Calendar

2010年6月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      

« 自然に学ぶ「森里海連環学」のすすめ
メイン
日本林業について »

mont-bell広報誌「OUTWARD」連載 48号

森里海連環学のススメ Vol.4(最終回)

「日本林業を"再生"するために」


4月20日に銀座で、『石油に頼らない 森から始める日本再生』の出版記念パーティーを行いました。

この一冊は、私が事務局を務める「日本に健全な森をつくり直す委員会」の2008年7月発足当初からの行動と、その委員会が2009年9月18日に新政権に出した提言書『石油に頼らず、森林(もり)に生かされる日本になるために』を収めたものです。

先々号にも書きましたが、私たち「日本に健全な森をつくり直す委員会」は養老孟司先生を委員長に、C・W・ニコルさんを副委員長に、そして2月8日に逝ってしまわれた立松和平さんや、京都府日吉町森林組合参事の湯浅勲さんら12名で立ち上げて、今は16名の陣容。

「日本に健全な森をつくり直す」とは、世界第二位、国土の67.4パーセントに森林を持つ我が国が、今は「健全な森」を持ち得ていないと考えるからです。

国土のほぼ7割に森があっても、日本列島には「少しは誇れる自然林と自然度の高い二次林」は、23.4パーセントしかありません。
一方、25%を占める人工林は、木一本が大根一本と同じ価格でしか売れないという状態が長く続いてきていて、「日本林業の低迷」は日本中から、そして外国からも心配される状況でした。

しかし、その低迷は、「第二次世界大戦後の50年程前から植えてきた人工林がまだ成長期にあり、売り物にならなかったからだ」ということが、近年ようやく富士通総研の梶山恵司研究員から言われるようになっていました。
湯浅さんらの協力で、林野庁や「全国森林組合連合会」が、山から材を安く、コンスタントに出す"仕事のシステム"をきちんとつくり直すことで「林業を再生しよう」という動きがこの数年程はつくられてきていました。

昨年夏に「政権交代」を賭けた選挙が行われた時に、「日本に健全な森をつくり直す委員会」は、どちらの陣営が政権を取ってもわたそうと「提言書」を準備し、政権交代後に菅直人副総理に手渡しました。

菅さんはかつて私が2005年に『「緑の時代」をつくる』(旬報社)を出版し、「木質バイオマスエネルギー(木から生まれるエネルギー)を使うことを政治家として考えていただきたい」と進言した時に、「"植物に生かされる"を自分の政治テーマにしたい」といっておられたので、日吉町森林組合や、奈良県吉野の清光林業の作業道づくりや、ドイツ林業の視察にも行ってもらっていました。

「提言書」をお渡しした昨年9月18日は、そんな菅さんが内閣の中に「国家戦略室」をつくられた日でした。受けとった菅さんは、「"石油に頼らない"ですか、養老先生らしいね」とおっしゃり、「国家戦略室に推薦したい人物はいますか」とおたずねになりました。そこで私は梶山恵司さんの名を挙げ、梶山さんが11月1日に「内閣審議官国家戦略室担当」となられました。
それから12月30日までの2カ月の間で、「森林・林業再生プラン」という政策が、梶山さんと林野庁によってつくられました。

その「プラン」には今、こんな目標が掲げられています。

「10年間で、年間5千万立方メートルの木材生産ができる日本になる」。

現在わが国では、8千万立方メートルの木材が使用されていますが、自国で生産しているのは1千8百万立方メートルにすぎません。それを5千万立方メートルまで生産できる体制を、10年間でつくり上げるというのです。

こんな「森林・林業再生プラン」を実行するためにまずやらなければならないことは2つ。1つは、わが国の人工林の多くを占める小規模な森林の所有者をとりまとめて、仕事がしやすいまとまりのある森にすること。2つめは、そこに作業道をつけること。

これがきちんとできれば、日本の林業は「再生できる」と私は思っています。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.the-journal.jp/mt/mt-tb.cgi/7027

コメント (3)

■コメント投稿について編集部からのお願い

《THE JOURNAL》では、今後もこのコミュニティーを維持・発展させていくため、コメント投稿にルールを設けています。はじめて投稿される方は、投稿の前に下記のリンクの内容を必ずご確認ください。

http://www.the-journal.jp/contents/info/2009/07/post_31.html

ご理解・ご協力のほどよろしくお願いいたします。

今日のコラムを読んで、農業と同じ問題を林業でも抱えていると感じた次第です。現在の農業の問題点の根源に【農地解放】によるものがあると私は感じています。財閥解体と同様に力のある勢力を削ぐ意味であり、民衆解放の意味はあったことは確かです。戦前の国会議員が、地主や経済界において、納税額により制限されていた。そのために広く民意を国政に生かすために必要であった。また、管理する側においては、再び巨大勢力が再生することを恐れる意味もあると私は思う。
けれど、そのことがこじんまりとした力の分散になったとも言える。
農業において、高度成長期において小作農業の問題点が徐々に現れてくる。地主制度の下では大規模農業であり、共同作業が主体であった。それが、個別農業に切り替わり、時間的余裕ができ、農業が主体でなく、副業である会社勤めが主体になる。この頃から中規模農業政策が、取られるようになる。つまりは、個別農家の集約化、農地を農業専門に行なう人に預けて小作料の授受農業です。ただ、請け負う農地が点在しており、非効率な面もある。
そこで、集落営農組織が次に生まれるのです。地域によって異なりますが、一集落の農地面積は、20ha~100haです。これを1つの組織形態として、個別農家20戸から50戸が1つの経営組織として農業を行なう。云わば分散した農地をもう一度大地主に預けるものと言えます。
本文の「小規模な森林の所有者をとりまとめて」と同じであり、林道の整備は、土地区画整備事業(小さな農地をまとめて、大規模化する及び農道・用排水整備事業)と同じです。
林業組合等林業組織が、林業において現在どの様な役割を現在担っているのかは、私は知る術はありませんが、農業の問題点は、林業の問題点でもある。この解決にこれまでの農業政策が縦割りであった弊害により、複雑な農業政策を生み出した経緯があります。
その轍を林業において踏まない、一元化された組織体系を構築されることを願って止みません。
林道整備・保有林の集約・木材の流通など、それぞれ所管する役所も異なる筈です。
ばらばらに活動しても、その効果はマイナスとなる場合もあります。
1+1は2でなく、0でもあり、3にもなり得る。そのことも含み活躍されることを期待しています。

農地が有無を言わさず 解放されたのに、山林は解放されず 現在に至ってます。
農地解放は 日本側からマッカーサー氏に 積極的に提案されたとも考えられます。
日本のどのようなグループが 進駐軍内の“どのようなグループ”と連携したのか?
大地主制は イギリスでも新天地のアメリカでも 当然だったのではないでしょうか。
不可思議な施策にも 感じられます。

 解放された農地の いまの状況は 補助金漬けの兼業農家(これは、麻薬と同等。)とJAが この国の農業の足を引っ張ってしまっています。
今日にいたれば この国のために 農地解放が果たして有意義だったのか。
その場限りの 政治の流れに ただ翻弄されただけです。

 農地解放は 本当に歴史的な意味で必要だったのか。。

 例えば 曖昧なものですが、“自然法”的なものがあり 地主がそれに則らない方途で 土地所有を獲得してきたことを 明瞭に実証できるのなら 国の施策としても有意義です。

 それなら、いまからでも 遅くはありません。
“山林解放”も 農地が、されてしまったんだから、、、行われるべきです。
そーでないなら かたて落ちな憲法違反です。
全国の“山林所有の実態調査”を行ってみて頂けませんか。
農地の大地主なぞ 比べ物にならない事実が浮かんでくるでしょう。

 
 それ以前に 緊急の施策が必要なものが あります。
戦後の 杉・桧などへの 植林補助金の“後遺症”で、
現在 切り出しても、採算の合う事もない人工林が
まったく、手入れされることもなく 放置され続けております。
切り出しても 採算の取れることが ありえない人工林・・・
山の頂上付近・急斜面・太陽光の少ない北面・・・・・。

もっとも 緊急に排除されなければならないものがあります。

 限界集落に顕著でしょうが、、、。
かって “草刈り場”にされていた在所近辺の人工林です。。
これは 村を捨てて行く者が 転居先での将来への不安のために、少しでも役立てるかと 植林したものです。
このことが 今も残る村人を襲う元凶になってます。
猪・鹿・猿が 村中をいとも容易く 荒らしまわります。
さらに 川を うなぎも・アマゴもすまうことさへ出来ない やせ細った ものにしてしまいました。
手入れをされなくなって 放置された杉林の“地面”は 太陽光が届かないために 下草がありません。
雨に見舞われるたんびに 土が流されてゆき、土壌というものがなくなってしまいます。
生物多様性を育む基盤である 土の中の微生物もすまえない環境が現出し 地面が根こそぎ 滑り落ちます。
これは 100% 人間が行うものです。。。。。

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)

※[投稿]ボタンをクリックしてから投稿が完了するまで数十秒かかる場合がございますので、2度押しせずに画面が切り替わるまでお待ちください。

Profile

天野礼子(あまの・れいこ)

-----<経歴>-----

アウトドアライター。
1953年、京都市生れ。
中、高、大学を同志社で過ごす。
19才より釣りを始め、文化人類学者の今西錦司博士の主宰された「ノータリンクラブ」に属して、国内外の川、湖、海辺を釣り歩く。
26才より小説家、開高健に師事。
1988年には師と共に長良川河口の堰建設反対に立ち上がり、「ダムは不用」の国民世論に育て上げる。
近年は「川を再生するには森を生きかえらせることが必要」と“森仕事”へ視野を広げて、日本の森から材が出る社会システムを作り直すことを各地で提案している。
京都大学が2003年に構築した「森里海連環学」の普及もお手伝いするため、高知新聞社と山陰中央新報社でカルチャー教室「自然に学ぶ“森里海連環学”」を続けている。
2001年より、高知県・仁淀川の源流にも家を借り、有機農業普及のための「高知439国道有機協議会」を07年に立ち上げて、事務局長を務めている。08年7月に養老孟司氏らと「日本に健全な森をつくり直す委員会」を設立した。

BookMarks

オフィシャル・ウェブサイト
http://www.uranus.dti.ne
.jp/~amago/


長良川河口堰建設をやめさせる市民会議
http://nagara.ktroad.ne.jp/

公共事業チェックを求めるNGOの会
http://kjc.ktroad.ne.jp/

日米ダム撤去委員会
http://damremoval.com/

市民版憲法調査会
http://www.kenpou.com/

-----<著書>-----


『“林業再生”最後の挑戦』
2006年11月、農山漁村文化協会


『だめダムが水害をつくる!?』
2005年10月、講談社+α新書


『「緑の時代」をつくる』
2005年5月、旬報社


『ダム撤去への道』
2004年5月、東京書籍


『日本の名河川を歩く』
2003年7月、講談社+α新書


『市民事業』
2003年4月、中公新書ラクレ


『ダムと日本』
2001年2月、岩波新書


当サイトに掲載されている写真・文章・画像の無断使用及び転載を禁じます。
Copyright (C) 2008 THE JOURNAL All Rights Reserved.