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2012年11月27日

日本の右傾化を阻止できるのは誰か──いまこそ本物の第二極が必要だ

 11月19日、小沢一郎の無罪が確定した。小沢裁判は帝人事件(1934年)、横浜事件(1942年から1945年)と並ぶ現代政治史上特筆すべき「三大でっち上げ政治裁判」の一つだ。
 こうした政治事件に共通するのは、権力側にとって不都合な政治家を葬るために法務官僚(注:横浜事件は特高)がシナリオを描き、監督・演出(時には出演)をしたことである。帝人事件は元老・西園寺公望にファシストと嫌われ首相になれなかった枢密院副議長の平沼騏一郎が西園寺と西園寺の推薦で首相になった斎藤実の失脚を狙ったものである。
 横浜事件は複雑多岐で、言論弾圧の側面が強いが、近衛文麿のブレーン、昭和塾のメンバーを逮捕するなど反東条英機の重臣・近衛の失脚を謀った面もあった。小沢裁判については多言の必要はないだろう。そして、権力の陰謀を暴き、糾明すべきマスコミが常に権力側の広報役になり、国民の洗脳に不可欠の重要な「社会教育的報道」の役割を果たしたことも指摘しておく必要があろう。

 しかし、より重要なことは、これらの事件を機に偏狭な国粋主義が増長し、日本が亡国の道を転がり落ちたことである。我々は今こそ「前車の覆るは後車の戒め」にしなければならない。

 11月20日、石原慎太郎日本維新の会代表は日本外国特派員協会で講演し、「いまの世界の中で核を持っていない国は外交的に圧倒的に弱い。核を持っていないと圧倒的に弱い」と持論の「核武装論」を展開した。11月10日、橋下維新の会代表(当時、現代表代行)は広島で非核三原則の一つ「核兵器を持ち込ませず」を見直す考えを明らかにした。彼らが右傾化する世情に便乗して、核武装にじわりと一歩踏み出したと言われても弁解の余地はないだろう。

 11月21日、自民党の選挙公約が発表された。「憲法を改正して自衛隊を国防軍に」「自虐史観偏向教育は行わせない」「高校に『公共』科目設置」「教科書検定制度を抜本的に見直す」など戦前戦中を思い起こさせる皇国史観をベースにしたようなウルトラ保守の本性を露呈した。
 行動右翼「一水会」顧問の鈴木邦男は「右翼というのは社会の少数派として存在するから意味があるのであって、全体がそうなってしまうのはまずい。国家が思想を持つとロクなことにならないんですよ。(中略)いま右翼的な主張をしている人は、天敵がいなくなった動物みたいなものですよ。威張るし増殖するし。このままでは生態系が破壊されてしまうのではないかと心配です」(朝日11月22日付『乱流』)と冷厳に批判している。その見識は見上げたものである。

 日本は大きく右旋回しようとしている。これを阻止できるのは誰か。政界は液状化している。カオスだ。混沌の中から、二つの塊が出来つつある。自民・維新を中心とする右翼ナショナリストのグループと小沢一郎が提唱している保守・中道・リベラルの相互信頼に基づく緩やかなグループだ。「国民の生活が第一」は「党議拘束をしない世界で初めての政党」であることも銘記しておくべきだろう。

 橋下日本維新の会代表代行は渡辺喜実みんなの党代表に「国のことを思うなら一緒になろう」と合流を呼びかけた。渡辺代表は「国のことを思えばこそ、理念と政策を一致させなければいけない」と語り、慎重だったようだ。この姿勢は正しい。しかし、この姿勢を堅持出来るかは疑問だ。大臣の椅子は信念・信条を放り出しても座りたい魅力あるものなのだ。大異も小異もかなぐり捨て「国のことを思うならば」という発想は、抵抗感なく大衆受けをするが、危険極まりないものであることを知っておくべきだ。軍官僚が支配した7,80年前の大政翼賛会政治を彷彿させるものである。石原、橋下の動きは自民党に高く売るためパフォーマンスだ。

 自民党は自公に維新を仲間に、経済破綻を予見して「戦後体制の決算」を看板にした戦後初の本格的な右翼政権の枠組みを考えている。公明党の「基本理念」は自民党や日本維新の会の理念とは水と油だ。しかし、政権復帰のためには立党の原点を封印することにはあまり痛痒を感じないようだ。支持者の反対を押し切って消費税増税に踏み切ったのもそのためだ。いまになって軽減税率を叫んでいるが、支持者の不満をそらす姑息なやりかただ。そもそも軽減税率は増税と同時に行なわなければ実現できないものである。自民党右翼路線の強力な補完勢力であることが明らかになると支持者の不満が鬱積し、結果的には政教分離への第一歩になる。いずれは、参議院で「平和、福祉」を発信する、良識の府にふさわしい政党であるべきではないかという衆議院撤退論も出てくるだろう。
 自公維の連立政権が出来たと仮定しても、それぞれが内部矛盾を抱えていて、いずれにしても長続きはしないだろう。

 民主党の野田総理、前原国家戦略相など執行部は、自民党とほとんど変わらない「憲法改正」論者であり、「集団的自衛権」論者である。一方、多くの議員は、本音では保守・中道・リベラリストだ。公認が欲しいがために「消費税増税反対、反TPP 」を封印した気弱な政治家だ。自民党はそこに目をつけ「連立に参加したければ連合の支援を受ける議員を切れ」と揺さぶりをかけている。民主党が大敗すると党内の執行部に対する不満が爆発し、分裂の危機に直面する。小沢一郎に対する感情はいろいろあるが、'07年の参議院選、'09年の衆院選を勝利に導いた「国民の生活が第一」という小沢の理念・政策と行動力は自民党に対する巨大な「第二極」そのものだ。民主党は衆院選敗退と同時に「第二極」ではなくなる運命にある。「小沢潰し」の本質が明らかになるのはむしろこれからだ。

 衆院選の最大の争点は何か。我々は、国民が将来にわたって安心して暮らせる社会をつくるために「原発」「消費税」「地域主権」に関する各党の態度、本気度を知りたい。しかし、目には見えない、隠れた大きな争点は政界再編だ。右翼的、新自由主義的な政治か、自立と共生を理念とする保守・中道・リベラルな政治か、である。大臣の椅子をめぐって離合集散、右往左往するみっともない低次元の政治から脱皮し、政策・理念を競い合う政党政治を実現するために政界大再編の大きな渦を起こす選挙にしなければならない。

 慶応4年3月9日、山岡鉄舟は駿府(静岡市)の官軍が駐留する陣営を「朝敵徳川慶喜家来、山岡鉄太郎まかり通る」と大音声を上げ、単身、堂々と乗り込み、西郷隆盛と江戸開城の談判をした。山岡鉄舟の胆力と行動力を西郷は「金もいらぬ、名誉もいらぬ、命もいらぬ人は始末に困るが、そのような人でなければ天下の偉業は成し遂げられない」と感嘆した。崖っぷちに立たされた日本を救うのは誰か。総理の椅子によだれを流すような奴には国は救えない。総理の椅子よりも日本再生に情熱を傾ける小沢一郎はとんでもない大物かもしれない。

2012年11月10日

なぜ、今どき小沢一郎か

「国民の生活が第一」茨城県連設立記念パーティーのお願い
なぜ、今どき小沢一郎か

誇り高き自由人  二見伸明

拝啓

 錦秋の候になりました。筑波山が色づくのも間もなくでしょう。朝晩もめっきり冷え込んできましたが、お元気でご活躍のことと、お慶び申し上げます。

 さて、甚だ不躾なお願いで恐縮しておりますが、小沢一郎代表を迎えて「国民の生活が第一」茨城県連(代表:石井章衆議院議員、取手市在住)の設立記念パーティーを下記の要領で行うことになりました。なにとぞ、お力添えを賜りますようお願い申し上げます。

【日時】
平成24年11月29日(木)18時30分開会(18時開場)

【会場】
ホテルレイクビュー水戸 2階 飛天
〒310-0015 水戸市宮町1-6-1(水戸駅南口下車3分)
Tel:029―224-2727

【会費】
5千円

 私は小沢一郎とは、与党と野党の違いはありましたが、昭和44年初当選の同期の桜です。彼の初当選の選挙公報では「官僚政治の打破」「政策決定を政治家の手に取り戻す」を公約していました。今でこそ石原慎太郎氏などもっぱらポピュリズムの官僚叩きをする政治家は数え切れないほど増えましたが、43年間ぶれることなく、この本質を主張し続け、国の在り方を国民主権=政治主導に変えようとしているのは小沢だけと言っても過言ではないでしょう。

 「原発ゼロ」については既に昨年一月(大震災の2カ月前)、上杉隆、江川紹子氏などフリーのジャーナリストとの懇談の席で、「科学技術庁(現文科省)政務次官のとき、原発を調べた。最終処分場が不可能なので、過度的なエネルギーとしてはともかく、エネルギー政策を脱原発に切り替えなければいけないと思った」と語っていました。今秋、小沢は日本の政治家・政党の代表者としては初めて、計画的、かつ、ちみつに廃炉に取り組んでいるドイツを視察しました。「小沢は本気だな」と直感しました。「原発ゼロ」は世界の文明史観を変える画期的な政策であり運動だと思います。

 昭和63年、竹下内閣が消費税導入を決めたとき、彼は反対の急先鋒だった私に言いました。「消費税は中小企業、中低所得者を直撃する逆進性の強い税だ。だから、財政が厳しいからといって安易に引き上げてはいけない。そんなことをすると、国がおかしくなり、国民生活が破壊される。まず行財政改革をして税の無駄遣いを排除した上で国民の理解を求めなければいけない。不況下の消費増税は絶対にしてはいけない」と。小沢はデフレ下で、シロアリ退治もしないで、「赤信号、みんなで渡れば恐くない」とばかり3党談合で消費税の引き上げを決めたとき、志をかなぐり捨てた民主党に絶望感を抱いたと思います。6日に閉幕したG20 財務相・中央銀行総裁会議では「財政再建より景気対策」の共同声明を採択しました。小沢理論が正しく、財務省に踊らされた民自公3党が誤っていたことが明らかになりました。「消費税増税は廃止」は「原発ゼロ」と並んで「命と暮らしを守る」ためのこんどの衆院選の最大の争点です。3党連合軍は争点ぼかしにどんな悪知恵を働かすのでしょうか。

 一昨年1月、アメリカで行われた「世界を動かす政治家」の世論調査では「1位 胡錦涛、2位 オバマ大統領、3位 小沢一郎」でした。総理大臣でも閣僚でもない民主党幹事長(当時)の小沢が3位!?  私は驚きました。その前年、'09年3月、小沢の大久保秘書が不法逮捕された直後、アメリカの高級週刊誌「タイム」が「日本を救うのは誰か」と題する「小沢特集版」を組みました。そして、衆院選で民主党が勝てば小沢が総理になる前提で「アメリカにとって手ごわいパートナーだ」と評していました。クリントン国務長官との会談で小沢が「これからは貴国の世界戦略と日本の世界戦略を話し合い、一致したことをやろう」と提案し、米側はアメリカの戦略に唯々諾々と追随してきた歴代の日本の総理との違いに驚嘆するとともに、中国について「共産主義と市場経済は原理が違う。このままでは中国は破綻する。(国内の諸矛盾が爆発して大動乱にならないように)軟着陸させるのが日本とアメリカの役割だ」との小沢の発言にクリントン国務長官は「たいした洞察力だ」と感嘆したそうです。小沢は中国の動向には世界を大混乱に陥れる危険性のあることを指摘したのです。

 大震災のとき「いまこそ小沢の『剛腕』を活用すべきだ」という声が澎湃として沸きおこりました。これに恐怖を覚えたマスコミは「震災対策で小沢を復権させるな」と論陣を張りました。震災直後、岩手県入りした小沢は「いま大事なことは国が直ちに、県・市町村に必要・充分な資金を出すことだ」と言いましたが、国は財布の紐をきつくして出しませんでした。菅総理との会談では「全ての情報を開示せよ」と忠告しましたが、菅総理は無視しました。情報隠蔽が復興の大きな妨げになったのです。

 小沢ほど熱烈な支持者と強烈な拒否反応者をあわせ持っている政治家も珍しいと思います。しかし、日本や世界の情勢を考えると、好き嫌いで判断すべきではありません。現状は本来的意味での二大政党対立ではありません。民自公は別々の政党の体裁をとっていますが、実体は「民自公党」の野田派、安倍派、山口派です。その3派閥が次の総理・閣僚の椅子をめぐって争っているだけです。日本には「民自公」という一極があるだけで、第二極は存在していないのです。私はお互いに切磋琢磨する二大政党をつくるために、良識ある民主党員が政界再編を視野に入れて「自立と共生」「国民の生活が第一」の原点に戻り、小沢とともに真の「民主党」に変えつくることを期待しています。小沢が真価を天下に示すのはこれからです。

 政治家は総理の座を目標に権力闘争をしながら権力の階段を上っていきます。しかし、小沢は不思議な人です。総理の椅子にはあまり関心がありません。「中央集権体制を打破し、国の在り方を『地域が主役の社会』にして、国民の生活が第一の政治を実現する」ことが彼の目標です。
   
 私は日本のため、子や孫のため、老骨に鞭を打って、人生に悔いを残さないようにしたいと考えています。お粗末なあいさつで失礼しました。

敬具

Profile

二見伸明(ふたみ・のぶあき)

-----<経歴>-----

69年12月の衆院選に初当選し、以後8期23年。
小沢一郎、羽田孜、石井一、森喜朗と同期。
公明党政策審議委員長、副委員長、運輸大臣を経て、94年、新進党。
97年暮の新進党解体により、小沢の自由党結党に参加。総務委員長、国対委員長。
2000年春、自由党分裂に際し、小沢と行動を共にする。
小沢対羽田の一騎打ちの新進党党首選では「四海波穏やかなときは羽田がベストだが、激動期は小沢の豪腕がベスト」と表明し、小沢の推薦人になる。

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