国交省が、予定している入札をペンディングにするということが起こりました。政党がマニフェストに書き込み、政権が交代すれば何ができるかを国民は見たと思います。
今回民主党がマニフェストに書き込んでいた「川辺川ダムと八ツ場ダムの中止」は、大きな予算を減額できるという見た目の効果はありますが、実際にトータルすると、あまり減額ではないかもしれません。従って、経済効果だけでダム中止を見ては本質を見失います。
鳩山さんの「ダム中止」は、彼が2000年に私に依頼して「公共事業を国民の手に取り戻す委員会」を代表の特別諮問機関として発足させた時からの路線で、2000年11月1日に、この委員会が作った報告書「緑のダム構想」を持参して川辺川現地入りをされた時に始まっています。
民主党はその委員会と共に、コンクリートのダムに依らず、「緑(森林)のダム」をつくって治水しようと決めたわけです。
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3月31日の夕刊から4月1日の朝刊各紙では、国土交通省が全国で18路線の国道工事を凍結したことと、同じ国交省の河川局事業では、淀川水系大戸(だいど)川ダム計画が凍結されたことが発表されました。
「“動き出したら止まらない”という従来の道路建設の常識を覆した」と朝日は書きます。一方、同じ新聞紙上では、アメリカでオバマがクライスラーに、「30日以内にフィアットと提携合意しなければ追加支援には応じない」と最後通告をつきつけています。
日本はまだ、甘すぎるのではないでしょうか。これも同じ日の紙面では、国交省が各地の出先機関庁舎44カ所の新築・改築費用を、自治体には相談なく直轄事業負担金の中に含ませていたことも明らかになっています。
続きを読む "ダムが止まり、道路が止まる。4.25「無駄な公共事業見直しを実現する全国大会」へ。" »
熊本県では蒲島知事が川辺川ダム建設反対を表明、淀川流域では4知事が大戸川ダムにNOを突きつけました。
今まさに「地方分権」が川から進められようとしています。
1988年に始まった長良川河口堰建設反対運動をきっかけに、1997年には“河川法”の改正が行われ、「住民対話」「環境重視」が導入されました。
そして、河川整備計画原案策定に際し、意見を聞くための「流域委員会」が全国の水系ごとに諮問されました。その中でも一番最初につくられ、第三者組織によって選出された委員により自主的に運営された「淀川水系流域委員会」(宮本博司前委員長)は「ダム建設は不適切」とする意見書をまとめました。
ところが国土交通省はこの結論を無視し、強引に3ダム建設と1ダム再開発を進めようとしています。
このことは国家公務員が、国が定めた“新河川法”を自ら軽視することであり、滋賀、京都、大阪の知事が「おかしい」と「河川の自治」を求めるに至っています。
一方、木曽川水系においては、水余りで無駄な公共事業と批判される中で建設された長良川河口堰とその後さらに造られた徳山ダムとの水を結んで使うために今、「木曽川水系連絡導水路計画」(総予算890億円)により徳山ダムの水を長良川に流す事業が強行されようとしています。
そしてその負担を押し付けられることになる愛知県民や
名古屋市民のほとんどがまだその現実を知らないことが、大きな問題と思えます。
そこで、「長良川河口堰建設に反対する会」と「公共事業チェックを求めるNGOの会」ではこの2つの問題を例に、問題点を知っていただくとともに「公共事業はだれのものか」をテーマに公共事業のあり方を考えていただく機会を作りたいとシンポジウムを企画いたしました。
税金の使い方をチェックするこのシンポジウムにぜひ参加いただきますよう、よろしくお願いいたします。
続きを読む "シンポジウム 『公共事業は誰のものか!』のお知らせ" »
「日経新聞いわく。」
9月12日の日経新聞の社説は、「川辺川ダムは中止すべき」だとして、前日の熊本県蒲島郁夫知事の国土交通省に対する「川辺川ダム計画の白紙撤回を求める」行動に賛同の意を表しています。
ダム事業などの推進に対して、中央官庁は地元知事の意見を尊重しなければならず、国道交通省の「川辺川ダム計画」は、同事業利水計画に対する住民訴訟に農水省が敗訴して“利水”目的から撤退したことに続いて、建設不可能の状況へ追い込まれたと言えます。
日経新聞の社説は「一度計画されると止まらない大型公共事業の象徴として注目を集めている熊本県の川辺川ダム建設事業が新たな局面を迎えた」に始まり、「いっそのこと、時間が経過した公共事業は一度白紙に戻すことを政府は法制化したらどうか」と終わっています。
続きを読む "日経新聞いわく。二つの“川についてのシンポ”案内も併せて。" »
滋賀県の嘉田紀子知事が8月23日に、大阪の橋下徹知事、京都の山田啓二知事を誘って琵琶湖で、滋賀県の環境学習船「うみのこ」号に乗って、「淀川水系のダム」について話し合いました。
「淀川水系ダム」については、このブログでも書いてきましたが、私が1988年から反対を続けている長良川河口堰が1995年に完成した時に、産経新聞以外の新聞がすべて社説で反対したにもかかわらず、社会党の野坂浩賢建設大臣が「運用」のGOサインを出した時、現地所長としてゲートを下ろした河川官僚、宮本博司氏が、今は河川局と対抗して、「淀川流域委員会」の委員長として“がんばっている”のです。
がんばっている、とは「闘っている」ということで、彼が最近、朝日新聞大阪版で連載している「なぜ、どうしてもダムなのか」によると、『河川局の中でも自分と同じように考えている近畿地建の部下たちと一緒に、自分は「淀川流域委員会」を、1997年の亀井静香建設大臣の“河川法改正”の賜物として運営した。その結果、流域委の結論が「ダムはいらない」と出たのに、その委員会を諮問した河川局が諮問に従わないのはおかしいのだ』と。
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兵庫県の三面張りの川で、小さな命が失われました。三面張りの川は、洪水を早く流すためにそのような姿にされていました。それに“親水”というネーミングと役目をもたせた国土交通省河川局の責任が問われます。“親水”という言葉で住民の反対なく公共事業ができる社会の仕組みを作ってきたのが、旧・建設省、現・国土交通省でした。
「水が堤防からあふれない」ように造られていたことが、子どもの命を奪いました。「堤防からあふれる」と市街地に水がおよぶから、「堤防からあふれない」ようにされてきたのが、近代の河川工法でした。
しかし水は、堤防内におしこめればおしこめるほど、早く強くなって、「魔物」になるのです。
今、欧米諸国では、それが洪水時にはかえって危険だとわかり、堤防から水があふれて洪水が「遊べる」ように、「遊水地」が堤防に続いて造られ、「おだやかに」洪水を受け止める手法が公共事業として進められています。
続きを読む "川は、なぜ“魔物”になるのか? " »
1988年から反対を続けていた長良川河口堰のゲートが降ろされた1995年7月の現地所長は宮本博司さんだった。
その宮本さんはその後、近畿地建(近畿地方建設局)に転任すると、「淀川流域委員会」をつくった。
1997年に改正された河川法の「住民対話」と「環境重視」の精神に従って、全国のダム計画のある現地で設置された諮問機関だが、他の河川ではほとんどが“お手盛り”(役所の)なのに、この「淀川」だけは“まっとう”で、「NOダム」の結論が出た。
しかし、この委員会に諮問したはずの河川局がその結論に従わないという態度を示し、所長の宮本さんは不本意だったのだろう、“キャリア官僚”を辞職した。
続きを読む "河川法をめぐる元・河川官僚との共闘" »
読者の皆さんは、ダムの嫌いな私が、「ダム中止」を公約とした嘉田由紀子滋賀県知事の誕生を話題にしてこなかったことを不思議に思われたかもしれません。
実は私は、この人と一緒に、1987年には国土庁の「水を語る女性の会」に所属していました。時の国土庁長官綿貫民輔氏が会議で私に「日本の川はどうなっていますか」と聞きました。「一級河川で本流にダムのない川は、釧路川と長良川だけ。長良川に河口堰をつくるべきでない」と答えた私に綿貫さんは「私は富山の神職。黒四ダムなど富山もたくさんのダムを造ってきたが、最後の川には造らない方がよいね」というので安心していたら、翌年、長良川河口堰工事が着工し、建設大臣になったのは綿貫氏でした。
続きを読む "「“脱”ダム」のその後―嘉田由紀子の変身" »
「小国川ダム」についてもうけられた最上川流域委員会は、私たち四名から県知事あてに提出した意見書を無視せず、参考資料として委員会でとりあげました。
以下は、委員会を傍聴した「最上・小国川の“真の治水”を考える会」事務局長の草島進一さん(鶴岡市議)の文章です。一部を転載させてもらいますので、この公共事業についての状況を、皆さんの足元の公共事業解決の参考となさってください。
「最上・小国川の“真の治水”を考える会」のホームページは
http://www.ogunigawa.org/です。
続きを読む "最上・小国川にダムはいらない 5" »
8月11日の天保さんに答えて。
武庫川流域には、女医の谷田百合子さんらの聡明なダム反対グループ「武庫川を愛する会」があります。
国土交通大臣が諮問し、「大臣はその意見を尊重しなければならない」(「諮問」とはそういうもの)流域委員会で、最初にできたのは「淀川流域委員会」でした。これのお世話をしたのはMという当時「近畿地建」(近畿地方建設局)の所長。この人は、長良川河口堰のゲートを降ろした役人でした。
彼ら河川官僚は、私たちの長良川河口堰に反対する全国規模の反対にほとほと手を焼きました。M氏はそこから何かを学んだのでしょうか。
私はさすがによう入れなかったのですが、そこそこの信頼できる人物が入れるような仕組みの委員会を作りました。
続きを読む "最上・小国川にダムはいらない 4" »
8月9日のサンルさんに答えて。
田中康夫さんの選挙には、1万票も白票が入ったそうです。これは、”やんちゃ”なヤッシーの手法に対するファンの怒りかもしれませんが、私にはとても幼稚に思えました。
サンルさんは「住民が声を出して反対する意味ってあるのですか?」と言いますが、それではなぜあなたはコメントをしているの?
「行動」をすれば、行動をしないよりは何かが変わることを私は知っています。
続きを読む "最上・小国川にダムはいらない 3" »
一昨年私は、小国川ダム計画について、山形県の河川担当役人H氏と話をしていて、田中康夫長野県知事が「“脱”ダム宣言」で指摘した「多目的ダム事業の図式」が、いかに地元役人を誘惑していたかを実感しました。
「“脱”ダム宣言」は、いわく。
「利水・治水等複数の効用を齎すとされる多目的ダム建設事業は、その主体が地元自治体であろうとも、半額を国が負担する。残り50%は県費。95%に関しては起債即ち借金が認められ、その償還時にも交付税措置で66%は国が面倒を見てくれる。詰まり、ダム建設費用全体の80%が国庫負担。然れど、国からの手厚い金銭的補助が保証されているから、との安易な理由でダム建設を選択すべきでない」(一部)。
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「道路」を全面見直すといった和歌山知事。「新幹線」も、4月16日の佐賀県鹿島市長選で現役市長が勝ったことで、“立ち往生”に追い込まれています。
九州新幹線長崎ルートが造られると、在来線長崎ルートは廃止となります。それに反対する市長が2千票以上の大差で、推進候補をしりぞけたのです。以前は一緒に反対していた周辺首長が、地域振興策という“アメ”で県知事の説得を受けて次々と脱落してゆく中での桑原允彦市長のがんばりです。
全国で進んだ近年の地方新幹線建設。その多くで、新幹線が新たにできたことでかえって駅前商店街がすたれたり、在来線と10分しか変わらないのに巨額な工事がなされた財政赤字が問題となっているのを知っているため、鹿島市民は「賢明な選択」をしたのでしょう。
桑原市長が特別に過激な人物でないことは、様々な要職の経歴を見ればわかります。「生活に必要な在来線を失くしてしまうようなものならいらない」という市民の“まっとうな”願いに耳を澄ましたら、三選までを公約していたが五選も出馬せざるを得なかったということのようでした。
「公共事業」をいらないということは、小さな市にとってはキツイこと。国や県から“アメ”がもらえないだけでなく、“ムチ”が用意されているからです。建設業者からは「俺たちが首をくくってもよいということなのか」と泣きつかれ、恫喝もされます。
しかし、それでも。「道路」も「新幹線」も止まり始めたのは、これが、公共事業の“質”が変わる前兆であると私には思えます。
続きを読む "公共事業の”質”が変わる前兆が見える" »
朝日新聞が5月1日に、全国版で、「湿原再生事業10億円に“異議”」という見出しの記事を大きな写真入りで載せました。
先回のこのコーナーで報告した、私に電話を掛けてきた記者の名がありました。
釧路湿原内の釧路川を「洪水防止」と称して25年前に直線化したうちの2.7キロを蛇行に戻すことについて、「釧路湿原自然再生協議会」に参加したNPO『トラストサルン釧路』が、「多数決などの議決はなく、いつの間にか了承されていたのが実態。われわれ民間は軽視されていた」とし、川岸の土盛りを取り除くなど「最低限の工事にとどめるべきだ」と、「公共事業の看板の付け替えに過ぎない」と反対を表明する事態となっている、というのです。
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そして。(前回よりつづく)
鳩山由紀夫民主党代表は、「公共事業を国民の手に取り戻す委員会」を代表の特別諮問機関として作ってくれと私に依頼しました。亀井静香自民党政調会長は、「また私に何かやらせようというの。政調会長は忙しいんだから。まあまあ見てなさいよ」と“意味深”なお言葉。
9月になって民主党の委員会を立ち上げていると、驚いた。なんとあの亀井静香が「公共事業の抜本的見直し検討会」を発表したのです。
「選挙中は公共事業のどこが悪いといっていた男(ひと)が、“抜本”とはよういうわ(京都弁)」と笑ってしまいましたが、あれよあれよという間に、12月までに本当に233の公共事業をこの御仁が止めてしまったのです。公共事業がこのような数で止まったのは初めてでした。7万件もある国の公共事業の中でたった233とはいえ・・・。
一方、鳩山委員会も11月1日に「“緑のダム”構想」を発表しました。こちらの方は、その1週間前に長野で誕生していた田中康夫知事に送りましたが、翌2月20日にぶっぱなされて日本中が驚愕した「“脱”ダム宣言」に少しは参考にしていただけたでしょうか。
亀井氏は233を止めて次に何をする気かと見ていると、日経新聞が3月に「亀井派から“自然再生”法案」と報道しました。そして12月には自民党の国土交通部会(かつての建設部会)で勉強会が開催されて、そのテーマは「川に蛇行をとりもどす」で、ヨーロッパの「川の再自然化」のパネリストの講演でした。この勉強会に出席した新潟県選出議員はその足で地元の現町長の選挙応援演説に向かい、次のように叫びました。「皆さん、自民党はもうダムを造らない。これからは川に蛇行を取り戻すなど“自然再生”です。清津川ダムに反対する現町長を応援しましょう」と。
それから1年後の2002年12月に「自然再生推進法」は成立しました。
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アマゴが釣れない。
四月は、高知県仁淀川と和歌山県日高川の二河川でアマゴ(西日本の太平洋側河川に棲息する渓流魚)釣りをしたのですが、どちらも1匹ずつという貧漁。原因は“鵜”でした。
アマゴが釣れない原因が“鵜”とは、これいかに。
近年は、日本中いたる河川にダムができていて、日本の国魚ともいえるアユが川を溯上できない。そこでアユをダム湖の上流へ放流するという手法がとられています。すると、川の上流部で鵜が増えるのです。
かつて。ダムがない時代には天然アユは、春には川を溯上し、秋には産卵のため川を下って河口部で命を果てるというライフサイクルを繰り返していました。そのアユを好物とし、主に河口部を生息域とする鵜も、春と秋には大量の獲物にありつくという具合でした。その時代、アユも他の魚もいくらでもいて、鵜は移動しなくても、河口部だけで豊かな食生活を営めていたのです。
今は、全国のダム上流のアユ釣りで有名な河川では、毎朝5時に漁協幹部が河原に立ち、銃で鵜を撃ち落とす作業をしています。鵜が異常繁殖して、アユだけでなく、アマゴなど他の川魚まですべてを食べ尽してしまうからです。
何故そんなことが起きているか。この原因が「ダム」なのです。鵜にとっては、ダムは新しくできた海に見え、そこに人工的に放流されるアユは、さまざまな開発行為によって減少してしまった川の資源の中では、貴重なエサとなってしまっているのです。賢い鵜の中には、漁協が作っている人工アユセンターを見張っていて、そこから出る放流のトラックについていって、ダム上流河川へアユが放流されるやいなや襲い掛かるという、まことしやかな噂もあります。多分、本当なのでしょう。
ダムで寸断されておらず、川が豊かであった時代には、こんなことはなかった。鵜がいくら食べても、アユだけでなく、川からアマゴやオイカワまで消えてしまうなんてことはなかったのです。
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