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作業道
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作業道

6月28日から30日の間、京都府日吉町森林組合で、合宿研修をしています。
研修を受けているのは、「大橋会」の面々。私や京都大学竹内典之名誉教授がお供でついてきています。

「大橋会」とは、林業作業道をつけて60年近くになる大橋慶三郎さんの教える、法(のり)高1.5m、幅2.5mの作業道をつけて林業経営をしてこられた全国の個人林業家の面々のこと。
この方々が、林野庁が選んだ「オペレーター」(作業道などをつける高性能機械を使える人)指導者48名のうちの8名に選ばれ、これからは、急傾斜地、多雨地域、多破砕帯地といった難度の高いところにつくる作業道の指導を引き受けたのです。

しかしこれらの8名は、これまでは自分の山に「壊れない道づくり」をしてきた方ではありますが、森林組合などの経営は体験されたことはありません。そのため、日吉町森林組合の参事であり、近年は全国の森林組合や(山の)素材生産業者のために、「森林所有者とりまとめ」や「作業の近代化」「組合の改革」などを指導してこられてきた湯浅勲さんから、様々なレクチュアを受けようというのです。

日本は工業技術などの「技術」は世界に誇れる高度なものを持っていますが、「林業は、ヨーロッパなどの林業先進国に比べて50年遅れている」と言われています。
戦後の復興時に使える木を伐ってしまい、その後は「保育の時代」であったということもあります。
近年はようやく、「すべてが外材のせい」といっていた状況から脱皮し、「保育の時代は終わった。いそぎ"近代林業"を確立しよう」といわれるようになってきました。

その時に重要なことが、「森林所有者」をとりまとめることによって、作業ができる「道」をつけ、小型の高性能な機械で効率の高い山仕事ができるようにすることです。

「大橋会」の人々はおよそ30年間、大橋慶三郎師からそんな技術を個人的に習ってきていた数少ない人々でしたが、昨年12月30日に『森林・林業再生プラン』ができたことがきっかけになって、自分たちの山のため以外にも、日本林業のために働こうと動き出したのです。

私自身は、今、林業改革の中心におられる内閣審議官の梶山恵司氏や、日吉町森林組合の湯浅参事、「大橋会」の岡橋清元氏(奈良県清光林業第17代当主)とは、2005年くらいから友人となり、全国の森林組合も取材して歩いてきています。全国森林組合連合会が発行する月刊誌「森林組合」には、それを2年以上も連載していました。

そんな中で知り合った「大橋会」の方々とこのような合宿を今回計画したのは、ようやく「林業再生」に本腰を入れることになったわが国ですが、私の耳にこのブログなども通して聞こえてくる小規模森林所有者の皆さんの声は、どれも悲鳴ばかりだからでした。

「何故、私がおこられなければならないのだろう」と思いながら、このブログに寄せられる皆さんの声を聞いています。
「お前は、森を持っていないから、そんなことがのんきに書けるのだろう」、そんなことを言われて、気持ちのよい人がいると思いますか。

問題は、「わが国の森には時間がない」ことです。一刻も早く、間伐の遅れた森に手を入れ、ここ数十年は収益の上がっていない森から利益を得るにはどうすればよいのかという情報を、全国民に知らせる必要があります。
「全国に700ある森林組合がまともに仕事をしていれば、今の現状はなかったのだ」と、怒ったり分析していても何も変わりません。
自分のまわりの森林組合が仕事をしてくれないなら、「仕事をしろ」「国の方針は新政権になって変わり、森林組合は"治山事業"と称する砂防ダムづくりなどの"公共事業"にうつつを抜かしていては生きていられない時代になったのだ」「俺の森の間伐をして、利益を上げろ」と、口々に皆さん自身が組合に言ってゆくべきなのです。

「大橋会」の8人は、動き出してくれました。60代に突入した方々が、これからは全国に、作業道づくりの指導者を育てに入られます。

「"山"は、ようやく動き出した」のです。
文句を言う相手は、私ではなく、あなたの地元の森林組合ですよ。

ドイツは、産業革命時にすべての森を伐り倒してエネルギーとして使い、森を失いました。今ある1千万ヘクタールの森は、その反省の下に百年という時間をかけて再生した人工林です。
百年かけて、「森を愛する国民」をつくり、1970年代に集中的に税金を投入して、作業道網群をつくり上げました。ベンツなどの自動車産業よりも、林業就業者は多く、林業は黒字産業です。

ドイツだけでなく、ヨーロッパの林業国はいずこも、林業が黒字なのです。

誰かがこんな情報を日本中に伝えなければならないとしたら、森を持っていない貧乏な私は、そんな"森仕事"を自分の仕事としようと決意したのです。私は、森のために自分が働くことを"森仕事"と称しています。あなたの"森仕事"は?

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ご理解・ご協力のほどよろしくお願いいたします。

天野様のコメントを読んで居りますと、虚しく成ります。

作業道作りの為の指導者がどったらこうたら、と言われますが、何か空論を伺っている様で、何も胸に来ません。
「保育の時代」は終わったと言いますが、育った木が本当に利益が得る様に売れると思いますか?

父が残してくれました木は、手入れもしてくれて居りましたので見事に育って居ります。しかも、50年以上経っている杉、ヒノキです。
その木が2足3文なのです。

天野様にお尋ね致します。
今育っている売れる木は、利益が伴う様に売れるのでしょうか。
この事にお答頂けなければ、私共に取りましては、空論なのですよ。

「問題は、「わが国の森には時間がない」ことです。一刻も早く、間伐の遅れた森に手を入れ、ここ数十年は収益の上がっていない森から利益を得るにはどうすればよいのかという情報を、全国民に知らせる必要があります。」
そんな情報が有るのであれば、ここでもどんどん知らせて下さい。

「俺の森の間伐をして、利益を上げろ」と仰いますが、誰がお金を払うのですか?
言うは易し、行うは難しです。

山を売りたくても、買い手もいなくて、本当に困っている人が多いのです。
国が買い取ってくれ、国が理想通りの森づくりをして為さったら如何ですか。その様に政府に提案して下さい。

最後に、「森を持っていない貧乏な私」、という箇所を読みました時には、本当に馬鹿馬鹿しく成りました。もう、これで終わりに致します。

KKさんのご意見に賛成でございます。

林業すなわち「木材」を売り、収益を上げる。
ということから考えを一新せねばならない時期ではないでしょうか??

木を売ることが目的なのか?
山を生かすことが目的なのか?

少なからず、山を生かすことが目的であるならば、ご指摘の通り、「わが国の森には時間がない」ということを元に、林「業」という観点では時間がなく、難しいのではないでしょうか?
小生は間に合わないと考えております。

KKさんのご指摘の通り、林「業」にこだわるならば、
「俺の森の間伐をして、利益を上げろ」と仰いますが、誰がお金を払うのですか?
この点を解消せねばなりませんよね。

小生は林業と、造林・保水をある程度においては別に考えなければならないと考えております。
山を生かすことを優先すべきと考えております。

天野様のお話は良いところばかり、全てを一緒くたにされている気が致します。
ヨーロッパをよくお引き合いに出されますが、日本とヨーロッパの諸々の違いについての言及が、あまりなされていらっしゃらないような気が致しますが、「あえて」でございますか?
森林の在所はじめ、国民性など。

また、「森を持っていない貧乏な私」などはじめ、資本主義的観念がお強すぎる発言が多いのではないでしょうか?
もちろん資本主義の全てを否定するものではありません。

しかし、僕は間伐作業をする代わりに、タダで森をお借りしています。
山主さんと僕の間にあるのは信用のみです。
もちろん小生に金があるわけではありません。

山にとっては、どのように金勘定をされても「動」きません。

動いているのは人間の欲です。

天野さんの地道な活動に敬服しています。ありがたいことです。

林業で金儲けが出来るかどうかは知りませんが、少なくとも国土の保全・景観の保全・自然災害の予防などに役立つように、多くの方が就労できるような施策を政府に対して望みたいと思います。

私は、数年前に某県の森林組合に属していました。今は、都会で生活しています。
天野さんは、シンクタンク的な仕事や政府の識者として、色んな所で活躍されているそうですが、少々認識不足を感じるのですが?
日本の戦中戦後の施策、拡大林業約1000万haの人工林の奨励、主にスギ、ヒノキの植裁事業です。 もう戦後60年以上経っているでしょう。 スギ、ヒノキの一般的な伐期は約50年ですよ、もう既に遅すぎるのと違いますか? 今更、作業道云々とか、間伐とか、そんな事の重要性は20年も前から言われていましたが、ちっとも前進していないのでは?
又、外国と日本の林業を比べるのはナンセンスです。まず、地形が違う。ドイツや北欧は日本と違ってなだらかな丘が多く、切りだしてからの搬出が比較的楽でコストが、余りかからない、材にしても均一化されていて売りやすいメリットがあります。それに対して日本は、急峻な地形が多く、搬出コストが膨大にかかります、材にしても品質がまちまちで、売りにくのが現状でしょう。
高性能林業機械でも、山に入れない場所のほうが多いのでは?
又、すこぶる高額で個人でも森林組合でも買えないのでは?買ったとしても宝の持ち腐れになるのでは?
<「"山"は、ようやく動き出した」のです。
文句を言う相手は、私ではなく、あなたの地元の森林組合ですよ。>これはダメでしょう!何故、森林組合に文句を言うのですか?理由は?
拡大林業は国策でしょう!文句は、農林水産省じゃないんですか?
放置林は国が買い上げるべきだと思います。国の責任で!
私は、林業を離れて数年立ちますが、良い方向に進んでいるようには全然思いません。

私は現在ドイツに在住しているものですが、確かに天野さんがおっしゃるようにドイツに限らずオーストリアやスイスなども非常に行きとどいた管理がされていますね。

ただ、これらの国にはコンセンサスがあるようです。それは例えば多少高い乳製品を買ってまでも自国の環境を守るとか、一部の税金が使われるとか。
その税金はというと、例えば所得税が40%以上、消費税が20%前後、等などです。
(他方で法人税は安いのですが、環境に限らず授業料や医療費など個人に還元されている部分も高いですね。)

それが黒字化できている”原因”だと思うのですが。いくらなんでも自由競争で木の値段を決められたらドイツの林業はあっという間に消え去るでしょう。

言いかえれば、お金が国土を守るために使われているのだと思いますが、日本にそのようなシステムが存在しているか?という問いかけをどうしてもしなければならないのです。残念ですが日本にはそのようなコンセンサスは無いと感じています。

単純に自然が大事だと思うからという視点だけでは片手落ちということだと思うのですが、天野さんのメッセージにはそこが感じられないのです。
そこに実際に苦労されている方々の苦悩が書き込まれているのであって、怒っているわけではないと思いますよ。多分ここに書き込みをされる皆さんは天野さんのことを悪い人だとは絶対に感じていないはずで、私も良い人だと思っています。

だれだって美しい国土を望んでいるにきまってるに違いないのですがら。

ただ、それにはお金がかかる、お金の集め方・使われる方にコンセンサスが必要だと言う点が読み取れまないということだと思います。

前にも書き込みましたが、こちらのようなパブリックなメディアで発信する内容であれば、単に”森”とかを語るだけでなく、どうしても経済も語らなければならないのだと思います。

その逆もまたしかり。

ちなみに、日本と欧州を比較すると言うのは森や税金だけで良いのですか?

街並みは? ダムは? 経済は?
 
そういうもっと広い視点で調査し、発信していただきたいと思います。
決してローカルな森林組合というような問題ではないと、こちらドイツに住んでいてつくづく感じます。

林業の再生と、
山の再生は 、
違うと存じます。

現在の段階で お考えください。
樹齢50年を経た杉・桧を 伐り出しても採算が合わない。
市場では 採算の合う仕入れ価格なら 引っ張りだこになります。


生産者には 伐りだした後には 植林し、次を育むことが 林業です。

何故 商品価値がある木材を 伐り出せないのか・・
なぜ 間伐を行えないのか・・
・・・ 出来ないからです。


生産者の側にも 努力が必要です。
やってください。
ある地域では このような前向きな取り組みをされてますよ。
見習って やられたらどーですか。 頑張りましょう。。

伐りだし・間伐の手入れには “大規模化”は当然です。


山の再生と林業は 違います。
林業は 採算の取れる場所で行わなければ これからも成り立ちません。


問題とされるのは、
採算の合わない場所に 植林されてしまった“人工林”では ないのでしょうか。
この林業経営で まったく将来的に 採算が合わず 成り立ってゆかない“人工林”。
どーすれば 良いのですか。

山の再生は ここにあります。
採算の合わない・林業経営が成り立たない“人工林”
ここを 皆さんの知恵によって 解決できれば・・・
人工林をなくして、地域の自然植生に強制的に戻さねばなりません。

山の頂上付近
急峻な斜面
植林がされてしまって 今があります。
様々な弊害が 限界集落の今日です。
よろしくお願いします。

以前のコラムで、私の名前が出ておりましたが、諸般の事情で投稿を控えておりました。
私は、米生産農家で林業に携わることは今後もありえないのですが、農業と林業が抱えている問題は共通性が多く、その解決に国がどの様な政策を取ればよい方向に向かうのかと言う点で苦言も呈しています。林業再生に携わる方々の努力を阻害するつもりもありません。
今回のコラムには、林業に関係する方々のご意見も寄せられています。私もその多くのご意見に同意を覚えるのです。
私も同じ農業者間の組織で、視察を行ないます。けれど、それの多くは先進地視察がほとんどです。
つまりは、うまく活動している組織視察です。それぞれの背景の環境も異なるところでは、その問題点も異なることが多い。確かに共通の問題をどの様に解決したかの手法は参考にはなりますが、うまくいったシステムをそのまま参考にするのでなく。問題点をどの様に解決したかが一番参考になります。このようなシステムを作るのでなく、どの様な問題点がある等の提言、その解決法を模索することが重要だと思うのです。
更なることを言えば、都市の知識派と現地の当事者との農林業に対しても意識に相当の乖離があると常々感じています。
以前、組合組織や区画整理に問題があると投稿しました。小さな地域でもお互いが一致団結することが難しい。それにはお互いの損得勘定も働くゆえによる。
そのためある意味いびつな組織や農地の区画がされる。又地権者が当地区でないために賛同を得るに大変な努力が要る。寧ろ賛同を得られることが少ない。
国有地ではこうしたことは起こらないでしょうが私有林地では、所有者不明や一坪所有者、立ち木一本所有問題など農業よりも問題は山積していると思えます。
そうしたことが力を結集できないでいるはずです。
そうしたことを指摘したかったのです。
又、川下政策として、住宅材などの効率的利用を上げておられるが、もっと多様性利用の提言がなされているのかも心配になります。(すべてを一人で解決するにも無理がありますが・・・)
関係者でない私にも、それなりの木材利用が個々に実施されてきていることを聞き及んでいます。学校や公共施設の国内産の木材利用間伐材の燃料利用や食器利用などです。けれど、それらは一過性であり全国的な利用に繋がっているかと言えば、私には疑念に思えます。つまりは、その地域のみですべてを解決せよといっているものです。又、環境と公共事業という観点のみで林業問題を解決するにも無理があるのでのでないかと思うのです。短文で私の意見を述べるには無理もあります。
林業問題の解決にしても、農林水産省のみで解決しようとするのでなく、たとえば教育、やや乱暴ですが、学校給食の食器をプラスチックなどから木製にする。石油に頼らなくても国内の間伐材の利用が促進される。当然、経済産業省などから既存の企業を圧迫するなど意見はでるはずです。
けれど、そうした垣根を飛び越えて議論する、そうしたアプローチも必要でないかと思う。
国の政策は、個々の小さな力をいかに結集させるかが主眼であり、個々に対しては、ある程度の自主性をもたせ、最小限の地域を結集し、活力を生ませるでないかと思うのです。
そのために、作業道つまりは個々を結ぶ道が必要であると私も思います。林道だけでなく、地域の活性を図る道。実際の道だけでなく、各関係間を繋ぐ道造りにも尽力をなされることを願って止みません。

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Profile

天野礼子(あまの・れいこ)

-----<経歴>-----

アウトドアライター。
1953年、京都市生れ。
中、高、大学を同志社で過ごす。
19才より釣りを始め、文化人類学者の今西錦司博士の主宰された「ノータリンクラブ」に属して、国内外の川、湖、海辺を釣り歩く。
26才より小説家、開高健に師事。
1988年には師と共に長良川河口の堰建設反対に立ち上がり、「ダムは不用」の国民世論に育て上げる。
近年は「川を再生するには森を生きかえらせることが必要」と“森仕事”へ視野を広げて、日本の森から材が出る社会システムを作り直すことを各地で提案している。
京都大学が2003年に構築した「森里海連環学」の普及もお手伝いするため、高知新聞社と山陰中央新報社でカルチャー教室「自然に学ぶ“森里海連環学”」を続けている。
2001年より、高知県・仁淀川の源流にも家を借り、有機農業普及のための「高知439国道有機協議会」を07年に立ち上げて、事務局長を務めている。08年7月に養老孟司氏らと「日本に健全な森をつくり直す委員会」を設立した。

BookMarks

オフィシャル・ウェブサイト
http://www.uranus.dti.ne
.jp/~amago/


長良川河口堰建設をやめさせる市民会議
http://nagara.ktroad.ne.jp/

公共事業チェックを求めるNGOの会
http://kjc.ktroad.ne.jp/

日米ダム撤去委員会
http://damremoval.com/

市民版憲法調査会
http://www.kenpou.com/

-----<著書>-----


『“林業再生”最後の挑戦』
2006年11月、農山漁村文化協会


『だめダムが水害をつくる!?』
2005年10月、講談社+α新書


『「緑の時代」をつくる』
2005年5月、旬報社


『ダム撤去への道』
2004年5月、東京書籍


『日本の名河川を歩く』
2003年7月、講談社+α新書


『市民事業』
2003年4月、中公新書ラクレ


『ダムと日本』
2001年2月、岩波新書


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