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« 聖者が町にやってくる ── 10.24デモ従軍記
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今こそ、実行力のある骨太政治家の出番だ  菅内閣、溶解の序曲 ── 「漏えい問題」は氷山の一角にすぎない »

「我は行く さらば昴よ」── 提灯デモ従軍記 「あいまいさが高度に発達した国」を糾弾する

 古賀政男の名曲「男命の純情は 燃えて輝く金の星を口ずさみながら、11.05宵の提灯デモ「権力とマスコミの情報操作に抗議する」に参加した。名だたる有名ブティック店が建ち並ぶ、明治通り、表参道のケヤキ並木、青山通りを、シリアスなテーマにもかかわらず、サビの効いた「検察審査員 出て来い!」というシュプレヒコールに「いねぇんだから出られねぇ」とまぜっ返すユーモアさえもある、それでいて、肚の据わった草の根庶民のド根性と力を感じさせる、魂をゆさぶるデモだった。沿道を散策する人たちもびっくりしたようで、前々日、3日のニコニコ生放送「『緊急特番』小沢一郎が皆さんの質問に全て答えます」を見たのか、手を振る若いアベック姿も見られた。取材に来ていた香港の有力紙「大公報」の東京支局長・梁鐘文さんは「参加者は1000人くらいか。沿道から拍手もあって、盛り上がっている。紳士的なので、不快な感じを与えない、説得力のあるデモだ」と評価していた。このデモが呼び水となり、小さくてもいい、全国各地で、自然発生的に、「民主主義を守る」デモが多発することを期待したい。しかし、大阪、名古屋など大都市はともかく、町、村が親戚と友人、知人だけのような地方の小都市では、「言うは易く、行うは難し」だろう。デモが全てだとは思わない。小さな対話集会でもいい、チラシを作って、ポスティングしてもいい。自分の身の丈にあった、長続きする気楽な運動が大切なのだ。「継続は力なり」である。私は、時代認識として、マスコミが一役買っている「忍び寄る、民主主義の仮面をかぶった世論ファシズム」の行き着くところは、極右、極左勢力の台頭とテロだと危惧している。既に、その兆候もある。小沢支持者も小沢一郎に違和感を持っている人も、極右・極左の台頭を阻止するために勇気ある第一歩を踏み出すことを念願している。

 閑話休題。「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される」が、ちょっと寄り道をしたい。

 小沢一郎のネットメディア生出演は、マスメディアに革命的な衝撃を与えた。マスメディアに出演する評論家やキャスターはその局の意向を忖度し、司会者の顔色を見ながら発言する。自分の意見を言うべき場面でも「国民は、世論調査によると」と「国民、世論を『胸壁』として」小沢のいないところで小沢攻撃をする。これは、意気地なしの卑怯者だ。ネットメディアのコメンテーターたちは違った。「私はこう思う」と小沢に真っ向から切り込み、小沢も逃げずに、真正面から受け止め、ありのままを語った。一時間半の時の長さを感じさせない真剣勝負の、本物のディベートだった。マスメディアが意図的に編集した小沢像とは明らかに違う小沢がそこにいた。現時点では、マスメディアとネットメディアの力の差は歴然としている。しかし、ネットの世界、特にツイッターの世界は「安心して、何でも自由にものが言える言論空間」である。中国の反政府運動には、二年後を睨んだ権力闘争の側面もあるが、他方、ネットによって「自立した人民」の存在があるのだ。生の素材を、手を加えずにそのまま視聴者=国民に提供できるネットメディアを軽視してはいけない。マスメディアは、報道の原点に立ち返り、自己改革をしない限り、数年後には人びとから見捨てられるだろう。

 閑話休題(2)。作家・赤瀬川源平の言を借りるまでもなく、日本は「あいまいさが高度に発達した国である。その頂点が政治の世界だ。17年前、あいまいで無責任な政治風土にメガトン級の爆弾を投下したのが小沢一郎だった。

 3日、検察のリークをたれ流すマスコミ報道について感想を求められた小沢は「ニュースソースは分からないが、捜査の途中経過を詳しく報道するのは、民主主義国では日本だけではないか」と、偏向報道を、問答無用と切り捨てた。

 憲法第11条は「この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利」と宣言し、第13条は「すべて国民は、個人として尊重される」と規定した。さらに第99条は「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負う」ことを義務付けた。ところが、憲法に最も忠実でなければならないはずの検察は、例えば「村木事件」では、マスコミを抱き込んで「村木は極悪女」のイメージをたれ流し、彼女の人格を否定した。この事件の本質は、「証拠の改竄」は枝葉末節の問題であって、樋渡前検事総長を先頭に、検察が組織ぐるみで憲法の理念を踏みにじった、憲法違反・憲法否定そのものをやってのけたということである。「小沢問題」も同じだ。

 マスコミも、本来ならば憲法違反の恐れがないかどうか、皮膚感覚で判断出来なければならないのに、その程度の「最低の学力」すら欠如している。彼らは「良心の呵責」の一片も持ち合わせず、「権力」の狙いと軌を一にしているからこそ、検察のリークをたれ流すのである。

 検察とマスコミが一般庶民に植え付けた小沢の「政治とカネ」疑惑とは、「世田谷の土地購入資金はゼネコンの裏献金だというものである。しかし、この問題は、あの「前田検事」をはじめ全国から辣腕検事を数十人投入し、30億円の国費を使い、西松建設だけでなく、関連するすべてのゼネコンを調べ尽くしても「シロ」だったのである。そのことを百も承知で、依然として「小沢悪人」イメージを撒き続けるマスコミは憲法を否定する「極悪人」である。また、政争の具としか考えない与野党議員も同罪だ。

 「国会招致」について小沢は「司法の場に移っているので、立法府で議論するのは妥当ではない(注;論理的に正論である)が嫌だと言っているのではない」と言っている。要するに、菅総理らが目論んでいる補正予算や関連法案との取引材料ではなく、「『いわゆる政治とカネの問題』『政倫審への出席の是非』など党で議論し、結論を出して来い」と言っているのだ。岡田幹事長だって小沢の真意は分かっているだろう。しかし、「あいまいさと無責任が高度に発達している」政治風土をぶち壊すことになる小沢発言に恐怖して、のたうちまわっているのが、菅政権と民主党である。しかし、日本が脱皮するために通らねばならない「生みの苦しみ」だ。

 「最終責任はリーダーが取る。部下に責任を押し付けない」は政治のイロハだ。にもかかわらず、「尖閣諸島問題」では菅総理、前原外相、仙谷官房長官、柳田法相は、責任を那覇地検に押し付けた。その結果は、中国のみならず、ロシア、アメリカにも足元を見透かされる羽目になっている。小沢は、かつて、中国の最高実力者・鄧小平国家主席に、面と向かって「尖閣諸島が中国の領土だったことは歴史上、一度もない。日本の領土だ」と言い切った剛の者だ。その度胸と論理に裏打ちされた見識が、菅や仙谷、前原にあるのか。菅が本物のリーダーであるならば、那覇地検の検事に責任を転嫁するのではなく「日中関係を考慮して私が釈放の決断した」と言えばいいのだ。もちろん、総理の座を捨てることも覚悟の上である。前原も「法に則って粛々とと日本人のナショナリズムをくすぐるパフォーマンスではなく、外務大臣の辞表を懐に、菅と対決すればよかったのだ。

 無責任なリーダーの下には無責任な部下と官僚しか集まらない。そして、「中国漁船衝突の映像漏えい」が示しているように、最近の一連の不可解な出来事は2.26事件の青年将校を気取ったはねっ返りだ。「あいまいさと無責任」が元凶なのだ。

 私は民主党を厳しく批判をしたが、「それでは自民党か」と誤解や錯覚をされては日本が大変なことになる。今の自民党は「無責任が当たり前」の政党だ。私は加齢(?)により気が短くなって「民主党も自民党もガラガラポンとぶち壊し、政界再編だ」と叫びたくなるのだが、小沢は「民主党を良くするために頑張る」と言うのである。血気盛んな十数年前と比べると、格段の進歩・成長で、重みと凄み、そして温かみを感じさせる円熟した大政治家である。

 閑話休題(3)。提灯デモ従軍記に戻ろう。

 アメリカの中間選挙ではティーパーティーという草の根運動をする偏狭な右翼・保守勢力が大きな影響力を行使した。日本では、「自分の意見を持ち、自分の言動に責任を持つ自立した個人」が、こよなく人を愛する共生の理念を燃えたぎらせて、政治を変える原動力になるべきだと思う。「草の根運動」がものを言う時代である。

「目を閉じて何も見えず 哀しくて目を開ければ 
荒野に向かう道より 他に見えるものはなし 
鳴々 砕け散る宿命の星たちよ せめて密やかにこの身を照らせよ

我は行く 青白き頬のままで 
我は行く さらば昴よ
(中略)

我も行く 心の命ずるままに
我も行く さらば昴よ」

 谷村新司の壮大な名曲「昴」は理想に向かって突き進む青年の歌だ。私は宵闇の中をデモりながら「生涯一青年」たらんと誓ったのである。

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» この「うねり」はもっと大きくなる!11月5日 検察・マスコミ糾弾デモ第二弾『マスコミの偏向報道を許さない!』 送信元 父さんの日記
権力とマスコミの横暴に抵抗する国民の会 主催の「検察・マスコミを糾弾するデモ」、10月24日に続き11月5日(金)も参加しました。 第2弾の今回は夜間の提... [詳しくはこちら]

コメント (21)

■コメント投稿について編集部からのお願い

《THE JOURNAL》では、今後もこのコミュニティーを維持・発展させていくため、コメント投稿にルールを設けています。投稿される方は、投稿前に下記のリンクの内容をご確認ください。

http://www.the-journal.jp/contents/info/2009/07/post_31.html

ご理解・ご協力のほどよろしくお願いいたします。

今夜のニュース(読売新聞)によりますと、菅内閣の支持率は35%に急落したとあります。

詳しいことは分かりませんが、見出しによりますと【尖閣・経済が響く】とあります。

詳細は知りませんが、恐らく読売はじめ朝日・毎日などマスコミ各社は、

ここに書かれている【11/5の【権力とマスコミの情報操作に抗議する提灯デモ】を全く無視し、

またもや【菅内閣の支持率急落の原因は、小沢一郎の政治とカネが原因】と並べるのでしょうね。

とんでもないマスコミ各社です。

それでは【小沢一郎を抹殺すれば、菅内閣の支持率は急上昇し、尖閣も経済も何もかも万々歳に上手く行く】と、いうのでしようか……。

怒り心頭の思いであります。

二見様
あいも変わらず、スカットしたご意見。心が洗われます。自民党初め政治家は、小沢氏の事をこの世の大問題の如く政争に使う。これで外交はメチャクチャ、大金使ってAPECその成果はどうなるのでしょう?お祭りやる訳ではないのに。又失敗を恐れる余りに、中国、ロシアに遣りたい放題やられて、何も言えない。国民の信頼は全くない。このデモを基点として、市民運動の拡大を願う。何の為にやるかは政治を動かす、司法を粛正する。それ程この国には国民が頼れる存在が無くなってしまった。それこそ、226事件の国民版と言う事に発展すれば何かが変わるかも知れません。二見先生も是非バックアップお願いしたい。

 地方に住まいする身ではデモに参加はできませんが、草の根の運動は心がけたいと思っています。しがらみだらけの地方でも、政治思想の表明は可能ですし、話せば分かってもらえるケースも多い。
 意外に簡単なんですよ、反小沢の意見を語る人は「なんとなく」である人が多いからです。ちょっと説明すると首肯してくれる事が多い。
 まあ、マスコミに洗脳された考えは、行きつ戻りつしながらゆっくりと変化する必要があろう。長時間かけた洗脳ですから、短時間での変革は困難だが、心情的な反小沢論者の論理性の欠落は、いつも馬脚を顕わしている。

 大都会のデモが、おおきなうねりとなって冬の嵐を巻き起こしてほしいものです。

私も参加しましたが良いデモでした。中高年の品の良い方が多く楽しいひと時でした。私の前にはミニスカートの女子高生も居たように心温まる集会でした。皆さん安心して参加して下さい。小沢さんに対して中々出来ることがないので、小沢事務所からポスターを送ってもらって、自分の車の後部の窓に貼りました。大きかったので民主党の文字はカットしました。「国民の生活が第一」の文字と小沢さんの笑顔がいいですよ。

二見 様

民主主義を根本とした論説、すべて肯きながら、読ませていただきました。
日本のマスコミは、中国の報道機関と変わるところがありません。自分たちの主張と異なる人たちの意見は、全く取り上げず、自己主張を繰り返すのみである。このように、一方的意見のみ取り上げ、反対するものの意見を抹殺するなどは、中国を批判する資格などありません。

最近社説を読んでも、心を揺さぶる論説がなく、ただ一方的主張のスローガンにしかすぎなくなっています。時代をリードするオピニオンリーダーは、自由に意見交換できるネットにも積極的に投稿される二見氏などに代表されております。

純粋に組織の中でぬくぬくと育ち、厳しい相克する社会の中を見ていず、言葉の世界で判断するから、ことばに力がないのです。

菅政権は全く酷いもので、鳩山政権と同じ運命を辿りつつある。根本は、菅氏がリーダーシップを取らないからである。

何故、同じ現象が起きるのかを考えてみると、この党は、小沢氏がいて、始めて成り立つ党であったからである。小沢氏は、判断が困る政策があると、誰かが悪者にならなければならないといって、全ての悪役を引き受けてきた。昨年の予算時は、乗り出す必要はないのに、政府の人たちの要請に従って、要望を出したのである。

マスコミはすぐ二重権力の行使だと、大きく批判を展開した。
今年は、補正予算でさえ、右往左往している。本予算はどうなることか。今年は小沢氏はいないのである。

尖閣問題に対する前原氏と仙谷氏の逆対応、岡田氏が企業献金廃止を撤回、馬渡氏の八っ場ダムの中止撤回など、政策が逆方向に拡散している。いろいろの意見を否定するものではないが、政党としての考え方はまとめないと、与野党対応も出来ないし、国民も判断ができない。

この民主党の体たらくは、小沢氏に責任がないともいえない。小沢氏に代わって、デシジョンメイキング出来る人を育てていなかったからである。菅、仙谷氏は、保身でなく、民主党のことを考えてほしい。選挙まで3年近くあり、小沢氏の力を借りるべきである。マスコミなどあまり気にすることはない。民主党、民主主義の危機である。

いわゆる知識人・オピニオンリーダーと目される識者のなかで、市民の心に響く発言ができるのは二見さん以外にはあまり見当たらない。

その源泉は、二見氏が言われているように「生涯-青年」の心を持ち続け、デモに参加される勇気と行動力にあると思うのだ。

日本の伝統的文化とも言える「きずな」を大切にし、「共生」を重んずる風潮がずたずたに引き裂かれている昨今、デモが新しい絆をもたらすことを人々が知ってしまったのだ。

闘争心をあらわにするデモから絆を求めるデモに生まれ変わったのだ。

だから参加者は「流れ解散」を何とかしてもらいたい、解散の前に集会を開けないのか?と要望している。

次回のデモの後、短くてもよいから二見氏のお話が聞ける機会が設けられればこの上のない満足だ。

誤字訂正します。
馬渡(誤り)から馬渕(正)

<小沢さん暗殺計画?>
晴天とら日和さんが、以下記事を書いてくれています。
http://blog.livedoor.jp/hanatora53bann/
仙谷は「小沢なき後・・・」と会見で口をすべらせ、慌ててオフレコを言い渡したそうです。
小沢さんを死なせる訳にいきません。

二見様
デモに参加して下さって有難うございました。インタビュービデオも見ました。僕も妻と二人で参加し大声を張り上げてきました。

世間からは、どちらかと言うとマイナーな存在と認識されている静かで孤独な小沢支持者に対して、二見様はいつも優しく温かく見守り、励まし、時に活を入れ尻を叩いて下さいます。

この論説も読んでいて胸が熱くなります。デモの光景がまた浮かんできました。

「マスコミはウソをつくな!」
「マスコミは真実を報道せよ!」
「小沢一郎は真っ白だ!」
「小沢一郎を守ろう!」
「我々の手で守ろう!」

全く普通の一般市民の皆さんでした。背広姿の方も、杖をついておられる方も、板前のような兄さんも、ルーズソックスのお嬢さんも、菅さんと小沢さんのマスクをすっぽり被った男性二人組も、坊さんの様な方も、みんなが一緒になって叫んでいました。笑顔も笑い声も沢山ありました。

僕もまた行きます!

(高野様。小沢デモ、取上げて下さって有難うございました。心から感謝します。)

ここでも紹介されている「提灯デモ」の全行程を13分ほどのムービーにまとめました(二見先生も前のほうでちらっと登場しています)。どんなデモだったのかなと思われた方は下記YouTubeサイトをぜひご覧ください。自由気ままなほのぼのデモで、原宿、青山、表参道を練り歩いています。
http://www.youtube.com/watch?v=s4LeYUkFLvE

二見伸明様


清少納言は「星はすばる、ひこぼし、ゆふづつ、よばい星…」と述べられたほどにきれいな星であり、たくさんの神話を生み、古来より愛でられもしてきた星です。
意味は、統=すばる
ひとつに纏まると云うことらしいです。

私たちも、この国の行く末を案じる者として、多少の意見の違いは在ったとしても、それを乗り越え、真の政権交代の成就に向け心を合わせて行けるようになれたらと思います。

デモの主催者である、矢野氏も書かれている、
「小さくても良いから、身の丈にあった意識表明、行動を」
を、しっかりと心にとどめ、
無理をせず、
背伸びをせず、
焦らず、
飽きず、自発性を持って行動したいと念じています。

素晴らしい論文!ツイッターにも流して欲しい

二見先生
不思議な現象ですが、
生方幸夫民主党衆議院議員の偽造
領収書事件が報道ををされました。マスコミはちょっと騒いで
生方事務所は選挙管理委員会に
訂正を報告しました。(NHK関東ローカル報道)・・民主党内で小沢氏は悪い・説明責任がないと言っていた生方議員は説明をしていません。警察・検察も動く様子もありません。仙谷官房長官に守られているのですか??

Pascaline 様
「枕草子」 二百三十六段のこの作品は私も印象に残る作品のひとつです。星はすばる 彦星 宵の明星が良い。流れ星にも少し趣きがある。尾を引かなければもっと良いのだけれど。(口語訳)清少納言は何かの事物に悩み、尾を引かなければいいなと願ったわけです。流れ星の尾とのまたぎになりますね。
 思うに、そのような心境で私もおります。ムク鳥も良いし隼も良いでしょう。しかし、尾を引くようなことがあってはなりません。にらめっこしている内にどこからともなく禿鷹(はげたか)がやってきて食べられてしまっては元も子もないのです。(笑)
 昴の谷村新司氏は後にさらば昴よとはどんな意味なのかという問いに対して「物質を中心に据えた価値観に別れを告げる意味」と語っていたと聞いています。
 いずれにしましてもやはり「継続は力なり。」多くの皆さんの力で共に歩んでいきたいものです。Pascaline 様頑張りましょう。
 私は5日の行進で左手にプラカードを持つ人や左手が利き手らしい人についつい目がいってしまいました。いつかお会いできることを楽しみにしております。


                                    根性のあるムク鳥より。

二見様
 明快な話、有難うございます。右も左もない。民主主義を守ること。
 アメリカが進めている”テロとの戦いのワナ”に、日本は絶対にはまってはならない、と思います。
 右翼と極左との「武力」暴力的な衝突こそ、今から、闇の権力が演出したい舞台です。
 静かなる、市民一人ひとりの連帯した抗議こそ、大事と思います。 

二見さま

深く共感します。格調高い文体で、胸にずんと届きました。
ご老体(失礼)をデモの列に潜めながら、『男の純情』を口遊んでおられるお姿に、
人柄が伝わってきました。尊敬いたします。

デモといえば昭和40年頃の、大阪の桜橋あたりのフランスデモが最後だったよう
な気がします。馬齢を重ね、「変形性膝関節症」で足が不自由ですが、大阪で少
しでも参加出来ればと思っています。
シュプレヒコ-ルもいいですが、時々みんなで同じ唄を歌いながら歩くのも効果
があると思います。(選曲が難しいですが)。


それにしても、この国はいったいどうなってしまうんだろう。


   
   眼閉づれど心にうかぶ何もなし淋しくもまた眼をあけるかな
                          石川啄木
                     

またしても参加できませんでしたが、次回こそは私も是非参加したいと思います。2000人を超えるデモ集会となれば、マスコミも無視できなくなりますね。

根性のあるムク鳥様

tomatoさまが教えてくれた、「物質を中心に据えた価値観に別れを告げる…」
この価値観を共有できるようになれたなら、小沢先生が述べられている共生の必要性、達増拓也氏が書かれた共同体主義が、私たちの国に受け入られるでしょうね。

この国に、深く浸透してしまった競争原理を基とする、市場経済主義の歪みを否という程感じている私としては、内橋克人氏が述べられている、共生経済へと向かって欲しいと思っています。

『継続は力なり』
tomatoさんのおしゃる通り!です。
其のためにも、二見さまが云う処の身の丈に合った長続きする気楽さは、有りがたいと思いました。
私は臆病なので…余計です。

ですから、
二見さんや矢野さんの提言に気を良くしている、
今の気持ちを素直に表わせば、弱くても良いかなと思っています。
立ち止まり、縮こまっても、後退りさえしなければ。

蟻集まって樹を揺るがす
弱い虫でも、沢山集まれば木をも揺るがせるのです。

tomatoさま、コメントありがとうございました。嬉しかったです。

(此処に集う皆さんの上着の裾を掴みながら、振り切られないようにと願っている             ねじまき鳥のベルガモット)


二見さん 老骨に鞭打って(失礼)ありがとうございます。

かつての日本野党イニシアティブによるマヌーバー的街頭デモやら、学生集団による先鋭的街頭デモやら、ありとあらゆる街頭活動は、政権転覆や革命への実行力を有することはありませんでした。

しかし、あのソ連崩壊後の、ベルリンの壁の崩壊や東欧諸国の自由化に示された圧倒的な民衆の力を目の当たりにして、やはり民衆革命は存在するものだと、再認識しました。ロシアのボルシェビキ革命もほとんど血の流れなかった「無血革命」だったともいわれており、「戦艦ポチョムキン」やらの「影像」とは異なる「実態」だったようです。,しかし「そのあと」がいけなかったことは、ここではふれません。

街頭活動というのは、本来「右も左」もなく、国民が自己主張をする、ひとつの手段、なのです。「選挙」では、行使しきれない国民の声を主張するものなのでしょうが、今となっては、変節したマスメディアもジャーナリズムも、以前にもまして「党派性」のエゴが剥き出しになってしまっていて、どこも「国民の声」を代弁しなくなってしまったようです。

結果として国民はより直接的な自己主張のできる「選挙」や「大衆行動」に積極的になる、
そんな気がしております。

どうも、現民主党政権は嫌がっているようですが、もしオバマが、広島にきて「広島宣言」の大集会を行うとすれば、日本でもかの20万人超集会が可能になるはずです。それほどのエネルギーを「反核」だけでも日本国民は有しています。

これらから類推するならば、この「始めの一歩」の大衆行動は「燎原の炎」となって、いずれ日本全国を覆い尽くす気がしてなりません。そしてその起爆剤に今風の「ネット」が貢献するのです。現民主党政権の「無為無策」はさらに火に油を注ぐがごとくその炎を燃え上がらせることでしょう。

二見さん 老骨に鞭打って(失礼)ありがとうございます。

かつての日本野党イニシアティブによるマヌーバー的街頭デモやら、学生集団による先鋭的街頭デモやら、ありとあらゆる街頭活動は、政権転覆や革命への実行力を有することはありませんでした。

しかし、あのソ連崩壊後の、ベルリンの壁の崩壊や東欧諸国の自由化に示された圧倒的な民衆の力を目の当たりにして、やはり民衆革命は存在するものだと、再認識しました。ロシアのボルシェビキ革命もほとんど血の流れなかった「無血革命」だったともいわれており、「戦艦ポチョムキン」やらの「影像」とは異なる「実態」だったようです。,しかし「そのあと」がいけなかったことは、ここではふれません。

街頭活動というのは、本来「右も左」もなく、国民が自己主張をする、ひとつの手段、なのです。「選挙」では、行使しきれない国民の声を主張するものなのでしょうが、今となっては、変節したマスメディアもジャーナリズムも、以前にもまして「党派性」のエゴが剥き出しになってしまっていて、どこも「国民の声」を代弁しなくなってしまったようです。

結果として国民はより直接的な自己主張のできる「選挙」や「大衆行動」に積極的になる、
そんな気がしております。

どうも、現民主党政権は嫌がっているようですが、もしオバマが、広島にきて「広島宣言」の大集会を行うとすれば、日本でもかの20万人超集会が可能になるはずです。それほどのエネルギーを「反核」だけでも日本国民は有しています。

これらから類推するならば、この「始めの一歩」の大衆行動は「燎原の炎」となって、いずれ日本全国を覆い尽くす気がしてなりません。そしてその起爆剤に今風の「ネット」が貢献するのです。現民主党政権の「無為無策」はさらに火に油を注ぐがごとくその炎を燃え上がらせることでしょう。

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Profile

二見伸明(ふたみ・のぶあき)

-----<経歴>-----

69年12月の衆院選に初当選し、以後8期23年。
小沢一郎、羽田孜、石井一、森喜朗と同期。
公明党政策審議委員長、副委員長、運輸大臣を経て、94年、新進党。
97年暮の新進党解体により、小沢の自由党結党に参加。総務委員長、国対委員長。
2000年春、自由党分裂に際し、小沢と行動を共にする。
小沢対羽田の一騎打ちの新進党党首選では「四海波穏やかなときは羽田がベストだが、激動期は小沢の豪腕がベスト」と表明し、小沢の推薦人になる。

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