであるのならば、民主党をぶっ壊してでも、その政策の実施を阻止するのが小沢一郎さんの政治理念・信念だと、私は信じておりましたが…。

 因みに、戦略的には異論があっても最終目標が一致しているならば、政策を実行する段階で逐次に軌道修正をするのが目標達成の早道であることは、弾道弾よりも誘導団のほうが的中率が高いことからも明白な事実でです。

 孫子にも「激水の疾くして石を漂わすに至るは、勢なり。鷙鳥の疾くして毀折に至るは、節なり。この故に善く戦う者は、その勢は険にしてその節は短なり。勢は弩を彍(ひ)くがごとく、節は機を発するがごとし」と説いてあるように、政治の変り目の一時期の政策は、「拙速を聞くとも遅効に賭さず」が物事を為すための原理原則であると、私は思量します。

 従って、世論という衣を着て移動する目標を達成するためには、世論に流されずに真の目標を見定めて、逐次軌道を修正する必要があると、私は思量します。

 余談ですが、『小泉構造改革』の実体は、「激情の疾くして意思を漂わすに至る者は、言の弾みと勢いで、着いた所が目的地なり」であったから、一応目的は達成したと言い張ることができるだろうが、それが国民の利益になったか否かは別論だと、私は思量します。

「第2戦線は開かれた!」
民主党政権への不安について平野氏が何を主張したいのかは理解できました。ただ、「国民的議論」という言葉を聞くと、「何もしないことへの言い訳」を聞かされたような思いがします。
 さて、話は変わりますが、昨日政治資金が公開されました。それを受けての今朝の新聞の論調は「大手マスコミの宣戦布告」と受け取っていいでしょう。田中良紹氏が以前「明治以来政治家をつぶすのはマスコミによる金権政治家というレッテル貼りだ」と書かれていましたが、今まさに民主党に対しての一大レッテル貼りキャンペーンが始まりました。
 民主党が政策として「マスコミ改革」を謳っているのですから、大手マスコミと対立するのは前から判っていたことです。神保氏はご自分の著書で「マスコミ改革を主張する民主党政権は、推し進める政策についてマスコミからの一斉非難を覚悟する必要がある。国民もこのことを自覚する必要があるが、問題はマスコミからしか情報を得ることができない国民に民主党とマスコミの闘争という図式が見えないことである」というまことにもっともな主張をされています。しかるに、民主党政権が各省庁との戦いを始めた矢先に、民主党応援団からマスコミとの対立を煽る主張が次々となされ、岡田外相はその声を慮ったのか、会見オープンに踏み切りました。これを受けての、大手マスコミからの宣戦布告と拝察いたします。
 さんざん煽った神保さん、上杉さんはじめ、「大手から無視されてきたメディア」の方々は、大手の「宣戦布告:総力を挙げての偏向報道」に対し大反論キャンペーンをされるのでしょうか。これからどういう対応をされるのか見ものですね。まさか煽るだけ煽って、火事場から逃げ出すようなことはないでしょうね。
 平野氏は憲法尊守の精神が踏みにじられるのではという「高尚な懸念」を表明されていますが、私は「自称民主党応援団」の過大な要求が民主党政権をつぶしてしまうのではないかという下世話な危惧をしています。民主党政権は「国家戦略局」を始動する前に「民主党戦略局」を始動させる必要があるようです。官僚組織とマスコミを同時に敵に回してしまった以上、国民を味方につけるため、民主党全議員は選挙区回りをして説明しなければなりません。「政権に入った人だけが目立っている」なんて目先の愚痴を言っている場合ではありません。今行動をおこさないと、来年夏はとんでもない事態になることを覚悟してください。

平野様 
TVに於いては未だにコメンテーターのコメント含めて、細川政権の失敗を小沢氏に押し付けているまま報道は続いております。だからその事を楯に、小沢氏が一歩進むと、その幻影を漂わせます。民主党議員の誰一人としてマスコミで反論なり説明をする人はありません。今の民主党に小沢氏の存在は非情に大きいはずです。それが選挙の為の幹事長に留められているのは、自民党を初めマスコミの思うツボになっています。平野様の言う通りに、国民はマスコミの報道の誤りにすっかり載せられ、いまいち不安なままの民主政権を見守っている不幸を強いられています。平野様初め成田様や真実を知る方達の報道への参加でその誤解を解いて頂ければ国民は幸せなはずです。マスコミ好きな民主党議員は何時のまのか、元代表の力を見失ってしまったのか、それを表に引っ張り出す人は居ないのか残念です。

平野様
 「国家戦略局」の概要も固まらないうちから、かつての大本営のようだとの印象を表明されたことは拙速だったと思います。「相当の誤解がある」として改めて真意を述べておられますが、最初の稿を読んだとき、私は倒閣運動でもやるのかと思ったほどです。なぜ誤解を生じたかと言えば、平野様の論評が「印象批判」に留まったためでしょう。
 私は国家戦略局には大きな可能性があると感じています。なぜなら、長らく日本の政治には「国家戦略」が存在していなかったからです。しかし、国家戦略局だけであれば、平野様が危惧された通り、トップダウンのみとなり、国民の幅広い意見を吸い上げることができません。そこに「各省政策会議」が付加されたことにより、より民主党の方向性が明確になったと私は歓迎しております。
 各省政策会議ができたことで、内閣に参画しない議員も、地元で収集した意見や要望を党内で集約することができます。ここでの意見を国家戦略局に集約し、政策立案に役立てれば、ここにボトムアップのラインができます。
 私の地元である民主党青森県連では、一般有権者の参加のもと、公開されたワークショップ形式で地域マニフェストを策定中です。こうしたやり方はおそらく全国でも初めてのことです。このやり方がモデルケースとなり、全国に広がれば、地域で特色あるマニフェストを各省政策会議を通じて調整をはかり、国家戦略局で政党マニフェストにまとめるということも可能になるでしょう。
 平野様は議会制民主主義にこだわりを示しておられますが、国民は議会制民主主義に懐疑的です。民意を本当に汲み取っているのか、単に国会という箱の中で勝手に言い合いをしているだけなのではないか。現在の政党不信、政治不信はまさしく議会制民主主義の衰退がもたらしたものです。
 政治は議会の中だけにあるのではなく、国民の生活の中にあります。私は民主党政権には政党が仲立ちとなって、政策づくりから国民参加を実現し、国民協働の議会制民主主義へ作り直していただきたいと念願するものです。

平野貞夫様

 或る社会の対立や利害を調整して社会全体を統合するとともに、社会の意思決定を行い、これを実現する作用にまつわり、権力の獲得と維持をめぐる争いおよび権力の行使に関係する現象である「政治」について、孔子は「食を足らわし、兵を足らわし、民にこれを信ぜしむ。…古よりみな死あり、民、信なければ立たず」と説いているが、この意味は、国防よりも生活保障が優先されるが、国民と政治家や政府の間に相互の信用・信義・信頼がなければ政治は成立せず、国家は必ず滅亡するという、自然法に基づく因果の道理に従った政治の原理原則についての説教であり、情報の通信・交信が政治に不可欠の要素であることを示唆していると、私は思量します。

 一方、人間の本性は悪であり、たゆみない努力・修養によって善の状態に達することができるとする性悪説を唱えた荀子は「信を信ずるは信なり、疑を疑うもまた信なり」と説いているが、これは、信ずるべき内容の情報を信ずるのは信用・信義・信頼に値するが、疑うべき点を疑わなければ、信用・信義・信頼は成立しないという自然法に基づく因果の道理に従った情報活動の原理原則についての説教だと、私は理解します。

また、荀子は「知らざれば則ち問い、能わざれば則ち学び、能ありと雖も必ず譲り、然る後に徳ありとなす」と説いているが、これは、情報量が過少、即ち、情報変化容量が過大ならば更なる情報収集(取材)をし、情報の「読み・書き・算盤(勘定)の能力」、カタカナ語の「リテラシー(literacy)」が不足しているときは学び、有能と雖も自説に固執せずに反対意見も十分に聞き、然る後に、世間における有能な工作員・編集者・記者としの仕事ができるという、自然法に基づく因果の道理に従った情報活動の原理原則についての説教だと、私は理解します。

因みに、「読み・書き・算盤(勘定)の能力」または「リテラシー(literacy)」とは、情報に使われている文字・音声・電磁波などの国語的・文法的な意味を明らかにし、情報の論理的な配列を考慮して、情報活動の目的に従って、拡張解釈・類推解釈・反対解釈・縮小解釈などの解釈技法を駆使し、合理的な解釈や工作をするために有効となる個人的・組織的な知能・知力・理知・理解力・聡明さ・利発さなどを指す「情報工作」または「インテリジェンス(Intelligence)」を以て所期の目的(意図・方針・目標)を成し遂げることのできる力であると、私は認識します。

 さらに、荀子は「人は生まれて群なきこと能わず、群して分なければ即ち争う」と説いているが、これは、人間は本能的に「共同体」を作り、集団的な行動をするが、利益の分け前が不十分ならば競争をするという自然法に基づく因果の道理に従った人間の習性の原理原則についての説教であり、国家・閣僚・官僚・政党・派閥も記者クラブ・日本新聞協会・日本民間放送連盟・日本雑誌協会・日本インターネット報道協会・日本外国特派員協会なども、すべて、この範疇に存在しているに過ぎないと、私は理解します。

尚、人間に限らず全ての生物を指す衆生は、社会生活の中でみられる食わんがための競争または自然界で次の世代を残すためによりよく環境に適応しようとして生物同士、特に同種の個体間での競争を指す「生存競争」に必要な情報工作またはインテリジェンス(Intelligence)」が不足して適応できない個体は自然淘汰されて子孫を残さずに滅亡するのが、自然法に基づく因果の道理に従った情報活動の原理原則だと、私は思量します。

平時および戦時(選挙時)おいて情報優勢を獲得するために、味方の情報および情報体制を防護し、かつ、敵の情報体制を攻撃・攪乱・妨害して情報を劣化させるような、敵味方相互の情報活動を指す「情報戦」が実施されるのは生存競争において必然的な現象であるが、情報戦は、一連の政治方針と戦略目標に沿って遂行されるべきであり、その戦術は、孫子が「およそ戦いは正を以て合し奇を以て勝つ、故に善く奇を出だす者は窮まりなきこと天地の如く、竭(つ)きざること江河の如し、終わりて復始まるは日月これなり、死して復生ずるは四時これなり、声は五に過ぎざるも五声の変は勝げて聴くべからざるなり、色は五に過ぎざるも五色の変は勝げて観るべからざるなり、味は五に過ぎざるも五味の変は勝げて嘗(な)むべからざるなり、戦勢は奇正に過ぎざるも奇正の変は勝げて窮むべからざるなり、奇正の相生ずることは循環の端なきが如し、孰れか能くこれを窮めんや」と説いているように、法律の範囲内で許容される随意の行為を以て展開すべきであり、思想・信条・良心の自由および結社の自由ならびに報道・表現の自由が憲法で保障されているのはそのためだと、私は思量します。

 尚、憲法頂点とする法律は、国民の誰もが守らなければならない最低水準の道徳・倫理を基に制定した公約であり、さらに、政権公約(マニフェスト)は選挙のときに政権を獲得することを前提に政党が政策などの実行を公衆に対してした公約であり、また、政治家が公開の場で或る事柄について約束したことか公約です。

 公約であれ密約であれ、些細な約束であれ大きな約束であれ、約束は、前提条件が満たされれば、当該事項の実現が確実視され、期待されているので、信用を得るためには必ず守らなければならないが、小さな約束が守れない人間・団体に大きな約束が守れた例はなく、約束が守れない人間・団体は土壇場になると必ず裏切るから信頼するなというのは、席中で普遍的な常識だと、私は思量します。

 従って、相手の政権担当能力や政策についての情報を劣化させることを目的とした情報戦の初歩的な手口は、“憲法違反”・“法律違反”・“規則違反”・“約束違反”という言葉を繰り返すことの主効果ならびに交互作用により、利害関係者や大衆に、相手は劣悪だという心像を刷り込んで、世論を誘導する「徹底的な誹謗・中傷の宣伝・啓蒙活動」/「ネガティブ‐キャンペーン(negative campaign)」が、費用対効果の面で有効な手段であると、私は思量します。

 然し、或る事実を公然と開示する行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったと認められ、尚かつ、公然と開示した事実の真否を判断し、真実であることの証明がなければ、刑法第230条を適用して「名誉毀損」または刑法第233条「信用毀損及び業務妨害」の罪で処罰される危険性が高いので、「相手を徹底的に誹謗する宣伝・啓蒙活動」を展開するには、事実関係の特定と表現方法に細心の注意を払わないと、逆効果になる危険性が高いと、私は思量します。

 平野貞夫様の、日本の議会政治の健全な発展を祈り、「議会民主政治の原理」と「日本国憲法の原理」にあり、これを冒涜する言動に対しては、いかなる政党、政治家、大衆通信媒体であれ、意見するという態度は尊重されるべきであり、また、平野貞夫様が民主党に対する「徹底的な誹謗・中傷の宣伝・啓蒙活動」/「ネガティブ‐キャンペーン(negative campaign)」をするはずはないと思いますが、“憲法の条規に抵触する”というような表現を用いるならば、公然と開示した事実が真実であるということを道理と証文および現実の証拠を提示して論証する責任は平野貞夫様にあり、適切に論証できなければ利敵行為に過ぎないと、私は思量します。

平野さんの意見に大賛成です。

いったい鳩山政権は、与党を野党と同列に扱うつもりでしょうか。
であれば、政府の法案は与党が反対すれば一本も成立しなくなりますよ。まさか、小泉政権の時のように政府案に反対する議員は党から追放し次の選挙で刺客でも送るつもりなのでしょうか。


平野さんの言う通り、議員内閣制を鳩山政権は理解していない、全くの素人政権だといえます。自民党政権でも首相と党幹事長は一体で政権を運営していました。当たり前です。法案を通す為には、議会の協力が絶対必要だからです。


そもそも、管氏が英国に議員内閣制の調査に行った後で、英国では党の幹事長は内閣の閣議に出席しており、党と内閣は一体化していると語った筈です。いったい英国に行って何を学んできたのでしょうか。

平野さんへお尋ねします。
あなたと「涼風会」は実際どのようなご関係ですか?倒閣運動宣言や、スキャンダル暴露に奔走している二階堂?小山紀彦氏との関係もぜひ発表して欲しいものです。
あなたが表面では、こういう場所で民主党政権にエールを贈っているように見えても、裏ではナベツネ指示の元、民主党を政権から引き摺り下ろすために動いているのではないか?と疑われても仕方の無いほどの問題ですよ。今はネット時代でもあることですしすぐに日本中、いや世界中に事実は広まりますからね。それにしても平野さんは小沢さんを利用して散々儲けましたね。それに民主党は、小沢支持者で最大の代弁者であるあなたを党の顧問なり何なりになぜ登用しないのでしょうかね?(笑)厚遇しない理由についても、あなた自身、心当たりがあるのではないでしょうか?(笑)

<鳩山攻撃のスタート>
鳩山母が建てたビルに鳩山さんの政治関連団体が入居していて、格安の家賃(通常50万円の所、10万円)で借りていて、寄付行為に当るとの事です。
さっそくJーCIA(自民党情報調査局)の爆弾が発動した様です。
http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/domestic/political_fund/?1254369048
鳩山さんも脇が甘い・・・。
自民党本部は超格安の地代で国有地にあるのだから、地代の値上げで反撃をしたらいかがでしょう。
税収にもなる事ですし・・・。
払えないで、出ていくなら、民主党本部にしちゃうっていう手もあります。
<平野様>
涼風会、私も気になりサイトを見てみました。やたら、憂国の士だの国益だのが氾濫していて、少し怪しげな・・・。平野さんを信じていますので、万が一にも変な会ではないと思いたいです。
右翼ではありません。と、わざわざ書き込まれていました。
でも、勉強会の講師が「憂国の士 西村真吾先生と田母神先生」では・・・。
一度、機会がありましたら、平野さんから直接、会の趣旨等、ご説明願えたらと思います。

<訂正>
上記匿名 | 2009年10月 1日 13:46
は、私em5467-2こと恵美の書き込みです、入力ミスしたようで済みません。

話はそれるが、昨日、夕暮れのTBSで後藤謙次(元共同通信社)キャスターがJ-CIA(自民党CIAだそうだ)を持ち出し、民主党のスキャンダルを突くことが戦略だと述べていた。周知の通り、彼の報道ぶりはいつも何様のつもりかと思えるほど、上から目線の偏向報道でなんとも胡散臭い。

平野さんのエントリーで口幅ったいが(真偽の程は平野さんが一番よくご存じだろうと思いますが)下記URLによると、13年前に竹下首相のもとで自民党の最大の脅威であった小沢一郎を抹殺するために作られたといわれている「三宝会」の元世話人の一人が後藤(当時、共同通信の編集委員)だった。ちなみに、三宝会の世話人は当時、後藤以外のマスメディアでは読売新聞(高橋利行)、日経新聞(芹川洋一)、朝日新聞(佐田正樹)が含まれていた。(http://ameblo.jp/aobadai0301/entry-10262149034.html)

民主党も脇が甘い人が多いようだ。くだらぬ問題で足下掬われぬように願いたいものだ。そんなことで腐敗したマスメディアと官僚連合に付け入る隙を与えてはならない。

国家の重要な政策論議と実行が頓挫しないように願います。

em5467-2恵美様

ぜひとも、下記サイトをご覧ください。
二階堂ドットコム=涼風会です。
ご存じないのですか?
あまりの酷さには、きっと驚かれると思いますよ。

http://www.nikaidou.com/

鳩山信者さん
平野さんに対して穿った見方で失礼と思います。涼風会を見てみましたが、テーマにそって講師の方を招いてるように思いますので、変にとらえなくていいと思います。

民主党政権を支持しますが、なんとなく不安をおぼえます。
小沢さんを政策から排除しての民主党はいまいち支持できません。
小沢さんの知恵を借りて政権運営すべきと思ってます。

これは平野さんお一人の考えではないと思います。民主党の多くの議員も疑問に思っています。武村さんはじめ、権力の二重構造などと15年前のことをまことしやかに作り上げ満足している方にはその裏にどんな狙いがあるのでしょうか?平野さんに申し上げたい。よくぞ言ってくれた。まさに民主党政権の不安といえるでしょう。民主党執行部は一心同体。一つにならなければ世直しはできません。
小沢さんにあなたのお得意な分野での活躍をと言った(選挙)管氏の言葉はいまも忘れられません。非礼である。と思うのですがみなさんはどうお考えになりますか。国家戦略局について民主党議員に聞いてみました。数名にです。なにをやるのか?正直にはっきりわからんといっておりました。どこまで踏み込んで良いのかわからないのでしょう。話し合いがなされていない。この実態をどう思われるか?不安を感じます。みなさんもTELをして直に聞いてみてはいかがですか。私は民主党の支持者です。党員です。民主党を分断させる意はありません。以上。

平野様
国家戦略室の名称にこだわる理由は、感情論であり、重要な問題では、ないと思います。
名称云々よりも、国家戦略室が実際に有効に機能し、民主党が国民に約束した「脱官僚支配の政治」が、実現できるかどうかが重要です。

事務次官会見の中止は、故意にゆがめられて、報道されていると思います。
そもそも「その省庁を代表して」事務次官が記者会見を開くのを禁止する、ということであったはずです。省庁を代表するのは、各大臣であるからです。
記者が取材も出来ないとか、天気予報も報道できないとか、国民の知る権利を損なうなどの悪質な情報操作のペテンに、国民はだまされていません。民主党が、彼らに譲歩する必要も、ありません。

政権交代直後、岡田氏が、党は内閣の政権運営とも政策協議とも切り離す。と述べたときは、不自然な違和感をもちました。
この点にかんしては、平野氏と同意見です。
この背景には、メデイアによって流され続けた、(いまも続いている)悪質な、小沢氏による二重権力というネガキャンへの迎合があったと、思っています。
2重権力だったとして、そのどこが悪いというのか。
民主党の勝利は、小沢党首の下で作られたマニフエストを掲げ、小沢代行の選挙対策よって、もたらされたものです。
そのことは、国民誰もが、認めるところでしょう。
まして、鳩山氏が「国策操作と言ったこととを反省している」と、言おうが言うまいが、違法な国策操作によって、小沢氏が代表辞任したことによって、鳩山氏が代表になったのは、事実なのですから、小沢氏と鳩山氏が、力を合わせて、新政権を運営してゆくのは、当然であると、私は、考えます。
なぜ、民主党は、メデイアのネガキャンに対し腰砕けになるのか、なぜ、真っ当に、しかも国民に対して約束したことを主張しないのか。
この、弱さが、この先「初心」を曲げてゆくことに繋がっててゆくことになるのではないか、と心配をしています。
そもそも、内閣と党がひとつになって、政権を運営し、脱官僚支配政治を目指す、と民主党は言っていました。
党と内閣を切り離す、などという、奇妙なことが岡田氏の口からでてきたのは、政権取得後、小沢幹事長就任がきまってからのことです。
わが国のような議員内閣制では、内閣が、政府・行政(官僚)に属すのか、政党・国会(国民の代表)に属するのか、がアイマイです。
自民党のように、官僚と一体化するのではなく、脱官僚を目指すのであれば、党と内閣と一体になって政権運営してゆくのは、当然のことでしょう。
まして、国会は三権のなかの最高の権なのですから。
脱官僚、そして党とは断絶。こんなことでは、内閣は、孤立し脆弱になり、結局官僚に取り込まれるだけだと、思います。
小沢二重権力のくだらないネガキャンを恐れ、姑息な手段を弄していては、国民との約束が果たせなくなってしまいます。

岡田氏について、批判めいた書き方をしましたが、今回の率先しての記者会見公開については、評価しています。
各省政策協議会も設立されたようですし、なれない政権運営のなかでも、小沢氏がかかげた、「議会制民主主義」の確立をめざして、大胆かつ、周到に!そして、308人を国会に送り込んだんだ、国民の支持を力にせよ!と民主党政権にエールを贈ります。


ai様

私が申し上げたいのは、小沢幹事長と鳩山総理の間には何も問題がないと言うことです。
小沢幹事長を排除することなど(笑)あり得ません。だとすると?平野氏の情報?で心配をするのはやめたほうが良いと言う事です。
平野氏の真の目的は一体何なのでしょうか?

再度詳細を貼ります。9月29日です。
http://www.nikaidou.com/2009/09/post_3547.php

一部の方が平野氏の個人的な活動について問題にして、そして邪推も甚だしい。
私は平野氏が個人的にどのような場所に身を置かれているかは承知しておりません。それでその組織の主張が右翼的?たとえそうだとして何か問題があるの?と申し上げたい。
平野氏の著作やここJOURNALでの発言において「健全な議会制民主主義の発展」を願うという姿勢は一貫しています。その信条に立って現政権への議論や批判は許されるべきだと思いますが。

平野さんのご発言には共感するものが多いですし、高野さんとのラジオでのお話も大変参考になりました。ただ、何人かの方が言っておられるように、涼風会、なるものとの関係を明らかにされたほうがいいと思います。

あの二階堂とかいうサイトを見ると、まるでたちの悪い週刊誌の記者のようで、この人と平野さんはどんな関係があるのか、と驚きます。

<鳩山信者様>
涼風会のサイトは見ましたが、二階堂ドットコムは、今初めて見ました。
二階堂豹介氏でネットをいろいろチェックしてみたら、悪評紛々でした。
私は平野信者ですので、平野さんが涼風会の役員を引き受けるのは、それなりの理由があると思います。
偽名とはいえ二階堂と名乗っている。そういえば、田中派には二階堂さんがいました。真偽は闇の中ですが何か繋がりがあるかも知れません。
いずれにしても、ご本人が話したいなら話してくれるでしょう。
普通に考えれば、平野さんにとって二階堂豹介と付き合うメリットなど全く考えられません。何かいうに言えない理由があると考えています。
しばらくは、そっとしておいて貰えませんか?
鳩山信者様が疑っている平野さんの目論み、本当なら小沢さんが気が付かないはず、ないでしょう。

平野貞夫様

 鳩山政権が「議会民主政治の原理」と「日本国憲法の原理」を冒涜しているか否かの問題は措いて、孫子が「兵は国の大事にして、死生の地、存亡の道なり、察せざるべからざるなり」と説いているのに、各党派共に、日本国憲法の第9条の従来の解釈にあたり、察せざる事柄が多々存在し、「国家戦略」が存在しないことにより「日本国憲法に定める統治の基本秩序」が壊乱されている問題の方が重大だと思いますので、次に掲げる事柄について平野貞夫様のご見解をお聞かせ頂ければ幸甚です。

 先ず、日本国憲法には「国の交戦権は認めない」という原則が規定されていますが、国際の平和の基調とすべき正義と秩序が「絶体絶命」の危機に瀕した場合は、例外的に戦争をすることの必要性も考察しなければならないと思いますが、平野貞夫様は如何お考えですか?

 また、例外的に戦争をすることを認める場合は、正義と秩序が「絶体絶命」の危機に瀕した状況をどのような手続きで認定し、国の交戦権をどのような手続きで発動すべきかについて、平野貞夫様は如何お考えですか?

 因みに、正義と秩序が「絶体絶命」の危機に瀕した状況を認定する手続の基本的事項は、国連憲章に規定されていますが、集団安全保障の活動にしろ、集団的な自衛の措置にしろ、個別的な自衛の措置にしろ、日本国憲法では、戦争(敵意を明示または目視した武力闘争、端的には、敵と認識したら委細構わず加害する行為の違法性が排斥される武力闘争)をする権利は、認められていないと、私は思量します。

 従って、国権を発動した武力による威嚇と武力行使は、警察権の範囲内で許可される程度に限定されるるが、その範囲を逸脱する場合は、所定の手続きを以て、事前に「逸脱許可」または、可及的速やかな事後に「特別採用」を決定するのが、自然法を遵守した組織運営に対する普遍的な要求事項の通則であると、私は思量します。

 また、「逸脱許可」や「特別採用」は、所定の要求事項を満足しない不適合な物品または用役について、期間や数量および適用範囲を限定して、その事柄の当事者お呼び利害関係者の合意によって特別に許可されるというのが普遍的な通則ですので、暫定的に交戦権を許可する「逸脱許可」や「特別採用」に関係する「特別措置法(案)」の可否は、国民投票で最終決定をするのが日本国憲法の精神に基づく所定の手続きだと思いますが、平野貞夫様は如何お考えですか?

 次に、インド洋からの海上自衛隊の撤退問題が物議を醸しているが、世論調査の結果などという曖昧な情報や、戦争に関係する権限を付託されていない内閣・国会・裁判所の意見を基に、主権行為の意思決定を行うのではなく、国民投票による国民の総意で最終決定をするのが、憲法の定める因果の道理に従った手続きだと思いますが、平野貞夫様は如何お考えですか?

 そもそも、日本が補給支援を終止するなら代替案を示せなんどというアメリカなどの言い草は本末転倒の論理であり、原理原則を逸脱する例外的な補給支援を日本に求めるならば、先ず、期間と数量および適用範囲を明確に示すのが普遍的な礼儀作法だと思いますが思いますが、平野貞夫様は如何お考えですか?

 反省として、そもそも戦争でテロリズムを根絶できるはずはないのに、コーランにも明記してあるイスラムの“聖戦”の原理原則を理解しないアメリカ合衆国の大統領のジョージ・ウォーカー・ブッシュさんが“事の弾みと情の勢い”で戦略目標が着いた処が目的地”で始めた、いわゆる「テロとの戦い」が、太平洋戦争の期間(5年間)よりも長く、ベトナム戦争でアメリカが戦った期間(11年間)に匹敵するほどの長期間(9年間)戦争を続けても未だ終戦に至らない因縁は、9.11テロ事件の犯人の逮捕に集中しなかったことにあり、また、国連憲章の精神によれば、国連安全保障理事会が必要な措置をとり、アメリカを始めとする有史連合国は個別的自衛権または集団的自衛権による軍事行動を終止雌べきだと思うが、平野貞夫様は如何お考えですか?

 さらに、その間、日本の自衛隊が憲法違反の状況下で補給支援を継続している因縁は、バター犬症候群(battered dog's syndrome)で媚米・従米一辺倒と思しき日本国内閣総理大臣の小泉純一郎さんが“言の弾みと情の勢い”で日本国憲法の範囲を逸脱する参戦をしたが、国家戦略のないからアメリカに利用されていることにあると思いますが、平野貞夫様は如何お考えですか?

 結論として、因循姑息・場当たり・済崩しによる国際・国内の世論に流されず、日本国は正々堂々と正義と秩序を基調とする国際の平和を希求すべきであり、孫子が「正々の旗は邀うることなく、堂々の陣は撃つこと勿れ」と、また、「軍争の難きは、迂を以て直と為し、患を以て利と為すなり…」と説いているように、アフガンの治安のためには、「タリバン勢力」を排除するよりも、「タリバン勢力」を利用する方がはるかに有効で安上がりであることを正々と唱え、日本国民の総意を背景にしてインド洋における補給支援活動の終了を堂々と宣告すれば、アメリカを始めとする国際世論も反対できないと思われますが、平野貞夫様は如何お考えですか?

鳩山信者さん

> 平野さんは小沢さんを利用して散々儲けましたね。

 私が知る限り、小沢さん関係で儲かっている風には
思えません。この五年間では、むしろ私は「出超」で
はないかと理解しています。
 確かに本はたくさん書いていますが、テーマが限定さ
れていることから、版権で潤うほどの部数にはならない
と思いますが・・。

 平野さんの「憲法観」は一貫しており、自由党の挑戦
(平野貞夫著・プレジデント社刊)、日本人と憲法と自
由党(平野・樋高共著、プレジデント社刊)以来、様々
に詳述しています。

 平野さんの交友関係は幅広く、それは私たちの想像を
超えますが、とみさんご指摘のように、「健全な議会制
民主主義の発展」を願うという姿勢は一貫している、と
私も理解しています。

豊後の小兵衛様(2009年10月 2日 13:46}

 横槍を入れて失礼します。

> 平野さんの交友関係は幅広く、それは私たちの想像を超えますが、とみさんご指摘のように、「健全な議会制民主主義の発展」を願うという姿勢は一貫している、と私も理解しています。<

 日本国憲法は一法でも、国民の機根に従ってその行の解釈には萬差あるでしょうから、一向にしないで宜しく取捨し、時勢に適い国柄に合うような教法を採用すべきだと、私は思量します。

 従って、日本国憲法に基づく「健全な議会制民主主義の発展」を遂行する因果の道理の教法は多々あるはずなのに、平野貞夫さんは、他人が進めようとする因果の道理の教法を否定して、ご自分の思い込んだ一つの教法で始めから終わりまで貫き通そうとするから、無理があるように、私は推察します。

平野さんの論説は「憲法」を枕詞にして,論理展開をしようとされていると思いますが,そこに論理性が感じられません.
「有名人の平野が言うんだから,細かいことはどうでもいいから,納得しろ」という,権威主義 そのものだと思います.
経歴を拝見すると,衆議院事務局の職員として,いろんな議員の秘書をされたということの様ですが, 大枠では,平野さんも「過去官僚」ということでしょう.残念ながら,そのときの権威主義を卒業できていないのではないでしょうか.

2009年8月30日ようやく念願の政権交代が実現しました。その原動力となった民主党を中心とした反自公候補に一票を投じた有権者ひとりひとりの出自、職業、思想信条、日々の活動、新政権への思い・・は万人同一ではありません。
あえて共通の思いを言えば「このままでは日本はダメになる」という危機感ではないでしょうか。政権交代後のこの国のカタチをどのように作って行くかは万人の様々な思いと議論があって然るべきです。
以前のコメントにも書きましたが、この議論を通じたコンセンサス形成をすっ飛ばして「改革」の旗印の下に一方的な政策を行ったのが「小泉改革」だったと思っています。そしてその結果は惨憺たるものでした。
ある着地点に至るまでの道は一つではないはずですが、最近のネットの論調を見ていると、純化主義またはセクト主義的というか、自分たちが理想と思い込んでいる方法(道)以外は一切認めないというような風潮を感じます。私はこの風潮を非常に危惧いたします。
ましてや本人の出自、関係している活動団体の思想傾向等を理由として、発言を否定するのは間違っています。

最後の一節です。

鳩山政権の正体が見えた不愉快な出来事がある。鳩山首相が拉致被害者家族会と会合を持った9/29の直後から、鳩山首相と平野博文の衿に忌わしい右翼の青バッジが光り始めたことだ。これは見たくなかった。麻生政権が退場となり、ようやくあの悪魔のシンボルを見ずに済むと胸を撫でおろしていたのに、また、これから毎日見なくてはいけない。ニュースの度に憂欝な気分を強制される。おそらく、平野博文がお膳立てをして、右翼の青バッジを鳩山首相につけるように家族会の誰かに会議の場で直訴させるべく仕組んだのだろう。あの青バッジは、救う会が作って蓮池透が関係者や政治家につけさせて行ったもので、意味は赤い金日成バッジの裏返しだった。それまで金日成バッジを胸につけていた5人の拉致被害者にそれを外させ、かわりに青バッジをつけさせたのである。裏返しの全体主義。最初は、拉致議連の政治家だけがそれをつけていたが、中山恭子がつけるようになって、政府の人間まで右翼の自己証明を始め、麻生政権では首相も官房長官も揃ってつけていた。まさか、鳩山政権がそれを踏襲するとは思わなかったが、参院選に向けて右翼方面の票を慮ったのと、家族会の直訴を拒絶したときのマスコミの反応を気にしたのだろうか。平野博文個人の思想的問題も間違いなくある。鳩山首相、平野博文、原口一博。結局、右翼の青バッジの人口密度とエクスポージャーは、極右の麻生政権と同じレベルになってしまった。鳩山政権の本質が露見した瞬間と言える。こうなれば、なるべく早い時期に鳩山首相に失脚してもらい、菅直人に首相に就いてもらうしかない。

右翼の青バッジは北朝鮮と戦争する国家意思を表明する象徴である。武力による国家間の紛争の解決を禁止した憲法9条を正面から否定するものだ。東アジア共同体の理念などとは対極に位置する。「政権交代」したというのに、日本政府はいつまで右翼が牛耳る政府であり続けるのか。あれを毎日目にしなければいけないのは苦痛で精神衛生上よくない。蓮池透は責任をとって何か発言したらどうだ。

""長妻氏は、診療報酬改定で、自民党を支援する日医が開業医に有利な形で影響力を行使してきたとみており、日医枠の一部を人員不足が深刻な勤務医の団体関係者に振り替えることなどを検討している。""

昨日、高校の同級生で内科を開業している友人と飲む機会が有った。クラス会・同窓会で「小沢で無ければダメ」「民主党で無ければ医療も後期高齢者制度もダメ」と職種を問わず、子供手当て同様に勧めてきたが、友人に怒られてしまいました。「長妻さんは医療の事を知らないのでは、、、・」と言われてしまいました。

ここ何年も小泉・竹中の改悪で医療費は下げられ、おまけに入院別途は実質削除され、どこの開業医も病院も大変だと言っていました。来年3月いっぱいで閉院して、どこかの老人ホームの勤務医になるそうです。その方が今よりも収入が増えるそうです。

また、こんな事も言っていました。日本医師会は兎も角あちこちの医師会で、あるいは個人レベルで民主党に乗り換えようとしたのに、こんな時に日本医師会と喧嘩する事もないのにと、、、。

今までの敵も寄ってきた時には暖かく迎えるのも大きな政治家に飛躍するために必要だと思いますが、、、。


自民党がいいかげんな政策をしてきた林業問題も民主党は真剣に取り組んで頂きたい。林業の補助金は名ばかりの小額で、少しばかりの伐採をして、下刈りをしたら、補助金が無ければ赤字です。しばらく山の境を見て無かったので、(いつあの世へ行くか分からないので)長男を連れて、少しばかり回ったが、町で育った長男ではなかなか下草やカナギ等で歩けないので、森林組合に頼んで、山の手入れとしての間伐を少々お願いしたが、人件費と保険などに費用がかかり、補助金でやっと「お足し」にならないで済みそうです。もちろん、大規模林業家や家族だけで伐採・手入れ・市場への搬入などが出来る場合は生計出来るが、少しばかりの山持ちは荒れるに任せるしかないと思います。CO2問題とも絡み、是非小規模林業も守って頂きたい。それも出来なければ、民主党はアドバルーン党となってしまうでしょう。

「平野先生 ご懸念にはおよびません」と申し上げたい。
上田勝様がコメントされたように鳩山政権に欠けていたボトムアップのシステムを小沢幹事長が補完し 目指す国会法改正や公選法改正も形になりつつあるのでしょう?
私は 鳩山-小沢の連携で新たな政治システムはきっと出来ると思っております。
有権者の多くは平野先生が考えるほど新聞やTVの情報を信頼してはおりません。自公政権への不信、大手メディアへの不信が先の総選挙の結果を招いたと思います。多少の混乱や失敗があっても民主党政権が誠実に働けば有権者は理解するはずです。
ですから平野先生 ご懸念にはおよびませんよ。

私はこちらで評判の悪い『平野貞夫の黙っちゃおれん!』のリスナーでもあります。二階堂某の品性はともかくとして平野先生のご発言は一貫しており批難する必要はないと思います。
そこで平野先生が疑問視されていた財源の件加藤秀樹氏の仕事ではないかと思います。

平野貞夫様
> 要するに国家の運営、すなわち国家権力の行使の原点は「憲法の運用」であり、行政の事務ではない。従って憲法に関する感性を鋭くしておかないと、民主党政権は自民・公明政権の失敗を繰り返す。<

 然し、国家権力の原点は主権であり、行政事務に従事する行政官が行使する行政権が終点であり、始終の相生ずることは循環の端なきが如しというのが、国体・政体の如何に係わらず古よりの普遍的な因果の道理に沿った原理・原則であり、「憲法の運用」は、国家権力の行使の妙法に過ぎないと、私は思量します。

結論的に、 情報活動は、情報の通信・交信に使われている文字・音声・電磁波などの国語的・文法的な意味を明らかにし、情報の論理的な配列を考慮しして、情報活動の目的に従って拡大解釈や縮小解釈もしくは類推解釈または反対解釈などの解釈技法を駆使して合理的に解釈する能力、即ち、「読み・書き・算盤(勘定)の能力」または「リテラシー(literacy)」と称す)を必要とするが、平野貞夫様の憲法解釈は「観念法学」の域を離脱できないことが、政治の動きに関する情報を劣化させるという果報をもたらしていると、私は思量します。

 政治について、「子貢、政を問う。孔子曰く『食を足らわし、兵を足らわし、民にこれを信ぜしむ』。子貢曰く『必ずやむを得ずして去らば、この三者においていずれを先にせん』。孔子曰く『兵を去る』。子貢曰く『必ずやむを得ずして去らば、この二者においていずれを先にせん』。孔子曰く『食を去る。古よりみな死あり、民、信なければ立たず』」 と説いているように、交信力・経済力・軍事力の三要素のうち、先ず、国家と国民の相互間に信用・信義・信頼の関係の成立が必須の要件であり、次に、食料を満たすことが重要であるが、不況の場合は食料を含めた経済全体を縮小して我慢するしかない、次に、安全保障は大切であるが、人間は永遠に生きていることは出来ないので、というのが政治倫理の因果の道理に沿った原理原則だと、私は思量します。

巷には、中国が安保理で拒否権を保有していることを理由に、国連中心の集団安全保障を否定して、日米同盟の強化と国防の強化を唱える馬鹿者がいるが、安保理で否決された場合、総会で決議されれば、国連の責任と権威の下に「緊急平和維持部隊」を編成して、国連の平和維持活動お展開することが出来、実際に1956年10月29日に勃発した第二次中東戦争の停戦監視のために、1956年11月15日~1967年5月16日までエジプトでに亘り国際連合平和維持活動を展開した「第一次国際連合緊急軍(First United Nations Emergency Force:UNEF I)」は、イギリスとフランスが拒否権を行使したため安保理決議によるものではなくて、総会決議により設立されたものであり、“国連と鋏は使いよう”であると、私は推察する。

従って、「平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたい」と思う日本国民の安全保障は、日蓮聖人が『立正安国論』で「汝須らく一身の安堵を思うならば、先ず四表の静謐を祈らん者か」と説いているように、一国の軍備拡張や他国との軍事同盟に求めず、潜在的な敵国を含む多数の国々が協同して相互に保障しようとする国連中心の集団安全保障の制度を確立して、過度の「軍事拡張」や「攻守同盟」は明確に否定すべきであると、私は思量します。

因みに、国連憲章では、国連が必要な措置を取るまでの間は、其々の加盟国が、個別的自衛権または集団的自衛権を行使して必要な措置を取ることを認めており、地域取り極めによる「守備同盟」をは否定せずにむしろ奨励しているので、「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約」および「日本国憲法」や「非核三原則」などを、節度をもって適切に運営して、国連の威信を高めることが、「最大費用の極小化戦略」を以て「兵を足らわす」ことが可能な手段であり、延いては、国連の機能を保障することについての諸国と諸国民の相互間に信用・信義・信頼の関係を成立させることが、土壇場において「食を足らわす」ための手段に通ずると、私は思量します。

 さらに、孔子は「民は之に由ら使むべし、之を知ら使むべからず」という説は、国民は、政治に由って生活をしなければならないから「徳治主義(道徳・倫理に由り国を治める政治をめざす考え方)」が発達したが、然し、政治の内容を民に知らせることは難しいので、徳治主義に代わって「法治主義(明瞭に制定した法律を公布することを以て、政治の内要についての情報を予め民に知らしめることにり国を治める政治をめざす考え方)」が発展したもので、推古天皇12年(604年)に聖徳太子が制定したと伝えられ、日本最初の成文法といわれる「十七条憲法」はその証であり、日本の法治主義は、「徳治」を否定するものではなく、“人の善性に期待せず、徳治主義を排して、法律の厳格な適用によって人民を統治しようとする主張を指す法治主義”とは微妙に意義が異なると、私は思量します。

 尚、日蓮聖人が『四条金吾殿御返事』で「夫れ仏法と申すは勝負をさきとし、王法と申すは賞罰を本とせり、故に仏をば世雄と号し王をば自在となづけたり」と説いた真義は、過去・現在・未来のそれぞれの期間に亘り普遍的に強く勢いのあるのは、物事の勝負・優劣の判断基準を優先する自然法(即ち、仏法)であり、憲法を頂点とする法律は、国家を統治する主権を以て思うままに制定できるので、褒める事と罰する事についての社会模範とすべきものであるとの意味であると、私は解釈します。

また、日蓮聖人が『四条金吾殿御返事』で「仏法と申すは道理なり道理と申すは主に勝つ物なり」と説いた真義は、人間の自然の本性あるいは理性に基づいて、あらゆる時代を通じて普遍的に守られるべき不変の法として、実定法を超越しているものと考えられる自然法(即ち、仏法)は、憲法を頂点とする法律よりも優先されて然るべきであるという意味であり、日本国憲法に基本的人権を尊重するという規定があるのは、自然法(即ち、仏法)の因果の道理に沿った然るべき措置であると、私は解釈します。

ドイツの法学者であるイエーリングさん(Rudolf von Jhering:1818年-1892年)は、歴史法学の立場からローマ法を研究し、「ローマ法の精神」「権利のための闘争」「法における目的」などの著作で、伝統的な「概念法学」に反対して法を社会における目的や利益の観点から分析・研究する必要性を説き、“強制力のない法は燃えない火のようなものだ”という名言を残したそうです。

一方、日蓮聖人は『御義口伝巻下-法師功徳品四個の第二』に「御義口伝に伝く法師とは五種法師なり功徳とは六根清浄の果報なり、所詮今日蓮等の類南無妙法蓮華経と唱へ奉る者は六根清浄なり、されば妙法蓮華経の法の師と成って大きなる徳(さいわい)有るなり、功は幸と云ふ事なり又は悪を滅するを功と云い善を生ずるを徳と云うなり、功徳とは即身成仏なり又六根清浄なり、法華経の説文の如く修行するを六根清浄と得意可きなり云云」と説いているが、イエーリングさんの名言を借りれば「利益と罰罪を説かない宗教は燃えない水の如き効果のないものだ」と、私は思量します。

さらに、日蓮聖人は『開目抄 下」で「詮ずるところは天もすて給え諸難にもあえ身命を期とせん、身子が六十劫の菩薩の行を退せし乞眼の婆羅門の責を堪えざるゆへ、久遠大通の者の三五の塵をふる悪知識に値うゆへなり、善に付け悪につけ法華経をすつるは地獄の業なるべし、大願を立てん日本国の位をゆづらむ、法華経をすてて観経等について後生をごせよ、父母の頚を刎ん念仏申さずば、なんどの種種の大難・出来すとも智者に我義やぶられずば用いじとなり、其の外の大難・風の前の塵なるべし、我日本の柱とならむ我日本の眼目とならむ我日本の大船とならむ等とちかいし願やぶるべからず」と説いているが、これは、「南無妙法蓮華経(天下・万物を支配する理法に基づいて因果の道理を説いた妙法に帰命すること)」を基本とする日蓮仏法の意義が、賢者によって論破されない限り、如何なる障魔にも負けず「南無妙法蓮華経」を護持・遵守する覚悟を表明したものであり、反対解釈をすれば、「南無妙法蓮華経」を基本とする日蓮仏法の意義が、賢者によって論破されたら、日蓮仏法を捨て去るという意思表明でもあると、私は解釈します。

表現の仕方の美醜・好き嫌いの評価はさて措いて、天下・万物を支配する理法に基づいて因果の道理を説いた妙法に帰命するのは、当たり前の当然であり、そのために、各国民は、誰某が言うからという判断基準を捨てて、情報の読み書き算盤(勘定)の能力を修練し、個々に自分の頭で論理的に勘考して、合理的な結論を出すという慣習を身に着ける必要があると、私は思量します

 因みに、日蓮聖人が『三三蔵祈雨事』で「日蓮仏法をこゝろみる道理と証文とにはすぎず、道理証文よりも現証に過ぎず」と説いた意義は、自分の頭で論理的に勘考して、合理的な結論を出す課程において、対象とする物事の因果の道理ならびにそれを解き明かした文献などの証拠および実際に因果の道理に沿って事象・形象が出現することを検証した、三つの証拠を尊重すべきだという意味であり、天下・万物を支配する理法に基づいて因果の道理を、統計的・科学的な手法に拠って究明した妙法に帰命するという原理・原則は、普遍的に有効だと、私は思量します。

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Profile

平野貞夫(ひらの・さだお)

-----<経歴>-----

1935年、高知県生まれ。
法政大学大学院政治学修士課程終了。
衆院事務局に入り、副議長(園田直)秘書、議長(前尾繁三郎)秘書などを経て委員部長となる。
1992年、参院高知地方区で当選し、小沢一郎と行動を共にする。
2004年、参院議員を引退。
以降、言論執筆活動に専念する。

BookMarks

-----<著書>-----


『坂本龍馬の10人の女と謎の信仰』
2010年1月、幻冬舎


『平成政治20年史』
2008年11月、幻冬舎


『虚像に囚われた政治家 小沢一郎の真実』
2006年9月、講談社


『ロッキード事件「葬られた真実」』
2006年7月、講談社


『公明党・創価学会と日本』
2005年6月、講談社

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