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2009年12月31日

見えないものが見えはじめた ── 来年こそ正念場

 「ペンは剣より弱し」である。検察は「西松問題」をでっち上げ、マスコミが「......という事実が関係者の話で分かった」「これは特捜部も把握している模様だ」と善良な大衆の脳に擦り込む役割を演じている。今年一年、アンシャン・レジーム(旧体制)のリーダーにとって、自民党は怖くはないが、頑固な「改革者」小沢一郎は「悪魔」だった。

1)「弱将のもとに勇卒なし」
 「もし」麻生総理が、小沢の公設秘書が起訴された直後に衆議院を解散していたら、政局は大きく変わっていたかもしれない。しかし、麻生は動けなかった。「西松問題」にもかかわらず、小沢の豪腕に期待する根強い民意と、「民主党は単独過半数も可能」というマスコミの予測もあり、また、力と頼む側近も臆病風に吹かれていた。

2)「下手の考え休むに似たり」
 麻生総理は「政局より政策」だと主張した。しかし、考えたところで妙手があるわけでなし、とどのつまりは、10兆円の大赤字の尻ぬぐいを鳩山政権に押し付けただけだった。
 鳩山総理も「下手の考え」になりそうだった。「先送り」について、精神科医の香山リカさんは「精神医療の場では、しばしば、どうしても必要な切り札になることがある。追い詰められた心理状態で行われた改革や決断は、後で考えるとその人にとってプラスにならなかった、ということが多かった」と語っている。普天間問題について、新たな解決策を見出すために来年半ばまで先送りしたことは賢明だったと評価するが、「海兵隊のグアムへの全面移転は考えられない」などの発言は軽率である。辺野古移設がベストと信じ切っている外務省、防衛省に塩を送るようなもので、官僚にバカにされるだけだ。

3)「へぼ将棋 王より飛車を可愛がり」
 「要求大臣ではなく、査定大臣たれ」という鳩山総理の指示など、そっちのけで、亀井金融担当相を先頭に、各大臣は予算獲得に大わらわ。マニフェスト、景気対策、財源・財政規律の難題に右往左往し、議論はするが結論は出せない民主党の「お家芸」があらわになり、予算編成は越年か、と思われたところに、小沢一郎が「助っ人」として現れて、一件落着。自分の立場も大切だろうが、「王様」を守れないようでは先が思いやられる。それでも、大臣同士が丁丁発止とやりあう場面がマスコミを通じて明らかにされるなど、政治の透明化に大きな一歩を踏み出したことは事実だ。

4)「果報は練って待て」
 イチローが10年連続200本安打の偉業を達成した。彼の夢は「五十歳まで現役でプレイする。しかもバリバリでプレイする」ことで、野球選手は四十歳で現役を引退するという「世の中の人の固定観念、イメージっていうものをどれくらい変えていけるのか。これは僕らが、ぜひともやらなくてはいけない仕事なんです」という。
 「勝つことを忘れた」楽天を4年かけて、野球のイロハから叩き込み、鍛え直した野村監督には哲学があった。
 五十歳を過ぎて、武道館で、マイクを蹴飛ばしてロックを歌った矢沢永吉は「欧米では(仕事について)事前にきちっとネゴシエイションする。日本人みたいに、事前にいいたいこと言わないで、あとからぐじゃぐじゃもめることはない。『yes』『no』をはっきりしないといけない。『no』をはっきり言うと、尊敬してくる。『こいつにはちゃんと話さなきゃ、話が通らないやつだな』って認識する」と語っている。三人に共通するのは高い理想、熱い情熱、人一倍の努力である。
 「果報は練って(注:『寝て』ではない)待つ」ものだ。民主党に限らず、政界で小沢は怖い存在である。その小沢に「noはnoだ」と真正面から論争を挑めるサムライが、民主党に見当たらないことがさびしい。また、ろくに勉強もせず、知ったかぶりの中途半端な理論を振りかざす政治家は「生兵法はけがのもと」である。

5)「虎の威を借る狐」を見極めよう
 来年は寅年。「虎の威を借る狐」を横目に見て、「虎口に入って虎髭を撫でる」のも一興。「老虎、南山を出て」雄叫び、「虎一声清風起こる」を期待する。
 来年から地方主権の議論が始まる。私は地方主権の実現にあたって最大唯一の障害は、権力欲に固まった一部の知事と無能な市長、利権探しに明け暮れる地方議員など、半世紀にわたって既得権益にへばりついてきた、党派を超えた集団であると確信している。

 見えないものが見えはじめた一年だった。そして、小沢に始まり小沢で終わった一年でもあった。来年は、人柄のいい鳩山総理が明君になるか、暗君にさせられるか、天王山の年になるだろう。
 庶民にとっては、たまには「無駄」を楽しんで「ホッとしたなあ」とささやかな幸せを味わえる一年であって欲しいと念願している。

2009年12月22日

日本のマスコミもアメリカも、頭を冷やして考えよ

 16日、鳩山総理は、アメリカの脅迫的な要求をしりぞけ、普天間問題の結論を、三党合意を盾に来年に先送りした。翌17日のマスコミの反応は予想どおりとはいえ、厳しいものだった。日本経済新聞は社説「普天間先送りが深める日米同盟の危機」の中で「日米同盟の空洞化と対中傾斜に対し懸念を覚える」と述べ、読売も社説で「普天間移設 展望なき『越年』決定は誤りだ」と、アメリカ国防総省の宣撫班に成り下がっている。

 普天間移設問題の原点は沖縄の歴史にある。太平洋戦争では本土防衛の捨石にされ、戦後、今日まで、アメリカの世界戦略の要石という名の捨石の役割を強いられ、また、本土を米軍の基地化から守る防波堤という現実である。11月のマスコミ各社の世論調査によると、「年内に辺野古移設で決着しないと、日米同盟に重大な亀裂が生じる」というマスコミの、戦時中の大本営発表を思わせる脅しにもかかわらず、「朝日」は「見直して再交渉」が54%に対し「移設合意を守る」は28%に過ぎない。「毎日」は「県外国外を目指し、米と再交渉」50%、「辺野古移設認める」22%、「読売」も「合意どおり進める」は31%に過ぎず、「少しは修正」「大幅に見直す」見直し派は51%である。「NHK」も「合意どおり」は23%である。「フジTV」が12月10日に行った調査でも「沖縄県民の思いを重視する」が55.4%で,「日米同盟を重視する」34.4%を21ポイントも引き離している。この調査で注目すべきは「連立政権の維持を重視する」が6.0%しかないことである。マスコミは民主党が社民党に引きずり回されたと酷評しているが、国民は政権絡みではなく、人間としての尊厳を奪われてきた沖縄県民の心情を真正面から受けとめようとしているのだ。マスコミの浅薄で冷酷な沖縄観とは天地雲泥の差があると言えよう。

 マスコミや自民党は「日米同盟の危機」を喧伝しているが、日米同盟は普天間問題がこじれたくらいのことでガタが来るほどもろいものなのかと、反論したい。アメリカは強大な国ではあるが、中国や日本に国債の大半を買ってもらってアフガンやイラクの戦費を賄っているのだから、もはや覇権国ではない。かつては、アメリカがくしゃみをすれば日本は風邪をひくと揶揄されたが、いまでは、日本が(あるいは中国が)アメリカの国債を売却すると表明すれば、アメリカ経済は瞬時に崩壊し、そのあおりをうけて、世界が壊滅する危険もあるのだ。「日本は米国債を脅しに使え」と唆しているわけではない。世界は、各国がそれぞれ、不満を抱えながらも、譲り合わなければ生きていけない、共生を模索する時代に入っているのである。アメリカにその時代認識がなく、軍事力で脅そうとする従来の世界戦略に固執するのであれば、世界から軽蔑されるだけだ。日米同盟の中で軍事は重要ではあるが、経済など、軍事以外の分野での協調と関係強化こそ肝要なのである。

 「日経」は「対中傾斜に懸念を覚える」と主張している。中国は一党独裁を堅持しながら、経済では資本主義的手法を取り入れた結果、沿海都市部と内陸農村部間の所得格差が拡大して胡錦涛政権の不安材料になっている。また、党幹部の腐敗・汚職、頻発する暴動、少数民族問題と人権など多くの不安定要因を抱えていることは周知の通りである。このことを百も承知の上で、オバマ大統領は「米中関係は21世紀をかたちづくる最も重要な二国間関係」と位置づけ、7月29日の米中戦略経済対話では「米中が安全保障、経済など世界をとりまくさまざまな問題をめぐり共通の利益を目指していくことで一致」したのである。オバマは「風雨同舟」(運命共同体の意)と述べたという。他方、世界経済の軸足は、アメリカから中国などアジア新興国に移りつつあるとの見方もある。日本経済を立て直すためにも、中国やアジアとの結びつきを強めることは大切である。「日経」の主張は、時代の大きな流れを見失ったアナクロニズムだ。

 アメリカによれば海兵隊が沖縄に駐留する理由は、朝鮮半島有事と中国に対する牽制である。

 しかし、北朝鮮が韓国に侵攻するシナリオは考えられない。韓国の政治的・経済的な地位は朝鮮戦争の時とは格段に違う。当時、北朝鮮を全面的に支援した中国は、現在では韓国を承認し、友好関係にある。また、中国のGDPはアメリカに次ぐ世界第二位で、アメリカとの関係も、体制の違いを超えて良好である。その中国が国益を犠牲にしてまで北朝鮮を全面支援するとは考えられない。むしろ、「北」の、自殺行為に等しい暴発を抑えるのに苦労しているのだ。

 私は、北朝鮮がソウルを奇襲攻撃するために38度線を越えて掘削したトンネルを視察したことがある。また、レダーに映らない、木製のステルス戦闘機を保有しているので、北朝鮮には短期間の、部分的な奇襲攻撃をする能力はあると推察しているが、一か月以上戦える国力・経戦能力はない。「北」の暴発は、米韓空軍の空爆と韓国地上軍の反撃で、金王朝のみならず、国そのものの崩壊をまねくだろう。そんな愚を犯すほど金正日はバカではない。アメリカ自身が第二次朝鮮戦争というシナリオを想定していないのだ。むしろ私が恐れるのは、金王朝が崩壊し、それに代わる統治能力のある政権がなく、無政府状態になって、膨大な難民が近隣諸国に流れ込むことである。1994年、「北」が「核開発」を振りかざし、「20分でソウルを火の海にする」と恫喝したとき、私は運輸大臣だった。「日本には30万~50万人の難民が押し寄せるかもしれない。難民の中に不穏分子が紛れ込んでくるだろう。これに対処する体制は日本には全くない」ことに愕然としたのである。

 北朝鮮が無政府状態になったとき、事態を収拾できるのは、中米韓ロ日を中核とする国連PKOで、アメリかの海兵隊はむしろ、邪魔である。

 ところで、米海兵隊の任務はなにか。96年12月、ペリー国防長官(当時)は「万が一、朝鮮で戦争が起きた場合、海兵隊は、初期において重要な役割を果たすであろうが、戦争に注ぎ込まれる兵力全体に占める割合は大変に小さい(very small)ものとなろう」と述べた(注)。「初期の重要な役割」とは在韓アメリカ人の救出である。日本が期待している朝鮮有事に備えるという、米海兵隊の沖縄に駐留する前提は崩れているのである。

 海兵隊の歴史は存続のための戦いだった。トルーマン大統領は強烈な海兵隊廃止論者であり、後に、大統領になったアイゼンハワー陸軍参謀総長も廃止論者だった。海兵隊が生き残ってきたのは、軍事上の必要性からではなく、猛烈なロビー活動の成果であった。いうなれば、アメリカ国内の「軍閥のヘゲモニー争い」である。米ブルッキングス研究所のM・オヘロン主任研究員は「沖縄の米海兵隊は死活にかかわるような戦略上の重要性を持っていないし、日本に駐留している他のいかなる米軍施設にもまして日本国民と日米同盟関係にストレスを与えている」と述べている。海兵隊の沖縄からの撤退こそ日米同盟の深化・強化に必要だと思う。

 中国の軍拡路線には厳しい態度が必要である。マスコミは報道しなかったが、600人を引き連れて訪中した小沢一郎幹事長は、11日、北京市内で会談した梁光烈国務委員・国防部長に、中国軍の近代化、軍備増強について「日本にとっても、日中両国にとっても、将来決していい結果をもたらさない」と自制を求めた。今回の小沢訪中を朝貢外交にように騒ぎ立てる一部マスコミは、悪意に満ちているのか狂っているのかのどちらかである。台湾と中国の関係は「通信、通商、通航」の三通が自由化され、経済の結びつきは堅い。中国が武力で台湾を制圧することは考えられないが、万が一、台湾海峡で米中が一戦交えることになれば、即第三次世界戦争となろう。それを抑止できるのは、国際世論であり、軍事的な側面からみれば、中国の自制と米第七艦隊である。沖縄駐留の米海兵隊の出番はない。

 2月17日、小沢一郎民主党代表(当時)は、クリントン国務長官が日米合意の沖縄海兵隊問題について理解を求めた際、「米軍再編問題は、両国で世界戦略を話し合い、その合意のうえで個別問題に対応することが大事だ。今までの日本政府は、自らの主張を主張し得ないところに問題があった。北朝鮮は核のカードを手放すとは思えない。それ以上に、中国問題がより大きな問題だ。中国発展に市場主義を入れたことは大きいが、諸刃の剣で市場主義と共産主義は相いれない。矛盾が表面化するだろう。中国問題が世界にとって最大問題。中国の民主化をいかにして行うかが日米にとって最大のテーマだ」と述べた。海兵隊問題は、沖縄の問題にとどまらず、「日本の世界戦略やいかに」という発想が要求されることを自覚しなければならない。

 それとともに、沖縄の再生について「本土人」も沖縄県民の苦しさを自分のこととして考えるべきである。1971年、「基地つき、核つき返還反対」と叫んでいた私は、沖縄の友人から「基地抜き、核ぬき返還に大賛成だが、基地に依存してきた我々は、それだけでは明日からメシが食えなくなる」と言われ、沖縄問題の深刻さ、複雑さに愕然とした。普天間飛行場の移設先として辺野古の沖合を埋め立てるよりも、海上に、鉄板を浮かべて作る浮体工法のヘリポートのほうが環境への負荷は少ないと言われていたとき、沖縄政界の有力者から「浮体工法で儲かるのは、石川島播磨や三菱重工業など本土の大企業だ。埋め立てなら島内の土建屋ばかりでなく、労働者が仕事にありつける」と言われた。普天間が返還されても、元の姿に戻さなければ県民の生活にプラスにはならない。そのためには膨大な経費が必要になる。財務省が金科玉条としている「財政規律」の枠外で対処する覚悟が必要だろう。

 ジョン・レノンは歌った。
Imagine all the people Sharing all the world You may say I'm a dreamer
But I'm not the only one I hope someday you'll join us
And the world will live as one

「想像してごらん すべての人々が この世界を分かち合っているのだと。いつの日か、世界は一つになるのだ」

 夢想家だと笑わば笑え。厳しい現実に真正面からぶつかる勇気こそが、夢に一歩、一歩近づくのだと私は信じている。

 沖縄の自立が始まろうとしている。マスコミはアメリカや自民党時代の理論や発想の呪縛を断ち切り、新しい、将来を見据えた発想で沖縄の自立に寄与すべきではないだろうか。

(注:植村秀樹「海兵隊沖縄駐留論の再検討」

Profile

二見伸明(ふたみ・のぶあき)

-----<経歴>-----

69年12月の衆院選に初当選し、以後8期23年。
小沢一郎、羽田孜、石井一、森喜朗と同期。
公明党政策審議委員長、副委員長、運輸大臣を経て、94年、新進党。
97年暮の新進党解体により、小沢の自由党結党に参加。総務委員長、国対委員長。
2000年春、自由党分裂に際し、小沢と行動を共にする。
小沢対羽田の一騎打ちの新進党党首選では「四海波穏やかなときは羽田がベストだが、激動期は小沢の豪腕がベスト」と表明し、小沢の推薦人になる。

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