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« 「友愛と共生社会」の実現へ(5)── ユニテリアン思想の啓蒙と挫折
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「友愛と共生社会」の実現へ(7)── 労働運動から政治運動へ »

「友愛と共生社会」の実現へ(6)── ユニテリアン思想の転換

【編集部より新刊のご案内】

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平野貞夫著:わが友・小沢一郎(幻冬舎)

*  *  *  *

 明治時代の支配層たちが導入し、普及させたユニテリアン思想は、前回述べた大山巌のような形で心ある人たちの中で残っていた。しかし、有識者のほとんどは時代の流れとともにユニテリアン思想を放棄していく。

 日本で衰退したかに見えたユニテリアン運動は労働問題や社会問題の解決を真剣に考える人たちによって、継承され発展していく。キリスト教社会主義に関心を持つ人たちである。安部磯雄、鈴木文治、村井知至らがユニタリアンとなり、社会派の政治家・島田三郎が運動の協力者となる。

 安部磯雄の指導で、鈴木文治がユニテリアン教会を足場に労働者救済のための組織「友愛会」を創っていく経過を述べておく。

 鈴木文治は、明治18年(1885)、宮城県に生まれ、10歳で父とともに「金成ハリス正教」で洗礼をうける。苦学して東大政治学科に学び、卒業して「秀英会」(現大日本印刷)に勤め、ここで労務管理にかかわった後、東京朝日新聞社会部記者となる。時代は明治末期、大逆事件やハレー彗星で社会は混迷していた。スラム街のルポルタージュ「東京浮浪人生活」などで活躍する。その体験をもとに「浮浪人研究会」を組織するが、ある出来事で朝日新聞社を辞める。

 鈴木文治が三度目に就職したのが、東京芝三田にあるユニタリアン教会であった。米国から来日していた宣教師やマコレーの秘書役をやりながら『六合雑誌』の編集にあたるようになる。鈴木は、東京の工場街でさまよう大量の労働者をみて、救いの手をさしのべねばならないと感じ、「教会として何かなすべきだ」と考え、ユニテリアン協会の中に「人事相談所」を開設した。

 次いで、「労働者講話会」を開いたところ、ユニテリアン教会の中の「唯一館」の楼上に、職工や近隣の人たち約400人が集まったといわれる。この講話会は毎月15日に工員たちを集め、知名人講師による労働者の修養論をはじめ労働問題の啓蒙運動を行った。これらはユニテリアン教会の付属伝道団体の社会事業として行われるが、大逆事件(明治43年)の影響を受けて「通俗講話会」と名を変えた。

 時代は社会運動や労働争議が頻発し、その取締りが厳しくなる中で、通俗講話会は労働組合結成へと動き始める。大正元年(1912)8月1日、明治天皇崩御の3日後、「唯一館」の図書館で「友愛会」が結成された。友愛会は、鈴木文治が宣教師マコレーと弘道会・安部磯雄の協力で提唱した共済的親睦団体であった。

 この友愛会の綱領や活動について、次回に述べよう。

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The JOURNAL読者のみなさんへ

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小沢一郎との20年       平野貞夫著
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豊後の小兵衛

平野様
こんにちは。大逆事件の起きた、厳しい時代に、このような活動をしていた方がおいでたということに驚きました。「労働運動」と言えば、現在では、サヨだ、アカだと、短絡的言うかたがいますが、元来は働きながらも、生活も社会的地位も向上すること無い人々が、働くものとして、使う側から正当な権利を勝ち取ってゆくための交渉方法であったと考える方が正しいのでしょう。当然一人が交渉するより団体で交渉した方が、より力になり、権利を勝ち取れる可能性が高くなる。その中で組織を指導しまとめあげる指導者が必要になりますが、その中核にユニテリアンの人たちがいたということですね。
「教えの目的は人類の位を高尚にして、努力の働きを自由にし、博愛を主とし、一個人一家族の関係に至るまでも、之を網羅して善に向はしむるにありとのことなれば」
前回にありましたこの思想が中核に有ったということでしょうか。社会貢献、思いやり、人のために...当たり前のように、使い古された文言では有りますが、実行できる人はそうはおりません。安閑とした現代ですら、実践が出来ないことを、厳しい時代に、社会に生きる底辺の人のために実践する人が日本にいたということだけでも、救われた気分になります。今の労組を考える上で実に面白いお話だと思っております。続きを楽しみにしております。

The JOURNAL読者のみなさんへ

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Profile

平野貞夫(ひらの・さだお)

-----<経歴>-----

1935年、高知県生まれ。
法政大学大学院政治学修士課程終了。
衆院事務局に入り、副議長(園田直)秘書、議長(前尾繁三郎)秘書などを経て委員部長となる。
1992年、参院高知地方区で当選し、小沢一郎と行動を共にする。
2004年、参院議員を引退。
以降、言論執筆活動に専念する。

BookMarks

-----<著書>-----


『坂本龍馬の10人の女と謎の信仰』
2010年1月、幻冬舎


『平成政治20年史』
2008年11月、幻冬舎


『虚像に囚われた政治家 小沢一郎の真実』
2006年9月、講談社


『ロッキード事件「葬られた真実」』
2006年7月、講談社


『公明党・創価学会と日本』
2005年6月、講談社

→ブック・こもんず←



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