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2010年11月 7日

医者を増やせば医療崩壊を解決できるのか?(2) ── 出産難民と不人気科目:なぜ産婦人科は嫌われるのか?

 医療崩壊が言われて久しいが、その背景には深刻な「医師不足」があるとして、現在、わが国は医者の数を増やそうとしている。しかし、医者の数を増やせば、それで医療崩壊を解決できるのかと言えばそうではない。
 今回は、いまや激減している産婦人科医の問題について考える。

■医者を増やせば医療崩壊を解決できるのか?(2)
── 出産難民と不人気科目:なぜ産婦人科は嫌われるのか?

 
 かつて医者は尊敬される職業であり、優秀な若者たちはなりたい職業の一番手に「医者」を挙げたものである。それが、最近は「医者のなり手がいない」と言われるから時代は大きく変わった。

 とくに、産婦人科医と小児科医は不人気で、産婦人科医にいたっては、平成に入ってからは一様に減少しており、10年前に比べて10%以上も減っている。これは、近年、国の政策もあって医師数全体が微増してきたなかにあっては特筆すべきことだ。

 産婦人科医の減少から、最近ではいざ出産というときに分娩予約が一杯で受け付けてもらえないという事態も珍しくなくなった。また、地方では自分の住む地域に産婦人科医がなくなり、わざわざ他の地域に行かなければ出産できないという事態も起こっている。

 こうしたことを称して「出産難民」と呼んでいるが、いくら人口減社会になったとはいえ、これは行き過ぎだろう。民主党が子供手当をいくらはずもうと、厚労省が出産一時金の暫定措置を引き延そうと、解決する問題ではない。

 ご承知の方も多いと思うが、この10月13日、厚労省は、出産費用の全国平均(平成22年8月時点)が47万3626円に上るとの調査結果を発表した。現行の出産一時金は原則42万円だから、これでは、本人負担が5万円も上回る。出産一時金はかつて38万円だったものに4万円上乗せさてこの額になった。しかし、これは暫定措置で今年度いっぱいで切れることになっていたが、来年度以降も「原則42万円」を維持し、恒久化せざるを得なくなった。

 このように、出産費用が上がったのもまた、産婦人科医不足が大きく影響している。

 では、なぜ、これほどまでに産婦人科が嫌われるのだろうか?

 それは、逆説的な言い方かもしれないが、昔と同じく医者になろうとする若者たちが優秀だからだ。ただ、その優秀さが、現代では「費用対効果を考える」あるいは、「いかに楽をして儲けるか」というということに向かっている。

 つまり、産婦人科は、彼らにとってまったく割の合わない職業なのである。

 このような風潮になったのには、2つの事件が大きく影響している。一つが、 2004年に起こった福島県立大野病院産科医逮捕事件である。これは日本の医療過誤訴訟に大きな影響を及ぼしたが、なんといっても帝王切開をした産婦人科医が業務上過失致死と医師法(異状死体の届け出義務)違反の罪で逮捕されたことが大きかった。これで、産婦人科は「逮捕されることがある」というイメージが広がってしまった。

そしてもう一つが、2006年に起こった「妊婦たらい回し事件」である。なんと、このときは18病院が転送を拒否して、妊婦は死亡してしまった。これで、いかに産婦人科医の人数が不足しており、その現場は激務であるという認識が決定的になった。

 そんななか、国は2004年4月から医師臨床研修制度を導入した。それまでは2年間の研修は努力義務だったが、このときから研修は義務化された。そしてこの義務は、複数の科を研修するスーパーローテート方式になっていた。それ以前、学生たちは大学卒業後そのまま志望科の医局に入局していたが、このときから希望の有無を問わず様々な科を回るようになった。つまり、学生たちはナマの医療現場を実際に知ることになってしまったのだ。

 こうなると、リスクもあり激務な産婦人科が嫌われるのは当然だ。実際、この制度の1期生で、産婦人科を選んだ者は4割も減った。

 これでは、いくら医師数を増やしても医療崩壊は止まらないだろう。

 いまや、地方病院では新人の産婦人科医は入ってこない。それで、産婦人科を廃止するところも多い。なんらかのインセンティブを考えないと、この傾向は止まらないだろう。

 38年間医療を見つめてきてまったく変わっていないと、私が思うことがある。それは、医者になるのは、本人が優秀(偏差値が高い)か、あるいはお金のある家(多くの場合、医者)の子供の2通りしかいないということである。そして、この両者には共通点がある。それは、けっしてリスクを取らないということだ。

2010年11月 2日

医者を増やせば医療崩壊を解決できるのか?(1) ── 医学部の定員増が決定!しかし、それだけで問題は解決しない

 医療崩壊が言われて久しいが、その背景には深刻な「医師不足」があるとして、現在、わが国は医者の数を増やそうとしている。しかし、医者の数を増やせば、それで医療崩壊を解決できるのかと言えばそうではない。

 そこで、今回から6回に分けて、この問題を追求していきたい。

■医者を増やせば医療崩壊を解決できるのか?(1)
──医学部の定員増が決定!しかし、それだけで問題は解決しない

 10月22日、文部科学省は、来年度(2011年)も医学部の定員を増やすことを決め、定員はこれまでで最も多い8930人余りとなる見通しとなった。現在、医学部(医学科)は全国に80あり、いずれも1学年100人程度の少人数編成が基本になっている。

 医師の養成は、このような少人数による臨床研修などによらなければできないので、定員増といっても一気にはできるものではない。また、医学部は卒業までに最短で6年を要すから、現在言われている「医師不足」がすぐにでも解消できるものではない。しかも、医療崩壊が進んでいる状況を、「医師不足だから医者の数を増やせばいい」という単純な方策で解決できるわけでもない。

 それでも、政府が医学部の定員増政策を継続させていくことは、評価すべきだろう。ただ、民主党政権はマニュフェスに「医師の1・5倍増」をうたっているものの、医療崩壊にはそれほど関心を示していないのが気がかりと言えば気がかりである。

 これまで医学部の定員は、1982年の8280人をピークに減り続けてきた、これは、この年に厚生省の医師需給見通しに基づいて定員削減が閣議決定されたからである。当時は「医師過剰」とされ、この政策はその後2007年まで続いて、医学部の定員は7625人まで減少した。

 しかし、2000年代半ばから医療訴訟の増加、地方病院の経営危機、妊婦たらい回し事件などが次々に起こると、医療崩壊は医師不足が原因であるという声が強くなった。

 その結果、2008年から政府は方針転換し、医学部の定員増に踏み切った。2008年はとくに「骨太の方針2008」で、特例措置分が504人も設けられたりした。

 とはいえ、じつは、日本の医者の絶対数は、「医師過剰」と言われた1980年代においても不足していたのだ。当時でさえ、日本の対人口医師数は既にOECD諸国平均より低くかった。そして現在は、さらに低くなり、OECD平均と比べるとなんと12万人も不足している。したがって、OECD平均並に引き上げるとすれば、たとえば年間1000人の増員ペースだと、なんと120年間もかかってしまうという、笑い話のような話になる。

 日本の医療行政はこのように、すでに数十年にわたって間違ってきたが、役所はそのことを認めようとはしない。ただ、目につかない程度には発表する。先日も厚生労働省は、「地域で十分な医療を確保するにはいまよりも2万4000人余りの医師が必要」という調査を発表した。

 これを受けて、今回の医学部定員増になったわけだが、定員増よりも早急にすべきことは山ほどある。たとえば、思い切って外国医師を導入するとか、2004年から始まった臨床研修の新制度を全面的に見直すなどである。この新制度により、一般の民間病院においても研修ができるようになったため、薄給で働かされる大学病院の医局に残らないばかりか、地方の病院にも行くのを嫌うようになった。

 今回の定員増とともに、文科省は、地域の医師確保の対策として、奨学金の返済を免除する代わりに、一定期間、地域の医療機関で働くことを条件にする入学枠を、都道府県ごとに最大で10人まで設けるという。また、近く専門家による会議を発足させ、医学部の新設を認めるかどうかなども検討するという。

 しかし、医療崩壊は対策が追いつかないほどの猛スピードで進んでいる。

Profile

富家 孝(ふけ・たかし)

-----<経歴>-----

医師・医療ジャーナリスト。
1947年大阪市に生まれる。
1972年慈恵医大卒。
開業・病院経営・日本女子体育大学助教授を経て、現在、オフィス51取締役。
新日本プロレス・ドクター。
慈恵医大相撲部総監督。

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