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2011年7月28日

「菅退陣」で無政府状態に終止符を打とう

■大震災と機能しない政府

 日本人は変わらねばならない。大惨事を教訓として人間復興のために、今こそ、私たちは自分の考えを持ち、自らの言動に責任を持つ自立した個人に変わらなければならない。個を確立し、個が連帯しないかぎり、液状化・溶解した政治に対応出来ない。

 菅首相が専ら権力保持のために暴走している。菅民主党も瓦壊している。未曾有の国難にもかかわらず、政府は機能不全である。野党第一党の自民党も東日本大震災の惨状に腰を抜かして、被災者をそっちのけにして右往左往している。私は、かつて、民主党のことを「おしゃべり好きなサロン政党」「中学校のクラス会」「や(野)党でもなく、よ(与)でもない。『ゆ党』」だと酷評したことがある。政権を獲ったので少しは変わるかと期待したが、何にも変わっていない。政治主導=「国民の生活が第一」は革命的な政策である。この非常時にこそ政権交代の原点に立ち帰って、党の総力を挙げて、東北の復興、原発事故の収束に命がけで取り組むべきではなかったのか。菅には官僚群を使いこなす能力も器量もなかった。あろうことか、菅はパニックに陥り、周章狼狽して怒鳴り散らすだけだった。2003年、小沢一郎という革命的改革者の血を導入して改革政党として再出発し、小沢の下で破竹の勢いで驀進して頂上に登りつめたのは何だったのか。菅は失政の全責任を負って即刻、辞任すべきである。

 6月2日、民主党は、菅内閣不信任案を圧倒的多数で否決し「圧倒的多数で菅を信任する」愚を犯した。今は菅首相ほど強い者はいない。なにしろ、8月31日までは何をしようと何を言おうとご安泰なのだ。そのことの恐ろしさを知っていたのは小沢一郎だけだろう。

 菅首相は昨年3月16日の参院内閣委員会で「議会制民主主義とは期限を切ったあるレベルの独裁を認めることだ」と述べている。この理解は間違ってはいない。菅は今国会中に退陣するとは一言も言っていない。いわゆる「三条件」が満たされれば直ちに辞任するとも言っていない。むしろ、重要案件と引き換えに総理の首を差し出す古い政治手法に抵抗するだろう。菅は「解散権」と「辞任カード」を使い分けながら、永田町を翻弄し、再浮上のチャンスを探っているのではないだろうか。その最新のキーワードは、「脱原発」だと思う。

 菅は13日の記者会見で「脱原発宣言」をした。私は脱原発論者なのでその方向性には異存はないし、菅が宣言をしなくても日本のエネルギー政策は見直さなければならないのだ。しかし、菅は「脱原発論者」ではなかった。原発を成長戦略の中核とし、「原発依存率を50%以上に引き上げる」民主党の最高責任者である。「過ちを改めるに憚ることなかれ」は立派な政治姿勢かもしれないが、閣僚にも党にも相談しない唐突な発表は、急落した支持率を挽回するための、藁をも掴む思いで手にした最後の切り札なのだ。脱原発ムードを利用し、アンチ菅の多い反原発主義者を味方に引き入れ、「脱原発への道筋をつけた菅首相」と歴史に名を刻みたいのだろう。単なる延命策ではない。そのためには、8月6日、9日の原爆記念日に「核兵器廃絶、脱原発」をぶち上げる可能性もある。菅の粘り腰は尋常ではない。

 2003年秋、民由合併の直後、旧社会党の中枢幹部だったS氏に「菅は市川房枝を利用し、江田五月を踏み台にし、社会党を踏み台にして民主党の代表になった。今度は小沢を利用し、踏み台にするだろう。小沢に忠告してもらいたい」と言われた。私は小沢にこの話をしなかった。

 政治の世界では、出世のための裏切り、騙し合い、足の引っ張り合い、下剋上は日常茶飯事である。菅が小沢と碁を打ったり、毎年元旦に開かれる小沢一郎邸での新年会に顔を出して仲の良い関係を見せつけたりしながら、マスコミがいわゆる「小沢問題」を取り上げると、「世論」の支持を得るために、手のヒラを返して「小沢排除」の先頭に立つ、一見、不条理に見える言動も総理の座を射止め、維持するためには、菅の頭の中では「合理的」なのである。

 学園紛争華やかなりし頃、東工大の学生運動のリーダーだった菅と渡り合った友人のM教授は「菅からは確固たる政治信条、政治理念は感じられなかった。しかし、言葉尻を捉えて攻撃する能力は天才的だった。機を見るに敏なノンポリだった」と語っている。他方、30数年前、某県の知事選に「若気の至り」で新左翼の一派・ブントの全面支援を受けて立候補した友人は「菅はあきらかにブント派だった」と言い切っている。権力に到達するためには「何でもあり」なのだろう。

 私はM教授の「政治信条・理念なきノンポリ」という指摘が菅の行動を理解するキーワードかもしれないと思っている。

 閑話休題。──私は野党という外野席から「三角大福中」(三木武夫、田中角栄、大平正芳、福田毅夫、中曽根康弘)の抗争を見たが、それは筆舌に尽しがたい凄まじいものだった。彼らは、それぞれ、実現したい具体的な政策と国家像を持っていた。例えば、田中角栄は「日本列島改造論」を引っ提げて日本を席巻した。当時マスコミの質問に私は、揶揄を込めて田中角栄を「偉大なる県会議員」と答えた。後日、日本海側を地盤とする社会党の衆議院議員から「貴方は首都圏出身なので分からないのだろうが、私たちにとっては『田中様様』だ」と言われた。

 田中の偉さは、第4次中東戦争に伴うオイルショックに対処するため内閣改造を行い、宿敵、福田毅夫を大蔵大臣(現財務相)の要職に起用したことである。

 菅には小沢を受け容れる能力も器量もなかった。小沢を凌駕する骨太の政策、国家観も聞いたことがない。「最少不幸社会」というスロ-ガンは聞いているが、中身は分からない。昨年8月、菅と懇談した一、二年生の国会議員たちは異口同音に「個別の政策の話だけで、政治家にとって最も大事な国家観、社会像については皆無だった」と語っていた。

 それはさておき、日本を滅茶苦茶にしたのは、もとはと言えば、昨年の参院選での民主党の大敗北と民主党代表選である。小沢の復権阻止を至上命題としたマスコミの「コロコロと首相を変えるのは良くない」という、もっともらしいが、政治学原論的には全く誤った、極端に偏向した扇動に同調し、菅の責任を不問にして支持した206人の国会議員とマスコミに洗脳されていることすら自覚出来なかった多数の「暗愚な民主党員」である。また地震、津波、原発事故が複合した未曾有の巨大災害の復旧・復興に小沢一郎という「切り札」が登場することを恐れたマスコミと菅首相の責任は「万死に値する」といえよう。小沢が「成果」を上げれば「ポスト菅」に大きな影響力を持つだろう。「記者クラブ」などマスコミの利権・特権は廃止されるだろう。毎日新聞政治部長の古賀攻は未曾有の国難を前にしながら「『ポスト菅』が小沢の復権にすり替わってはいけない」と書いた。これはマスコミの共通認識のエッセンスだ。「民主主義の守護神」であるはずのマスコミこそ日本を沈没に向かわせる諸悪の根源ではないか。

 国民も「代表=総理」選びはタレントの人気投票とは次元を異にする、国の在り方、国民生活を左右する最重要事であることを、「大震災と機能しない政府」を反面教師として深刻に受け止めるべきだ。また政府の発表・方針が妥当かどうかをチェックする冷徹さと大手マスコミの報道は「半分は嘘っぱちだ」と決めつける神経の太さを身につけるべきだろう。

 いくら権力欲が強くても──、たとえば、赤字公債特例法案が野党の反対で不成立になり予算が執行できず、衆議院を解散する事態もないわけではないがー――菅はバカではない。自己愛の強い男だ。「余力」を残せるタイミングを見計らって辞任する。その場合、小沢を意図的に排除する民主党代表選にどんな意味があるのか、考えるべきである。小沢の処遇が、民主党分裂の危機をはらんだ隠れた大きな争点となるだろう。

 昨年9月、THE JOURNALに、私は「マスコミは日本をどうする気か」という拙文を寄稿し、その中で、代表選について「今回の党首選は、従来型の、総理の座を争う単なる権力闘争ではない。日本の将来、国民生活の行く末を占う路線闘争、日本の政治、経済、社会の底流を流れる二大潮流の争いである。すなわち、「『生活重視派』vs『財政再建=増税派(新自由主義)』」、「『政治主導』vs『政治主導の仮面をかぶった官僚支配』」、「『日米対等外交』vs『対米従属外交』」の戦いである」と書いた。私の認識は、今でも間違っていないと自負している。古い自民党亜流政治に逆戻りするか、小沢を引っ張り出して厚い抵抗の壁を突き破って新しい時代を築く政治を選ぶか、民主党は歴史的試練に立たされている。否、日本人が歴史的試練に立たされているのだ。小沢に匹敵、または凌駕する逸材を民主党三代目の総理に選ばないと「売り家と唐様で書く3代目」になりかねないだろう。

 日本の新聞には掲載されなかった、Yahooニュース・アメリカ版の、「なでしこジャパン」の澤選手のコメントを紹介しよう。三重県の友人がメールしてきたものだ。

 我々のしている事とは、ただサッカーをするだけではないことを、意識してきた。我々が勝つことにより、何かを失った人、誰かを失った人、怪我をした人、傷ついた人、彼らの気持ちが一瞬でも楽になってくれたら、私たちは真に特別な事を成し遂げた事になる。

 こんな辛い時期だからこそ、みんなに少しでも元気や喜びを与える事が出来たら、それこそが我々の成功となる。

 日本は困難に立ち向かい、多くの人々の生活は困窮している。

 我々はそれ自体を変えることはできないものの、日本は、今、復興を頑張っているのだから、そんな日本の代表として、復興を決して諦めない気持ちをプレイで見せたかった。
今日、我々にとってはまさに夢のようであり、我々の国が我々と一緒に喜んでくれるとしたら、幸いです。

 東日本大震災は直接被災していない私たちにも甚大な影響を与えた。それは「原発安全神話」が崩れたなどという皮相的なものではない。人生観、社会観の根底的変更を迫るものだ。被災のどん底で助け合い、励まし合いながらコミュニティの復興、再生に立ちあがっている普通の人々とそれを支援する全国の普通の人々。私たちは厳しい競争社会に生きてはいるけれど、災害は、人間は家族や地域の中で生き、競争ではなく助け合う共生社会があること、いざというときには、人びとは寛大で、勇敢だったことを教えてくれた。

 世界の大きな人災、自然災害を取材してきた「災害ユートピア」の著者、レベッカ・ソルニットは「2001年9月11日の同時多発テロ事件や05年8月のハリケーン・カトリーナの後に、積極的に政治に参加するようになったり、利他的な活動にもっと従事するようになったりと人生が根本的に変わってしまった人は多い。これは命を脅かす病気にかかった人の状態にも似ている。時間を無駄にせず、深い信念のために生きようとするのだ」と述べている。

 私ごとで申し訳ないが、今年5月、妻が突然、十二指腸癌の宣告を受けた。肝臓とリンパに転移し、膵臓にも浸潤しているステージ4のBで「当院では手術はできない」とのこと。半年か一年の余命だ。幸い他病院の外科チームが積極的に手術を引き受けてくれ、9時間に及ぶ大手術が成功し、60余日の入院をして、数日前、退院した。妻の気力、家族や友人たちの励まし、そして、なによりも豊富な実績と、「とにかく命を救う」という医師団の熱い思い、これらが奇跡的に妻を救ったのだ。私の震災の受け止めかたが変わった。レベッカの「これは命を脅かす病気にかかった人の状態にも似ている」という言葉が実感として心に沁み込んでいる。

 今、求められているのは、東北人の苦しみを我が苦しみとする愛情と復興、原発事故収束に命を懸ける、安心感と信頼感のある力強い政府である。「まず増税ありき」のそろばんを弾く財務省的ちまちました発想は日本を破滅に導くだろう。こんな政治は追放すべきだ。

 東北人は変わる。日本人は変わる。機能しない政府の無様な姿を見て、政府とは何か、政治は誰のためにあるのか、考え始めている。

 与野党ともに「菅退陣がすべて」という。菅内閣は実体的には死んでいる。菅が辞めても、それだけで世の中が変わるものではない。ポスト菅が誰で、何をするのかが大事だ。日本人の意識の変化に気がつかない、あるいは対応出来ない民主党、自民党であるならば、ともに潰したほうがいい。少々時間はかかっても、焼土には草木が茂り、巨樹も出てくるだろう。

 この世の政治に神があるのなら、巨木の存在を願って止まない。

Profile

二見伸明(ふたみ・のぶあき)

-----<経歴>-----

69年12月の衆院選に初当選し、以後8期23年。
小沢一郎、羽田孜、石井一、森喜朗と同期。
公明党政策審議委員長、副委員長、運輸大臣を経て、94年、新進党。
97年暮の新進党解体により、小沢の自由党結党に参加。総務委員長、国対委員長。
2000年春、自由党分裂に際し、小沢と行動を共にする。
小沢対羽田の一騎打ちの新進党党首選では「四海波穏やかなときは羽田がベストだが、激動期は小沢の豪腕がベスト」と表明し、小沢の推薦人になる。

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