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2009年12月23日

捜査権の介入が医療事故を顕在化させた(2)

 忘れてならないのは、九九年以降、警察が積極介入し、それがマスコミで大きく報道されたからこそ医療事故が社会の注目を浴びたという事実である。「以前は医療事故はほとんど起きていなかったが、九九年から突如、ミスが相次ぐようになった」とは誰も考えないであろう。

 前述した九九年から二〇〇〇年への届け出件数の急増は、なぜ起きたのであろうか。背景には様々な要因があるだろうが、実は届け出の約七割は、患者・遺族からではなく、医療機関側からのものなのである。

 医師法では、死体に異状がある場合、二十四時間以内に警察へ届け出るよう医師に義務づけているが、広尾病院は遺族側に促されるまでこの届け出を行っていなかった。誤って消毒液を注入したことで患者が死亡した事故を、「異状死」とはとらえていなかったことになる。その結果、消毒液を誤注入した看護師とは別に、病院長が医師法違反で書類送検され、有罪が確定した。届け出を怠ったことによる立件は、これが初めてのケースだったと思われる。病院側からの届け出急増の理由は、この事件に影響されたものだったのである。

 かつて医療機関側からの届け出がほとんどなかったのは、異状死を届け出るかどうかの判断基準を、厚生省(当時)が医療現場に委ねてきたからでもある。広尾病院事件に驚いたのは同省も同じで、この事件を受ける形で医療機関に異状死を届け出るよう指示している。本来、医療事故を把握し、改善を指導する立場の所管官庁がこうした態度であることを見ても、医療事故がいかに野放しであったかが分かる。

 統計の数字から浮かび上がってくるのは、「事件化されると思えば届け出るし、そうでなければ届け出ない」という医療機関の姿勢だ。警察が介入する危惧があるからこそ、異状死を届け出るようになり、一部とは言え実態が明らかになり始めたのである。捜査当局が現行医師法の届け出制度を担保しているといっていい。

 医師の無罪が確定した割りばし事故でも、警察が医療事故を疑い、司法解剖を行ったからこそ男児の死因が明らかになった。

 警察による積極的な介入があったからこそ起きた動きの象徴と言えるのが、厚生省が創設を目指している「医療安全調査委員会」(仮称)。
驚くべきは、公表された試案に対する一部の医療関係者の反応は、自分たちが医療の名の下に行った一切の行為を刑事責任追及の対象から外すということである。 (以下次号)

2009年12月18日

捜査権の介入が医療事故を顕在化させた(1)

 医療事故と刑事責任を考えるうえでのターニングポイントは一九九九年である。この年の二月、都立広尾病院で看護師が患者に消毒液を注入してしまうミスがあり、患者が亡くなった。

 この事件を受け、警察への医療事故の届け出件数は急増することになる。全国の警察が受理した医療事故の件数は、広尾病院の事件が起きた九九年までの三年間は二十〜四十件台にとどまっていた。それが事件の翌年の二〇〇〇年には百二十四件まで一挙に増えているのである。

 捜査当局は「法と証拠」にもとづいて行動するというのが建前だが、世論や社会の動きには敏感に反応する。警察、検察は医療事故への対応を強め、九九年に十件だった年間の立件件数は二〇〇〇年には二十四件、二〇〇一年五十一件、二〇〇二年五十八件という具合に増えていった。

 ところが、医療過誤と刑事事件の関係は二〇〇四年に再びターニングポイントを迎える。この年、福島県立大野病院で帝王切開を受けた女性が大量出血し、死亡した事故で、執刀した医師が業務上過失致死容疑で逮捕された。これに対し、医療界から激しい批判が巻き起こる。特にこれまでの医療関連事件と異なり、任意捜査ではなく、医師を逮捕したことへの反発は強く、刑事訴追への批判は診療科を超えて広がった。

 軌を一にするかのように、その後、医療事件に対する無罪判決が相次ぐ。大野病院の事件も一審の福島地裁が昨年、医師に無罪判決を言い渡し、検察は控訴を断念。東京都杉並区で一九九九年、割りばしがのどに刺さった保育園児が受診後に死亡した事故も一、二審とも無罪となり、検察は上告できなかった。

 こうした流れの中で登場したのが「医療崩壊」論議である。救急患者、妊婦の受け入れ拒否問題や医師の過酷な勤務実態などが次々と明らかになり、「分かりやすさ」を第一とするマスコミ報道の中心は医療崩壊へと移っていった。新聞でも医師側の立場に立った論調が目立つようになり、相対的に、医療事故を扱う報道は影を潜めていくことになる。

 警察も検察も、そもそも医療事故を積極的に手掛けたいとは思っていなかったであろう。犯意がある一般的な犯罪と違って、業務上過失致死罪の捜査は難しい。高度な専門知識が不可欠なため、専門家に鑑定を頼む必要がある。患者の死亡と医師らの行為との因果関係を証明するのは困難な作業で、捜査は長期化する。手術中のミスなど、文字通り「密室」での行為を解明するという医療事故独特の苦労もある。警視庁や東京地検は専従チームを編成したと聞くが、通常、警察には医療事故を専門とする捜査員を置く余裕はなく、労災やその他の事故を手掛けながら捜査を行うというのが現状である。

以下次号   

2009年12月 5日

刑事免責で医療事故は増える

 厚生労働省が創設を目指す医療版事故調査委員会のあり方をめぐり、議論が迷走している。このままでは「医療事故の真相究明と再発防止を図る」という役割が期待できないし、医師が刑事事件を逃れるための隠れみのとなってしまう恐れが強い。
 厚労省の設置法案では、届け出を受けた医療事故のうち、①カルテ改ざん②事故を繰り返す③故意や重大過失――については警察に通知する。当然だと思うが、昨年9月に法案の大綱案が出された時、日本救急医学会や民主党の一部議員からは「警察の介入を招く」、医師の一部からは「医師の行為を業務上過失致死罪に問うのはおかしい」などの反発が起きた。
 確かに、患者を救うためリスクのある治療に挑む医師が指弾されるようでは困る。しかしこうした人たちの主張は、設置法案どころか刑法の規定に正面から異を唱え、自分たちの行為の一切を刑事責任追及の聖域に置くという驚くべきものだ。この理屈が通れば、「技量が劣る医師が手術中に誤って頸動脈を切ってしまった」「素人同然の医師が専門医に相談や応援を頼まず手術を断行し、患者を死なせた」というケースは、刑事面ではおとがめなしということになる。

 刑事免責を求める主張は、医師が自らを特別視している現れであろう。司法人口拡大に対し、一部弁護士が「過当競争を招き、生活できない者が出る」との理由で反対しているが、同じような誤った特権意識を感じる。あらかじめ全員に成功が約束された職業があるはずはなく、刑事免責を約束された職業もあるはずがない。
 医療事故に対して「謝罪なし」「隠ぺい・改ざん」を押し通してきた事例を、私は数多く見てきた。医療はサービス業である。顧客の期待に応えられないレベルの医師が一定程度いて、そうした医師に当たると死亡することもある、というのでは何のための医師免許なのか分からないではないか。
 最近では、「医師が萎縮する」「なり手が減る」などと、医療事故の追及が医療崩壊につながるかのような議論も見受けられる。医療政策の誤り、劣悪な労働環境、病院経営者の無策などが主因の医療崩壊と、未熟な医師が患者を死なせる医療事故とはまったく別問題である。医療を人質に取るかのような論法は理解されないだろう。
 警察当局は「医療界が医療事故と真摯に向き合うという前提で制度に協力する」姿勢と聞く。事故調が刑事免責のための組織となって医師を特別視する風潮が強まれば、今以上に医療事故は増えるだろう。遺族も事故調に期待しなくなる。

Profile

富家 孝(ふけ・たかし)

-----<経歴>-----

医師・医療ジャーナリスト。
1947年大阪市に生まれる。
1972年慈恵医大卒。
開業・病院経営・日本女子体育大学助教授を経て、現在、オフィス51取締役。
新日本プロレス・ドクター。
慈恵医大相撲部総監督。

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