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2009年6月29日

政権交代の質が問われている

 西松建設事件の小沢公設秘書逮捕、郵政会社西川社長続投をめぐる鳩山総務大臣の事実上の罷免問題などなど。最近、発生する事件で感じるのは、どんなことがあっても「政権を交代させないぞ」、そして仮に政権が交代しても「これだけは守るぞ」という、麻生自公政権側の必死の動きである。
 
 私の推論だが、この動きの背後に米国の特殊な政治勢力とのコラボレーションがあるのではないか。

 日本で行われる次の総選挙で、政権交代が行われ民主党中心の政権が成立した場合、国際社会でもっとも影響を受けるのは米国である。米国ではオバマ大統領の出現で、民衆のための政治を再現しようとする勢力が力をつけている。一方、崩壊したかに見えた金融資本主義を復活させ、マネー・ゲーム社会米国の再生を企む勢力も整理して強化された。わかりやすくいえば、米国では「オバマ派」と「マネー・ゲーム派」が、壮烈な戦いをしているのだ。
 
 日本の政局は、日米にわたる「人間尊重派」と「マネー尊重派」が、国家を超えて権力争奪戦をやっていると見た方がわかりやすい。そのキーワードは「郵政資金三百数十兆円」である。政権交代で民主党政権ができた場合、まず約束している郵政資金が米国金融資本の思うようにはなるまい。米国債の引き受けも簡単ではない。小泉・竹中・西川・宮内という米国金融資本のエージェントたちは、立往生する。米国金融資本は再び崩壊の危機となる。

 小沢公設秘書逮捕というのは、小沢民主党政権を阻止するための「政治捜査」であった。捜査を指導したのはワシントンの日本大使館で米国の秩序維持派(司法省・CIA・FBI)の教育を受けてきた日本の検事たちである。米国から直接の指示を受けてやっているわけではないが、日本で政権交代が成功した場合、日本の官僚既得権が失われるだけでなく、米国のマネー・ゲーム体制が崩壊していくという阿吽の呼吸があった。

 小沢秘書問題で騒然となった三月、四月の日本政局で、「民主党への政権交代はない」と読んだ麻生首相は「西川の評判が悪すぎる」と、郵政社長の更迭を鳩山総務相に指示した。鳩山は本気になって後任を探した。ところが小沢民主党代表は戦略的に退陣して、鳩山由紀夫で政権交代確実という舞台をつくった。

 となると、郵政会社の社長になんとしても西川を留任させなければならない。これは小泉元首相や小泉チルドレンが、小泉構造改革を続けようという国内政局レベルの話ではない。日本と米国という国家の枠を超えたマネー・ゲーム資本主義を再生させようとする勢力の巻き返しである。麻生首相はこの勢力の軍門下に取り込まれ、鳩山総務大臣を更迭したのだ。これでは真の日米友好にはならない。

 日米をまたぐ金融資本帝国主義者たちは、「政権交代をなんとしても阻止」するため、まず、次の総選挙で民主党を勝利させまいとして「影のプロジェクトチーム」を形成して、あらゆる組織にもぐり込ませているのだ。障害者郵便問題で民主党大物をあぶり出そうとしたが、自民党のほうに問題があって失敗した。鳩山民主党代表の「故人政治資金問題」も、鳩山事務所の単純ミスを、自民党とマスコミが大騒ぎしているのだ。

 国家権力を挙げて政権交代を阻止するという異常事態にもかかわらず、政権交代の可能性は高くなっている。そこで「闇の日米プロジェクト」の謀略は、民主党中心の政権が成立した場合、早急に崩壊させることである。自民党内にある分派・新党論も再結集のための目くらましであり、安倍元首相を中心とする「北朝鮮予防的先制攻撃論」は、民主党を撹乱させる方策だ。また東国原宮崎県知事や橋下大阪府知事への呼びかけも胡散臭い。本気で日本を変えたいなら、二人とも「真の政権交代」を主張すべきだ。

2009年6月11日

政権交代の効果は情報開示にあり

 多くの人々から暖かい意見をいただき、きわめて参考になる。ネットから逃げていた私にとっては学ぶこと大なり。まず御礼を申し上げたい。

 最近、人様の前で話をするとき、出だしにこんな話題で始めることにしている。

「新型インフルエンザはどうやら収まった。毒性が少なくてよかった。しかし、わが国では猛毒のものが蔓延して国を亡ぼしている。それは“偏差値型インフルエンザ”といわれるものだ。小学校から大学まで○×教育で、排他的競争で人間性を失うことにより、難関な国家試験をパスした人たちに多い。官僚エリート、検察官、大学教授、マスコミ記者、そして政治家の中にも流行している」

 この患者は自分の知っていることが、世の中のすべてだと思い込み、形式的論理性と合理性だけが正義を実現するものだという価値観しか持っていない。人間が矛盾した存在であるという発想はない。歴史の勉強など年表の記憶ということになる。人間に血があり涙があり汗があるという感性は、持ち合わせていない。こういう“偏差値型インフルエンザ”の重症患者たちに支えられているのが、現在の麻生自公政権である。

 政権交代が何故必要かを考えてみよう。先般の党首討論で麻生首相は「政権交代は目的ではない」と主張し、鳩山民主党代表も「その通りだ」と意見を一致させた。どうも二人とも議会政治の根本を理解していないようだ。「政権交代」を目的とか手段という次元で考えることは間違いである。政権交代は議会民主政治のシステムの基本であり、これを基本にして国民主権が機能するのだ。

 日本では議会民主政治の前提・基本を意図的に機能させないという状況が長い間あって、それが政治文化となっていることに問題がある。自民党が政権の中心にいることが日本の条理となっており、自民党側から言わせれば「政権交代とは不条理なり」となる。自民党に政治的・社会的・経済的利権を集中させている限り、そういった政治文化はなくならない。

 米ソ冷戦という特殊な時代、私も衆議院事務局でソ連の支配する政治にならないよう願って国会運営の仕事をした。同じような思いの公務員は多くいたと思う。しかし、私は平成元年の冷戦終結とともに、本来の議会民主政治に戻すため、小沢一郎氏との政治改革を決断したわけだ。

 「政権交代」は、目的か手段かという政治戦略戦術を超えて国民主権を機能させる基本であり、それを理解していない政治リーダーを持つ国は不幸としかいえない。政権交代を阻止しているのは、検察や警察の国策捜査であり、政官業の利権を死守しようとする族議員とその背後霊の官僚エリートであり、権力に身と心を売っているマスメディアだ。自己利益のため、ありとあらゆる方策を使って政権を死守してきた。

 政権交代の最大の効果は、こういった内外の政治行財政にわたる会心の情報が開示されることである。これが議会民主政治、国民による国民のための政治の基本である。

2009年6月 3日

何故、日本で政権交代はできないのか

 このたび天命(高野孟氏の命令)により、体制側から「永田町の悪人」といわれてきた私の直言を、適時申し述べることになったのでよろしく。

 小沢民主党前代表の退陣問題の本質は、日本の議会制民主政治が継続するかどうかという問題であった。それを理解する政治家・有識者がほとんどいなかったことが、日本政治の悲劇と言える。小沢一郎の院政で鳩山代表が就任したと旧体制のメディアはいまだにさえずっている。民主党内にもそれを前提に党内抗争を狙っている輩がいる。小沢一郎に言いたいことがあれば、正面から堂々と議論すればよい。陰でマスコミを利用する姿勢に問題がある。

 与党である自民党や公明党が、政権交代に反対するのは当然だ。検察や警察権力などを裏で利用してでも政権を死守しようという状況に、「検察と闘うのは小沢個人でやってくれ、民主党を巻き込まないでくれ」と、党のコンセンサスをつくるような政党は、政権を闘い獲る姿勢ではない。西松建設事件で小沢代表秘書の逮捕を「検察ファッショ」「政治捜査」と批判しない野党は、野党とはいえない。

 今回、歴史認識のなさを露呈したのは日本共産党だ。東京地検特捜部と同じ論理で、小沢代表と民主党を批判していたが、日本共産党にそれをいう資格があるのか。

 戦後のある期間、日本共産党はソ連共産党からいろんな方法で資金援助を受けており、革命を企んでいたことは歴史的事実だ。社会党もソ連の援助を受けていた。自民党に至っては米国のCIA資金を政治資金とした時代があった。法制度で許容されている政治資金を、法に従い収支を明確にして届出したものを、無理やりに拡大解釈を重ねて犯罪であるかの偽装捜査を支持する日本共産党こそ、政権交代を妨げる政治勢力の典型といえる。

 わが国は実質的な意味で、明治憲法以来、一度も国民有権者の意思で政権交代をしていない。まずこの事実を認識しておくべきだ。政権交代といわれる細川非自民連立政権の樹立は、総選挙後の政党間の話し合いによるもので、「新党さきがけ」は自民党との連立を目論んでいた。では、何故日本で政権交代ができなかったのか。衆院事務局と参院議員併せて45年間、永田町で生きてきた私なりの分析をしてみよう。

 第一は、米ソ冷戦という国際情勢である。日本人の多くはソ連の影響を受ける政権を避けてきた。資本主義の自由を評価していた。

 第二は、経済の高度成長によりソ連の支援を受けていた野党第一党の社会党は、政権を目指すより自民党に経済的恩恵を求める従属政党となり、ねずみを捕らない猫となった。

 第三は、自民党政権の長期化により、「政官業」の癒着が日本の政治文化となり、憲法原理の上位となった。その結果、経済が成長しない時代になって、官僚支配の政治が悪化し、天下りなど税金を私物化したため、官僚が政権交代を妨げるようになった。

 政権交代が何故必要かについては、次回に述べよう。

Profile

平野貞夫(ひらの・さだお)

-----<経歴>-----

1935年、高知県生まれ。
法政大学大学院政治学修士課程終了。
衆院事務局に入り、副議長(園田直)秘書、議長(前尾繁三郎)秘書などを経て委員部長となる。
1992年、参院高知地方区で当選し、小沢一郎と行動を共にする。
2004年、参院議員を引退。
以降、言論執筆活動に専念する。

BookMarks

-----<著書>-----


『坂本龍馬の10人の女と謎の信仰』
2010年1月、幻冬舎


『平成政治20年史』
2008年11月、幻冬舎


『虚像に囚われた政治家 小沢一郎の真実』
2006年9月、講談社


『ロッキード事件「葬られた真実」』
2006年7月、講談社


『公明党・創価学会と日本』
2005年6月、講談社

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