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    <title>天野礼子の「環境と公共事業」</title>
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    <title>mont-bell広報誌「ＯＵＴＷＡＲＤ」連載　４7号</title>
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    <published>2010-03-17T09:53:30Z</published>
    <updated>2010-03-17T10:08:06Z</updated>

    <summary>森里海連環学のススメ　Vol.3 「そして、大地も」 　&quot;森仕事&quot;の次に私が取り...</summary>
    <author>
        <name>天野礼子</name>
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        <category term="“森仕事”と“畑仕事”" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="有機農業" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        <![CDATA[<p>森里海連環学のススメ　Vol.3</p>

<p><strong>「そして、大地も」</strong></p>

<p><br />
　"森仕事"の次に私が取り組んだのは、"畑仕事"でした。</p>

<p> 　釣りや執筆のための家を高知県仁淀川の源流・池川町（今は合併して仁淀川町になっている）に2002年から借りた私は、その町から車で東へ1時間の本山町に住む、就農8年目の山下一穂さんと親しくなりました。 　</p>

<p>山下さんは「超かんたん・無農薬有機農法」という本を書いている有機農業者。二人の共通の趣味のアマゴ釣りが、結んでくれました。山下さんはフライマン。私は季節によって、エサ釣りやテンカラ釣りやフライフィッシングを使いわけます。私の方は、アマゴがその時期にいる水の層にふさわしい釣り方で狙うというわけです。 　</p>

<p>山下さんと釣りに行き、野菜をいただいているうちに、山下さん以外の有機農業者がつくる無農薬野菜でそれまで抱いていた私のイメージは変わりました。「安全かも知れないけど、おいしくない」と思っていた無農薬有機野菜が、「おいしい」とわかったのです。 　</p>

<p>これで私の「森・里・海」が、ほぼ完成することになってゆきます。私は山下さんと「高知439国道有機協議会」をつくり、自分がその事務局長をひきうけて、農林水産省の「有機農業モデルタウン」全国45地区の一つとしての活動を始めるに至るのです。 <br />
</p>]]>
        <![CDATA[<p>山下さんの無農薬有機野菜は、ほとんど虫喰いがなく、甘くておいしい。虫喰いがない秘密は、雑草を全部取ってしまわずに適度に残し、そこに害虫を食べてくれる"天敵"を呼びこむこと。春に、たわわに実った山下さんのキャベツ畑で私は、モンシロチョウの乱舞を毎年見ています。キャベツの虫喰いをつくるのは、モンシロチョウの子どもの青虫。その青虫がキャベツの葉っぱに噛み跡を残せていないのは、青虫が大量に生まれるキャベツの成長期にはアオガエルが畑の雑草の中にいて青虫を食べるからというのが、私がこの数年山下さんの畑を観察して得た推論です。 　</p>

<p>キャベツが成長してしまってから生まれる青虫は、固くなってしまったキャベツを食べることができず、何かちがうエサ（たとえば、畑に残っている雑草?）を食べて成長し、モンシロチョウになって、自分が生まれたキャベツ畑を乱舞して、次代の子どもを残してゆくのではないでしょうか。 　</p>

<p>甘さの秘密の方はどうやら、「超かんたん」と山下さんが称している、山下さん工夫の農法にあるのかもしれません。 　</p>

<p>無農薬有機農法の農業者の多くは、落葉樹の葉やさまざまな有機物で堆肥をつくります。それには少なくとも一年くらいはかかるのが普通。また中には堆肥も全くなしの"自然農"と称する放ったらかしにちかい人もいます。 　</p>

<p>山下さんの「超かんたん」とは、時間をかけて堆肥をつくらず、ソルゴーと呼ばれる緑肥を植え、それが背丈ほどにのびたらきざみ、畑にすきこんで、3ヶ月以上熟成させるというもの。しかし「超かんたん」と著書には口笛をふいている山下さんのマンガがありますが、これはウソ。 　</p>

<p>山下一穂は、高知の"いごっそう"中のいごっそう。負けず嫌いで、人に見えないところで様々な努力や工夫をしていることを口に出さないだけなのです。（注　山下さんのホラを真に受けて「超かんたん」だと思ってまねしても、おいしくはできないかもしれないですよ。日々の努力を"楽しんでやる"人においしい野菜はできるのです） 　</p>

<p>農林水産省は平成19年に、「生物多様性戦略」をHPに発表しました。 　</p>

<p>そこには、これまで使われてきた農薬が、生物の多様性には"負の遺産"となっていることや、水路のコンクリート化、干潟の埋め立てなどの公共事業も同様に"負の遺産"をつくってきていたと書かれていました。私はこれを見て、腰を抜かすほど驚きました。なんとそこには、あの"ギロチン"と亡き筑紫哲也氏が呼んだ諫早水門が閉じられている写真が載せられていたからです。 　</p>

<p>この翌年に農水省は初めて、有機農業に国家の予算を4億6千万円つけました。「有機農業」という言葉が使われ始めて、35年目の快挙でした。 　</p>

<p>私と山下さんの「高知439国道有機協議会」は、この予算をゲットした45グループの1つなのです。</p>]]>
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    <title>自然に学ぶ&quot;森里海連環学&quot;</title>
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    <published>2010-03-13T11:34:26Z</published>
    <updated>2010-03-13T11:48:14Z</updated>

    <summary>山陰中央新報連載　自然に学ぶ&quot;森里海連環学&quot;　Ｎｏ．１０ 森林・林業再生 「森里...</summary>
    <author>
        <name>天野礼子</name>
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        <category term="森里海連環学" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        <![CDATA[<p><strong>山陰中央新報連載　自然に学ぶ"森里海連環学"　Ｎｏ．１０</strong></p>

<p><em>森林・林業再生</em></p>

<p>「森里海連環学」を2003年に京都大学で誕生させたのは、人工林研究者と、ヒラメの研究者。</p>

<p>その人工林研究者が、今は名誉教授となられた竹内典之（たけうち・みちゆき）先生。昨年より私や養老孟司先生と一緒に、「清流高津川が育む家づくり協議会」の委員として、高津川に通っておられる。</p>

<p>竹内先生と私は、高津川流域の県や市町で働く若手を募って、「フォレスター養成講座」を組織している。</p>

<p>ドイツなど林業先進国では、国にも、州にも、地方自治体にも、"フォレスター"と呼ばれる公務員がいて、地域の森林所有者の相談に乗っている。国の森林計画がまずあり、州（日本では都道府県）にも国と調整済みの計画があり、だから市町村はこうしようという計画がきちんとあって、それに基づいて、「あなたの森は、今回はこのように間伐をしましょう」と指導してくれるのだ。<br />
</p>]]>
        <![CDATA[<p>日本でも、林野庁があり、森林組合があり、県などにも林業担当があって、様式としては、「フォレスター」はいないことはない。</p>

<p>しかしドイツでは、幼稚園で「将来どんな職業に就きたいか」と問うと、男女問わずほとんど全員が「フォレスター」と答えるのだという。子供にも尊敬され、知られているということだ。私は、これを聞いただけで、「日本には"フォレスター"はいない」と思ったものだ。</p>

<p>政権交代があって日本の林業は、林野庁と「国家戦略室（間もなく局になる）」が考えることになり、12月末に「森林・林業再生プラン」が発表された（林野庁のＨＰに掲載）。</p>

<p>長年わが国で林業が火の消えた状態にあったのは、戦後大造林したスギ、ヒノキが成長過程にあったことと、その木が育っている間は収入がなく、木材価値の低迷もあって、間伐など森の世話をする費用が出せないという事情であったからだった。</p>

<p>木材自給率20％、1800万立方㍍しか生産できていないわが国を、10年で自給率50％、5千万立法㍍が生産できる林業国にするという「再生プラン」。「日本版フォレスター」も養成するとされている。</p>

<p>高津川でも、こんなプランが発表される前から「フォレスター講座」ができている。流域の子供たちから尊敬される「森の番人」に育ってほしい。「我こそは！」と参加したい人は、いませんか？<br />
</p>]]>
    </content>
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    <title>二つの役所の委員会、始動する</title>
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    <published>2010-03-07T01:49:06Z</published>
    <updated>2010-03-07T01:52:45Z</updated>

    <summary>林野庁では、&quot;森林・林業再生プラン&quot;が２００９年１２月につくられ、それに沿った五...</summary>
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        <name>天野礼子</name>
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        <category term="公共事業" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.the-journal.jp/contents/amano/">
        <![CDATA[<p>林野庁では、"森林・林業再生プラン"が２００９年１２月につくられ、それに沿った五つの分野の委員会が発足しました。「森林・林業基本政策検討委員会」、「路網・作業システム検討委員会」、「森林組合改革・林業事業体育成検討委員会」、「人材育成検討委員会」、「国産材の加工・流通・利用検討委員会」です。</p>

<p>私は、一番最初２月１日に発足した、「路網・作業システム」の委員になりました。</p>

<p>路網の委員会が最初につくられ、すでに２回の会合を開いているのは、その仕事が、新政権の"林業再生"の中で最も急がれているからです。<br />
</p>]]>
        <![CDATA[<p>日本では、１９８０年代に、「大規模林道」に対する猛烈な反対運動がありました。「林野庁の持つ天然林の中に大規格な林道をつくっていることが、大きな自然破壊になっている」と、知床半島の原生林では、反対する人々が木に抱きついて工事を止めさせ、それを朝日新聞社の本多勝一さんらが書いて、大きなニュースになりました。</p>

<p>大規模林道が造られたのは、林野庁が独立採算制を取っていた国有林経営の赤字を埋めるために、との理由でした。</p>

<p>しかし、「国有林」にできていた赤字は、後には３兆８千億円にもふくらんでしまったように、天然林内に残された貴重な木々を次々と伐っても、なくなるようなものではありませんでした。</p>

<p>本多勝一さんらは、「大規模林道を造る"公共事業"そのものが目的となってしまっている事業であり、問題である」と指摘されました。<br />
当時、私も、そう思い、反対していました。</p>

<p>ところが、この問題は、思わぬところに、別の問題を生んでしまっていたことが、今ではわかります。<br />
それは、私が森に向かい始めた２０００年ぐらいに気がついたことです。</p>

<p>ある日、講演会で「人工林の間伐を進めよう」と話すと、お母さんに連れられてきていた小さな男の子が側に来て、「おばちゃん、木は切っちゃいけないんだよ」と言ったのです。</p>

<p>戦後に植えた人工林の間伐が進まなかったのは、林業界に間伐をする予算がなかったからであったと今ではわかりますが、実は"国民世論"もそれを後押ししなかったのは、「国有林」で行われていた「大規模林道」づくりへの批判が、国民に「木は伐っちゃいけない」と思わせていたからだったと思うのです。</p>

<p>そんな時代が数十年もあって、今の日本は、戦後の大造林期に植えた木が４５年生くらいになり"使い頃"に育っているのに、それらの木を伐り出して使ってゆく「作業道」とその道を使いこなす「作業システム」がつくれていないという状況なのです。</p>

<p>そのために、「林業」を「日本の成長戦略」の一つと位置づけた新政権は、まず「路網・作業システム検討会」から、次々と五つの委員会を発足されているという事情なのです。</p>

<p> <br />
　<strong> <em>国交省住宅局にも</em></strong></p>

<p>もう一つ、私の属することになる新しい委員会は、国土交通省住宅局が３月１５日に発足されるもので、「"木の家づくり"から林業再生を考える委員会」という名称です。</p>

<p>小さな予算しか持てない林野庁の「林業再生」を、住宅づくりの側からサポートしてゆくためにつくられ、養老孟司さんが委員長に就任されます。</p>

<p>林業の世界では、山元を"川上"、消費者に近いところを"川下"と呼んでいますが、この委員会は、"川下"を広げてゆく戦略を考えるものです。</p>

<p>林野庁に五つ、国交省に一つ。これらの委員会が「森林・林業再生プラン」を支え、日本林業を再生させてゆく仕事をします。</p>

<p>「今度は、官僚とは闘わないで、一緒に仕事をする」と決めた私。</p>

<p>８５歳まで生きるつもりであった立松和平兄は、６２歳で逝ってしまいました。</p>

<p>私自身の左脳には「脳動静脈奇形」という血管のこぶし大のからまりを、言語中枢と思考中枢の中間に持っています。この奇形はいつ血管が破裂するかわからないので、子供を生むことも医者からは禁じられてきました。</p>

<p>そのため、「いつ死んでも悔いのない生き方をしよう」と思って生きてきています。<br />
"林業再生"へ、あと数年は、力を尽くしたいと思っています。日本の森が、間伐が進んで生き生きとし、林業が本格的な産業に育ったら、大好きな川に立ちこんで、アマゴやアユの相手だけをする毎日を過ごしたい。</p>

<p>そんな夢を持っているのです。<br />
</p>]]>
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    <title>mont-bell広報誌「ＯＵＴＷＡＲＤ」連載　４５号・４６号</title>
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    <published>2010-02-27T13:04:36Z</published>
    <updated>2010-02-27T13:33:53Z</updated>

    <summary>森里海連環学のススメ　Vol.1 「サケが、森をつくっていた」 　森の中に、何か...</summary>
    <author>
        <name>天野礼子</name>
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        <![CDATA[<p>森里海連環学のススメ　Vol.1</p>

<p><strong>「サケが、森をつくっていた」</strong></p>

<p>　森の中に、何かが腐ったような異臭がただよっている。歩みを進めると、それが私の探していたものだとわかった。サケだ。ここはカナダのブリティッシュ・コロンビア州、クラッセ川。2002年、9月26日のことである。<br />
　このサケは、クマが川で獲り、森へ運んだ。他のクマと争わないで食べるためだ。<br />
　カナダでは、さまざまなサケの産卵シーズンの40日間に、クマが一年間の食糧の四分の三をサケで得（と）る。40日間でおよそ700匹のサケを、一頭のクマが食べるという。だから一本の川をテリトリーとしているたくさんのクマは、この時いっせいに川に出撃する。しかし隣のクマと争っていたのでは一日18匹のサケは獲れないし、食べられない。冬眠前の貴重な食糧獲得行動である。<br />
</p>]]>
        <![CDATA[<p>　ビクトリア大学のトム・ライムヘン教授は、「サケとクマと森の関係」を調べていて、ある時に、クマが森へサケを運んでから食べることに気がついた。そこで彼は、こんなことを調べ始めた。サケ止めになっている滝がある川の、①滝までの両岸の森で、川岸から50メートル以内の木の年輪、②50メートル以遠の木の年輪、③滝の上流の森の木の年輪。すると、同じ樹齢同士でも①の年輪の幅だけがどれも②や③に比べて太く、そこには同位体元素「N15（窒素15）」が多量に存在していることがわかったのだ。「N15」は、海には多いが川や森には本来少ない窒素だ。それが①地域の木々の年輪に大量に含まれているのは何故か?</p>

<p>　読者はもうおわかりだろう。そう、サケの栄養分がこれらの年輪には含まれているのだ。クマが、川から森に運んだサケ。最初はクマが食べるが、おいしいところ（栄養価の多いところ）だけを食べて森へホッチャレする。すると下位の生物が次々とおすそわけにあずかる。オオカミ、キツネ、トリ...そして最後はウジ虫たちまで。</p>

<p>　私は、サケのまわりにたくさんの米つぶが散らばっているのを目にした。しかし米つぶが動くので目をこらしてみると、それはウジ虫たちだった。彼らが、木の年輪にサケの栄養を運んでいる張本人だろう。</p>

<p>　こんな調査に私を同行してくれたトム・ライムヘン教授は、C・Wニコルさんのカナダでの友人。ニコルさんが私に、「1995年に河口堰のゲートを降ろされてしまった長良川を救いたければ、カナダの森へ行って、トムに会っておいで」とすすめてくれたのだ。ニコルさんは、1989年12月に死んでしまったわが師・開高健から、「長良川と天野礼子を頼む」と遺言されて以来、私と兄妹のようにつきあってくれている男（ひと）だ。</p>

<p>　「サケが、森をつくっていた」ことが、この調査に同行してわかった。調査から帰ると、少数民族が昔から伝えてきた詩（うた）を教えられた。なんとそこには、「サーモンが森をつくっている」と謳われていた。</p>

<p>ライムヘン教授が同位体元素を使って近代科学でようやく明らかにできたことを、昔からサケやクマや森とつきあってきている人々はとっくに知っていたということなのだ。<br />
州は、同国で一番たくさんの木材を世界へ輸出している木材基地だ。このことからも、サケと森の関係は深かったことがわかるではないか...。</p>

<p>　B・C州では、こんなことがわかったので、野党が1997年の選挙時に「森とサケとクマを大切にする」ことをマニフェストにして、政権交代が実現した。そして与党となった勢力は、「切り株税」をつくり、その税金を川の再生に充てるようにした。そうして行われたのが、森の木を川へ倒れ込ませたり、大岩をヘリコプターで運んで川中に置くこと。「N15」を自分の身体で海から森へ運ぶサケが森へ帰ってきやすいように、川に淵や瀬をつくり、サケが産卵床をつくりやすいようにする、"自然再生公共事業"だ。</p>

<p>　1988年には、北海道漁連の"海の母（か）さん"たちが森への植樹活動を始め、翌89年には気仙沼のカキ養殖業者らが「森は海の恋人」をキーワードに森への植樹活動を始めていたのは日本。</p>

<p>　私がカナダの森で2002年に知ったことは、「海も森の恋人」であり、「川はその仲人」だったということであった。<br />
　この2年後の2004年に私は、京都大学の「森里海連環学」の誕生を知ることになる。そして森への「行動」も始めてゆくのである。（次号へつづく）</p>

<p><br />
森里海連環学のススメ　Vol.2</p>

<p><strong>「川から森へ」</strong></p>

<p>　「サケが、森をつくっていた」ことをカナダの森で体験した二年後の2004年に私は、京都大学が一年前に"森里海連環学"という学問を提唱していたことを知った。<br />
　ヒラメの研究者・田中克教授と、人工林の研究者の竹内典之教授が「20世紀の百年に研究者は、人間の手によって猛スピードで"森と川のつらなりやつながり"が破壊されてゆくことに手をこまねいていた。森の研究者は森だけ、海の研究者は海だけに閉じこもり、森と川と海に起こっている大変なことの解決法を考えようとしなかった。21世紀も同じことをしたら地球は持たない」と考え、森と川と海のつらなりやつながりを、里にいる人間が取り戻してゆく学問として発案したのだ。</p>

<p>　2004年11月にその学問を田中教授から聞かされると私は、高知新聞社に掛けあい翌春から「自然に学ぶ"森里海連環学"」というカルチャー教室を高知で持つことにした。それは今も続いていて4年目になっている。<br />
　同じ名称のカルチャー教室を今年は、島根県益田市で山陰中央新報社とも開始した。「水質日本一」を二年連続して取った総延長81キロメートル、本流にダムのない高津川をもっと美しくしたいという人達と数年前から"森仕事"を始めているからだ。</p>

<p>　"森仕事"。森を元気にするさまざまな仕事を、私はこう呼んでいる。カナダで「サケが、森をつくっている」ことを知り、日本に"森里海連環学"が出現したことを知った時に私は、「もう声高にダム反対と叫ばなくてもよい時代に日本も入った」と思った。</p>

<p>　また私自身は、2000年に鳩山由紀夫さんが民主党代表であられたときに、彼のために諮問委員会「公共事業を国民の手に取り戻す委員会」を立ち上げ、『緑のダム構想』を一緒につくっていた（今、そのときに事務局長を引き受けていた前原誠司さんが新政権下で国土交通大臣となられ「ダム中止」に動いているのは、その時に約束したことを、鳩山総理も前原大臣も実行しているということなのだ）。</p>

<p>　私たちが『緑のダム構想』を発表した直後に、長野には田中康夫知事が誕生し、翌2001年2月に「"脱"ダム宣言」をぶっぱなしている。それで私は、「天野礼子の川での役目はもう終わってもいい」と思った。1988年からの長良川河口堰建設反対に象徴される日本の川をとりもどす運動は、立派に世論になっていたからだ。</p>

<p>　しかし一方で、森のために働いている人は少なかった。戦後大造林された人工林は手入れがされず、悲惨な状態。私は「自分には川を見ていた右目の他に左の目もあり、それは森を見て悲しんでいたのではないか」と次第に思うようになった。</p>

<p>　そして最初にとった行動は、「全国森林組合連合会」へ行って、「月刊広報誌に書かせて」と申し入れることだった。日本中の山里で一番元気のないのが森林組合だったが、その中でもがんばっている人達を次々と登場させ、まだがんばれていない人に「あなたもこの人達のようにがんばれる」と書いた。それを一昨年にまとめた一冊が、「"林業再生"最後の挑戦」（農文協）だ。</p>

<p>　昨年7月には、養老孟司さんを委員長、C･Wニコルさんを副委員長に「日本に健全な森をつくり直す委員会」を結成し、養老さんとは「21世紀を森林（もり）の時代に」（北海道新聞社）も上梓している。</p>

<p>　民主党の菅直人さんには、2年前にドイツ林業を視察してもらった。民主党が先日の選挙のマニフェストで「作業道づくり」を林業政策としたのは、その成果。日本の人工林に一番必要な仕事は、作業道をつくって森の木を安く市場に出してくること。それがマニフェストに書き込まれたのだ。</p>

<p>　今年の9月18日には、「日本に健全な森をつくり直す委員会」が提言書を菅直人副総理に手渡した。提言書のタイトルは「石油に頼らず、森林（もり）に生かされる日本になるために」で、そこにはこんなことを書き込んでいる。「これから50年、石油使用を毎年1パーセントずつ減らそう」「そのためにも現在の森林率くらいはこれからも維持してゆこう」「10年間で、年間5千万立方メートルの木材を生産できる体制をつくり上げ、林業を2兆円規模のわが国の基幹産業に立て直そう」。</p>

<p>　こんなことが私の"森仕事"である。私は、日本国民の一人一人が自分の"森仕事"や"川仕事"を持って行動することが、20世紀に壊してしまった"森と川と海のつながりやつらなり"をとりもどすことではないかと考えている。<br />
　さて、あなたはどんな仕事をしますか？</p>]]>
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    <title>日本に健全な森をつくり直す委員会・ニュースレター</title>
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    <published>2010-02-24T12:58:32Z</published>
    <updated>2010-02-24T13:15:27Z</updated>

    <summary>「山おやじ三号」NO.7 (2010.2.22)  　　　立松さんが言い遺したこ...</summary>
    <author>
        <name>天野礼子</name>
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        <![CDATA[<p>「山おやじ三号」NO.7 (2010.2.22) </p>

<p>　　　<strong><big>立松さんが言い遺したこと</big></strong></p>

<p> 立松和平さんが２０１０年２月８日に６２歳で逝ってしまいました。私たち「養老委員会」には一編の彼のメッセージが残されました。２００９年12月９日に、「"古事の森づくり"で列島を歩いて」というテーマで、私達が出版しようとしている本の編集者である戸矢晃一さんに立松和平さんへのインタビューを試みていただき、お二人がそれをまとめられた原稿です。まさかこれが、"立松和平"が私たちに残した遺言になるとは思いもしないことでした。立松さんは８５歳くらいで往生すると御自分では考えておられたようなのです。 </p>]]>
        <![CDATA[<p>「日本林業は、"再生"するのではなくて、これから始まるのだ」。梶山恵司さんは、最近そうおっしゃいます。 </p>

<p> 確かに、今、地球を見まわすと、林業国として自動車産業よりも多くの雇用を林業から生み出し得ているドイツなどの西欧諸国は、１９７０年代に、全土に林業のための作業路網を張り巡らせていたり、「木材サプライチェーン」と呼ばれるような、林業の"川上"から"川下"までの輪（チェーン）が確立しています。日本をそれに比べると、森林率は世界第二位であり、他の技術では先進国であるにもかかわらず、「近代林業」においては３０年近く遅れを取っていると見え、「日本林業はこれから始まる」は、戦後に植えた人工林が使い頃に成長した今、一つの見方だと思います。 </p>

<p> しかし、立松和平が「古事の森づくり」で光を当てたものは何だったでしょうか。 </p>

<p> 私たちの"森の国ニッポン"には、千三百年も前からそこに建っている法隆寺が残されて伝承され、伊勢神宮は２０年ごとに建て替えられて、「建築の技術が未来へ伝えられている」というすばらしい現実があります。立松さんはこれを知らせ、「誇りを持って日本林業を伝承してゆこう」と、日本人に提案されたように思います。 </p>

<p> 民間から梶山さんや湯浅さん、林野庁からは山田寿夫さんたちが"林業再生"にチャレンジして、今、新政権が「"林政"を一からやり直す」ことにチャレンジし始めようとしています。この二つのグループがまるで「時代の要請」のように出逢えたところに、日本林業と日本の森の"幸せ"があったと思えます。いえ、この「出逢い」は、偶然なのではなく、日本列島におわす神仏たちが私たちと未来のためにつくってくれたものにちがいないのです。 </p>

<p> ９月１８日に菅直人さんに私たちの提言書を渡したことを立松和平さんにＦＡＸで報告すると、すぐに一通の返信が私に返ってきて、そこにはこう書いてありました。 </p>

<p> </p>

<p>「日本に健全な森をつくり直す委員会」の一員であることに、誇りを持っています。<br />
私をこの委員会に誘ってくれて、ありがとう。 </p>

<p> </p>

<p> こういった急速な改革時は、ともすれば小さな視点を見失いがちです。山元でいま生きている人達が、高齢であり、弱小であり、古い技術しか持っておらず、情報も届きにくいことに、国民全体が最大の気配りをしてゆくことを忘れないでほしい。 </p>

<p> 立松和平は、そう思いながら先に旅立ってしまったのではないかと私は考えています。梶山さんと、新政権と、林野庁には、くれぐれもそれを「心して」いただきたく存じます。 </p>

<p> 立松和平さんが残した「古事の森づくり」の精神を引き継いでゆくことを、皆様と共に立松さんの墓前に誓いたいと思います。</p>]]>
    </content>
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    <title>長良川河口堰も撤去！</title>
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    <published>2010-02-05T15:15:27Z</published>
    <updated>2010-02-05T15:20:21Z</updated>

    <summary>心待ちにしていた&quot;荒瀬ダム撤去&quot;が、ようやく各紙に載った２月３日。私に愛知県岡崎...</summary>
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        <name>天野礼子</name>
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        <category term="公共事業" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.the-journal.jp/contents/amano/">
        <![CDATA[<p>心待ちにしていた"荒瀬ダム撤去"が、ようやく各紙に載った２月３日。私に愛知県岡崎市のＫさんからメールが入りました。１０月１８日に桑名で私たちが開催した、長良川河口堰撤去を求めるための「長良川救済ＤＡＹ」以降の私のＨＰ「あまご便り」や、高野孟さんとのブログ集「The　Journal」に、長良川河口堰についての私のコメントが載らないのはなぜか、という質問です。</p>

<p>「ダム撤去」は、私が政治のあやまりから運用されてしまった長良川河口堰のゲートを上げ、長良川を救済するために、アメリカのダムをつくってきた、「ＴＶＡ」「開墾局」「陸軍工兵隊」に１９９５年に教えを受けて、日本に持ち帰ったキーワードです。<br />
</p>]]>
        <![CDATA[<p>私には、「"ダム撤去"への道」（東京書籍）という、法政大学の五十嵐敬喜教授との共著があります。（読んでみてください）</p>

<p>２０００年１１月に、当時の民主党代表であった鳩山由紀夫氏と、同党ネクストキャビネット社会資本整備担当大臣である前原誠司氏は、私や五十嵐さんら「公共事業を国民の手に取り戻す委員会」（鳩山代表が９月につくった特別諮問機関）がつくった「緑のダム構想」を持って、熊本県球磨川に計画されている「川辺川ダム」の建設現地五木村入りをされました。</p>

<p>その後、当時の熊本県知事である潮谷義子さんが考えられたのが、自分を応援する自民党の手前は川辺川ダムに知事として「反対」といえないが、そのかわりに、同流域の荒瀬ダムを「撤去」しようというアイデアでした。</p>

<p>しかし、今、知事をされている蒲島さんは、知事就任後には「荒瀬ダムを撤去しない」と発表されていました。</p>

<p>それを、「撤去」に変身させたのは、前原誠司さんだと私は知っています。</p>

<p>それ故に、長良川河口堰撤去は、私が今これ以上の行動をとらなくても、今年は秋に名古屋で「生物多様性条約締結国会議」もあり、必ずや民主党の政治的課題に挙がると信じて、「あえて」動かずにいるということです。</p>

<p>「荒瀬ダム撤去」が進行すれば、２０１１年には水利権更新を迎える高知・四万十川本流の「家地川堰」も尾崎正直知事自らの「撤去」宣言があるかもしれません。</p>

<p>私が愛している「長良川」は、それらの流れの中で、必ず河口堰のゲートが上げられると確信しています。</p>

<p>今、この文章を、菅直人さんが１０月１８日の「長良川ＤＡＹ」に寄せてくださったメッセージを録音したＣＤの前で書いています。<br />
東京の友人、佐藤弘弥さんがこの録音をしてくれた後、私と菅さんを並ばせて撮影してくれ、その写真がこのＣＤの表紙に使ってあるのです。</p>

<p>私は、これまで長良川のために闘って、亡くなっていった開高健師、村瀬惣一さん、恩田俊雄さんの写真が飾ってある仏壇に、このＣＤを１０月１９日から添えています。</p>

<p>いつか遠からぬ日に必ず、長良川河口堰のゲートを上げ、日本中の不要となったダムの撤去を、これらの亡き勇者に報告するつもりです。</p>

<p>Ｋさん、ありがとう。私はこれでも、考えているのです。<br />
</p>]]>
    </content>
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    <title>私の&quot;森仕事&quot;</title>
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    <published>2010-01-29T02:54:44Z</published>
    <updated>2010-01-30T09:11:17Z</updated>

    <summary>カゼをひいてノドをいためて、もう2週間近く。奈良県吉野山の「清光林業」、東吉野の...</summary>
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        <name>天野礼子</name>
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        <category term="“森仕事”と“畑仕事”" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="林業の再生" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.the-journal.jp/contents/amano/">
        <![CDATA[<p>カゼをひいてノドをいためて、もう2週間近く。奈良県吉野山の「清光林業」、東吉野の「ポロＢＣＳフォレスタリー事業部」、福井市の素材生産業者「ネイチャー６」の山や作業地をうろつきながら、島根県と奈良県の、県、山元、"川下"と称される建築家たちとの会合などを重ねる一ヶ月でした。</p>

<p>1月21日から24日は、長崎県対馬で、対馬森林組合と、「日本に健全な森をつくり直す委員会」、「"森里海連環学"実践塾」、「町の工務店ネット」が共催するシンポジウムを行い、天然林・人工林の二つの森へのツアーもニコルさんと行ってきました。<br />
</p>]]>
        <![CDATA[<p>雪に吹雪かれたり、雨に濡れたり、風に吹かれたり、寒い目に逢ったりするので、カゼは治らないです。しかし、今は、ノドにタンがからんでいるので、もうすぐ治るかもしれません。</p>

<p>とはいえ、本日28日も、これから和歌山市へゆき、紀州林業会の総会で講演。29日は、関西空港から飛行機に乗って、東京へゆき、マンガ家の魚戸おさむ氏と、私が朝日新聞社から春に出版する「有機な人々」のための対談。<br />
　<br />
この夜は、ひさしぶりに、林野庁長官らとの会合（という名の飲み会）をセットしています。（もちろんワリカンです）</p>

<p>私は、こういった仕事を、"森仕事"と称しています。魚戸氏との29日の対談の方は、"畑仕事"でしょうか。</p>

<p>先日、私のブログへの書き込みで、ある方々が「美林づくりもよいが、川下を考えているのか」とおこごとでした。くやしーい！</p>

<p>対馬では、「"森里海連環学"実践塾」と「町の工務店ネット」が協働しました。この「実践塾」というのは、「ＯＭソーラー協会」を立ち上げ、今は「町の工務店ネット」を主宰される小池一三氏が、私を塾長に、自分を塾頭にしてつくった、「工務店が賢くなって、施主さんと一緒に、流域材を使ってゆくことを進めてゆく」ための勉強会。</p>

<p>こんなことも、あんなこともやっているのに、私にブログを書く時間がないために、皆さんに十分な情報をお知らせできていないことに悩みを持っています。</p>

<p>対馬でのシンポは、小池一三氏の「町の工務店ネット」新聞"びお"に報告されています。</p>

<p>住まいネット新聞「びお」　　<a href="http://www.bionet.jp/">http://www.bionet.jp/</a><br />
書くことが好きな方は、筆まめな小池氏の"びお"も配信を受けられ、交流されるとよいと思います。</p>

<p>私は、今はペンよりも行動と、歩いたり走ったりしています。私の推薦で国家戦略室の一員となられた梶山恵司さんが林野庁とつくられた「森林・林業再生プラン」と「第二次補正予算」が、林野庁のＨＰには載っているので、これもご覧ください。</p>

<p>忙しくて、痩せるヒマがないのが私の一番の悩みです（笑）。<br />
</p>]]>
    </content>
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    <title>自然に学ぶ&quot;森里海連環学&quot;</title>
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    <published>2010-01-15T09:37:02Z</published>
    <updated>2010-01-15T09:45:04Z</updated>

    <summary>山陰中央新報連載　自然に学ぶ&quot;森里海連環学&quot;　No.９ 「生物多様性年」　　一か...</summary>
    <author>
        <name>天野礼子</name>
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        <category term="森里海連環学" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.the-journal.jp/contents/amano/">
        <![CDATA[<p><strong>山陰中央新報連載　自然に学ぶ"森里海連環学"　No.９</strong></p>

<p><em>「生物多様性年」　　一からやりなおす</em></p>

<p>「生物多様性条約第10回締結国会議」が10月18日から名古屋市で開催され、日本が議長国を務める今年は、おそらく各新聞社でも年頭から"生物多様性"という言葉を使う紙面が増えるだろう。</p>

<p>「生物多様性条約」は、1992年にブラジルのリオデジャネイロで行われた「国連環境開発会議（地球サミット）」で、「国連気候変動枠組み条約」とともに採択され、168カ国が署名したもの。条約は93年に発効し、現在は191の国と地域が参加している。</p>

<p>私はその92年のリオデジャネイロに、川の非政府組織（NGO）として参加し、現地でシンポジウムを組み立てた経験を持っている。<br />
</p>]]>
        <![CDATA[<p>日本ではほとんどの国民が知らないので残念なのだが、2007年にわが国の農水省は、「農林水産省生物多様性戦略のポイント」というものをひっそりと（国民にほとんど知られていないのだから、私にこういう風に書かれても仕方ない）発表している。書かれていることは、素晴らしすぎて信じられないほど、まともなこと。いわく。</p>

<p>「農林水産業は、人間の共存に必要な食料や生活物資などを供給する不可欠な活動であるとともに、多くの生き物にとって、貴重な生息・生育環境の提供、特有の生態系の形成・維持など生物多様性に貢献」、「しかし、不適切な農薬・肥料の使用、経済性や効率を優先した農地・水路の整備、埋め立て等による藻場・干潟の減少など一部の農林水産業の活動が生物多様性に負の影響」と。</p>

<p>驚くべきことに、そこに添えられている写真はなんと、諫早水門の閉じられている姿なのだ。</p>

<p>戦後アメリカから移入した農薬を使う指導を農協に続けさせてきた農林水産省が、農薬の弊害を初めて"負の遺産"と認め、干潟などの埋め立てが生物の多様性を損ね、生存に必要な食料の獲得にとっては、かえってマイナスでもあったと認めているのだ。</p>

<p>どうして、こんなことを、わが国は大声で言わないのだろう。また新聞諸紙も、それを今まで報道しなかったのだろう。</p>

<p>この国には、「一からのやりなおし」がどうも必要な気がする。</p>

<p>森と川と海との"つらなり"や"つながり"を問う「森里海連環学」が、今年こそ、そしてこれからこそ、必要な年になったと強く認識している。<br />
</p>]]>
    </content>
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    <title>総理官邸へ、が昨年の「仕事納め」</title>
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    <published>2010-01-05T10:05:20Z</published>
    <updated>2010-01-05T10:10:29Z</updated>

    <summary>2009年の最後の仕事は、総理官邸へ12月30日に出かけることでした。 「新成長...</summary>
    <author>
        <name>天野礼子</name>
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        <category term="“森仕事”" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.the-journal.jp/contents/amano/">
        <![CDATA[<p>2009年の最後の仕事は、総理官邸へ12月30日に出かけることでした。</p>

<p>「新成長戦略」を鳩山総理が記者発表されるというので、「町の工務店ネット」の小池一三氏と相談の上、24の展示物の一つに「四つの時代の住宅の断熱のちがい」をつくって並べたのです。<br />
　<br />
他の発表物は、人間ロボットの「アシモ君」や村田製作所の「ムラタセイコちゃん」、ロケットや電気自動車といったハイテク先進技術ばかり。</p>

<p>鳩山総理はアシモ君と握手したりして、カメラ目線で笑ってみせます。</p>

<p>私たちの展示は、①「断熱化は、地球環境に負荷を掛けないで住宅の居住性能を向上させる技術」であり、②エネルギーロスが大きい1980年の「省エネ基準」以前の住宅がまだ全住宅数の40パーセントを占めている日本では、近30年以内に"大地震"が来ることも予想されるのだから、「断熱の改新」と「耐震」をリフォームででもやっておくことが、国産材の出口にもなり、総理が命題とされる「CO2の25パーセント削減」にとっても役立つ、というもの。</p>]]>
        <![CDATA[<p>赤い服を着て私が立っていたので総理は立ち止まり、「来ていらっしゃったんだ」と挨拶してくださいましたが、展示物にはあまりピンとこない様子でした。</p>

<p>翌日は、読売は書かず、朝日は「つけ焼刃だ」と論評していました。「こんな先進技術は民主党政権以前からあったもので、何も目新しい"新成長戦略"ではないではないか」というのです。私も、そう思っていました。</p>

<p>私たちを官邸での展示に呼んだのは、菅さんの国家戦略室。私と一緒に「日本に健全な森をつくり直す委員会」（委員長　養老孟司）活動をしている前・富士通総研主任研究員の梶山恵司氏が、今は戦略室で内閣審議官を務め、林野庁と、「森林・林業再生プラン」と「第二次補正予算」を一緒に作っているのです。</p>

<p>菅さんは、「植物で生きる日本にしたい」とおっしゃり、当委員会は、「石油に頼らず森林（もり）に生かされる日本になるべき」と主張しています。</p>

<p>森のために働くことを私は"森仕事"と称していますが、2009年はこのように官邸での"森仕事"で終わりました。</p>

<p>2010年の「仕事始め」は、明日1月6日に島根県庁へゆき、「森林・林業を見直すために」と称する勉強会を実行します。</p>

<p>梶山さんと林野庁がつくった「第二次補正予算」を使って、作業道を造ったり、"森林プランナー"を育てたりすることを今年は大いに進めようという勉強会です。</p>

<p>私はこんな勉強会を、1月12日には奈良県庁の方々と行います。<br />
松江は、今夜から大雪のようです。</p>

<p>あなたは今年、"何仕事"をなさいますか？</p>

<p>官邸での発表について詳しくは小池氏の「町の工務店ネット」のネット新聞「びお」で、「もうひとつの成長戦略」を参照ください。</p>

<p><a href="http://www.bionet.jp/2009/12/seityosenryaku/#commentlist">http://www.bionet.jp/2009/12/seityosenryaku/#commentlist</a></p>]]>
    </content>
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    <title>ついにダウン！9月18日からの日々</title>
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    <id>tag:www.the-journal.jp,2009:/contents/amano//43.6223</id>

    <published>2009-11-06T12:29:20Z</published>
    <updated>2009-11-06T13:33:01Z</updated>

    <summary>　10月31日朝、高知県仁淀川源流の&quot;水鳥庵（と呼んでいる自分の小屋）&quot;で、ふと...</summary>
    <author>
        <name>天野礼子</name>
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    </author>
    
        <category term="“森仕事”" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="森林政策" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="河川政策" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="身辺近況" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.the-journal.jp/contents/amano/">
        <![CDATA[<p>　10月31日朝、高知県仁淀川源流の"水鳥庵（と呼んでいる自分の小屋）"で、ふと手を伸ばしたとたんに腰がギクリ。これが"ギックリ腰"ですか。今11月2日、布団にまだ寝ながらこの文章を推敲しています。</p>

<p>先回の発信は9月15日でした。それからの忙しい日々を振り返ってみます。多分、これが、ギックリ腰の要因なのでしょうから。</p>

<p>　9月18日。菅直人さんとの乾杯。<br />
・「日本に健全な森をつくり直す委員会」の提言書を「林政記者クラブ」にて発表。発表者は養老孟司委員長と、Ｃ.Ｗ.ニコル副委員長。（後ろに、発表物を掲載しています）<br />
・「養老先生の希望される時間には面会はできないが、大阪へ帰らず、五十嵐敬喜法政大学教授と一緒に会ってくれ」、菅直人さんからこんな電話をいただき、指定された場所に五十嵐さんと午後9時に行きました。<br />
</p>]]>
        <![CDATA[<p>「今日、総理官邸の中に、まず国家戦略室をつくりました。次の国会で法制化されると"国会戦略局"になります。三人で、お祝いしたかったのです。ワインを空けましょう。何のお祝いかというと、これは天野礼子が起こした"市民革命"なのです。だってそうでしょ。あなたが、岐阜の社民連の事務局長の村瀬惣一さんが細々とやっていた「金丸の長良川河口堰」に反対する闘いに、１９８８年に火をつけ、国会の中に持ち込んで、１９９４年からは、日本に「日照権」を確立した辣腕弁護士の五十嵐さんも味方につけて、「長良川」を、"公共事業の悪しき図式"と闘う国民運動とした。</p>

<p>今、政権交代が成立して、見てごらんなさい。総理も「ダム反対」と言う、民主党や与党もそう言う、国土交通大臣も、あなたがずっと言い続けてきた「ダム反対」を言っているじゃありませんか。あなたは「建設省」という本丸をついに倒したのです。これが"市民革命"なんですよ。</p>

<p>私は、自分が"国家戦略室"を官邸内に作れたこの日に、誰よりも、あなた方と乾杯したかった。</p>

<p>ありがとう。天野さん、他の誰があなたをほめてくれなくても、僕は知っている。あなたの苦労を。死んだ村瀬さんも、喜んでくれているだろう。ちっぽけな"社民連"から出た私が、副総理になったことを・・・」。</p>

<p>何杯も乾杯を繰り返し、3本のワインがこの夜空きました。</p>

<p>9月19日、島根県高津川へ。<br />
20日、最後のアユ釣り。21日、カルチャー教室「自然に学ぶ"森里海連環学ｉｎ益田」。25日、「清流高津川を育む"木の家づくり"協議会」委員会。</p>

<p>9月29日～10月1日、対馬へ。<br />
長崎県対馬の森林組合長が、「日本に健全な森をつくり直す委員会」と「京都大学"森里海連環学"」を来年1月に招くシンポジウムを行いたいと希望され、初めて対馬へ渡る。<br />
かつては「対州桧（たいしょうひ）」というブランドがあった対馬からの"林業再生"をめざすための一歩です。</p>

<p>10月4日、高知にて京大のシンポ。<br />
京都大学が仁淀川の森で「間伐をすると森にどのような変化が起こるか」を実験しています。私が顧問を務める「仁淀川の"緑と清流"を再生する会」と京大が、実験の途中経過を報告する共催シンポを行いました。</p>

<p>10月６日、箱根"養山荘"から東京へ。<br />
・「日本に健全な森をつくり直す委員会」の養老孟司委員長と、64銀行でつくる「「日本の森を守る地方銀行有志の会」の幹部銀行である四国銀行の青木泰章頭取に、養老先生の別荘で対談をしてもらいました。11月16日に高知市で行うシンポジウムのための新聞全面広告作成。<br />
・対談後、東京へ。林政の方針、決まる。<br />
政権樹立後に農林水産副大臣となられた山田正彦氏に、梶山恵司さんと二人で面談。<br />
・梶山さんが二年前の正月に、民主党「農業再生委員会」の菅さん、山田さんらをドイツ林業視察に連れ出して以来、その「農業再生委員会」は"林業再生"もテーマと持ってきています。<br />
その縁からこのたび梶山さんは、内閣審議官となられ、菅さんの国家戦略室のメンバーに11月2日より入られることになりました。初めての山田副大臣と私ども、俗称「養老委員会」との「林野行政をどうするか」のミーティングがこの10月6日でした。詳しくは、「日本に健全な森をつくり直す委員会」の<a href="http://www.uranus.dti.ne.jp/~amago/yamaoyaji5.doc">ニュースレター「山おやじ三号」</a>を参照ください。</p>

<p>10月7日、前原国土交通大臣に会う。<br />
「町の工務店ネット」代表の小池一三氏より託された「若者よ、家を持とう！」という提案を、前原誠司国土交通大臣に手渡しました。詳しくは<a href="http://www.bionet.jp/2009/10/teigen/">ネット新聞「びお」</a>を参照ください。</p>

<p>10月8日、9日。伊勢神宮へ。<br />
「日本に健全な森をつくり直す委員会」の提言書を、伊勢神宮に奉納しました。</p>

<p>10月10日、「朝市ファーマーズ」を取材。<br />
名古屋の、地下なのに青空が見える市民広場で、有機農作物だけを販売する市場が毎週土曜に開かれているのを取材。<br />
これまでに取材してきた有機農業をまとめて来年1月、朝日新聞社より「有機な人々」の一冊を出版します。</p>

<p>10月11日～13日、島根へ。<br />
12日は、カルチャー教室「自然に学ぶ"森里海連環学"in　益田」で間伐体験講座。この朝には、流域の若者たちとつくる「山仕事ひきうけ隊」との会合も致しました。<br />
13日は、益田翔陽高校で講演。</p>

<p>10月15日、上京。養老さんと菅さん。<br />
「有機な人々」に載せる対談を養老先生にお願いして、収録。<br />
その後、国会へ向かい、10月18日の「長良川救済DAY」に来られない前原国交大臣に代わり、菅副総理のビデオメッセージを会場で流すためにインタビューをさせてもらいました。</p>

<p>10月16日、高知へ。<br />
11月16日の高知でのシンポの打ち合わせのため、飛行機で往復しました。</p>

<p>10月17日、18日。長良川救済DAY。<br />
17日は「水郷水都全国会議in 桑名」が、18日は「長良川救済DAY」が、桑名市役所の5階大会議室で開催できました。<br />
反対派の集会を、市役所の中でやったのは初めてでしたが、長良川河口堰のゲートを下ろした現地所長の宮本博司さんと「日本のダムの点検をどのように進めるか？」を同じ壇上で話し合う日が来るとは・・・。感無量。<br />
宮本さんはパネルディスカッション時に、私の隣で、こう発言されました。<br />
「今日、あれから（ゲートを下ろして）久しぶりに、一人で河口堰の上に立ち、こう思いました。『あの時、俺は、戦争に放り込まれていたんやな。天野さんと金丸さんなるものとの戦争の渦中に』と。公共事業を、"戦争"でやってはいけないんです。公共事業は、パブリック・ワークスなんですから」。<br />
田中康夫さんが、1時から5時までゲストとして座っていてくれました。「皆さんの、"河口堰撤去"をグリーンニューディールにというメッセージを新政権は早く受けとめて、それを雇用対策とすべきだ」としんみり語ってくれました。菅さんのビデオメッセージは、そのあとに流しました。<br />
菅さんは、「"植物で生きる"社会づくりを早くやろう」と語りました。</p>

<p>10月30日、山田正彦農林副大臣に正式面会。<br />
C.W.ニコル「日本に健全な森をつくり直す委員会」副委員長の手で正式に、農林水産副大臣山田正彦氏に<a href="http://www.uranus.dti.ne.jp/~amago/yourouteigen.doc">「提言書」</a>が手渡され、一般紙へ向けて「農政記者クラブ」で提言書を発表しました。</p>

<p>11月1日、高知へ。そしてギックリ腰に。</p>

<p>11月3日。<br />
明日3日は、「高知４３９国道有機協議会」（事務局長・天野礼子）の活動をNHKが撮影します。<br />
「日本一おいしいイタリアン」と称される山形県「アル・ケッチァーノ」シェフ奥田政行氏を招いての、高知の山下一穂の有機野菜と勝負させる食事会を、NHKが撮るのです。明日、パジェロを自分が運転して、空港に客を迎え、4時間の食事会の司会の間じゅう、立っていられるかなぁー。</p>

<p>　私の9月1５日からの日々を書いてみました。こんな毎日の中で、「長良川河口堰のゲートを上げ、長良川を救済すること」や「林業再生」のために走りまわること」、「有機農業を広めること」に取り組んでいます。１９８８年から始めた「ダム反対」は、19歳から34歳まで年間百回以上、内外の川や湖や海を見てきて、日本のどこにも、「ダムができて幸せになった山村」がないことを実感したからでした。このブログの書き込みには「人命をこそ守れ」「知事は全員反対なんでしょ」のようなご意見がありますが、「ダム計画があるから堤防が強化されず、新潟水害では多くの死者が出て」います。私のつたない幾つかの著書でもお読みになれば、「ダムが水害をつくる」ことはおわかりいただけると思います。</p>

<p>　脳内に「脳動静脈奇形」を抱えながら、毎日走っています。<br />
「たまには休め」と、神様がギックリ腰にしてくださったのに、またこのように仕事をしてしまいました。バカかなぁー。</p>

<p>　11月4日は、朝7時の高速バスに高知駅から乗り、高津川森林組合長と対馬森林組合長とに岡山県の「銘建工業」で合流。工場視察のあと、車で京都府「日吉町森林組合」へ。翌5日は奈良の吉野「清光林業」を、視察。<br />
6日にようやく１週間ぶりに帰阪というスケジュールなのです。<br />
　やっぱりバカでしょう。誰にも頼まれないのに、こんなに働いて。<br />
</p>]]>
    </content>
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    <title>シンポジウム「高知を、森から元気にしていくために」のご案内</title>
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    <published>2009-09-28T11:59:43Z</published>
    <updated>2009-09-28T12:25:54Z</updated>

    <summary>県土の８４パーセントを林野が占める高知県では、林野庁が近年進める&quot;林業再生&quot;に先...</summary>
    <author>
        <name>天野礼子</name>
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        <category term="林業の再生" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="森林政策" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.the-journal.jp/contents/amano/">
        <![CDATA[<p>県土の８４パーセントを林野が占める高知県では、林野庁が近年進める"林業再生"に先んじて「森の工場」づくりに取り組んでこられています。</p>

<p>森林所有者をとりまとめ、作業道をつけて山から安く材が出せる社会システムを構築し、「所有者に利益が出る林業」をめざしているわけです。</p>

<p>このたび、高知県の林業・林産業を支える皆様と「日本に健全な森をつくり直す委員会」が協働シンポジウムを開催致します。</p>

<p>「高知を、森から元気にしてゆく」取り組みが進めば幸いです。</p>

<p><br />
<strong><a href="http://www.uranus.dti.ne.jp/~amago/text/yourousinpo.html">シンポジウム「高知を、森から元気にしていくために</a>」</strong><em></em></p>]]>
        
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    <title>祝・政権交代！&quot;八ツ場ダム中止&quot;と&quot;ダム撤去&quot;</title>
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    <published>2009-09-14T15:11:31Z</published>
    <updated>2009-09-12T10:20:46Z</updated>

    <summary>国交省が、予定している入札をペンディングにするということが起こりました。政党がマ...</summary>
    <author>
        <name>天野礼子</name>
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        <category term="公共事業" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.the-journal.jp/contents/amano/">
        <![CDATA[<p>国交省が、予定している入札をペンディングにするということが起こりました。政党がマニフェストに書き込み、政権が交代すれば何ができるかを国民は見たと思います。</p>

<p>今回民主党がマニフェストに書き込んでいた「川辺川ダムと八ツ場ダムの中止」は、大きな予算を減額できるという見た目の効果はありますが、実際にトータルすると、あまり減額ではないかもしれません。従って、経済効果だけでダム中止を見ては本質を見失います。</p>

<p>鳩山さんの「ダム中止」は、彼が2000年に私に依頼して「公共事業を国民の手に取り戻す委員会」を代表の特別諮問機関として発足させた時からの路線で、2000年11月1日に、この委員会が作った報告書「緑のダム構想」を持参して川辺川現地入りをされた時に始まっています。</p>

<p>民主党はその委員会と共に、コンクリートのダムに依らず、「緑（森林）のダム」をつくって治水しようと決めたわけです。<br />
</p>]]>
        <![CDATA[<p>「ダムに依らなくても治水はできる」「利水上もこれ以上の水資源は必要ないにもかかわらず、"多目的"と称してダム造りが続けられたのは、政官財癒着腐敗の図式にあった」「ダムによる自然破壊は、ダム造りが始まった頃に予想されていた被害に比べて大きすぎる」ことが、ダムが中止される理由です。</p>

<p>オバマ政権と民主党の今のところの違いは、日本の民主党はまだ従来の公共事業に代わる「グリーン・ニューディール（緑のたて直し策）」を提案できていないことです。<br />
「ダム中止」では予算が減額するだけですが、「ダム撤去」なら、新たな公共事業が発生します。それがグリーン・ニューディールです。そしてその工事代金がどこから捻出できるかが問題でしょう。</p>

<p>社民党の福島党首は「軍事費の削減」に目をつけておられます。これも巨額です。アメリカの傘の下にいるのに今ほどの軍備をしているのは「アメリカに買わされているだけ」とも見えます。「グリーン・ニューディール」で、経済をまわしてゆく策を考えることが、日本民主党の急がれる仕事と思います。</p>

<p>私自身は、「軍事費を減額すれば、いろいろなことに使えるのに・・・」と思っている一人です。</p>

<p>10月18日には仲間たちと、以下のように「長良川救済ＤＡＹ」という長良川河口堰撤去の提案を実行します。</p>

<p>「長良川河口堰撤去の金はどこから捻出するの？」<br />
手厳しい「The JOURNAL」の視聴者からまたまたつっこまれそうですが、そんなことは政治家が考えるべきことでしょう。アメリカのオバマさんがやっていることが日本にできないとは思えません。</p>

<p>私自身が関わった事例では、四万十川に唯一ある家地川堰撤去のための1999年の運動時に、「ダムを撤去すれば天然アユが復活して、それだけでも年間36億円の経済効果が生じる」と科学的に試算されていました。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　</p>

<p><br />
<strong>「２００９．長良川救済DAY」</strong><em></em><big></big><br />
      <strong>政権交代、成立!</strong><br />
  <em>「長良川河口堰撤去が、日本版"グリーン・ニューディール"となる」</em>　<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
　アメリカでは、オバマ大統領の「グリーン・ニューディール」に、"ダム撤去"が含まれています。<br />
　日本でも、"昭和の国引き"と若き日の竹下登が進めていた島根県中海の干拓が今春ようやく「中止」されて、干拓予定地を仕切っていた森山堤防が、２８年ぶりに取り壊されて通水しました。<br />
　これは、７億円をかけた農水省の"自然再生事業"です。<br />
　来年２０１０年は、名古屋で「生物多様性条約締結国会議」が開催されますが、農水省はすでに「生物多様性戦略」を発表し、そこには「不適切な農薬・肥料の使用、経済性や効率性を優先した農地・水路の整備、埋め立て等による藻場、干潟の減少など一部の農林水産業の活動が生物多様性に"負の影響"を与えていた」と書かれており、なんとそこには、諫早水門閉め切りの写真が載せられています。長良川河口堰の次には、諫早水門の撤去をめざしましょう。正しく"公共事業"を使う事例を重ねるのです。<br />
　<br />
　長良川河口堰は、竹下サンが総理になった時に、金丸サンが田中角栄総理時代に建設大臣であった時の計画を再び動かして強引に完成させてしまった事業であったと今では知られている、「無駄な公共事業」の典型でした。金丸の金の延べ棒が発見された時、朝日新聞が大成建設と鹿島建設が金丸建設大臣を仲介にかつて、長良川河口堰について談合をしていたと報道していました。<br />
　その河口堰が日本中の反対にもかかわらず完成し、社会党建設大臣の判断によって、１９９５年７月に閉じられてから、１４年。長良川河口堰の反対運動が１９８８年に再燃してから２１年目のこの秋、"政権交代"もなしとげられ、私たちは「死につつある長良川」を救うために、いよいよ結集します。</p>

<p>主催　長良川河口堰建設に反対する会</p>

<p>後援　公共事業チェック議員の会<br />
　　　　（財）ＷＷＦジャパン</p>

<p></p>

<p>「２００９．長良川救済ＤＡＹ」企画（案）</p>

<p>日時　２００９年１０月１８日（日）１３：００～１７：００<br />
　　　（前日１０月１７日（土）には「水郷水都全国会議・桑名大会」が同地で開催されます）</p>

<p>場所　三重県桑名市役所　５階大会議室（桑名市中央町）</p>

<p><br />
①　河口堰運用で、長良川は今？<br />
  ・「死につつある長良川」　　<br />
　　粕谷志郎（岐阜大学教授）　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
　・「河口堰も木曽川導水路も、血税の無駄使い公共事業にすぎない」　　　　　　　　　　　　<br />
　　　武藤仁（「長良川に徳山ダムの水はいらない市民学習会」事務局長）</p>

<p>②　"ダム撤去"がアメリカの「グリーン・ニューディール（やり直し策）」<br />
　・アメリカ　「"グリーン・ニューディール"としてのダム撤去」　　　　　　<br />
　　　アメリカン・リバース　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　</p>

<p>③　パネルディスカッション　　<br />
　「日本のダムの点検をどのように進めるか？」　　　　     　　<br />
　今本博健（第1次「淀川流域委員会」委員長・京都大学名誉教授）<br />
　宮本博司（第3次「淀川流域委員会」委員長・元河川官僚）<br />
　沖　大幹（東京大学「生産技術研究所」教授）<br />
　五十嵐敬喜（法政大学教授）<br />
　進行役　<br />
　　天野礼子（「長良川河口堰建設に反対する会」事務局長・アウトドアライター）<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
④　政治家のリレーコメント（交渉中）　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
  ・北川石松（元・環境庁長官）「長良川河口堰を撤去し、長良川を救済せよ！」　　　　　　　   　<br />
  ・菅　直人（副総理・国家戦略局担当相）「民主党は"ダム撤去"をグリーン・ニューディールとする」<br />
  ・田中康夫（「新党日本」代表）「"脱ダム"と"ダム撤去"が２１世紀ニッポンの要求である」<br />
  ・亀井静香（「国民新党」代表）「私がつくった"自然再生推進法"が河川をよみがえらせる」</p>

<p><br />
⑤　全国河川からのリレー報告　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　</p>

<p><br />
＜筆頭呼びかけ人＞　　　　北川石松（長良川河口堰建設に反対した元・環境庁長官）　　　　　</p>

<p>＜実行委員長＞　　　　　　今本博健（第1次「淀川流域委員会」委員長・京都大学名誉教授）</p>

<p>＜実行委員＞　<br />
五十嵐敬喜（法政大学教授・公共事業論）　<br />
保母武彦（島根大学名誉教授・経済学）　　　　　　<br />
大熊孝（新潟大学名誉教授・河川工学）　　<br />
天野礼子（「長良川河口堰建設に反対する会」事務局長）</p>

<p>＜呼びかけ人＞　<br />
C.Wニコル（作家）　　　　　　　　　    <br />
立松和平（作家）　　　　    <br />
夢枕獏（文筆業）　<br />
尾池和夫（財・国際高等研究所所長）　 　<br />
近藤正臣（役者）　　　　    <br />
辰野勇（株・モンベル会長）　　　　　　　　　<br />
村上康成（絵本作家）                  <br />
雁屋哲（「美味しんぼ」原作者）　　　  <br />
菅直人（民主党代表代行）　　　　　　　 <br />
志位和夫（日本共産党委員長）　<br />
岡崎トミ子（参議院議員）<br />
金田誠一（前・衆議院議員）　　　　   　<br />
福山哲郎（参議院議員）　      <br />
近藤昭一（衆議院議員）　　<br />
辻元清美（衆議院議員）　　             <br />
保坂展人（前・衆議院議員）    <br />
稲見哲男（衆議院議員）<br />
鈴木英幸（元・自治労政治政策局長）　　 <br />
塩原洋光（元・建設大臣野坂浩賢政務秘書官）　　　　　　　　　<br />
福山真劫(「フォーラム平和・人権・環境」事務局長)  　   　　  <br />
山内克典（岐阜大学名誉教授）　　　　    　 　 <br />
粕谷志郎（岐阜大学教授）　　　<br />
千代延明憲（第２次・第３次淀川流域委員会委員）　  <br />
村瀬たけの  　　　　　　　    <br />
大森恵（「長島・河口堰を考える会」代表）        <br />
加藤良雄　　　　　　<br />
成田正人 (桑名市議会議員)     <br />
堀敏弘　　　<br />
高木久司（「長良川河口堰建設に反対する会・岐阜」代表）<br />
</p>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>柿木村斉藤君たち、その後</title>
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    <id>tag:www.the-journal.jp,2009:/contents/amano//43.5919</id>

    <published>2009-09-12T09:58:24Z</published>
    <updated>2009-09-14T13:45:20Z</updated>

    <summary>林業のことを心配している人が多いことが、あまり更新しない私のブログへも林業には反...</summary>
    <author>
        <name>天野礼子</name>
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    </author>
    
        <category term="林業の再生" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.the-journal.jp/contents/amano/">
        <![CDATA[<p>林業のことを心配している人が多いことが、あまり更新しない私のブログへも林業には反応があることでわかりました。<br />
9月18日（金）には、林野庁記者クラブで私が事務局を務める「日本に健全な森をつくり直す委員会」（委員長　養老孟司、副委員長　C.W.ニコル、俗称「養老委員会」）が初めての提言を発表いたします。</p>

<p>私はその後も島根県吉賀町柿木村の斉藤君たちと、「山仕事ひきうけ隊」（という名称で、「山仕事をひきうけたい」と思ってくれる人を育ててゆくのです）の活動を続けています。<br />
"水質日本一"に２年連続なった、延長81ｋｍでダムのない天然河川、島根県高津川から「日本林業を再生してゆこう」という大志を持って、「山から材を安く出せる生産システムをまずつくろう」と考えているのです。<br />
</p>]]>
        <![CDATA[<p>8月25、26日には、大阪の81歳の「作業道づくり」の大家、大橋慶三郎さんの山を見学、そのまま奈良県吉野の清光林業へ走り、大橋さんの弟子を25年以上も続けている岡橋清元さんの山での作業道づくりを視察しました。</p>

<p>さかのぼる6月8日～10日には同メンバーで、京都府日吉町森林組合と兵庫県の山田林業も視察しています。（私はこのように、自分が「これ」と見込んだ人物たちには、どんどん現場を見てもらうために自分自身も何度も同じところへ同行しているのです。）</p>

<p>高津川の若者たちがまとめた二つの視察報告書を転載させていただきますので、読んでみてください。</p>

<p> <a href="http://www.uranus.dti.ne.jp/~amago/text/09.9shimaneshisatuhoukoku.pdf">日吉町森林組合・山田林業等視察研修概要　2009.6.8～10 （PDF）</a><br />
 <a href="http://www.uranus.dti.ne.jp/~amago/text/oohashisagyoudou.xls">大橋式作業道勉強会概要</a></p>]]>
    </content>
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    <title>野党と民主党へ提案しました</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.the-journal.jp/contents/amano/2009/07/post_84.html" />
    <id>tag:www.the-journal.jp,2009:/contents/amano//43.2771</id>

    <published>2009-07-29T14:21:22Z</published>
    <updated>2009-10-24T12:24:17Z</updated>

    <summary>7月22日、解散の翌朝、民主党の菅直人代表代行、山田正彦衆議院議員に面会し一時間...</summary>
    <author>
        <name>天野礼子</name>
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    </author>
    
        <category term="公共事業" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.the-journal.jp/contents/amano/">
        <![CDATA[<p>7月22日、解散の翌朝、民主党の菅直人代表代行、山田正彦衆議院議員に面会し一時間、林業政策について意見交換をしてきました。同行者は、富士通総研主任研究員の梶山恵司さん、法政大学教授の五十嵐敬喜さん。</p>

<p>「7月14日に林野庁長官になった島田泰助氏が、今の林野庁の"林業改革"の中心人物」であり、政権奪取後に「林野庁との話し合い」を持つことなどを提案し、日本林業の現状を梶山さんがレクチュアしました。</p>]]>
        <![CDATA[<p>菅さん、山田さんら「農業と林業の再生」を考える議員らは一昨年、梶山さんに随行され、ドイツ林業を視察しています。</p>

<p>私は、この日とは別に、7月15日にも、鳩山民主党代表、菅さん、前原誠司民主党副代表、亀井静香国民新党代表代行あてに、以下のようなペーパーもＦＡＸし、野党の衆議院選マニフェストに、「ダム撤去」と「グリーン・ニューディールな住宅政策」を加えるよう要請していました。</p>

<p>「公共事業」をただ減らすだけでなく、「必要な公共事業に金がまわるニッポン」になってほしいと思っているからです。</p>

<p>ところで、「柿木村の斎藤君」に様々な反応をいただきました。私のブログを読んでいる人もいるのだとわかった（笑）と共に、「山」には多くの人々が心配を寄せていることもよくよくわかりました。</p>

<p>皆さんのような方には、梶山さんが過去にどんなことを書かれてきたかなどを富士通総研のＨＰで調べていただいたり、彼の最新のレポート「林業再生は地域活性化のビジネスチャンス」（富士通広報誌「飛翔」2009年7月号）を読んでいただきたい。「梶山さんのおっしゃっていることは、私の知っている林業の現実とは正反対なのだが・・・」とおっしゃっていた方には特にお薦めします。</p>

<p>私の森林に関する三冊は、「"緑の時代"をつくる」（旬報社）、「"林業再生"最後の挑戦」（農文協）、「21世紀を森林（もり）の時代に」（北海道新聞社、養老孟司氏との共著）で、特に三冊目を読んでいただけると、「川のジャンヌダルク」と週刊現代が呼んだ私が、「なぜ今、森なのか」をわかっていただけます。</p>

<div style="text-align: center;"> **************************</div>

<p>・鳩山由紀夫民主党代表（２０００年時も民主党代表）</p>

<p>・菅直人民主党代表代行（２０００年時は幹事長）</p>

<p>・前原誠司民主党副代表（２０００年当時、「公共事業を国民の手に取り戻す委員会」事務局を務めて下さりました）</p>

<p>・亀井静香国民新党代表代行（２０００年時は自民党政調会長）</p>

<p>＜政権交代のための衆議院選挙時のマニュフェスト追加お願い＞</p>

<p>　皆様、都議会議員選挙の大勝利、おめでとう存じます。<br />
　本日は、河川政策と、住宅および森林政策について、皆様のマニュフェストに追加をいただきたい２件についてお願いを申しあげます。</p>

<p>　＜河川政策＞　　「"ダム撤去"をグリーン・ニューディールに」<br />
　皆様にはすでに、別紙のような長良川救済ＤＡＹについての御賛同願いがお手元に届いていることと存じます。そこにも記しておりますが、オバマアメリカ大統領は、"ダム撤去"を「グリーン・ニューディール」の一つとされています。<br />
　また日本でも、農水省が、自らが推進していた中海・宍道湖干拓事業の中心であった森山水門をこのたび、７億円の費用をかけて、撤去するに至っています。<br />
　この背景には、同送しております農水省のＨＰにある「生物多様性戦略」があり、その戦略の１ページにはなんと、「生物多様性に負の影響を与えているもの」としての写真に、あの諫早水門が載せられているのです。</p>

<p>　皆様、２０００年当時のことを思い起こしていただけませんか。天野は民主党稲見哲男の後援会長として６月の衆議院選を闘いました。<br />
　当時、自民党の政調会長であられた亀井静香氏は選挙中、「民主党が公共事業を悪というが、公共事業は"富の配分"であり、必要なものである」とおっしゃっていました。<br />
　選挙終了の翌日から、私はヨーロッパへ飛び、ドイツ、オーストリア、イギリスの公共事業を研修しました。<br />
　帰国後、菅さん、鳩山さん、亀井さんの順にお会いいただき、二つのことをお伝えしました。<br />
１、ヨーロッパでは、経済難から公共事業が止まっている<br />
２、しかしその中でも"自然再生"には税金が投入されている</p>

<p>・菅さんは、「さもありなん」とおっしゃいました</p>

<p>・鳩山さんは「私は現場を持たないので、これからも私にそんな情報を伝えて下さる委員会をつくってほしい」とおっしゃり、五十嵐敬喜教授を座長に、「公共事業を国民の手に取り戻す委員会」を代表の諮問機関として作って下さり、前原さんをその事務局長として下さりました。１１月１日に委員会が初めて出した答申が「緑のダム構想」で、これが民主党が今回のマニュフェストに二つのダムの中止を盛り込まれた」前提となっていると存じます。</p>

<p>・亀井さんには、民主党のお二人にはお話ししなかったことを話しました。「田中角栄氏の公共事業は"道路"と"ダム"だったが、亀井さんは"自然再生"を公共事業にしてほしい」と。すると亀井さんは「公共事業抜本見直し検討会」をつくられ、谷津義男氏を事務局とされ、「２０００年末までに２２３の公共事業を止めてみせる」という大偉業をなされたのです。<br />
そして、次の年末にできたのが、「自然再生推進法」でした。<br />
　<br />
　今民主党は「川辺川ダム」「八ッ場ダム」の中止をマニュフェストにされています。これは不要な公共事業の削減の大きなものです。<br />
　しかし、景気はこのように底を打ち、やはり「必要な公共事業」で日本をまわすことは、重要なことではないでしょうか。<br />
　「長良川河口堰撤去」「諫早水門撤去」「熊本県の前知事が計画していたのに現知事はやらないという"荒瀬ダム"撤去」来年２０１０年には「四万十川に唯一ある家地川堰の水利権更新」もあります。<br />
　これらをみな、亀井さんがつくられていた「自然再生推進法」を改正して、公共事業として進めればどのくらい国民が喜び、建設業界も潤うでしょうか?<br />
　「ダム撤去」を皆様の"新政権"がマニュフェストの一つにして下さることを、民主党、国民新党でお考えいただけないでしょうか?</p>

<p>　まもなく１０月には、私が昨夏に養老孟司氏と設立した「日本に健全な森をつくり直す委員会」も、「森林政策」についての提言を取りまとめます。皆様の森林政策にお役立ていただきたいと念じ、作成中です。<br />
　森林と川は一体と見て考えることを私は、１９９７年に亀井静香建設大臣が「河川法」を改正された折りに、菅直人氏に民主党より対抗法案を出していただき、「ヨーロッパの水系一体の治水」を雛型に提案しております。<br />
　どうか皆様が、長良川河口堰のゲートが社会党大臣の手によって降ろされた１９９５年から、河川法改正の９７年、２０００年当時のことを思い返していただき、御一考いただけますよう、伏してお願い申し上げます。</p>

<p>なお、住宅および森林政策への提案は、私の友人で、「町の工務店ネット」の主宰者である小池一三氏の一文を同送させていただきます。</p>

<p>長良川河口堰建設に反対する会事務局長<br />
公共事業チェックを求めるＮＧＯの会事務局長<br />
日本に健全な森をつくり直す委員会事務局<br />
天野　礼子</p>

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<p>民主党マニュフェスト　へのご提案<br />
グリーン・ニューディールな住宅政策　　　　　　　　　　　　　　　</p>

<p>若者支援・家づくり推進制度（仮称）<br />
――国産材を用いて、長期優良住宅を建設する</p>

<p>長期優良住宅推進法が、昨年秋に衆参両院共に全会一致で採択され、国交省から、本年２月２６日にその建築基準が告知され、６月４日に施行された。<br />
本提案は、高所得者層に傾斜する長期優良住宅を、国民各層に広く利用されるよう転換をはかるものであり、それにより、国民の住宅取得への意欲を高め、建築・林業の振興をはかり、よって日本版グリーン（環境にいい）・ニューディール（政策）の実現をはかるものである。</p>

<p>　日本の住宅政策は、公社・公団・公庫の三本柱で進められてきたが、現在、どれも構造転換の憂き目に遭っている。この「階層別対策」の頂点に位置づけられたのが「持ち家」であった。<br />
都市で「戸建住宅」を新たに入手するのは困難を極めたが、郊外へと購入地を拡げることで実現をはかった人は少なくない。</p>

<p>しかし、建てられた住宅の平均寿命は３０年に過ぎない。アメリカ５５年、イギリス７７年に比べて短く、スクラップ・アンド・ビルドを繰り返してきた。</p>

<p>それが日本社会の活力を生んできた一因ではあるが、４０歳で「持ち家」を取得した人は７０歳を迎えており、建替えられる条件を欠いている人が少なくない。<br />
地震対策上、問題アリとされる住宅は、１９８１年の建築基準法以前の住宅とされる。それが全住宅の４６％を占めており、建替え時期を迎えているが、住民の高齢化と相俟って困難視されている。このことは、都市部と周辺部で起こっているだけでなく、地方でも起こっていることである。</p>

<p>兵庫県南部地震による死者は６．４３３名を数えるが、この８０％相当、約５０００人は老朽家屋の下敷きによって亡くなっている。２０００年の建築基準法改正に基づく耐震基準で建築されていれば、その死者は１／１０で済んだとされる。因みに、この改正前の住宅は全住宅の９４％を占めている。<br />
地震列島の上に建てられる住宅は、大地震が起きる度に、その経験に学び、住宅を改造・更新することで被害を抑えてきた。</p>

<p>長期優良住宅による「耐震性能等級２」で建てると、震度７の地震の揺れで倒壊する被害発生率は７．９％とされる。２０００年に改正された耐震基準では２８％であった。</p>

<p>これから建てられる住宅は、十分な耐震基準を持ち、長寿命のものでなければならない。スクラップ・アンド・ビルドなあり方を転換させ、ストック社会の住宅を目指すものであるべきだ。</p>

<p>その意味で、長期優良住宅の重要性は言うを待たないが、それを政策として打ち出す以上、長期住宅ローンが必須条件である。住宅金融支援機構は、長期優良住宅の施行日に合わせて「フラット５０」（５０年ローン）を打ち出したが、すでに実施されている「フラット３５ｓ」（３５年ローン）と比較すると８００万円も余分に支払わなければならず、これでは利用者を見込めない。<br />
５０年ローンは、親子２代で払うローンである。「子孫に美田を残す」という日本人のあり方からすると、借金を子どもに残すのはどうかと思われる面もなくはないが、まともな家は、本来、そうして建てるものだということを社会化すれば、案外、受け入れられるのではなかろうか。</p>

<p>地球時代にあって、招来すべきはそうしたスローなあり方であり、負荷を一代で追うのではなく、多世代間に亙って負うことで、長く生き続ける建築を実現すべきである。</p>

<p>日本と同じ敗戦国であったドイツのアデナウアー首相は、戦後復興に際し「すべてを住宅建設に」というスローガンを掲げた。それは居住福祉を、社会政策とする考え方が根底にあったからである。そのとき、施策の一つとされたのが金利ゼロの１００年ローンだった。ドイツ国民は、それに勇気を得て住宅建築に乗り出した。</p>

<p>高度経済成長期、日本国民は「がんばれば一軒の家が手に入るかも知れない」という夢を持つことができた。それが「中流社会」といわれる「階層」を生み出した。この「中流社会」が崩落し、「下流社会」に流れている昨今、その夢さえ失われているのが現状である。</p>

<p>今ほど国民が、将来に不安を感じている時代はないのかも知れない。雇用と収入、年金・医療・介護など、不安は増幅するばかりである。「中流社会」では、子どもを大学にやって、マイホームを手にすることが目標であり得たが、今の若い人は、そうした目標を持てなくなっている。</p>

<p>住宅は、家族の生活の拠点である。居住は福祉の基本である。そこが不安定な社会に幸福はない。住宅取得への夢を見失った社会は、社会そのもののエネルギーが失われて行く。殊に、若い層がそれを失うのが恐い。<br />
閉塞した現況を打ち破るには、勇気を持って生活の根拠地となる家を建てることを、若い人に奨励することである。</p>

<p>２月２６日の告知では、基準とされる建築面積は７５平方メートル以上であれば可とした。これにより「小さな家」でも、長期優良住宅の仕様を守れば制度の適用を受けられる。<br />
最初は「小さな家」でいい。空いた土地には木を植える。「安かろう悪かろう」ではなく、高品質で、エネルギー負荷が小さく、長寿命な家を建て、ムリなく、フラットに、２代かけて５０年ローンで支払い、ゆっくり家を育てるのである。</p>

<p>むろん、この国には悩ましい土地問題が横たわっている。土地のある人はその土地に、ない人は週末住宅（クラインガルテン）を郊外に建てて「セルフ農業」に精を出し、月曜日には都市に働きに出る。老後は「終の棲家」になり、大地震が起こったら「疎開住宅」にすればいい。</p>

<p>　かのフランク・ロイド・ライトが、手ごろな価格で実現できるユーソニアン・ハウスを提唱した背景には、ルーズベルトによるニューデール政策があった。<br />
　長期優良住宅の制度に、さらによき助成策が講じられるなら、それこそ日本版グリーン・ニューディールな政策となるのではなかろうか。<br />
　構造材に、国産材を利用することを奨励すれば、グリーンな政策性を持ち、かつ景気を押し上げることは間違いない。</p>

<p>町の工務店ネット代表<br />
小池　一三</p>

<p>町の工務店ネットとは<br />
全国の地域工務店７５社で構成されるネット（団体）。<br />
国交省の長期優良住宅・先導的モデルの採択を受けている。<br />
詳しくは、町の工務店ネットのｗｅｂサイト<br />
「住まいネット新聞びお」　<a href="http://www.bionet.jp/" target="_blank">http://www.bionet.jp/</a></p>

<p>代表／小池一三　プロフィール<br />
1946年 京都市生まれ。パッシブソーラーの普及を寄与。その功績により、「愛・地球博」で「地球を愛する世界の100人」に選ばれる。「近くの山の木で家をつくる運動」や「森里海連環学」を提唱し、実践塾塾頭を務める（塾長は天野礼子）。また、住宅雑誌『チルチンびと』や『住む』の創刊に携わり、編集人を務める。【現職】町の工務店ネット代表／住まいネット新聞「びお」編集長／（有）小池創作所代表／ＮＰＯ法人緑の列島ネットワーク名誉理事【主な著書・編集】『仕事の創造』（共著／岩波書店）／『いい工務店との家づくり』（共著／雲母書房）／『ムリなく住めるエコ住宅』（共著／泰文館）／『近くの山の木で家をつくる運動宣言』（文・起草／農文協）／『木の家に住むことを勉強する本』（編集人／農文協）／『すっぴんの木の家』（共著／海象社）／『働く家』（発売　農文協）など</p>]]>
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    <title>高津川の男たちは、林業を再生できるか</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.the-journal.jp/contents/amano/2009/06/post_83.html" />
    <id>tag:www.the-journal.jp,2009:/contents/amano//43.2770</id>

    <published>2009-06-26T08:43:41Z</published>
    <updated>2009-08-19T09:32:32Z</updated>

    <summary>「柿木村の斎藤君」（前回紹介）たち21才から55才までの8名を連れて、京都府日吉...</summary>
    <author>
        <name>天野礼子</name>
        <uri>http://www.the-journal.jp/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=43&amp;id=37</uri>
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        <category term="林業の再生" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.the-journal.jp/contents/amano/">
        <![CDATA[<p>「柿木村の斎藤君」（前回紹介）たち21才から55才までの8名を連れて、京都府日吉町森林組合と兵庫県の山田林業へ研修に行きました。</p>

<p>この男たちは全員が、Ｉ・Ｕターンでなく、地元生まれ、地元の森を見て育ってきた男たち。全国のこんな年齢のやる気のある男たちが、今までの地元の林業の常識を打ち破って新しい頭に切り替えられるかに、「日本林業の再生が成るかどうか」がかかっていると思っています。</p>

<p>いえ、富士通総研の主任研究員・梶山恵司さんに言わせると、「“林業再生”じゃなくて、戦後に植えていた木が育って、今これからようやく日本林業が初めて始まると考えればいい」と。</p>]]>
        <![CDATA[<p>日吉町森林組合は、毎週月曜日に山行きの作業員と事務方が合同ミーティングを行い、毎日の作業後にも合同で報告をし合っています。“高津川チーム”にはまず、この月曜朝のミーティングから同席してもらいました。</p>

<p>島根県吉賀町の町職員、31歳の「斎藤君」。そして後輩の21才、糟谷通輔君は入町2年目。今年からは産業課に配属されて、山へ本格的に入るのは初めてです。</p>

<p>1日目の夜、食事をしながら日吉町森林組合参事の湯浅さんを囲むと、斎藤君らは「自分の目が今日一日で開かれた」ことを口々に語りましたが、糟谷君はまだ「違いがわかる」ところまではわからなかった様子。</p>

<p>ところが、若いというのは吸収も早いのでしょうか。２日目の日吉町の森での作業、３日目の山田林業での山田親子の大橋慶三郎式作業道を使っての「経営をよく考えた作業と道づくり」を見て、糟谷君の目は俄然輝き始めたのです。</p>

<p>最近、日吉町森林組合参事の湯浅さんがこんなことをおっしゃいます。「私は全国の組合へ行って教えていて、『みんなこんなことは知っているやろ』と思ってしゃべってきていたことを、若いみんなは知っていなかったことにようやく今ごろ気がつきました。森林組合の先輩方から当然教えられているべき『暗黙知（暗黙のうちに教えられている知識）』が、日本中の組合にこの数十年間なかったのです」。</p>

<p>私は、それは「日本林業が長く低迷していたこと」が原因と思いました。</p>

<p>一番若くて産業課に入って2年目の糟谷君、31才の斎藤君、48才の津和野町役人の桑原正勝さん、村上久富君、高津川森林組合からは斉藤巧治君、岡崎幹夫くん。素材生産業（株）リンケンの55才の赤松昭二さん、みんなを引率してきた県の林業普及員の大場寛文君。高津川流域のように森に生かされている町の男ならば当然持っているべき森の「暗黙知」を、やっぱりこの男（ひと）たちも持っていなかった。しかしたった三日間の２カ所の視察で、その「暗黙知」が彼ら8人の頭には入ったのです。</p>

<p>その彼らが7月7日には、視察の報告会を準備しています。ついてゆきたくても来ることができなかった（組合や上司から費用を出してもらえなかった）他の若者が聞きにくるでしょうか。</p>

<p>高津川の「林業再生」は、始まったばかり。<br />
この男たちに果たして流域林業が再生できるでしょうか？乞う御期待！</p>

<p>ＰＳ．この旅行中に私がみんなに読むことを薦めた本が、高津川流域の林業にかかわる若者たちの間でいま読まれています。</p>

<p>「神去（かむさり）なあなあ日常」三浦しおん（徳間書店）。帯には「林業っておもしれえ～」と書かれています。とてもおもしろく「山（林業）」を知ることができる本です。</p>]]>
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