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2010年6月22日

日本林業について

「ヨーロッパ林業視察」を「パートⅠ」だけで中断してしまいました。意見を寄せていただいた方と、今の「森林・林業再生プラン」の間に、あまりにも差があることに愕然としたからでした。

私には脳内に「脳動静脈奇形」という難病があり、いつも「残された時間を大切にしよう」という想いで生きています。またそのため、「失語症」に陥る可能性が高く、自分がコンピューターに頼っておかないためと、いつ死んでも幾人かの友人たちに私の仕事を受け継いでもらえるように、このブログを清文することや、政治家たちに文章を送ったりする時には、友人たちにコンピューター仕事を依頼しています。

そんな私からすれば、私のこのブログを読んで森を心配する方々が、「森林・林業再生プランとは、どういうものでしょう」とおっしゃるのは腑に落ちないのです。林野庁のHPを見れば、昨年の12月30日から載っているはずだから。

私が4度目のドイツ訪問に5月に出掛けたのは、私が事務局を務める「日本に健全な森をつくり直す委員会」(委員長養老孟司、副委員長C.W.ニコル)が昨年9月18日に菅直人副総理(当時)にお渡しした提言書「石油に頼らず、森林(もり)に生かされる日本になるために」がきっかけとなって12月30日にできた「森林・林業再生プラン」(そのいきさつは「石油に頼らない」(北海道新聞社より4月に出版している)に書いています)が、ドイツなどからフォレスターを呼んで、全国5ケ所で今年からやっている仕事が、少し心配なためでした。

そんなことを連載しようと考えて始めた「ヨーロッパ林業視察」報告だったのですが、ブログを読んでくださっている皆さんに理解してもらうには相当書かなければ無理とわかり、断念したというわけです。

皆さんがもっと情報を仕入れてくださる必要があります。たとえば「森林・林業再生プラン」をつくったのは、梶山恵司という人物で、この人は富士通総合研究所の主任研究員でしたが、9月18日に私が菅直人さんに推薦したことによって、11月2日に内閣審議官になられています。この人の最近のブログ連載は、日経BPオンラインでごらんになれます。

ブログの熱心な読者で「農家」だとおっしゃる本田勉さんは、「森林所有者とりまとめ」や「作業道づくり」は、農家の「集落営農」や「土地区画整備事業」と同じで、「危うくないか?」と心配されます。

そこは違うことを理解する必要があるのです。
日本の「山」から長い間収入が上がらなかったのは、「外材が入ったから」ではありません。「戦後植えた木が育っていなかったから」というのが、大きな理由です。

まだ45年生~35年生くらいですから、高い値がつく木ではないのです。
しかし、それでもここ数十年、「山」で間伐が進まなかったのは事実です。それは「間伐」をする金が、小さな山の持ち主には出せなかったからです。

「森林組合」が、林野庁や県が出す「林道づくり」や「治山砂防ダムづくり」という"公共事業"に血道を上げず、小さな森林所有をまとめて、その森をしっかり間伐してあげる仕事をこれまでやっていれば、今の日本列島の、「どこもかしこも間伐がされていず」ガリー(雨の度に水が走って削られた山肌)状になってしまっているという状況にはなっていなかったのです。

建設省や運輸省の「ダム」や「空港」と同じように、林野庁は「大規模林道」「治山砂防ダム」という"公共事業"をばらまき、県や政治家はそれに依存して政治をすすめてきたという状況が、どこの山里にもあったというわけです。

そんな仕組みが国民にはもう見えていて、「政権交代」が起こったのではないでしょうか。

しかし「林業」は、そんな政治の仕組みが一番小さいので、「改革」が一番最後になったのだと私は見ています。

そして「川」の「ダム」を問うていた私が、「山」の「林業」を問うことにしたのは、「林業」を支援する「物書き」が少なく、「私も参戦しなければ間に合わない」と思ったからでした。

京都府南丹市日吉町森林組合参事の湯浅勲さんの各著書。梶山さんのブログ。私たち「日本に健全な森をつくり直す委員会」の「石油に頼らない」の一冊。林野庁のHPなどを一度よく読んでみられませんか。

この3、4年、湯浅さんや梶山さんや私、そして菅さんの民主党の森林政策も、"林業再生"のためにみんなで努力していることが理解していただけると思います。

皆さんの知識と今の現状が同じレベルになった時、私の「ヨーロッパ林業視察」は、また始められるかもしれません。

なお、「川下(かわしも)」対策も、私はしっかり進めているつもりです。国土交通省住宅局の中に「"木の家づくり"から林業再生を考える委員会」も、養老孟司氏を座長につくりました。
林野庁の「森林・林業再生プラン」のための五つの委員会も、この住宅局内の委員会も、両役所のHPをご覧になれば全内容がのぞけます。

「怒ったり、文句を言っているだけでは、森も世の中も変えることはできない」私はそう考えて、政府の委員会の中で、一番やかましく、正しいと思うことは絶対に譲らないで務めています。

一度傍聴にこられませんか、本田勉さん。KKIさん。梅光さん。ジェイソン君。太郎さん。

2010年6月14日

mont-bell広報誌「OUTWARD」連載 48号

森里海連環学のススメ Vol.4(最終回)

「日本林業を"再生"するために」


4月20日に銀座で、『石油に頼らない 森から始める日本再生』の出版記念パーティーを行いました。

この一冊は、私が事務局を務める「日本に健全な森をつくり直す委員会」の2008年7月発足当初からの行動と、その委員会が2009年9月18日に新政権に出した提言書『石油に頼らず、森林(もり)に生かされる日本になるために』を収めたものです。

先々号にも書きましたが、私たち「日本に健全な森をつくり直す委員会」は養老孟司先生を委員長に、C・W・ニコルさんを副委員長に、そして2月8日に逝ってしまわれた立松和平さんや、京都府日吉町森林組合参事の湯浅勲さんら12名で立ち上げて、今は16名の陣容。

「日本に健全な森をつくり直す」とは、世界第二位、国土の67.4パーセントに森林を持つ我が国が、今は「健全な森」を持ち得ていないと考えるからです。

国土のほぼ7割に森があっても、日本列島には「少しは誇れる自然林と自然度の高い二次林」は、23.4パーセントしかありません。
一方、25%を占める人工林は、木一本が大根一本と同じ価格でしか売れないという状態が長く続いてきていて、「日本林業の低迷」は日本中から、そして外国からも心配される状況でした。

しかし、その低迷は、「第二次世界大戦後の50年程前から植えてきた人工林がまだ成長期にあり、売り物にならなかったからだ」ということが、近年ようやく富士通総研の梶山恵司研究員から言われるようになっていました。
湯浅さんらの協力で、林野庁や「全国森林組合連合会」が、山から材を安く、コンスタントに出す"仕事のシステム"をきちんとつくり直すことで「林業を再生しよう」という動きがこの数年程はつくられてきていました。

昨年夏に「政権交代」を賭けた選挙が行われた時に、「日本に健全な森をつくり直す委員会」は、どちらの陣営が政権を取ってもわたそうと「提言書」を準備し、政権交代後に菅直人副総理に手渡しました。

菅さんはかつて私が2005年に『「緑の時代」をつくる』(旬報社)を出版し、「木質バイオマスエネルギー(木から生まれるエネルギー)を使うことを政治家として考えていただきたい」と進言した時に、「"植物に生かされる"を自分の政治テーマにしたい」といっておられたので、日吉町森林組合や、奈良県吉野の清光林業の作業道づくりや、ドイツ林業の視察にも行ってもらっていました。

「提言書」をお渡しした昨年9月18日は、そんな菅さんが内閣の中に「国家戦略室」をつくられた日でした。受けとった菅さんは、「"石油に頼らない"ですか、養老先生らしいね」とおっしゃり、「国家戦略室に推薦したい人物はいますか」とおたずねになりました。そこで私は梶山恵司さんの名を挙げ、梶山さんが11月1日に「内閣審議官国家戦略室担当」となられました。
それから12月30日までの2カ月の間で、「森林・林業再生プラン」という政策が、梶山さんと林野庁によってつくられました。

その「プラン」には今、こんな目標が掲げられています。

「10年間で、年間5千万立方メートルの木材生産ができる日本になる」。

現在わが国では、8千万立方メートルの木材が使用されていますが、自国で生産しているのは1千8百万立方メートルにすぎません。それを5千万立方メートルまで生産できる体制を、10年間でつくり上げるというのです。

こんな「森林・林業再生プラン」を実行するためにまずやらなければならないことは2つ。1つは、わが国の人工林の多くを占める小規模な森林の所有者をとりまとめて、仕事がしやすいまとまりのある森にすること。2つめは、そこに作業道をつけること。

これがきちんとできれば、日本の林業は「再生できる」と私は思っています。

2010年6月 6日

自然に学ぶ「森里海連環学」のすすめ

山陰中央新報連載 自然に学ぶ"森里海連環学"のすすめ No.12

二つの委員会―森から日本再生願う

今、政府の二つの委員会に属している。一つは林野庁の「森林・林業再生プラン」を実践するための「作業道」の委員会。その委員会に属する奈良県清光林業第17代当主の岡橋清元さんや京都大学名誉教授の竹内典之先生ら5人とわたしは、5月7日から15日に、ドイツ、スイスを歴訪し、作業道やそれを使った「仕事のシステム」を勉強しにゆく。

日本には、これまで林野庁や自治体が造り続けていたがほとんど使われていなかった「林道」は無数にあるが、実際に木を伐(き)り出すときに必要な「作業道」はあまり造られてこなかった。

それを造るためには、小さな所有者たちをまとめなければならなかったからだ。ほとんどの県で、森林組合にその仕事ができていないという現実が横たわっていた。

昨年末に新政府がつくった「森林・林業再生プラン」は、その現実を変え、10年後までに年間5千万立方メートルの材を山から出せる「生産システム」をつくり上げようというもの。作業道造りは、その中で最も重要な課題なのである。

国土交通大臣に任命された、国交省住宅局の中に設置された「"木の家づくり"から林業再生を考える委員会」の方は、林業の"川下"といわれる住宅づくりの推進を考える。

山から材が出てきても、雇用不安や年金不安では、とても家を新築する気にはならない。しかし30年後までには確実に地震が日本列島各地を襲うことも予想されている。

その時までに"耐震型"や"省エネルギー型"に、古い住宅をリフォームしておく必要はある。若者がおじいちゃんと一緒に「50年ローン」でもそれに取り組めるように考えている。

また「"木の家づくり"から林業再生を考える委員会」の委員長に就任された養老孟司先生は、「現代の"参勤交代論"」を唱えられ、都市住居者が年に1カ月くらいは田舎を訪れ、自分の食物をつくる練習をしたり、災害時の避難小屋を木造でつくっておいたりすることも提案されている。

その養老先生を囲む、わたしが事務局長を務めている「日本に健全な森をつくり直す委員会」は、それらのことを書いた一冊を、このたび「石油に頼らない―森から始める日本再生」(北海道新聞社刊)として、出版した。

石油にたよらない.jpg

Profile

天野礼子(あまの・れいこ)

-----<経歴>-----

アウトドアライター。
1953年、京都市生れ。
中、高、大学を同志社で過ごす。
19才より釣りを始め、文化人類学者の今西錦司博士の主宰された「ノータリンクラブ」に属して、国内外の川、湖、海辺を釣り歩く。
26才より小説家、開高健に師事。
1988年には師と共に長良川河口の堰建設反対に立ち上がり、「ダムは不用」の国民世論に育て上げる。
近年は「川を再生するには森を生きかえらせることが必要」と“森仕事”へ視野を広げて、日本の森から材が出る社会システムを作り直すことを各地で提案している。
京都大学が2003年に構築した「森里海連環学」の普及もお手伝いするため、高知新聞社と山陰中央新報社でカルチャー教室「自然に学ぶ“森里海連環学”」を続けている。
2001年より、高知県・仁淀川の源流にも家を借り、有機農業普及のための「高知439国道有機協議会」を07年に立ち上げて、事務局長を務めている。08年7月に養老孟司氏らと「日本に健全な森をつくり直す委員会」を設立した。

BookMarks

オフィシャル・ウェブサイト
http://www.uranus.dti.ne
.jp/~amago/


長良川河口堰建設をやめさせる市民会議
http://nagara.ktroad.ne.jp/

公共事業チェックを求めるNGOの会
http://kjc.ktroad.ne.jp/

日米ダム撤去委員会
http://damremoval.com/

市民版憲法調査会
http://www.kenpou.com/

-----<著書>-----


『“林業再生”最後の挑戦』
2006年11月、農山漁村文化協会


『だめダムが水害をつくる!?』
2005年10月、講談社+α新書


『「緑の時代」をつくる』
2005年5月、旬報社


『ダム撤去への道』
2004年5月、東京書籍


『日本の名河川を歩く』
2003年7月、講談社+α新書


『市民事業』
2003年4月、中公新書ラクレ


『ダムと日本』
2001年2月、岩波新書


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