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2010年2月13日

「良貨」で「悪貨」を駆逐せよ ── この国のかたちを考える(その1)

 勇気をもって「良貨で悪貨を駆逐」しなければならない。2月4日、石川知裕衆議院議員、大久保公設秘書、池田元私設秘書が逮捕された日、横浜地裁で、横浜事件の刑事補償について、「警察、検察、裁判所の故意、過失は重大」と厳しく批判し、国の責任を認めて元被告人の遺族に4700万円の損害賠償を命じ、実質無罪とする刮目すべき判決があった。

 横浜事件とは、1942年~45年、「国体護持」(注:国体とは天皇主権国家のことで、実体は明治以来、「天皇の官僚」として、天皇の名のもとに作りあげた絶対的権限を持つ官僚組織のこと。政党政治を否定する反民主的な統治形態である。それを引き継いでいるのが今の特捜など「霞ヶ関」だ)を名分に特別高等警察(特高)が、思い込みと実績づくりを競わせるために事件をでっち上げ、改造社、中央公論、岩波書店、朝日新聞の編集者などリベラルな知識人60人余りを、治安維持法違反で逮捕・投獄して、時代劇よりも酷い拷問で自白を強要し、また、「改造」「中央公論」を廃刊に追い込んだ戦時下最大の言論弾圧事件である。私の友人の許婚者は拷問により獄死した。戦後、元被告人や遺族が、名誉回復のため無罪判決を求めて再三にわたり再審請求をしたが、「司法」の壁は厚く、最高裁は2008年3月14日、無罪判決を求める上告を棄却し、「免訴」とした。「免訴」とは、わかりやすく言えば、「治安維持法は廃止されており、いまさら無罪だ有罪だと争ってもしょうがない。国の責任を云々されても迷惑だから裁判を打ち切る」ということである。許婚者を獄中に失った友人は「司法の質の劣化は目を覆うばかりですね」とため息をついていた。

 8日、マスコミ各社が世論調査を振りかざし、小沢辞任をヒステッリクに煽っている最中に友人のノンフィクション作家から電話があった。

「私は小沢ファンでもないし、民主党支持者でもない。しかし、今日の世論調査を見て、がっかりした。国民のレベルは相当に劣化している。戦時中、『鬼畜米英ぶっ殺せ』と叫んだ精神構造と同じだ。『小沢問題』の一連の報道が『小沢追い落としのための検察のリークだ』くらいのことは察知出来なけりゃ。『検察はつねに正義』だなどと、はなから思いこんでいる、オメデタイ人間は、世界中探しても日本人だけだろう。検察は、『霞ヶ関』の敵であり、『愛しい自民党』を奈落の底に叩きこんだ憎っくき小沢を叩きつぶしたい、そのためには、アメとムチでマスコミを自家薬籠中のものにし、小沢を『極悪人』に仕立て上げる以外にない、と考えたのだろう。全体主義国家の常套手段だ。テレビは視聴率さえ上がれば広告収入は増えるし、親会社の新聞社も、テレビと共同して『小沢叩き』に精を出せば、検察や『霞ヶ関』の覚えもよくなるだけでなく、万が一にも自民党政権が復活すれば、恩を売れるというわけだ。ジャーナリズムの良心なんてひとかけらもない。悪代官と手を握った目明かしとかわら版屋だ」と手厳しい。

 今年に入ってからの動きがおかしすぎる。主要紙元旦号は、あたかも談合したかのように、小沢が刑事被告人になることを予告するような報道で足並みをそろえた。奇怪なのは、13日の地検の動きである、この日は「西松問題」で大久保公設秘書の公判が開かれ、検察側証人として岡崎彰文西松建設元取締役総務部長が、特捜のシナリオどおり「ふたつの団体は西松のダミーであることを大久保は承知していた」と証言することになっていた。そのことを担保するために、特捜は目付役として「関西検察のドン」、元大阪高検検事長・逢坂貞夫を社外取締役として昨年6月に、西松に送り込んだのである(注:法務省に問い合わせたところ、「マスコミの報道で承知しているが、当省としては、把握していない」との回答だった)。そして、それに符節を合わせて同日、陸山会、石川事務所などの家宅捜索を、テレビを通して全国にたれ流し、「小沢事務所を捜査」「大久保、ダミーを認める」など、派手な見出しで、小沢を一気に幹事長辞任に追い込むシナリオを描いていた。ところが、あろうことか、岡崎元総務部長は、「政治団体は西松建設の友好団体であり、ダミーではない。事務所も会社とは別で、家賃も給料も団体側が払っている」と証言したのである。これは、シナリオが狂ったというものではない。昨年3月、大久保を逮捕・起訴した根拠そのものが否定されたのである。これでは大久保が無罪になるだけでなく、小沢が「清廉潔白」であることを立証することになると危機感を抱き、検察が不当捜査とその失敗をごまかすために打った悪あがきの大バクチが、石川ら三人の逮捕である。

 腑に落ちないのは読売、朝日、毎日など大手新聞社や傘下の日テレ、TBS、フジ、テレ朝など各局がこれについて、全く論評をしていないことである。それだけではない。8日、大阪地裁で郵政不正事件の証人尋問が行われ、無罪を主張する厚労省元局長・村木厚子被告に、証明書発行を指示したとされている、当時、上司だった塩田幸雄元部長が検察側の重要証人として出廷しながら、検察側が指摘する事件の構図を「壮大な虚構」と証言し、検察側の主張を否定したのである(朝日2月9日)。

 福島県知事贈収賄事件でも検察が提出した証拠が否定され、「西松」「郵政」の裁判でも検察側の証人が、検察の主張の根幹を否定している。これは異常である。本来であれば、マスコミや評論家が権力の権化である検察のやり方を厳しく批判すべきであるにもかかわらず、だんまりを決め込んでいる。これも異常である。検察の体質を真正面から批判しているのは、週刊朝日、日刊ゲンダイとネットメディアだけである。

 なぜマスコミは検察の露払いに専念し、明治以降、140年にわたる「官僚主導」を「国民本位・政治主導」に変える大事業の妨害をするのだろうか。

 第一は脱税である。この数年、まず毎日新聞が脱税容疑で国税庁に査察され、一昨年、朝日が、昨年は読売が査察された。このとき、マスコミは「霞ヶ関」の恐ろしさを知らされたのだろう。朝日とNHKには数年前の「NHK番組改変問題」というトラウマがある。

 第二は「押し紙」商法である。新聞社が販売店に実売数を30%から50%超えた部数を押し付け、その分の講読料を販売店から徴収する独禁法違反の悪徳商法である。

 第三は新聞業界に公的資金を導入することである。新聞の購読者数は減少の一途を辿っている。大手全国紙でさえ台所は火の車だ。このため、自公政権と交渉してきたのが、新聞協会会長・内山斉読売新聞グループ本社社長である。読売が、なりふりかまわず「小沢追い落とし劇」の中心的役割を演じているのは、さもありなん、である。

 第四は「クロスオーナーシップ制」の堅持である。原口総務相は新聞社がテレビ、ラジオを傘下に置くことができる「クロスオーナーシップ制」の見直しを表明している。この制度は世論を一定方向に誘導する、ある種の言論統制を可能にする悪制度である。

 第五は「マスコミは改革反対」という本音である。マスコミ幹部の大半は自民党とともに歩み、官庁の政策を取材しながら、無意識・無自覚のうちに官僚的発想に洗脳されたのである。加えて記者クラブ制度という官庁とマスコミの談合機関が威力を発揮してきた。また、自民党は、小沢のラジカルな改革路線に恐怖感を抱き、自民党時代から今日まで20年以上、小沢の非難・中傷に明け暮れている。私は自由党時代、某大手新聞の若手記者から、「小沢を評価するような記事は慎むようにと、デスクに注意された」と聞かされたことがある。マスコミは、歴史的大転換の意味を理解出来ず、旧勢力に愛着し、綻びを繕うだけの、ちっぽけな「改良主義者」の集団なのだ。

 1月22日の記者会見で原口総務相は、各国メディアの事件報道の五原則を示した。

▼推定無罪の原則。最初から有罪であるような印象づける報道はしないこと。

▼公正な報道。検察の発表だけを垂れ流すのではなく、巻き込まれた人や弁護人の考えを平等に報道すること。

▼人権を配慮した報道。他の先進国並みに捜査権の濫用を防ぐため、検察・警察の逮捕権、家宅捜査権の行使には正当な理由があるか取材・報道すること。

▼真実の報道。自主取材は自主取材として、検察・警察の情報はあくまで、検察・警察の情報である旨を明記すること。

▼客観報道の原則。問題の歴史的経緯、背景、問題の全体構図、相関関係、別の視点などをきちんと報道すること。

 マスコミ全社は、総務相の記者会見での公式発言であるにもかかわらず、黙殺した。自分たちの報道があまりにも非常識・異常であることが、読者、視聴者に判ってしまうからだろう。マスコミが自己規制とエサとしての情報リークで自ら国民の知る権利を否定する、実質的な言論統制である。

 私は1月下旬から10日余り、パソコンが壊れたため、ネットの世界とは無縁の生活を強いられた。全マスコミが「一致団結」して「小沢打倒」を目指す情報の濁流の中に身をゆだねることに、いいしれぬ恐怖を実感した。人間を洗脳できる情報の恐ろしさを知らなければならない。国会で「政治とカネ」を議論するのは大賛成だが、現実の論戦は、目に見えない権力(=仏教では「魔」という)の掌で踊っているようなものだ。与党も野党もマスコミも、民主主義の土台を守るために、本当の敵を見定めるべきではないだろうか。

 小田実は「政治とは、自分のことは自分で決めることを手助けするもの ── すくなくとも、そんなふうなものとして政治をとらえ、少しもそうでない現在の政治のありようを自分の手で変えて行く。私には、そうしたことをいま多くの人が求めているように見える」(「世直しの倫理と論理」)と述べている。友人は「国民の劣化」を嘆いたが、私は、昨年の8.30は、「自分で決めること」の第一歩だ、と思っている。しかし、現状は「世論」や「民意」を振りかざす「マスコミ民主主義」の名の下に、民主主義が圧殺されかねない「民主ファシズム」に直面しているのではないだろうか。

 私は石川衆議院議員に、賀状に代えて魯迅の名言「横眉冷對千夫指」(「たとえ千人から指弾され、ののしられようとも、私は眉ひとつ動かすことなく、冷ややかに対する」)をメールで伝えた。自戒を込めて。

Profile

二見伸明(ふたみ・のぶあき)

-----<経歴>-----

69年12月の衆院選に初当選し、以後8期23年。
小沢一郎、羽田孜、石井一、森喜朗と同期。
公明党政策審議委員長、副委員長、運輸大臣を経て、94年、新進党。
97年暮の新進党解体により、小沢の自由党結党に参加。総務委員長、国対委員長。
2000年春、自由党分裂に際し、小沢と行動を共にする。
小沢対羽田の一騎打ちの新進党党首選では「四海波穏やかなときは羽田がベストだが、激動期は小沢の豪腕がベスト」と表明し、小沢の推薦人になる。

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