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« 患者からの謝礼はもらって当たり前?
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医者を増やせば医療崩壊を解決できるのか?(1) ── 医学部の定員増が決定!しかし、それだけで問題は解決しない »

「不服を申し立てない」の同意書は有効か?

 患者が病院で治療や検査、手術などを受ける際には、いわゆるインフォームドコンセントを受ける。医師が治療、検査、手術などの内容と必要性についての懇切な説明を行い、同時に患者がその説明内容について納得したうえで、治療、検査、手術などの実施内容に同意をする。このような流れによるインフォームドコンセントの実施は、医療行為の重要な要素として国から義務付けられてもいる。

 とくに何かと危険が伴う検査や手術の場合には、患者の同意が不可欠だ。その「同意」の証としてサインをさせられるのがいわゆる「検査同意書・手術同意書」である。

 同意書の書式は病院によってさまざまだ。概ねは診断名、手術(検査)内容、輸血の有無、輸血や手術・検査の危険性などが書かれ、末尾に患者が同意をした旨を記すサイン欄があるのが普通だ。

 そして検査や手術の過程で医療事故が起きたとき、しばしば問題になるのがこの「同意書」の存在である。同意書の中には「手術(ないし検査)の過程で何が起きても、不服を申し立てない」という趣旨の文言が付けられる例が決して珍しくないからだ。

 検査や手術に対して受け身の立場にある患者やその家族としては、検査や手術の前に医者の機嫌を損ねたくないという気持ちが働きやすい。そこでしぶしぶ(あるいはよく考えずに)同意書にサインすることになるわけだが、いざ医療事故が起こった場合には、多くの患者やその家族が同意書に呪縛される。

 つまり「不服を申し立てない」と書かれた同意書にサインした手前、ひょっとすると医療ミスではないのかと疑う気持ちがあっても「提訴する資格がないのではないか」と考えてしまい、泣き寝入りするケースが相変わらずかなり多いのだ。

 「不服を申し立てない」などという文言を同意書に盛り込むことを国がなぜ禁止しないのかわからない。だが実際問題、「不服を申し立てない」などという文言は法的に何らの根拠も持たない。同意書にサインしていようが、医師や病院側に医療ミスの疑いがあれば、患者やその家族はどんどん提訴してかまわないのだ。

 この当然の事実を知らない人が意外に多い。つい最近もがん手術の経験のある著名ジャーナリストが、医療事故裁判のニュースの解説にのぞんで「同意書にサインをしているのだから......」と、患者側を暗に批判するようなことを言っていたが、識者とされる人でもその程度の認識しかない人がいるのだ。

 そして実は、医者や病院関係者にもそれを知らない人が珍しくない。彼らは本気で「同意書を取ればミスしても訴えられない」と思っているのだ。だから一般人がよく知らなくても不思議ではない。 私有地への無断駐車を防ぐため、地主がしばしば「この土地に無断駐車した者には罰金10万円を申し受ける」などと書いたビラを勝手に張っているのを見る。このビラに書かれているような具合には、地主が勝手に罰金を決め、違反者から金を強制徴収する権利は法的に何の根拠もない。しかし、私有地を不法占拠されたことに対する損害賠償を、地主が違法駐車した者に求めるための訴訟を起こすことはできる。

 少々、トッピな例え話になるかもしれないが、手術同意書の「手術の過程で何が起きても不服を申し立てない」なる文言には、地主が私有地への無断駐車をとがめるために勝手に書いた「罰金ウンヌン」のビラほどの効力もないということなのだ。

 明らかな医療ミスに対しては、決して泣き寝入りすべきではない。それを改めて、この場で言っておきたい。

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ご理解・ご協力のほどよろしくお願いいたします。

富家さんのおっしゃっていることは良く解るし、共感できます。
頭から批判する人が多いのが理解できません。

おそらく、医師として、という、梅光さんの表現に関する温度差があるのでしょう。医療の不完全性を知り、なおかつどうにかしようとしているのが医師を含む医療の専従者、であり、その不完全性についての理解を持つことが困難なのが一般人、でしょう。その点で富家氏はその履歴で明らかなように、自らがその厳しい局面で医師としての限界を戦ったことがないことを多くの現場の臨床医は容易にわかるので、彼の安易な扇情的表現に対して疑義を呈するのではないでしょうか。法理の現場では倫理的な真実などわかるはずもないのです。ぎりぎりの人間的な倫理を医療の現場では議論すべきで、そのために安易な訴訟喚起はあまりに幼稚な提案に見えるのです。彼は確かにその点で人間として幼稚すぎます。梅光氏の指摘に同意します。

なぜこの方の文章を私が批判的にとらえるのか。

①来歴が真摯に医療に向き合ってきた医師のものではなく、医師免許を錬金術・売名に利用したタイプであること。少なくとも現状は医療の現場で戦う医師ではなく、医師免許を有する経営者です。でも文章がまともなら問題ないです。しかしそうではない

②医師は通常『客観性・再現性』を大切にする(科学の基本だから)のに対し、この方は調べもせず現場もに出ず勉強もせず一方的な決めつけで言いたい放題。読んでも何ら得るところがない。真に豪華な執筆陣の集うThe Journalにあって特異な存在です。

③その方向性が常に『医者なんてたいしたことはない。医者はみんな腹黒い。みんな気をつけようね』である。


つまり安っぽい扇情的な批判のみを繰り返すテレビの三文コメンテイターと同一であり、女房に逃げられた男が居酒屋で女なんて生き物はよぉとくだを巻いているに等しく、幼稚で邪推多く正視に堪えない。

例えば市民生活を守ろうとがんばっている多くの警察官を尻目に警官であることを本業以外の金儲けや売名に使った警官が、何かあるとろくに証拠集めや現場調査もせずに一方的な決めつけで逮捕検挙にかかり、そのくせ一警察官の不祥事が出ると鬼の首を取ったようにだから警察なんてみんなダメなんだ。と宣っているような感じです。

これを批判するのは不当でしょうか?
私は批判もやめて、毎回の「医師としても人間としても気の毒な方の幼稚な駄文」はそろそろスルーしようかと思っています。

著者についてはよく知りませんが、コメント欄は必死系ですね。
内容を正面から批評せず、ラベリングに終始するコメントの方が私には「幼稚な駄文」に見えます。

私は某病院で胃カメラを飲むときに疑問を持ちながら同意書に署名をしました。
異論を挟んで嫌がらせに苦しくされたりしてもいやですからね。会社休んで来てるわけですから。
その時の疑問が解消されただけでも私には有意義な記事でした。

法律論としては同意の範囲の問題となるでしょうね。
「何が起きても」とは言うけども、故意や過失による損害をも包含していると言えるのか。
後遺症に関する有名な判例がありますが、「和解契約後に明らかになった後遺症は和解契約の対象とはなっていない」としています。
常識的な判断だと思います。

なおここでいう過失には医療の不完全性は当たりません。
何故なら結果予見義務・結果回避義務を果たすことが不可能だからです。
ゆえに富家さんが問題としているのは、医療の不完全性に伴なう医療事故一般ではなく、あくまで過失による医療事故という例外的な場合に限定されているのだと思います。

 一昨年痔核の手術を専門病院で受けることになり、「不服を申し立てない」という文言の同意書に署名を求められたが、この文言には法的根拠がないと偶々知っていたので、何か問題が生じた場合いは、双方誠意を持って、誠実に対応するという文言にして、「不服を申し立てない」の文言の削除を病院に求た。応じないのでこの病院での手術を断り、総合病院で「不服を申し立てない」という、文言がない「同意書」に署名し手術した。
ほとんどの方は「不服を申し立てない」の同意書に法的根拠がないことを知らなく、不安を抱いて手術に臨んでいる。法的根拠がないと知っていて「同意書」を求める医師もいた。これは脅しだ。
このような状態は当然なくすべきすく悪しき事であり、貴方は医師なのだから単なる事情報告のような、のんきな事を言わずに解決すべき提言と、医療関係者によりよき医療体制となるよう働きかけ、一日も早くこのような状態を解決すべく努力することを望む。
本来、医療は患者と医者とのよりよき信頼関係によって成り立つものであると思いたい。
又、私たちも何故どうしてと言って、賢くなければならない。
言うべき事を言えば、相手は多少
気を遣うものです。

今回は比較的理解できる記事になったと思います。でも他の記事は「自分の思ったことを書いているだけ」で考えが同じ人以外には理解してもらえない内容が多いとも思います。
「刑事免責を求めるのは医師が自分たちを特別視しているからだ」
「医療崩壊を人質に刑事免責を要求している」
「(お金を)恐らくジレッとした表情で何の痛痒も感じずに受け取ったのだろう」
「患者や家族には虚しさが残る話だろう」
こういった感じた・推測の内容はやはり書かないほうがよいと思います。冨家さんはただ医師というだけではなくジャーナリストとも名乗っているので(金銭授受の様な)といった裏をとること正確性を求められる話題に意見を言うときには取材をする、(刑事免責の様な)ある特定の主張を批判するときには相手がどういった論理でいるのか見極める、推測の話はできるだけ排除し論理的な文章を書く、そういった姿勢が求められるのではないでしょうか?

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Profile

富家 孝(ふけ・たかし)

-----<経歴>-----

医師・医療ジャーナリスト。
1947年大阪市に生まれる。
1972年慈恵医大卒。
開業・病院経営・日本女子体育大学助教授を経て、現在、オフィス51取締役。
新日本プロレス・ドクター。
慈恵医大相撲部総監督。

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