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2007年9月29日

福田内閣の運命は「世論」が握っている

二木啓孝氏が26日に発足した福田内閣に迫ります!

内閣発足直後に行われた世論調査では、各紙とも内閣支持率が50%以上を記録。
安倍内閣から閣僚の布陣が大きく変更されていないにもかかわらず、20%以上の支持率回復を果たしました。

二木氏によると、「福田内閣の運命は世論が握っている」。再開される国会を控え、福田内閣&自民党のこれからについて語ります!

インタビューの模様は『高野孟のラジオ万華鏡・特別篇9 VOICE COMMONS +』にアップされていますので、下記のURLからダウンロードできます。

■高野孟のラジオ万華鏡 【特別篇9】VOICE COMMONS +
http://www2.jfn.co.jp/people/scope/voicecommons/index.html

(文責:《ざ・こもんず》運営事務局)

2007年9月25日

本土決戦か、長期政権か

自民党4役と閣僚の顔ぶれを見れば、麻生派を除く8派閥のトップ・準トップが政権につき、派閥の総動員体制になった。

象徴的なのは、伊吹文明幹事長が「チーム自民党の力を最大限に発揮する」と述べたことだ。これは、チーム安倍に対するアンチテーゼで、安倍は「私の指示で」や「私の判断で」と言い、小泉も「小泉改革に反対するものは・・・」と言った。つまり、“1人称政権”だったものを、福田内閣では“自民党”という“総称政権”に切り替えている。

これは、小泉・安倍の6年間の否定であり“改革打ち方ヤメ”の政権であることを示す。
実際、主要なメンバーの顔ぶれをみれば、みな「靖国神社参拝反対」「A級戦犯合祀反対」。また、この6年間の政権が否定してきた「消費税アップ」を公言している。

つまり、福田政権は小泉・安倍の全否定の上に成り立つ挙党体制であり、結局、自民党は派閥という運営システムに頼らざるを得ない、太平洋戦争末期の“本土決戦型・総動員体制”となった。
選挙の参謀にケンカ屋の古賀誠をもってきたのも、これは、古賀の要求を福田がのまざるを得ない状況にきているということだ。ただし、この本土決戦(衆院選)をしのげば、総主流体制だから、実は長期政権になる可能性もある。

では、自民党の本土決戦の戦略はどうなるのか、民主党にどう対応するのか。
結論から言えば、自民党は“ベタ降り” “先延ばし” “妥協”のカドが取れた作戦をとるしかない。それは古い自民党の支持者には安心感を与えるが、世論がどう反応するのかは未知数である。

民主党からすれば、ヌカに釘のような手ごたえのない上州・コンニャク首相にどう攻め込むのかが課題となる。

(インタビュー・文:《ざ・こもんず》運営事務局)

2007年9月13日

衰退する自民党

退陣の原因は、体調不良による気力喪失でしょう。
そのなかでも明らかになったのは安倍さんの政治判断のまずさです。

総理のみならず政治家としての資質は2つしかありません。1つは、「政策を実現する能力」。もう1つは「政治判断をタイミングよく出す能力」。

安倍さんは、政治判断をタイミングよく出すことに一貫して失敗してきた。
そもそも、参院選挙で惨敗した段階で首相を辞任していれば、彼にはもう1回チャンスがあったかもしれない。ところが、この判断を誤り、しかも所信表明演説の翌日に辞めたということは、これで安倍さんには復活の目がなくなった。

もし、参院選惨敗の時点で辞めていれば52才。うまくいけば57、8才で首相再登板の目があったかもしれない。だが、今回の辞め方によってこの人は「弱気になったら辞める人」ということで、彼に首相復活の目はなくなった。政治家としても終わってしまった。

ただ、政治判断の悪さは安倍さんだけの問題だが、昨年9月の総裁選でこういう人を担いで参院選に勝とうしたことは自民党の問題です。

これまで自民党というのは、なんだかんだと言って与党として政権を安定するために総理総裁を選んでいた。
ところが、小泉前首相以降「選挙で勝てるのは誰か」ということでしか総理総裁を選ぶ基準がなくなってしまった。これは自民党が政権与党であることの力量がなくなったことの証明です。

ということは、今回の辞任劇は安倍さん個人の問題ではなく、自民党の問題であると捉えるべきです。

(インタビュー・文/《ざ・こもんず》運営事務局)

2007年9月12日

政治家と病気(2006.11.25 掲載)

安倍首相電撃退陣の理由として、与謝野官房長官は「総理は仕事と健康の両立に苦悩していた」と語り、健康面が辞任の理由の一つであることを明らかにしました。

そういわれてみれば、11日には報道各社のインタビューを1時間繰り上げ、公務を早退したばかり。永田では昔から政治家の病気は「風邪は癌、入院は危篤」と言われ、二木氏は以前から安倍首相の健康面の不安を指摘していました。

今回は、安倍首相の健康問題について二木氏が昨年11月に《ざ・こもんず》に寄せた文章を再掲載します。

(《ざ・こもんず》運営事務局)

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■政治家と病気 ~大丈夫か安倍さん?~ (2006年11月25日)

朝日新聞が今月11、12日に実施した全国世論調査(電話)によると、安倍内閣の支持率は53%で、前回調査(10月)の63%から10%下がった。

また、安倍首相が自分の政治的な信念や考えを「あいまいにしている」は13%増の55%と、「きちんと説明している」の31%を大きく超えていて、安倍首相の説明不足に不満を感じている世論の様子が伺える。

各メディアにおいて、このままでは来年の7月まで安倍内閣はもたないのではないかという声も聞こえ始めているが、実はもう一つ不安材料がある。

それは安倍首相の健康問題だ。

安倍首相はお腹を壊しやすく、過敏性大腸炎ではないかと言われている。これは難病指定を受けている原因不明の病気で、体調管理に相当気を使う必要があるという。

前々から、安倍首相は腸が弱いとは言われていたが、はたして、そんな状態で今後の激務に耐えられるのだろうか?

言うまでもないが、政治家と病気と言うのは非常に密接な関係にある。

安倍首相の父である安倍晋太郎氏は総理直前ですい臓癌で他界し、病状は最後まで本人に明かされることはなくマスコミにも胆管結石と発表された。

よく、永田町では「風邪は癌、入院は危篤」と言われ、肉体的な生命よりも前に政治的生命を危惧する政治家の風習を揶揄するのだが、これは一つ間違えると国民を欺くことにも繋がりかねない。

例えば、2000年の5月に小渕元首相が心臓病で亡くなる前、当時の自自公連立から自由党の小沢一派が政権を離脱する騒動があり、3党党首による会談が行われた。

その後の記者会見の場で、記者団から「話し合いはどうでしたか?」と聞かれた小渕さんは約10秒間目がうつろのままの沈黙状態が続いた。

小沢一派の連立離脱が相当ショックだったのだろうと私たちは考えたが、実は、あの段階ですでに小渕さんの心臓は完全に駄目になっていたのだ。

そして、その日の深夜に小渕さんは意識不明に陥るのだが、救急車を呼ぶとマスコミに漏れてしまうため、首相官邸にワゴン車をひっそりと運び込み順天堂大学病院に入院させた。

実は、そのタイムラグが小渕さんの死を早めることになったのである。

その後、『五人組』と言われた青木幹雄や村上正邦、野中広務、亀井静香、森喜朗がホテルの一室に集まり森首相が誕生することとなった。

しかし、結局この密室談合が国民の不信感を高め、一年後に森首相は辞めざるを得なくなる。

つまり、もしマスコミに漏れるのを避けずに、すぐ救急車を呼んでいれば、あるいは小渕さんは助かっていたかも知れない。さらに言えば、森首相が誕生することもなく、小泉さんが首相になることもなかったかもしれない。

まだ私が駆け出しのころ、1980年に大平正芳元首相が選挙の直前で亡くなったとき、求心力が失われることを危惧した当時の自民党は大平さんが元気だと証明する写真を公表した。

ohhira1.jpg.jpg
(C) 2001 THE MASAYOSHI OHIRA MEMORIAL FOUNDATION

そのとき、すでに大平さんは顔が土色でほとんど意識朦朧であったのだが、顔に肌色のドウランを塗り笑顔の写真を撮影した。

そして、その写真を撮影した後に意識不明となり他界してしまったのだ。

その後、大平さんが急死したことを機に、自民党候補の多くは『弔い合戦』という名目の元、衆参同日選挙に大勝した。

ohhira2.jpg.jpg
(C) 2001 THE MASAYOSHI OHIRA MEMORIAL FOUNDATION

一国の首相の、死を含めた病気というのは極めて政治的で、処理の仕方によっては吉と出るか凶と出るか分からない。

例えば、アメリカではホワイトハウス詰めの記者のことを「デスウオッチャー」と呼んでいる。

つまり、大統領の健康状態というのは国政に多大な影響を与えるため、常に記者は大統領の健康状態(生死)を監視しているということなのだ。

しかし、日本の場合は一貫して悪い状況を隠す傾向にある。

皆さん、これからTVで安倍首相を見かけたら、すぐに顔色を注視しましょう。

2007年9月 4日

安倍内閣の地雷原、臨時国会の行方、身体検査とは何か・・・ 二木氏が斬る!

27日の安倍改造内閣の組閣を受けて、《ざ・こもんず》で二木啓孝氏に緊急インタビューを実施。

「安倍改造内閣が抱える3つの地雷原」「秋の臨時国会の行方」「“身体検査”とは何か」について語ってもらいました。

インタビューの模様はVOICE COMMONS+[特別篇7]に音声収録されていますので、下記のURLからダウンロードできます!
http://www2.jfn.co.jp/people/scope/voicecommons/index.html

Profile

二木啓孝(ふたつき・ひろたか)

-----<経歴>-----

1949年、鹿児島県出身。
明治大学在学中から出版社勤務。
1979年、小学館「週刊ポスト」専属記者。
1983年、「日刊現代」入社。編集局配属。
1995年、編集部長。政治、企業事件、宗教問題をテーマに取材・執筆。
2007年、「日刊現代」を退社。現在、BS11編成制作局長。

-----<出演>-----

『インサイドアウト』
(BS11)
『NEWSゆう+』
(大阪ABC)
『おはようコール』
(大阪ABC)
『パックイン・ジャーナル』
(朝日ニュースター)
『アクセス』
(TBSラジオ)

BookMarks

-----<著書>-----


『宗男の言い分』
2002年7月、飛鳥新社


『殺人心理』
2000年10月、アスキー


『永田町の通信簿』
1996年12月、作品社

『手に取るように政治が分かる本』
かんき出版

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