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2006年12月21日

〜(有)のココだけ話〜「藤原紀香・陣内智則 結婚騒動のウラ側」

12月10日、神戸の生田神社にて藤原紀香さんと陣内智則さんが結納を交わしました。

「おめでとうございます!」と言いたいところですが・・・。

お二人とも正式な結婚会見はいまだ行っていません。

結納は無事に終わり、結婚式は来年2月25日に決定済と報道されているのになぜ?

有田さんが、今回の結婚騒動の裏事情をコッソリ教えます。

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2006年12月19日

藤沢周平の「盲目剣谺返し」

山田洋次監督の「武士の一分」を見て、主人公の三村新之丞(木村拓哉)が果たし合いを申し入れるシーンの台詞が気になったと書きました。原作となった藤沢周平さんの「盲目剣谺返し」を読むと、正確にはこんな言葉で表現されていました。「そうだ、つけ加えて言え。盲人とみて侮るまいと、おれがそう申したとな」。この「盲人」という言葉に引っかかったのでした。江戸時代には日常会話で「めくら」と表現したのではないかと思ったからです。

映画を見たときは山田洋次監督の自主規制だと思っていたのですが、そうではありませんでした。藤沢さんがこの作品を書いたのは1980年。すでに「めくら」という言葉が差別用語として認識されていたときのことです。部落解放同盟の知人に聞くと、障害者運動のなかでこの言葉が侮蔑的なものだと理解されていったのだと教えられました。「めくら」という言葉についてシンポジウムも行われたそうです。

盲目の歌手で「黒の舟歌」で知られる長谷川きよしさん(いまどうしているのでしょうか)などは「どこが悪いのか」と語ったようですが、それは当事者の認識であって、社会的にはやはり差別的に使われる場合があったことは事実です。しかし言葉の理解や使われ方も時代とともに変化するものです。その言葉を使う者の意図という問題もそこにはあるでしょう。江戸時代の日常会話で「盲目」と言ったかどうか。もう少し調べてみたいと思います。

2006年12月18日

「武士の一分」と差別用語

山田洋次監督の「武士の一分」を見ました。「一分」とは、「それ以上は譲ることのできない名誉。一身の面目」(『明鏡国語辞典』)のこと。公開前から話題になっていた理由のひとつは、木村拓哉さんが主役を演じているからでした。「キムタクと知って見る気が起らない」という意見もあれば、「キムタクだから見る」というものまでさまざま。見終えた感想はなかなかいいじゃないかというものでした。物語に単調さを感じたのは「たそがれ清兵衛」の面白さが基準になっていたからでしょう。いくつかの疑問が残りました。「盲目」という台詞です。果たし合いを相手に通告するとき、「盲目ゆえに油断なさるな」と語ったでしょうか。現代なら放送禁止用語となるから「めくら」という表現を変えたのではないかと思ったのです。


 『明鏡国語辞典』には「めくら」という項目を「視力を失っていること、また、目の不自由な人をいう差別的な語。視力障害者」とあります。国語辞典にこういう説明があっても、時代背景を持った映画のなかでも使えないのでしょうか。たまたま昨日買った石川淳『焼跡のイエス|善財』を見ると、「定本にある表現で、今日からみれば不適切と思われる表現がありますが、時代背景と作品価値を考え著者が故人でもあることなどを考慮し、そのままにしました」とあります。よくある注記です。大宰治の「めくら草紙」をいまさら変えるわけにもいかないでしょう。この「めくら」という言葉には文盲という意味もあったのですが、いつからどういう経緯で差別用語として排斥されていったのでしょうか。

『日本国語大辞典』を調べてみました。すると「目暗の意」とまずあり、7つの説明が続き、最後に「補注」としてこう書かれています。「『めくら』という語、および『めくら』に関する語は、眼の不自由な人への蔑視観が強く、現代では障害者差別の語とされている」。落語でも小説でも使われているけれど、いま時代劇を制作するときにも自主規制をしなければならないかどうかは難しい判断でしょう。今日書店で藤沢周平さんの原作を買って読んでみようと思います。テレビ業界では「めくら」という言葉は放送禁止用語です。ときどき激高したときに使用する人がいますが、すぐに「不適切な表現がありました」と「おわび」が行われます。「差別用語」に自主規制があることは明らかですが、一つひとつの言葉が使われなくなるのにはそれなりの事情がありそうです。

2006年12月11日

テレビ局の自主規制(芸能編)

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『ふぞろいな秘密』
石原真理子著、2006年12月、双葉社

ワイドショーには、いやテレビにはと言った方がいいのでしょう、いまだタブーがあります。放送禁止用語といったレベルではなく、自己規制にもつながる問題です。世間にとってはどうでもいいような芸能界の話題では、とくにそれが顕著だと思います。たとえば先週話題となった石原真理子の暴露本。玉置浩二・中井貴一・時任三郎・田原俊彦・吉川晃司などなどとの遍歴が実名で書かれていますが、ただ一人「K」というイニシャルで登場する男性がいます。近藤真彦なのですが、どうして彼だけ名前を明かさなかったのか。それは近藤が所属するジャニーズ事務所を刺激したくなかったからなのです。

「週刊大衆」を発行する双葉社としては、裁判を恐れるというよりもジャニーズ関連の取材を拒否されることを避けたということでしょう。ワイドショーはそうした体質を骨絡みで持っています。わたしが出演している「ザ・ワイド」でも、実名は玉置浩二だけでした。あとはすべてイニシャル。視聴者にとってはどうでもいい次元のテーマですが、報じる以上はわかりやすい内容にしなければなりません。どうして一人だけ実名でほかはイニシャルなのか。

暴露に加担することはない。しかし、視聴者にとっては不親切だ。そこで玉置浩二と石原のかつてのトラブルは世間でも話題となったものですから、一人だけ名前を出すとの判断があったのです。ほかのテレビ局のワイドショーがどんな対応をしたのかは見ていないのでわかりません。藤原紀香の結婚話でも同じこと。バーニングに所属していますから、報じる内容に自主規制があるのは、どの番組でも共通です。「映像を使わせないよ」と言われれば困るからです。こんな呆れたこともあります。スマップのメンバーが事件を起したときのこと。テレビ報道はこぞって「稲垣メンバー」と語りました。

「稲垣容疑者」ではなく「稲垣メンバー」!このとき新宿のあるホテルに残りのメンバーを集めて対策会議を持ったのは、あるテレビ局員でした。テレビ局というよりもプロデューサーと芸能事務所の密接な関係がこうしたところに現れているのです。「稲垣メンバー」と呼ぶことに対して「右へならえ」という体質は、おしなべて強力なプロダクションに対する弱みとしてすべてのテレビ局が抱え込んでいる病なのです。自主規制が芸能ジャンルだけでないことこそが深刻なのですが……。

2006年12月 4日

山崎ハコのすごさ

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『飛・び・ま・す』
CD:1994年5月、ポニーキャニオン

山崎ハコさんの30周年コンサートに行ってきました。「平川地一丁目とMITSU:KYOHEI山崎ハコ派コンサート」というタイトルで、場所は東京・恵比寿のガーデンプレイスのザ・ガーデンルーム。「山崎ハコ派」の前にあるのは、それぞれ若い男性コンビの名前です。会場には中高年男女ばかりかと予想していたら、若い女性の姿が目立っていました。ハコさんは大分県出身で、1975年に「飛・び・ま・す」でレコードデビューします。最近あちこちで発売されている「青春のバイブル」風のCDには、ハコさんの「織江の唄」が収録されることが多いようです。あの五木寛之さんの大河小説(になるはずだった)『青春の門』に出てくる「織江」です。この「織江の唄」と並んで名作と評価される「望郷」にはこんな歌詩があります。

帰ろうか 帰ろうか 田舎のあの家へ/青い空 白い雲の 田舎へ帰ろうか
あの家へ帰ろうか/あの家へ帰ろうか/あの家はもうないのに

九州から横浜へと出てきたハコさんの真情そのものだったのでしょう。都会に出てきた多くの人たちが、ときに挫折し、故郷に帰ろうかと迷ったときの気持ちでしょうか。加藤登紀子さん流にいえば「帰りたい、帰れない」。ハコさんの歌声は暗い。本当に暗い。それでも聞いていると一瞬ですがパーッと飛躍するところがあるのです。スパークするような狂気。それをかいま見て、聴いて、魅力に取り憑かれた人たちがこの30年も山崎ハコさんを支えてきたのです。プロダクションに所属することなく、仕事を依頼されればギターを携え、一人で出かける。何と逞しい女性でしょうか。

都はるみさんの『メッセージ』(樹立社)の出版記念会で「わ、た、し、が、山崎ハコです」という挨拶を聞きました。ああ、これが伝説の人かといささか感動したものです。小柄だけれどとても明るい。話をしてみて歌のイメージとまったく違うことに驚いたものです。「わたしたち気が合うのよ」と都はるみさんに言われ、ならば本当に明るいんだと思ったものでした。何でも営業上、身体が弱く、あまりしゃべらないように演じさせられていたというのです。30年も黙々と歌い続けてきた山崎ハコさんは、どうやら舞台に立つことで自らを奮い立たせてきたようです。すっかり「山崎ハコ派」になってしまいました。

Profile

有田芳生(ありた・よしふ)

-----<経歴>-----

1952年京都生まれ。
フリーランスのジャーナリスト。

BookMarks

オフィシャル・ウェブサイト
「有田芳生の今夜もほろ酔い」



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