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オウム真理教 アーカイブ

2007年4月10日

島田裕巳の中沢新一批判にふれて

 金平茂紀さんが都立西高で隣のクラスだった島田裕巳さんの新刊『中沢新一批判、あるいは宗教的テロリズムについて』(亜紀書房)に触れて「極度の後味の悪さ」と書いています。金平さんは明示していませんが、おそらく島田さんに中沢さん批判を求めた時代的•情念的な何ものかが、論理よりも性急さを生んだことへの違和感を表明したのではなかったでしょうか。

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2006年9月17日

死刑が確定した教祖の裁判

 麻原彰晃こと松本智津夫被告の死刑が確定した。

 裁判の焦点は二つ。被告人に訴訟能力はあるのか、弁護団の控訴趣意書の未提出は法的に認められるものであったのか。一審で死刑判決を受けたことに対して弁護団は控訴。しかし、東京高裁が設定した提出期限(05年8月31日)に弁護団は文書を提出しなかった。刑事訴訟法によりこの一点をもって控訴は棄却できた。現実に控訴は棄却され、弁護団は最高裁に特別抗告したのだが、それも棄却され、死刑が確定した。ところが弁護団は「東京高裁は一方的に棄却することはしないと約束していた」と主張。しかし、口頭での約束は、それが破られても、道徳的に批判されても法的に拘束力はない。かくて死刑が確定した。

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2006年6月 4日

麻原裁判の論理と飛躍

 麻原彰晃(本名、松本智津夫)被告の死刑確定が近づいてきました。東京高裁第10刑事部が控訴棄却したことに麻原弁護団が異議を申し立てていたのですが、5月29日にそれが第11刑事部で棄却されたからです。この決定に対して「当然だ」とのコメントもあれば、「早く殺せというのか」といったいささか感情的なコメントもありました。決定文書はA4版で14ページ。最初に「麻原彰晃こと松本智津夫」の本籍と住居が書かれています。本籍は「静岡県富士宮市」、住居は「不定」とされています。もともと熊本県八代市で生まれた被告は、オウム真理教の富士山総本部があった富士宮市に籍を移したのでした。その本部もすでに取り壊され、いまや存在していません。職業は「無職」。

 

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2006年5月 4日

「上祐グループ」の嘆き

 オウム真理教(アーレフ)の上祐史浩代表が「脱会」して新しい教団を作ると報じられました。新聞も通信社も誤報です。彼らが脱会などするはずがないからです。そもそも脱会とは、組織を離れるかどうかというところに基準はありません。オウムでいえば、麻原彰晃を信仰の対象にするかどうかが脱会の基準となります。たとえ組織から離れたとしても、信者であることはいくつもの例が示しているところなのです。ようするに頭のなかが問題なのです。こんどの動きは、「上祐グループ」の内部文書では「独立」と表現されています。客観的に見れば、組織の分化、分割です。
 

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2006年4月30日

これでいいのか 麻原裁判

 これまでのままでは硬いリポートになり、何かきっかけがないと書けないなと思っていたので、これからは少し気楽に綴ることにします。そうはいってもまずはやはり麻原彰晃裁判です。4月29日に東京•四ツ谷で「これでいいのか 麻原裁判」という弁護団主催の集会が行われました。ここでは甲南大学の渡辺修教授が講演し、そのあとで麻原被告の精神鑑定を弁護団の依頼で行った野田正彰•関西学院大学教授、そしてわたし、さらに宮台真司•首都大学准教授が発言、そのまま3人の「討論会」となったのでした。正直に言って討論の場にあって戸惑いました。そもそもわたしに集会への参加が求められたときに参加すべきかどうか迷いました。昨年11月の同じ集会ではそんな気持ちはありませんでしたが、今回は「いま何を語ればいいのか」という思いがあったからです。それでもこの集会に出たのは、この3月27日に東京高裁がいきなり控訴を棄却したからです。このままではいずれ麻原彰晃被告への死刑判決が確定することでしょう。新聞、テレビは「すべて」といっていいほど、弁護団が控訴趣意書を出さなかったから仕方がないとの論評を出しました。オウム問題を長く報じてきたこの問題の識者である佐木隆三さんも江川紹子さんも、結論的にいえば高裁の判断を積極的に支持しました。「そうだろうか」とわたしは思いました。それは高裁が弁護団との約束を破ったからです。

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2006年3月28日

麻原彰晃裁判の終焉

 3月27日夜、麻原彰晃被告について東京高裁が弁護側の控訴を棄却したことが明らかとなった。起訴から約11年、教祖は事件についてほとんど語ることなく死刑確定に向かう。弁護団は28日に控訴趣意書を出すと明らかにしていた。その前夜になぜ控訴棄却だったのか。唐突なようだが、麻原裁判とは別の裁判である山口県母子殺人事件の経緯が、こんどの結論の重い背景となっていると思われる。事件は99年4月14日、山口県光市で起きた。本村洋さんの妻である弥生さん、生後11か月の夕夏ちゃんが、当時18歳の少年によって殺害された。1審、2審は無期懲役の判決。3月14日から最高裁で上告審が開かれ、その審議では判決が覆り死刑判決が出される可能性が指摘されていた。その期日にかつての少年の弁護団は「模擬裁判のリハーサルで丸1日拘束される」と欠席した。最高裁は4月18日の弁論期日に向け、弁護士に「出頭在廷命令」を出した。この弁護士のひとりが麻原彰晃被告の一審裁判で主任を務めていた。死刑廃止運動のリーダーである弁護士は、死刑判決が避けられない裁判では、できるだけ長引かせると公言していた人物である。

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2006年3月 5日

上祐史浩暗殺計画の真偽と背景

 東京高裁が西山詮医師に依頼していた麻原彰晃(松本智津夫被告)への精神鑑定結果が2月20日に提出された。鑑定した西山氏は3度の面会や拘置所での生活状況などから判断し「訴訟能力あり」とした。麻原弁護団は依頼した5人の医師の鑑定に加えて、作家で精神科医の加賀乙彦氏にも麻原への面会を求め、そこでも「訴訟能力なし」との判断が示された。しかし、頭部CT、MRI、脳波の診断なども行ったうえでの西山鑑定が基本となり、裁判は進められる。高裁は3月15日までに控訴趣意書の提出を弁護団に求めている。これは2005年8月31日までに提出を求めていたものだ。弁護団と高裁とは暗黙の了解がなされており、西山鑑定が出されるまでは、趣意書の未提出が認められていた。しかし、ここに到って、提出期日が定められたため、麻原裁判は大きな山場を迎えることになった。精神鑑定結果が公開の場で検証されない問題はあるが、ここに至り一審の死刑判決が確定する可能性が出てきた。裁判問題は3月15日前後の動きを見て報告するが、ここで記録しておくのは、オウム真理教(アーレフ)の現状である。

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2006年1月 8日

麻原裁判は終わるのか

 麻原彰晃こと松本智津夫被告の裁判について、弁護団が依頼した精神科医の判断では「続けられぬ」と報じられた。この精神科医は野田正彰•関西学院大学教授。報道によれば野田氏は「裁判を続けられる状況にない。治療して精神的に落ち着かせる必要がある。治療は長くても半年で済む。被告が反応できるようにしたうえで裁判をするのが普通ではないか」とコメントしている(「朝日」1月7日付)。この報道を受けて、あるラジオニュースは「松本被告の裁判が終わることになりそうです」と報じた。まったくの間違いである。

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2005年12月 8日

麻原彰晃は「異常」か

「松本被告テーマに討論会 面会の様子、家族が報告」と共同通信が配信したのは11月27日。この集会の報告者のひとりとして違和感を感じる記事だ。どこに問題があるのか。全文を紹介する。
 〈地下鉄サリンなど13事件で殺人罪に問われ、東京高裁が現在、訴訟能力の有無を判断するために精神鑑定の手続きを進めているオウム真理教松本智津夫被告(50)=教祖名麻原彰晃、1審死刑=の控訴審をテーマにした公開討論会が27日、東京都内で開かれ、市民や学生ら約70人が参加した。
 討論会は、松本被告の弁護団が主催。映画監督の森達也さんやジャーナリスト有田芳生さんが講演。松本被告の家族は拘置所で面会した様子などを報告した。
 森さんは「判決の日に見た松本被告は同じ動作を繰り返しており、素人から見ても異常だと思った。治療して治る可能性があるなら試して、控訴審には事件の真相解明を期待したい」と話した。〉

 集会の様子を知らせる記事としてはまとまっているが、ここで森達也さんの「素人から見ても異常だと思った」という発言を引用することは、事態の一面だけを指摘しているにすぎない。わたしは「詐病の可能性がある」と主張した。

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Profile

有田芳生(ありた・よしふ)

-----<経歴>-----

1952年京都生まれ。
フリーランスのジャーナリスト。

BookMarks

オフィシャル・ウェブサイト
「有田芳生の今夜もほろ酔い」



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