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高知新聞連載 アーカイブ

2009年3月11日

高知新聞連載 【15~17】

【15】なのはな畑塾 市民農園をつくる

 名鉄・犬山線で名古屋から二十分。ベッドタウンの田園風景に布袋(ほてい)駅はある。駅から歩いて八分。三十四区画の「なのはな畑塾」は、佐々木正(ただし)さん(61)が三年前につくった“有機市民農園”だ。

 今シーズンの冬野菜は、ネギ、ニンジン、大根、赤カブ、キャベツ、ブロッコリー、白菜、小松菜、小カブ、春菊などを三十四家族が、先生に教わりながら思い思いにつくっている。

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2008年12月 2日

高知新聞連載 【14】無農薬リンゴを作った男

 「草木にも心ある」

 木村秋則(あきのり)さんに、御著書「自然栽培ひとすじに」(創森社刊)へサインを下さるようにお願いすると、こう書かれた。

 木村さんは、一九四九年、青森県岩木町(現弘前市)のリンゴ農家の次男に生まれた。一度は川崎市の機械メーカーに就職したが帰郷し、リンゴ農家の養子となる。農薬を使うリンゴ栽培に励むと、妻やそして自分にも農薬の害が出て、一念発起。

 リンゴの無農薬栽培に挑戦し、十年近い「無収穫。極貧」の時代を経て、わが国で唯一のリンゴの無農薬・無肥料の“自然栽培”に成功した男(ひと)だ。

 「草木にも心ある」。これは木村さんが、リンゴが一個も実らず、木が弱ってグラグラになり次々と倒れていった後ついに今の農法を編み出しリンゴを実らせた時、達した心境だったろう。

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2008年11月16日

高知新聞連載 【13】高畠に生きる(下) 交流活発、人も育てる

山形県高畠町では一九七三(昭和四十八)年に、青年団活動でリーダーを務めていた星寛治さんを中心に農家の後継者たちが「高畠町有機農業研究会」をつくった。今は思い思いの趣旨の有機農業グループが八団体もつくられている。

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2008年10月26日

高知新聞連載 【12】高畠に生きる(上) 農民詩人として

 山形県東置賜(おきたま)郡高畠町は、大正・昭和期の歌人、結城哀草果(あいそうか)が「大和は国のまほろば」になぞらえて「置賜は国のまほろば 菜種咲き若葉しげりて雪山も見ゆ」と詠んだことにちなみ、“まほろばの里”と称され、有機農業が盛んなことで知られている。「真秀(まほ)ろば」の「ほ」は稲の穂などを意味するように、最上川の支流が二本も置賜盆地を貫流する“米どころ”である。

 星寛治(かんじ)さんは、ここで生まれ、農家の長男として育ち、三十五歳にして有機農業に転身し、以来三十七年間、有機農業一筋。自身も耕作を続け、全国のそして海外からも、様々(さまざま)なジャンルの人々をこの高畠に惹(ひ)きつけて育ててきたことで知られている。

 一九七四(昭和四十九)年十月十四日に、朝日新聞に有吉佐和子さんの「複合汚染」の連載が始まり、八カ月半にわたって続き、日本人を“農薬の害”に目醒(ざ)めさせた。レイチェル・カーソン女史がアメリカで「沈黙の春」を出版した一九六二(昭和三十七)年の十二年後のことであった。

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2008年9月 8日

高知新聞連載 【10】高取保育園(上) ゼロ歳から無農薬食

 本日の給食当番が前に出て、行儀よく座っている友だちに声を掛ける。
 「ご飯は左にありますか。お汁は右にありますか。それでは“いただきます”の歌を歌います」
 「よーくかめよ食べ物を。かめよかめよ、体が強くなる。そっと手を合わせましょう。百回かんで食べましょう。おいしいお食事ありがとうございます。いただきます。どうぞ召し上がれ」

 最初の一口目は、先生が数えながら百回噛(か)んで食べる。こうすると二口目以降も、三十回以上噛む習慣が身につくのだという。

 福岡市の中心街からおよそ二十分。七十八歳の西福江園長が昭和四十三年から無農薬有機栽培の農作物を取り寄せ、玄米和食にこだわってゼロ歳児からの“食育”を続けておられるのが、高取保育園。

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2008年8月 1日

高知新聞連載 【9】柿木村(下) 棚田と生きる

 島根県鹿足(かのあし)郡吉賀(よしか)町柿木(かきのき)村は、私の著作「日本の名河川を歩く」(二〇〇三年、講談社+α新書)では“日本一”と採点した高津川が流れている山間の小村だが、一九八一(昭和五十六)年から、「村ぐるみ有機農業」に取り組んできた歴史を持っている。

 六月十八日。高津川にそそぐ支流・大井谷川の入り口で夜、たくさんのホタルの乱舞を見た。水辺にせまる山の斜面全体に青緑色の発光体がきらめいている。これほどの数のホタルは日本中の川を歩いてきた私でも初めて。
 このホタル群がこの谷の入り口・井手ケ原地区で復活したのは、上流の大井谷地区の棚田が「有機栽培」に転換してからだという。

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2008年7月 3日

高知新聞連載 【8】柿木村(上) 村ぐるみで28年間

島根県鹿足(かのあし)郡柿木(かきのき)村は二〇〇五年に六日市町と合併し吉賀(よしか)町となったが、今も吉賀町柿木村として名を残している。

一九八〇年に「柿木村有機農業研究会」が立ち上がって二十八年間、村全体で有機農業に取り組んできた“ブランド”を大切にしたいと考える村民が多かったからだろう。

この村での有機農業は、役場に勤める福原圧史さん(59)=現・吉賀町産業課長=から始まった。福原さんは、一九七四年十月十四日から朝日新聞朝刊で開始された有吉佐和子さんの「複合汚染」の連載を読んでいた。

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2008年6月15日

高知新聞連載 【7】本田廣一さん(下) 草を食べる豚たち

 本田廣一(ひろかず)さんが自分の右手の付け根までを母豚の産道に突っ込み、子豚を引きずり出した。タオルにくるんだ命が、ぐったりしている。

 すると本田さんは子豚の鼻の穴に自分の口をあて、鼻の中のものを吸い出し、はきすてた。次は鼻の中に自分の息を吹き入れた。小さな子豚の左足がピクリと動いた。

 豚の誕生に初めて立ち会わせてもらった私は、この子豚が無事に動きだしてから、本田さんに尋ねた。「あれは何をしたのですか?」。「出産が始まって何時間も経(た)ってるだろう。奥の方の子は母さんの羊水が鼻に詰まっていたりするんだ」

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高知新聞連載 【6】本田廣一さん(上) 良質菌利用し畜産

 ことし三月二十一日から二十三日にかけ、北海道江別市の酪農学園大学で開催された「農を変えたい!第三回全国集会in北海道」など四つの有機農業の会議には、全国からおよそ八百人が集結した。

 その大会の一日目、幕開きの「第二回有機農業技術総合研究大会」で開会挨拶(あいさつ)をしたのは、標津(しべつ)町古多糠(こたぬか)で「興農ファーム」代表を務める本田廣一(ひろかず)さん。牛を千頭、豚九百頭を有機畜産で育てている牧場主だが、有機農業界一の論客でもある。

 ことし、この北海道に集合した有機農業関係者は、格別な想(おも)いを持っていただろう。一昨年十二月には「有機農業推進法」が成立。ことしは有機農業に初めて四億六千万円の予算がついて、この時三月は、その予算に全国有志が立候補している真っ最中であった。

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2008年5月 2日

高知新聞連載 【5】金子美登さん(下) 複合汚染その後

 埼玉県小川町、霜里農場の金子美登(よしのり)さん、友子さんの昭和五十四年三月の結婚式の主賓は、美登さん側が作家の有吉佐和子さんで、友子さん側が市川房枝さんだった。

 有吉さんは、昭和四十九年十月十四日から八カ月にわたって朝日新聞紙上で「複合汚染」を連載し、それを五十年四月から単行本化している。

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2008年4月13日

高知新聞連載 【4】金子美登さん(中)基本は土作り

 「霜里農場」。埼玉県比企郡小川町の金子美登(よしのり)さん(60)。農園主の朝は五歳の牛の乳搾りから始まる。

金子さんの有機農業は、水田、畑、乳牛、鶏、水田用のアイガモ、山林から出る落ち葉や牛たちの糞(ふん)尿を利用して作る完熟堆肥(たいひ)、生ごみを活用するバイオガスプラントでできる自然エネルギーまでの循環が見事だ。

金子さんは、三歳から乳牛の世話をしていた。当時の金子家は、自給のための野菜、鶏、米、裏作の麦、養蚕と機織りという複合農業で、小さな子どもの手も借りて、将来その子に農家を継がせるための英才教育もなされていたのだろう。

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2008年3月21日

高知新聞連載 【3】金子美登さん(上) 集落全体を幸せに

 水田一・五町、畑一・五町、山林一・七町。乳牛三頭、鶏二百羽、合鴨(がも)百羽。研修生つねに七、八名と金子美登(よしのり)さん(60)、友子さん夫婦。

これが、埼玉県比企郡小川町にある「霜里農場」の陣容。完熟した堆肥(たいひ)をつくり、牛たちの糞(ふん)尿や生ごみを活用したバイオガスプラントで調理用ガスもつくって“自然エネルギー”を自給していることでも知られる金子さんは、二〇〇六年十二月に成立した「有機農業推進法」を受けて結成された農林水産省の「食料・農業・農村政策審議会生産分科会」の「基本方針」づくりに、生産者を代表して参加した唯一の委員。

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2008年3月 7日

高知新聞連載 【2】山下一穂さん(下) “雑草は生やしておく”

山下一穂さん(長岡郡本山町)の農園で、とても美しい、そしてどこか懐かしい風景を昨年六月に見た。白い花の咲いている大根畑で、モンシロチョウが乱舞していたのだ。

写真のチンゲンサイの畑のように、山下さんは畑の雑草を全部抜いてしまわずに、野菜の生育を妨げない程度に雑草を残す。野菜目当てにやってくる害虫をやっつけてくれる“天敵”をここへ呼び込むためだ。

これも山下さんが「超かんたん無農薬有機農業」という自著で紹介している手法のひとつ。大根やチンゲンサイを食べる害虫、大きくなればモンシロチョウとなる青虫を、雑草の中を棲(す)みかとするカエルやクモが食ってくれるのだ。

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2008年2月 8日

高知新聞にて、有機農業の連載始める

高知にも家を借りて、釣りや著作に通っているので、高知新聞で“有機農業”の連載を3週に1度、始めることになりました。

統一タイトルは「次代を拡(ひら)く―有機農業への挑戦」で、第1回の登場人物は高知の山下一穂さん。1月12日発売の週刊現代にも、菅原文太さんと共に登場させた“無農薬有機農法”の実践者です。

《以下 高知新聞2008年2月4日付・朝刊より》
http://www.kochinews.co.jp/

    次代を拡(ひら)く―有機農業への挑戦

【1】山下一穂さん(上) 畑に自然を再生する

 一九九九年に本紙での『川に訊(き)く』という連載で書いていたのは、高知の川と山里の折々であった。

 その後、あの連載がきっかけになって旧・池川町に家を借りるようになった私は、長岡郡本山町で無農薬有機農業を展開している山下一穂さんを知るに至った。

 その就農九年目の山下さんを含めて有機農業には、三十年以上も普及に尽力されてこられた全国のさまざまなジャンルの方々がいらっしゃる。

 今回の連載ではその皆さんを三週間に一度くらいの間隔でお訪ねし、読者に紹介してゆきたい。

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Profile

天野礼子(あまの・れいこ)

-----<経歴>-----

アウトドアライター。
1953年、京都市生れ。
中、高、大学を同志社で過ごす。
19才より釣りを始め、文化人類学者の今西錦司博士の主宰された「ノータリンクラブ」に属して、国内外の川、湖、海辺を釣り歩く。
26才より小説家、開高健に師事。
1988年には師と共に長良川河口の堰建設反対に立ち上がり、「ダムは不用」の国民世論に育て上げる。
近年は「川を再生するには森を生きかえらせることが必要」と“森仕事”へ視野を広げて、日本の森から材が出る社会システムを作り直すことを各地で提案している。
京都大学が2003年に構築した「森里海連環学」の普及もお手伝いするため、高知新聞社と山陰中央新報社でカルチャー教室「自然に学ぶ“森里海連環学”」を続けている。
2001年より、高知県・仁淀川の源流にも家を借り、有機農業普及のための「高知439国道有機協議会」を07年に立ち上げて、事務局長を務めている。08年7月に養老孟司氏らと「日本に健全な森をつくり直す委員会」を設立した。

BookMarks

オフィシャル・ウェブサイト
http://www.uranus.dti.ne
.jp/~amago/


長良川河口堰建設をやめさせる市民会議
http://nagara.ktroad.ne.jp/

公共事業チェックを求めるNGOの会
http://kjc.ktroad.ne.jp/

日米ダム撤去委員会
http://damremoval.com/

市民版憲法調査会
http://www.kenpou.com/

-----<著書>-----


『“林業再生”最後の挑戦』
2006年11月、農山漁村文化協会


『だめダムが水害をつくる!?』
2005年10月、講談社+α新書


『「緑の時代」をつくる』
2005年5月、旬報社


『ダム撤去への道』
2004年5月、東京書籍


『日本の名河川を歩く』
2003年7月、講談社+α新書


『市民事業』
2003年4月、中公新書ラクレ


『ダムと日本』
2001年2月、岩波新書


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