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渓ひらく―"参勤交代"考

今年初めてのアマゴ釣りに3月21日(日)、高知県仁淀川の源流へ行ってきました。

アマゴは、日本列島の太平洋側、神奈川県酒匂(さかわ)川から西の、川の上流部を生息域とする渓流魚で、酒匂川から東や日本海側という列島の4分の3の水域の上流には、ヤマメが棲んでいます。かつて、京都大学で生態学を提唱された今西錦司さんらが、そんな「棲み分け」を調べられました。

私は、19歳、同志社大学の一回生の時にアマゴ釣りを始め、今西先生が会長をしておられた釣りクラブ「ノータリンクラブ」にも属して、チヌ、グレ、アユ、モロコなど四季の釣りを、34歳までは年間に百日ぐらい、34歳からは長良川河口堰反対運動を始めたので年間60日くらいの、川でのアマゴ・アユだけに限定して、56歳の現在も、3月から10月中旬までのほぼ毎週土・日と連休は、どこかの川で竿を出すという趣味を続けています。

3月20日(土)と21日(日)は、大陸からの黄砂が高知に吹き荒れていました。ようやく風が少しやんで竿が出せたのは21日の3時すぎ、1時間ほどで3尾のアマゴの顔を見ることができ、ようやく今年の「渓ひらく」という状況がつくれました。昨年の10月以来、5ヶ月ぶりの釣行です。

仁淀川の源流に、仁淀川町という人口7千人足らずの集落があり、そこに林野庁の旧官舎、木造平屋すきま風びゅうびゅうの一戸建てを借りて"水鳥庵"と名づけ、通っています。

この日釣った、夫と合わせて5尾のアマゴは、近くの居酒屋「大関」に持ち込んで、林野庁の職員だったテンカラ釣りの名手と食べました。私の釣った大型一匹は刺身、あとは塩焼き。この源流部は水がきれいなので、とてもおいしく、臭みが少しもないのが自慢です。


  "参勤交代"考

新大阪駅に近い自宅から、いつもなら5時間で行けるところが、行きは9時間、帰りは7時間。高速道路での事故渋滞が原因でした。減額化で、初心者も高速道路を走るようになったからでしょうか、軽自動車で追い越し車線をスロースピードで走り続けるなどの、高速道路マナーをよく理解できていない運転手もいるなと見えます。

私はこのような釣り場を、高知のほかにも島根県高津川など何カ所か持っていて、水況によって釣り場を選び、通っています。

養老孟司先生は、このような遊び方を、「現代の"参勤交代"」と呼ばれています。

3月15日には、国土交通省住宅局がつくった養老先生を委員長とする「"木の家づくり"から林業再生を考える委員会」の初会合があり、そこで養老先生はいつもの「参勤交代論」をお話しになりました。

都市に棲む生活者が時々は田舎へ行くことで、①鬱を解消する②災害時の棲家をつくっておく③食料もそこでつくる訓練をする④田舎に「第2の親類」をつくっておく⑤地域材で木の家をつくることで「林業再生」の一端を担うことができる、などの効用があると思えます。

もちろん、釣りをしている最中には、こんなことはひとかけらも考えていません。「あの石からアマゴがでるかな」との一念。私のモットーは「少なく釣って、多く楽しむ」。
夫からは「負け惜しみやろ」とからかわれていますが・・・。(笑)

でも、私が文学の師、亡き開高健さんからつけられたニックネームは、「あまご」。開高さんの「オーパ」でも私は、「天野あまご嬢」と紹介されています。いつもアマゴの話ばっかりしているのと、天野礼子の上と下を合わせると「天子(あまご)」というわけです。

長良川河口堰反対を一緒に始めてほしいと開高さんにいった時も、「やっぱり"あまご"やのう」とからかわれました。アマゴの降海魚サツキマスが現代においてもまだ絶滅せず残っていたのが、長良川だったからです。

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私は東日本に住んでいるので、あまごという魚には、お目にかかったことはありません。だけど、なんとなく、美しく、美味しそうな感じがします。渓流釣り専門の友人から、あゆ、やまめ、いわなをいただきますが、「天然もの」は、気持がよく、美味しいですね。いわなの骨酒は最高です。戦後、まだ子供だった頃、近所の小川でフナを釣りました。貴重な蛋白質源でした。私が母に「お魚、可哀想だね」と言った時「美味しく食べてあげるのが、さかなにとっても、幸せなのだ」と言われました。こじつけだけれど、ほっと、安心したことを思い起こします。自然と裸の付き合いをしていたと思います。いよいよ、のっ込みの季節ですが、天然のフナは石油臭いがするようです。私は日本第二の湖、霞ヶ浦の畔に住んでいます。ブラックバスの釣り大会が開かれますが、さかなに感謝する気持ちが薄くなっているようで、さみしく思います。自然との共生と言いながら、なにか、目にみえない、人工の壁があるようです。渓流がいつまでもきれいでありますように。

先日、某放送局で中国国内の水資源不足の現状を捉えていました。
中国のすさまじい発展の影には、海外の資源確保戦略も見え隠れしています。
更には、日本の数少ない資源の内の水資源確保によるものか判断がつきませんが、中国資本の日本国内個人所有山間地の土地取得の話も聞いております。
適正なもので、過剰な開発でなければ問題はないと思えますが、経済優先であれば、別の意味で山間地の荒廃が進む懸念もあります。
高度成長期、日本も海外の資源を貪りました。
現在、その反省から、過剰な開発に対しての資源再生運動も顕著になってきてはいます。
そうした意味でも、中国や他の国に対して見本となるような環境保全と公共事業や資源搾取の両立運動を国内だけでなく広くアピールすることも、大切なのでないかと感じています。

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Profile

天野礼子(あまの・れいこ)

-----<経歴>-----

アウトドアライター。
1953年、京都市生れ。
中、高、大学を同志社で過ごす。
19才より釣りを始め、文化人類学者の今西錦司博士の主宰された「ノータリンクラブ」に属して、国内外の川、湖、海辺を釣り歩く。
26才より小説家、開高健に師事。
1988年には師と共に長良川河口の堰建設反対に立ち上がり、「ダムは不用」の国民世論に育て上げる。
近年は「川を再生するには森を生きかえらせることが必要」と“森仕事”へ視野を広げて、日本の森から材が出る社会システムを作り直すことを各地で提案している。
京都大学が2003年に構築した「森里海連環学」の普及もお手伝いするため、高知新聞社と山陰中央新報社でカルチャー教室「自然に学ぶ“森里海連環学”」を続けている。
2001年より、高知県・仁淀川の源流にも家を借り、有機農業普及のための「高知439国道有機協議会」を07年に立ち上げて、事務局長を務めている。08年7月に養老孟司氏らと「日本に健全な森をつくり直す委員会」を設立した。

BookMarks

オフィシャル・ウェブサイト
http://www.uranus.dti.ne
.jp/~amago/


長良川河口堰建設をやめさせる市民会議
http://nagara.ktroad.ne.jp/

公共事業チェックを求めるNGOの会
http://kjc.ktroad.ne.jp/

日米ダム撤去委員会
http://damremoval.com/

市民版憲法調査会
http://www.kenpou.com/

-----<著書>-----


『“林業再生”最後の挑戦』
2006年11月、農山漁村文化協会


『だめダムが水害をつくる!?』
2005年10月、講談社+α新書


『「緑の時代」をつくる』
2005年5月、旬報社


『ダム撤去への道』
2004年5月、東京書籍


『日本の名河川を歩く』
2003年7月、講談社+α新書


『市民事業』
2003年4月、中公新書ラクレ


『ダムと日本』
2001年2月、岩波新書


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