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2009年7月31日

保守・リベラルは、ぐじゃぐじゃ自公守旧勢力に勝てるか―――無血・一票の革命前夜に記す―――

 手負いの猪ほど恐ろしいものはない。私の住む茨城県は、小選挙区7で、比例代表復活当選を含めて、衆議院議員9人。内訳は、自民党7、民主党1、自民党系無所属1(中村喜四郎元建設相)であり、閣僚経験者4、世襲議員6という名高い自民王国である。その王国にも、ようやく落ち目の気配が見えてきた。これまで、自民党以外の候補者に投票したことがない、自民党以外の候補者の名前を聞いたことがないという、化石のような人々から「自民党では駄目だ」との声が澎湃と沸きあがってきた。慌てた自民党議員は、昨年暮れから、国会審議もそこそこに、妻子眷属、ご一統様総出で、戸別訪問、ミニ集会に駆け回っている。なかには、やったことのない朝の駅立ちをして、通勤客の度肝を抜いた元大臣もいる。7月25,26日、わが市では、市あげての夏祭りである。そこに、元大臣が挨拶に現れたものだから、町内会の役員さん達は、この時とばかり、言いたい放題。元大臣はほうほうの体で退散した。その場に居合わせた友人が「役員があそこまで言ったのだから、わが町内は反自民で固まった」と他愛なく、大喜びなので、「水を差すようで申し訳ないが、役員は自民党支持者でしょう。いままでは、対等に口も利けなかった議員さんに文句を言えたので、気持ちがすっきりしたろう。欲求不満と不定愁訴のガス抜きだ。風が吹いただけで人の気持ちが簡単に変わるものではない」と、苦言を呈しておいた。

 比例区では、民主党は自民党を抑えて第一党になる可能性が高い。しかし、小選挙区はそれほど単純ではない。一昨年の参議院選、先ごろの都議選の結果を、参考にするのはともかく、それら最近の傾向を単純に、小選挙区選に当てはめると大変な計算違いになる。日本人社会は、理もさることながら、無意識の内に、争いごとを好まず、謝れば「今度だけは」と許す、情を大切にする情誼社会=「なにわ節」である。自民党内の麻生降ろしがわかりやすい。世論調査によると、麻生総理を支持していないはずの日本人が、中川秀直氏などの麻生降ろしには厳しい反応を示したのである。自民党議員も世論の反応に敏感で、21日の両議院懇談会で、麻生総理が涙ながらに謝罪すると、中川氏は自ら、総理に握手を求めたのである。民主党に傾いた自民党支持者が、必死の形相で訴える候補者の姿を見て、本家帰りすることは、当然、予想される。それを食い止めるのは、風に頼る「空中戦」ではなく、一人ひとりに声を掛ける「地上戦」の勝負である。東京でも、僅少差で、全勝、全敗もあり得る。それが小選挙区のもつ怖さである。

 自民党は、政権から追い落とされた瞬間、全ての既得権益を失い、小選挙区で破れた候補者は、次の選挙で雪辱するのは難しいと、本能的に感じている。「腐っても鯛は鯛。自民党を舐めると負けるぞ」という小沢一郎の苦言を、民主党の候補者・支援者は、真摯に受け止めるべきであろう。地元に根を張った自民党の底力を甘く見てはいけない。歴史の教えをもじっていえば「窮象かえつて鳩を噛む」である。

■自民党にだけは「日本を守る、責任力」とは言ってもらいたくない

 自公政権10年間で日本社会を、貧困層を拡大するなど、あらゆる面でメチャクチャにしながら、なんの反省もなく、「日本を守る、責任力」と、いけしゃあしゃあと言ってのける麻生総理の精神構造に、呆れかえって、開いた口が塞がらない。「巧言令色、少なし仁」は、いまの自民党にピッタリだろう。

 「兵力の逐次投入は愚策」という戒めがある。敵の戦力を過小評価して、兵力を小出しにし、結局は大量の兵力を投入して、惨敗するということだ。第二次大戦で、日本軍が惨敗したガダルカナル海戦がその見本である。自公政権は、日本経済が、一部の輸出企業を除いて、国民生活レベルでは、不況が深刻化しているとの認識が希薄だった。加えて、アメリカでは、2007年からサブプライムローン問題が顕在化して、金融不安が起こり、昨08年9月、自民党総裁選の真っ只中、リーマンブラザースの破綻で、世界は一気に金融恐慌に突入した。日本は、小泉政権の失政に追い討ちをかける金融恐慌に翻弄された。もし、自民党に責任力があったならば、総裁選を直ちに中止して、本格的な景気対策を講じたはずである。「経済の麻生」を自任し、「政局よりも政策」と主張するのであれば、総理就任と同時に大型補正予算を組むべきだったのである。しかし、自公政権は愚者・無能者の集まりであり、政権を支えるはずの官僚の質は、極端に、劣化していた。麻生のしたことは、福田内閣から引き継いだ1.1兆という小出しの第一次補正予算だった。

 麻生総理は「政局より政策」ではなく、政局=解散を有利にするために補正予算を利用した。選挙買収に等しい、典型的なバラマキの、08年二次補正11.9兆円、09年一時補正、13.9兆円、08年の一時補正、計26.9兆円の財源は国債19兆円、埋蔵金8兆円で、しかも二年後には消費税増税で穴埋めするのである。有り金をかっさらって、むだなバラマキをしていながら、「民主党のマニフェストは財源のない絵に描いた餅」と批判する自民党の態度を「盗人たけだけしい」という。また、自公政権のバラマキ、無駄遣いを黙認し、民主党の財源論を批判する「御用学者」やマスコミは、「ひと様の風上に置けねえ恥しらず野郎」である。ところで、自民党のマニフェストは、民主党に似せてきている。私は、かつて、「自民党は、生き残るためにどのような姿にでも変身するアメーバーだ」と書いたが、いまの自民党はアメーバーの化け物だ。自民党のマニフェストの財源は大丈夫か?

 小沢自由党にとって政策は、「公約」ではなく、「国民と結んだ『契約』であり、『契約違反は許せない』もの」だった。この精神は民主党に引き継がれている。小沢一郎も鳩山由紀夫も「契約履行」のために、命を賭けて、予算の組み替え、むだ遣いの全廃をしようとしている。与党の、重箱の隅をほじくる批判など鎧袖一触である。

 戦後、衆議院議長にまでのぼりつめた林譲治は「翼賛政治体制着々と整う。鳩山先生に随いて之に加盟せず」と題し、「黙々とただついて行く枯野道」と詠んだ。友人の俳人・唐澤春城さんは、軍に阿り、次々と翼賛政治に組み込まれる同僚を冷笑した「餌につきて走る鶏あり野山枯る」のほうが、「少々品は落ちるが正直で、好き」だそうである。激動期だけに、信念を貫き通す政治家が欲しい。

 日本列島の異常気象は、何の予兆か? 「8月決戦」は、天下分け目のときである。「その日」まであと30日。30日は、長いともいえるし短いともいえる。気を引き締めて、突撃あるのみである。

2009年7月14日

公明党よ いまこそ目を覚ませ

 政府・与党の話し合いで、総選挙は8月18日公示、30日投票に決まった。自民党が惨敗する中で、公明党が、得票を減らしたとはいえ、23人全員当選を果たしたことは、組織力の強さを見せつけたと言えよう。しかし、都議選の結果は、自公の蜜月に決定的な別れを告げるものになるだろう。一人区で、自民党は完敗した。自民党内には「公明と手を切れ」との声が出ている。中央区は、かつて公明党が、二人区の時代に一議席もっていて、それなりに強い組織力がある。にもかかわらず、実力者の自民党候補が、無名で若い民主候補に、あっけなく敗れた。中央区には築地卸売市場移転という争点があるが、区民はこの問題に「ノー」の意思を示しただけでなく、自公政権そのものを否定したのである。

 都議選の各党の得票数は、自民党1,458,108(前回 1,339,548)、118,560増、民主党2,298,494(同 1,070,893)1,227,591増、公明党743,427(同 786,292)、42,865減、日本共産党707,602(同 680,200),27,402増――である。投票率が10ポイント上がった中で、得票減は公明党だけである。公明党はこの冷厳な事実を直視した方がいい。

 私は「自公政権の液状化」に言及した前々回、「権力はアメーバーだ。アメーバーは生き延びるために、どのような姿にでも変身する」と書いたが、今回は、もっと露骨に、いまの自民党は、自前で餌も探せなくなり、人の血を吸い取る「吸血鬼」に成り下がったと言いたい。自民党が、体質改善をするために、社民党や公明党と連立したのであれば、反対はしなかった。しかし、現実は違う。権力を死守するために、やみくもに「数合わせ」をした挙句、この党は「護憲政党」の血を吸って、「改憲・右傾化路線」を走り、自由党を餌にして、公明党を釣り上げ、血を吸い、肉を喰らい、「平和・福祉」を切り捨てたのである。

 知り合いの公明党支持者は「自民党にだまされて、利用されただけだ」と不満を漏らしている。両党の底辺では疑心暗鬼が渦巻いているのである。公明党の得票減を、「民主党への風」のせいと総括するのではなく、明確な理由と原因があることを、公明党の中枢幹部は知るべきである。

 公明党は衆議院総選挙戦略を、小選挙区から撤退する方向で抜本的に、勇気をもって、変更したほうがいい。「自公政権の枠組み」を否定する輿論(世論ではない)に抗して小選挙区で戦えば、自民党に残り血を吸われ、惨敗するだけである。自民党が、民主党に対抗する政策は「霞ヶ関」に丸投げして、生き残りに夢中になっているこの時期こそ、公明党にとって、連立からの離脱を宣言し、「是は是とし、非は非とする」健全野党に立ち返ることを表明する絶好のチャンスだと思う。日本の政治に激震が走るかもしれない。しかし、30年、50年後の政治史で「賢明な行動だった」と、高い歴史的評価を受けるであろう。

 私は、自民党は4,5年間、下野し、冷や飯を喰って、長すぎた執権時代のアカを殺ぎ落とし、身ぎれいになり、官僚に丸投げしないですむ「脳力(能力ではない)」を養ってから、再登場しても遅くはないと思っている。

 公明党よ いまこそ目を覚ませ。

2009年7月10日

総理一年の使い捨て

 液状化した自公政権の底が抜けて底なし沼になった。民主党が分裂したことで勝算のあった静岡県知事選で敗れたのは自公にとって致命傷である。静岡県民は麻生総理と自公に政権担当能力がないと烙印を押したのである。都議選の結果、自民党が大幅に議席を減らした場合、民主主義を蘇生させるために麻生総理の取るべき最良の道は、直ちに総辞職をして、民主党中心の選挙管理内閣を作ることである。麻生総理が、総辞職するのはプライドが許さない、というのであれば、次善の策として、直ちに衆議院を解散することである。

 「麻生おろし」は、自民党内の、なんとか自分だけでも生き残りたいというご都合主義に他ならない。首をすげ替えれば、支持率が急上昇するという考えほど、国民を愚弄するものはない。麻生総理が党内の圧力に屈し、総裁選を前倒ししたとしよう。総裁候補は、小泉・竹中の「市場原理主義」という冷酷な「弱肉強食」路線をどのように評価・総括するのか、麻生総理を、選挙の顔として担ぎ出した責任はどうなるのか、を明らかにしなければならない。また、舛添厚生労働相が出馬の意欲をもっているようだが、もし、そうであるならば、年金その他、厚労省に関わる不始末と、麻生内閣の一員として総理を支えられなかった責任を語ってもらわなければなるまい。かつて、私は「朝まで生テレビ」などで何度か舛添氏とやり合ったが、舌鋒鋭く、相手をやり込める名手で、ネオコン的で、マキャベリストで、スタンドプレーヤーという印象だけが残っている。

 自民党の発想の救い難さは、日本国の大黒柱のはずの総理大臣を、タレントと同質の「選挙の顔」としてしか認識していないことである。裏を返せば、国民の声や、最近では希少価値になりつつある政治家の見識など、受け付ける気の毛頭ない強固な「霞ヶ関軍団」が一から十まで面倒を見てくれるから大丈夫という依存心と安心感があるということだ。竹下登元首相(故人)は「歌手一年、総理二年の使い捨て」という名文句を残したが、いまや「総理一年の使い捨て」で、消費期限(賞味期限ではない)は短くなる一方である。

 政権交代とは、国の姿,形を変えるものである。足利幕府・織田信長・豊臣政権時代は、国家という概念は希薄でありながら、外国との交易が巨万の富をもたらすことを知る「国際社会に開かれた日本」だった。しかし、豊臣政権を打倒した徳川は、外国勢力への恐怖心と、政権維持のために鎖国し、士農工商の身分制度、米本位制の農本主義、幕藩体制の国にした。明治維新は、幕藩体制を維持しながら改革を模索する徳川政権を否定し、廃藩置県、地租改正(=税制改革)、身分制度の廃止、教育制度の確立など、近代国民国家の基盤を作ったのである。その荒仕事をしたのが西郷隆盛、大久保利通、坂本竜馬である。

 小沢一郎が主導し、日本社会の大潮流になりつつある「政権交代」は、単に、内閣が自民党から野党連立政権に移り、総理大臣が麻生太郎から鳩山由紀夫に変わるという底の浅いものではない。国の形を変えるのである。民主党の旗印である「霞ヶ関改革」「地方分権(=地方主権)」「生活第一」を見てみよう。

 これまで、総務省は地方自治体に、「条例を作る際のヒナ型」を提供してきた。しかし、「地方分権が喧しくなって」、いまでは「ヒナ型」は作っていない。それに代って、各省庁が「参考にするように」と「参考例」を提示している。そればかりではない。本来、国のヒモ付きではなく、地方が自由に使える交付金も、実体は、関係官庁にがんじがらめに縛り付けられている。例えば、15兆円の補正予算の目玉「雇用創出交付金」3000億円の遣い道にについて 所管の厚生労働省はこと細かな条件を付け、その条件に添った交付金申請書を各県に出させている。このため、各県の担当者は「地方の実状を知らない中央官僚が、最も遣い勝手の悪いものにしている」と批判している。

 「霞ヶ関改革」と「地方分権(=地方主権)」はセットである。キーワードの一つは「補助金」である。「霞ヶ関」は補助金をちらつかせて地方自治体を支配下に置き、自民党議員は「中央から補助金をとってくる」ことで、選挙地盤を維持してきた。小沢一郎の持論「補助金制度を廃止し、地方の自主財源にする」は「霞ヶ関改革」の真髄であり、地方分権のエンジンである。自民党議員にとっては兵站基地を爆破されるようなものだ。

 「生活第一」を検証してみよう。財源論からの厳しい批判はあるが、「子供手当て26,000円、公立高校の授業料無料(私立高校生には同額を支給)」は、深刻な社会問題になっている少子化、教育格差拡大に一定の歯止めになる。「高速道路無料化」は、物流コストが削減され、物価が安くなり、生活防衛になる。ヨーロッパでは実施されている「農家の戸別所得保障制度」は、アメリカからの猛反発が予想されるが、農業・農村再生の切り札であり、国土の荒廃を防ぐ、広義の治山治水対策でもある。コメ自由化が日米間の重要課題だったとき、訪日したヤイター農務長官が「東京都民は安いコメを望んでいる」といったのに対し、私は「都民の故郷は、大半が農村だ。親、兄弟の農業が廃れていくのを喜ぶ者はいない」と反論したことがある。

 民主党の「革命的改革」構想を凌駕する自民党と公明党の政権構想やいかに。日本人は、いま、国の形、暮らしのあり方について、真剣に、かつ、真正面から考えている。過去の解散・総選挙は自民党内の権力闘争で勝利した者が、自らが統治権者であることを国民に認知させるためのセレモニーであった。今回の総選挙は、これまでとは全く違う。国民が自らの意思で、国の形、暮らしについて判定を下すのである。信じ難いことだが、日本人にとって初体験である。自公は歴史的な時代認識と大構想を国民に提示せず、「鳩山献金問題」という「重箱の隅」をつついている。マスコミ各社は「時代」を読もうともせず、茫然自失で「鳩山献金問題」が政権交代よりもはるかに重要であるかのようなピンぼけの報道をくりかえし展開している。

『選択』7月号の興味ある記事を紹介しておこう。

「収入減に苦しむ新聞業界をテコ入れするため、政府や行政から救済・援助を取り付けようとする仰天プランが新聞業界で浮上している。しかも、日本新聞協会を挙げての構想というから驚きだ。プランの柱は売り上げ減の原因の一つとされる、若者の新聞離れを食い止めようとするもの。若者が新聞を読める環境を整えたり、学習教材に新聞を活用するよう行政にも強く働きかける意向だ。こうしたテコ入れを先導するのが、新たに新聞協会会長に就任した内山斉・読売新聞グループ本社社長。(以下略)」

 民主党バッシングの謎が解けた。マスコミの「わが身、可愛さ」である。

 アメリカ人はオバマ氏を大統領に選んで、アメリカを大きく変えた。明治維新は外様大名の下級武士がやってのけた。平成維新は野党と国民が成し遂げるのである。

Profile

二見伸明(ふたみ・のぶあき)

-----<経歴>-----

69年12月の衆院選に初当選し、以後8期23年。
小沢一郎、羽田孜、石井一、森喜朗と同期。
公明党政策審議委員長、副委員長、運輸大臣を経て、94年、新進党。
97年暮の新進党解体により、小沢の自由党結党に参加。総務委員長、国対委員長。
2000年春、自由党分裂に際し、小沢と行動を共にする。
小沢対羽田の一騎打ちの新進党党首選では「四海波穏やかなときは羽田がベストだが、激動期は小沢の豪腕がベスト」と表明し、小沢の推薦人になる。

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