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米原万里さんの想い出

 7月7日、七夕の宵に日比谷のプレスセンターで米原万里さんを偲ぶ会が開かれました。万里さんは5月25日に56歳になってひと月も経たないうちに亡くなったのでした。実はわたしの祖父は万里さんのお父様の昶さん(元共産党衆議院議員)の親戚で、お母様の美智子さんもわたしの母を共産青年同盟に誘うという関係でした。その万里さんの想い出をゆかりある人たちが披露するのを聞いていると、本当に「巨人」だったんだなと感慨が湧いてきました。文学雑誌で追悼特集が組まれましたが、これから出版される何冊かの単行本でも万里さんの偉大さが再確認されることでしょう。失ってわかることがあるものだとつくずく思ったものです。ゴルバチョフやエリツィンに信頼された通訳だったことなどはすでによく知られていることです。わたしにもいくつかの想い出があります。

 2002年9月に北朝鮮の金正日総書記が日本人拉致を認めました。その秋のこと、わたしたちはニューヨークタイムズに拉致問題解決を求める意見広告を掲載する運動をはじめました。賛同者に寄付を募ったのです。広告代金は約600万円。身近な位置からの卑劣な妨害などがあったものの、すぐに1300万円を超えるカンパが集まり、年末には金正日総書記に語りかける意見広告が掲載されました。残金は「家族会」に寄付をしました。カンパをしてくださった方々のお名前をネットで公表するための作業をしているときのこと。そこに「米原万里」の名前があったのです。しかも多額なカンパだったことに驚き、うれしく思ったものでした。万里さんとはメールでのやりとりが時々あったものの、カンパしてくれたことなどはいっさい語ることはありませんでした。

 いまでも忘れられないことがあります。作家となり原稿を書くことが重なっていたのでしょう。風呂に入る時間もなく、髪の毛も手入れすることなく、ただただ原稿を書いているという内容でした。悲惨な生活だとも書かれていました。まさしく切迫した戦闘状態だったのでしょう。そのころのわたしは13年がかりで取り組んできたテレサ・テンの原稿に追われているときでもありました。別のメールでその気持ちを書いたところ、万里さんはとても印象的な返事をくれたのです。「ゲンコーよりケンコー」。すでに彼女を病魔が襲っていたときのことです。人間の存在とは何と贅沢なものなのでしょうか。ひとりの人間の消失とともに、そこに蓄積された才能もまた失われるのですから。

 偲ぶ会で配られた「米原万里 思い出帳」には、彼女の写真とともに「お父さん大好き」という昶さんの追悼文が掲載されています。父と娘がこうした冊子のなかで相まみえるところにも温かい家族の肖像が偲ばれるのでした。外務省を休職中の佐藤優さんの挨拶のなかで、逮捕される前日に万里さんが共産党から査問されたときの経験を電話で語ったと披露していました。理不尽なこととは断固として闘うひとであったことも米原万里さんの忘れられない想い出でもあります。

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コメント (2)

有田さんの「酔醒漫録」を高野孟さんのメルマガで知り、読み続けるうちに米原万里さんの病気のことなどを知りました。「酔醒漫録」ではこの七夕の送る夕べのことに触れられてなかったので、何か訳ありかと気になっていましたが、会場で有田さんの後姿を拝見しどこかほっとしました。Wikipediaで、米原さんが組織に忠実であったような記述もあり、なにか何処かの作為めいたものを感じていたのですけども、佐藤優さんのスピーチで氷解しました。(有田さんとは同学年ですが、まったく面識はなくテレビで拝見するのみです)お酒は少しお控えになって益々ご活躍下さい。

MAJIME様
『酔醒漫録』に「送る夕べ」のことを書かなかったのは、公表されていなかったからです。出版社にファンからの問い合わせが多く来ていたとも聞いていましたから、勝手に書いてはいけないなと思っていたのでした。組織との関係について、万里さんは決然とした態度を取ったと理解しております。

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有田芳生(ありた・よしふ)

-----<経歴>-----

1952年京都生まれ。
フリーランスのジャーナリスト。

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「有田芳生の今夜もほろ酔い」



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