“公共事業”を悪者にしたのは、私です
この言葉は、2002年8月に北海道新聞社から『公共事業が変わる』を上梓した際に巻頭で使った言葉です。この本では、これからは建設会社が“緑”の事業などをやってゆくだろうと予言しました。そのとおり、同年12月には亀井派と国土交通省河川局が中心となって、環境省や公明党というデコレーションをまぶしながら「自然再生推進法」が成立しています。(この法が悪法であることは、今後、解説してゆきます。)
さて。“公共事業”は、ダムや道路や空港など、不要で、大きな自然破壊をしていると責められているのですが、英語にしてみると、本当は愛されるべきものであるとよくわかります。すなわち「パブリックワークス」。私はこの言葉が大好きです。人間にとって大切なことは「パブリック(公)」のために働くことだと思うからです。
近年、欧米が公共事業政策を変革させているのでその勉強に行くと、必ずむこうの官僚が言うのが「私たちが今、それを使って自然再生をしようとしている技術と思想は、日本が江戸時代まで持っていた「自然をありがたく使わせていただく」というものだ。どうして貴国の官僚はそれを使わないのか」と。






