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2006年3月28日

麻原彰晃裁判の終焉

 3月27日夜、麻原彰晃被告について東京高裁が弁護側の控訴を棄却したことが明らかとなった。起訴から約11年、教祖は事件についてほとんど語ることなく死刑確定に向かう。弁護団は28日に控訴趣意書を出すと明らかにしていた。その前夜になぜ控訴棄却だったのか。唐突なようだが、麻原裁判とは別の裁判である山口県母子殺人事件の経緯が、こんどの結論の重い背景となっていると思われる。事件は99年4月14日、山口県光市で起きた。本村洋さんの妻である弥生さん、生後11か月の夕夏ちゃんが、当時18歳の少年によって殺害された。1審、2審は無期懲役の判決。3月14日から最高裁で上告審が開かれ、その審議では判決が覆り死刑判決が出される可能性が指摘されていた。その期日にかつての少年の弁護団は「模擬裁判のリハーサルで丸1日拘束される」と欠席した。最高裁は4月18日の弁論期日に向け、弁護士に「出頭在廷命令」を出した。この弁護士のひとりが麻原彰晃被告の一審裁判で主任を務めていた。死刑廃止運動のリーダーである弁護士は、死刑判決が避けられない裁判では、できるだけ長引かせると公言していた人物である。

 実際に96年4月からはじまり04年2月まで続いた麻原裁判の一審では、事件の本質とはかけ離れたとしか思えない弁護活動が繰り返し行われ、多くの批判を生んでいた。控訴審の弁護人の中心人物は、この一審での主任と同じ弁護士事務所に所属し、裁判方針についても深い影響を受けている。05年1月11日に提出するよう指定されていた控訴趣意書は「被告人と意思の疎通ができていない」と提出せず、延期された8月31日にも同じような対応を行った。東京高裁は「裁判所が決めた期限までに弁護側が控訴趣意書を出さず、かつ被告が訴訟能力を持つことに疑いない」と控訴打ち切りの理由を述べている。しかし、これはいささかフェアではない。8月31日までに控訴趣意書を出さなくともただちに控訴棄却はしないと弁護団と「暗黙の了解」があったからだ。そして弁護団は6人の精神科医による鑑定で「訴訟能力なし」と結論し、高裁は「あり」とする精神科医の鑑定を認めた。それを受けて弁護団は3月28日に控訴趣意書を出すことになり、東京高裁もそれを知っていた。高裁はその前日に控訴棄却の結論を出したのだった。

 東京高裁側の危惧は、弁護団が裁判引き延ばしのために辞任することを想定していた。弁護団もその戦術を取る意向を持っていた。そうなると再び新しい弁護人が選任され、最初から裁判資料の検討に入ることになる。裁判はさらに遅延する。予想されるそうした戦術を封じるためにいきなり控訴棄却が行われた。その背景のひとつに山口県光市事件での弁護団の対応への批判があるのではないか。さまざまな遅延戦術を取ることになれば被害者感情はさらに悪化するからだ。今後、弁護団による異議申し立て、最高裁への特別抗告が行われるだろうが、麻原彰晃の死刑判決が覆ることはないだろう。10年も続き、世界でも注目されていた麻原彰晃の裁判は、高裁で一度の審理もなされることなく異例な形で終結に向かう。

2006年3月 5日

上祐史浩暗殺計画の真偽と背景

 東京高裁が西山詮医師に依頼していた麻原彰晃(松本智津夫被告)への精神鑑定結果が2月20日に提出された。鑑定した西山氏は3度の面会や拘置所での生活状況などから判断し「訴訟能力あり」とした。麻原弁護団は依頼した5人の医師の鑑定に加えて、作家で精神科医の加賀乙彦氏にも麻原への面会を求め、そこでも「訴訟能力なし」との判断が示された。しかし、頭部CT、MRI、脳波の診断なども行ったうえでの西山鑑定が基本となり、裁判は進められる。高裁は3月15日までに控訴趣意書の提出を弁護団に求めている。これは2005年8月31日までに提出を求めていたものだ。弁護団と高裁とは暗黙の了解がなされており、西山鑑定が出されるまでは、趣意書の未提出が認められていた。しかし、ここに到って、提出期日が定められたため、麻原裁判は大きな山場を迎えることになった。精神鑑定結果が公開の場で検証されない問題はあるが、ここに至り一審の死刑判決が確定する可能性が出てきた。裁判問題は3月15日前後の動きを見て報告するが、ここで記録しておくのは、オウム真理教(アーレフ)の現状である。

 教団代表は正大師という地位にある上祐史浩氏。だが、村岡達子氏など5人の正悟師のうち、少なくとも3人は上祐に反対の態度を取っており、教団は分裂状態にある。「上祐派」1割、「反上祐派」3割、「中間派」6割というのが現状だ。新春セミナーも上祐派は、大阪•西成、千葉•船橋で、反上祐派は、埼玉•八潮市、京都市で開催した。社会との融和路線を取ろうとする上祐史浩氏と違い、村岡達子氏たちは「麻原原理主義」と見ていい。村岡氏が説法を行ったセミナーでは「オウム、オウム、オウム真理教」という「賛歌」が流され、8分間の麻原メッセージテープも紹介された。「集まれ、わが前世の弟子たちよ」「さあ、続きなさい」という内容である。村岡説法も「グル(麻原彰晃のこと)がエネルギーを降ろしてくださる」と、麻原彰晃を絶賛する。表面上は2003年10月から「修行のため」教団運営を退いた上祐氏。しかし、教団財政を反対派が握っている状況のもとで、自派を固めなければ経済的にも立ちいかなくなったのである。

 地下鉄サリン事件などの被害者への賠償債務総額のうち、これまで教団が支払った金額は、15億424万5252円。39パーセントほどである。代表である上祐史浩氏のホームページも広報部のホームページも更新がされないままだ。このように対外的には不透明なままで、内部抗争が深刻化している。2005年8月には村岡側近の女性信者によって上祐史浩氏の毒殺未遂事件が発生したと伝える内部テープもある。真偽はいまだ不明だが、一連の事件を起した麻原彰晃の教えを引き継ぐグループがあることは留意されてよい。
 

Profile

有田芳生(ありた・よしふ)

-----<経歴>-----

1952年京都生まれ。
フリーランスのジャーナリスト。

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「有田芳生の今夜もほろ酔い」



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