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« 「友愛と共生社会」の実現へ(7)── 労働運動から政治運動へ
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「友愛と共生社会」の実現へ(8)── 友愛と共生の社会づくりの理念

【編集部より新刊のご案内】

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平野貞夫著:わが友・小沢一郎(幻冬舎)

*  *  *  *

 20世紀に出現した異様な人間文明、21世紀の地球人類を恐怖に陥れている諸々の問題。これらを解決する根本は人間の価値観に問題がある。「友愛と共生社会」実現のためには、人間の価値観の見直しから始めねばならない。

 人間は、古来から文明の発展を幸福の基礎としていた。そのため「所有欲求」と「存在欲求」という価値観を拡大させる競争をつづけてきた。それが現代の混迷の原因である。人間は、古来から社会的動物であり、「共に生き共に幸せになる」という、「共生欲求」=「友愛欲求」という価値観を本能として持っていた。これを退化させたのが現代である。

 「所有欲求」と「存在欲求」を否定するものではないが、「共生欲求」を再生させなければならない。この三つの価値観を調整した「共生社会」を実現しなければ、人類は滅びる。このような発想は政治の分野で議論されている。平成18年(2006)4月、民主党代表選挙での小沢一郎氏の政見演説に

「小泉政治は自由と身勝手を混同した結果、弱肉強食の格差社会という妖怪を生み出してしまいました。本当の自由とは誰もが共に生きていける『共生』の理念が前提であり、それを保証する規律と責任を伴うものであります。その『共生』のル-ルが公正なのです」という文言がある。さらに同年9月、小沢氏が民主党代表選挙に再挑戦したとき、私の意見で、「私たちは『共生』を新しい国づくりの理念として、あらゆる面で筋の通った『公正な国・日本』をつくる。そのために、国民ひとりひとりが自立し、国家としても自立することを目指す。・・・・人間と人間、国家と国家、人間と自然の『共生』を国是とする」

 と述べている。「友愛・共生社会」をつくる作業は始まっているのだ。

 高度情報化社会へと文明が移行した現代、それは脳神経細胞を皮膚の外に出したような社会である。こんな人間社会で排他的競争を続けるなら、人間社会は崩壊し、地球全体が破滅の危機に直面することは、誰の目にも明らかである。残された時間は少ない。この混迷を解決するため、東洋思想(共生の語源は仏教のお経)を活用して、日本から「友愛・共生社会」の基本理念を発信すべきだ。


《「友愛・共生社会」の基本理念》

■新しい価値観による人づくり
人類愛、人間の絆、相互信頼、自然・国家・人との「共生」を価値観とし、自立心を高める人づくりを最優先課題とする。異なる文明、宗教、思想の融和を日本人の手で実現し、地球、人類に貢献する。

■地球環境の保全
地球環境保全の義務を市場経済原理より上位とする。自然との共生の思想と施策を日本から発信する。

■健全な市場経済社会の確立
ヘッジファンドなど排他的投機資本主義を規制して、公正な市場経済社会を確立する。モノづくりの創造的活動や自然と共生する産業を育成する。

■安全保障・危機管理の確立
核兵器を廃絶し、文明・国家・民族などの共生による平和を確立する。そのため、国連の抜本的改革により、国際社会および人間の安全保障を確立する。テロや災害を防御し、その原因を排除する。

■国民主役の政治・社会の確立
情報化社会に適応するデモクラシーを確立する。重要問題に国民投票制を導入するなど、代表制民主主義を補完する制度を整備する。国と地方との役割を定め、国民生活の基本である地域主権を確立する。
異なる運命を社会的に共有するため、基礎的社会保障を国の責任で整備し、公正で自由な社会を確立する。
共生社会とは、人々の自立心を前提とするもので、怠け者が得をする社会ではない。

(終わり)

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ご理解・ご協力のほどよろしくお願いいたします。

競争原理による適者生存のダーウィニズムに対して、棲み分け理論を提出したのは日本の今西錦司だから共生の思想は日本人にあってると思います。

エゴ、驕り、煩悩、野心、等々。
いつの世にも、何処の社会にも
人をして道を誤らしめるもの。

これらを抑制し、また打ち勝つ為にかつては宗教があり、学問があった。いま学問は科学的精神を拠り所とし、とりわけ自然科学的価値観がすべての基準とされ、「人間」の学は機械的数理的なものほど重んじられ、「芸術」や「宗教」は市場論理に屈し、「生活」は娯楽と享楽のうちに埋没しつつある。

行き過ぎた享楽と野心の付けは必ず払うべき時が来る。
アメリカはその付けを払わんが為にオバマ氏を選んだ。
我が日本はこの付けを払い、更に一歩を進めんが為に誰を選ぶのか。
それが今まさに問われているのでしょう。


上のコメント、下手に改行して読みにくくしちゃいましたね。すみません。。

連載、読ませていただきました。大変勉強になりました。

>こんな人間社会で排他的競争を続けるなら、人間社会は崩壊し、地球全体が破滅の危機に直面することは、誰の目にも明らかである。残された時間は少ない。この混迷を解決するため、東洋思想(共生の語源は仏教のお経)を活用して、日本から「友愛・共生社会」の基本理念を発信すべきだ。

本当にそうですね。
国民とともに、「友愛・共生社会」をつくり、その理念を世界へ発信すべきですね。

私は一市民として、そのために努力していくつもりです。

地方で、地域興しに汗を流していると、平野氏の言われる理念「友愛・共生社会」の実現と言うことはよく分かります。
実際そういう気持ちでやらないと、地域興しはうまくいかなくなります。

>平野様

あらためて(1)からじっくり読ませていただきました。

私は世が世なら異端裁判にかけられ、即刻火炙りにされるであろう、バチカンに対しキリスト教2000年間に及ぶ多く異議を持つカソリック信者なのですが、「友愛・共生」をここで学ばせていただき、心に抱えるジレンマが少し緩和されたような気がします。さっそく全編コピーして、市民レベルで活動しているカソリック信者さんや頭の柔らかいシスター、ブラザー達に手渡そうと思っています。
プロテスタントには全体のイメージはあるものの、あまりにも多様な宗派があるため知識が追いつきませんが、カソリックの信者は比較的頭の柔らかい人が多く、私も含めインナーとして仏教を受け入れ、生活として儒教を尊ぶ人も少なくありませんので、「共生・友愛・愛(カソリックの言うところの)」の3本立てとして考える土壌としては、日本カソリックに適していると思います。ただ「父と子と聖霊」の三位一体は信者にとってイメージとしてのコア・アイコンなので、その否定はとうてい難しい事でしょうが・・・(これは黴臭いバチカンに対してのアイロニーを込めた余談なので軽く理解して下さい)

(8)でまとめられている基本理念は更に分かり易いです。ありがとうございます。
ただ、これらをどうやって理解させるかが今後の課題でしょう。
思想や宗教をミッションするにあたり、私は常々、高いセンスが必要だと感じています。時にはウィットも。かつてローマ・カソリックがアリストテレスを異端視した様に、自己への厳しさを禁欲ルールで統治するなんてナンセンス極まりなく、常に人間らしさの尊重と時代にあった共感を得る知恵( 方法)は必要ですね。
鳩山さんを上手くプロデュースする人物が居るといいのですが。
平野さん、応援しています。頑張って下さい。
私も上に書かれているパンさん同様、一市民として努力してゆきます。

< 「共生(きょうせい symbiosis)」≠「共生(ぐうしょう)」⊃「共生(ともいき)」 ? >

平野さん、日本における「友愛思想」についての歴史的背景をお書きいただき、大変勉強になりました。ありがとうございました。
 しかし、私には鳩山由紀夫さんや皆さんがおっしゃる「友愛・共生社会」の意味や意義が今一つ腑に落ちないところがあります。ここの他所でも何回か書かせていただいていますが、以後考え続けていくほどに疑問が大きくなり、「友愛」や「共生社会」の定義、それらの整合性について、以前は理解していた部分もあったつもりでしたが、今ではそれらについても疑問が止みません。

ここでは「共生」という概念について書いてみます。
 仰っている「共生社会」の中の「共生(きょうせい symbiosis)」の概念は、仏教思想中の「共生(ぐうしょう)」概念と「共生(ともいき)」の意味で似通っているのかなとも思いますが、「共生(ぐうしょう)」概念研究も未だ道半ばで、その概念確立には至っていないようにも思え、黒川紀章氏は海外公演などで仏教思想に根付く「共生」概念解説の試みをしましたが、があまり上手くいかなかったと漏らされているように、「共生」を単に「symbiosis」と連想する方々へはまるで意味が通じないのだと思います。鳩山由紀夫氏は、政権獲得の暁に、直近の国連総会で核廃絶の演説を予定しているようですが、もしその「友愛・共生社会」の理念を基調にした演説をなさるのだとすれば、上記のような点はどう解決するおつもりなのか若干の不安を感じます。

 そこで、その概念を「共生(きょうせい symbiosis)」という普遍的に通用するものを基に考えてみます。「共生(きょうせい symbiosis)」は、本来の意味からすれば「複数種の生物が、相互関係を保ちながら同所的に生活する現象。」であって、その解りやすい相互利害関係には、1.相利、2.片利、3.片害、4.寄生 の4種の関係があるとされています。最近までは、複数種の相互関係を持つ生物の種間関係は a.捕食-被食関係、b.競争関係、c.共生関係、d.寄生関係 という4つの類型に分類されると考えられていましたが、研究理解が深まるにつれ、上記a.~d.の類型は連続可変的であり、利害も時間や空間のとり方で変容することが解ってきて、今では「共生(きょうせい symbiosis)」は、種間関係a.~d.の全てを包含する上位概念であるとされています。とすれば、人間社会、人間以外の生物を含めた生態系全体の有様は、全てが常に「共生(きょうせい symbiosis)」しているのであって、それはあらゆる生態系に普遍なものであり、「共生」を希求すべき理想の概念として特に取り立てて訴えるようなものでも無いように思えます。それでも、皆さんが仰る所謂「共生(きょうせい symbiosis)」というものが特別なものであるとするなら、仏教思想中の「共生(ぐうしょう)」概念(「共生(ともいき)」の意味を核として)付与を考慮し、前記した利害関係の中の 1.相利 つまり、斟酌換言すれば「互恵的他利行為」だけから成り立つ、皆さんが仰る所謂「共生社会」は目指すべき『理想社会』としの「共生社会」の一様態、時間・空間的一所・一瞬の「互恵的他利行為」にのみに基づく「共生社会」ということであろうと、何となくではありますが、理解はできます。如何でしょうか?
 また、この「互恵的他利行為」を「友愛」と換言すれば腑に落ちそうにも思えますが、あらゆる生物は前記の種間関係に可変的ですから、自覚的に「互恵的他利行為」を選択できる人間以外にその所謂「友愛」(「互恵的他利行為」)を期待することはできません。つまり、所謂「友愛」(「互恵的他利行為」)を人間以外の生物に敷衍し、人間以外の生物を含めた所謂「共生社会」なる概念を導入する試みは成り立たないのではないかと思います。

 「友愛」の詳細や、「自立」、「自由」の概念定義などについては後の機会に譲ることにします。

 誠に僭越ですが、提示された 《「友愛・共生社会」の基本理念》 は、なんとなくは理解できますが、「共生」同様に既成概念の流用(?)など、言葉の可塑性の所為か、十分な理解が容易ではありません。

・ 過言があれば思い余ってのこととご容赦いただき、浅学故の間違いには指摘、訂正などしていただければ幸いですが、叱咤や無視でもよいです。(笑
・ この投稿への反論・攻撃・賛同・質問は拝読するに止め、直接お応えすることは控えます。機会があれば別投稿にて改めて私見を書かせていただきます。あしからず。
 (時間を置かずお応えする保障がありませんし、喧嘩は嫌ですから。(笑  )
・ まさか無いと思いますが、転載される際は論旨変更不可、誤字脱字訂正可でお願いします。(笑

今、日本の再建に必要なのは小沢さんです。何よりも、マスコミに気づいて欲しいです。

おはようございます。
こっちにも載せておいた方がよいと思いますので・・・。

< 「共生」≒「共存 coexistence」? >

 迂闊にも、今、下記の論文の英訳文を発見しました。

鳩山由紀夫氏HP
ホーム > 発言・機関誌 > マスコミ
2009年8月10日
「私の政治哲学」
http://www.hatoyama.gr.jp/masscomm/090810.html

 ここでは、「共生」を「coexistence(共存)」と英訳されていたのですね。寧ろ思考プロセスとしては「coexistence(共存)」が先にあって、それを和訳するに当たり「共生」としたのかしらん?それとも、「共生」を英訳するに当たり、前述のような問題点を克服するために「coexistence(共存)」にしたのかしらん?
 まぁいずれにしても前述の私の投稿は、今となっては的外れのものでした。失礼しました。

また出直します。(笑

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Profile

平野貞夫(ひらの・さだお)

-----<経歴>-----

1935年、高知県生まれ。
法政大学大学院政治学修士課程終了。
衆院事務局に入り、副議長(園田直)秘書、議長(前尾繁三郎)秘書などを経て委員部長となる。
1992年、参院高知地方区で当選し、小沢一郎と行動を共にする。
2004年、参院議員を引退。
以降、言論執筆活動に専念する。

BookMarks

-----<著書>-----


『坂本龍馬の10人の女と謎の信仰』
2010年1月、幻冬舎


『平成政治20年史』
2008年11月、幻冬舎


『虚像に囚われた政治家 小沢一郎の真実』
2006年9月、講談社


『ロッキード事件「葬られた真実」』
2006年7月、講談社


『公明党・創価学会と日本』
2005年6月、講談社

→ブック・こもんず←



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