Calendar

2010年3月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      

« mont-bell広報誌「OUTWARD」連載 45号・46号
メイン
自然に学ぶ"森里海連環学" »

二つの役所の委員会、始動する

林野庁では、"森林・林業再生プラン"が2009年12月につくられ、それに沿った五つの分野の委員会が発足しました。「森林・林業基本政策検討委員会」、「路網・作業システム検討委員会」、「森林組合改革・林業事業体育成検討委員会」、「人材育成検討委員会」、「国産材の加工・流通・利用検討委員会」です。

私は、一番最初2月1日に発足した、「路網・作業システム」の委員になりました。

路網の委員会が最初につくられ、すでに2回の会合を開いているのは、その仕事が、新政権の"林業再生"の中で最も急がれているからです。

日本では、1980年代に、「大規模林道」に対する猛烈な反対運動がありました。「林野庁の持つ天然林の中に大規格な林道をつくっていることが、大きな自然破壊になっている」と、知床半島の原生林では、反対する人々が木に抱きついて工事を止めさせ、それを朝日新聞社の本多勝一さんらが書いて、大きなニュースになりました。

大規模林道が造られたのは、林野庁が独立採算制を取っていた国有林経営の赤字を埋めるために、との理由でした。

しかし、「国有林」にできていた赤字は、後には3兆8千億円にもふくらんでしまったように、天然林内に残された貴重な木々を次々と伐っても、なくなるようなものではありませんでした。

本多勝一さんらは、「大規模林道を造る"公共事業"そのものが目的となってしまっている事業であり、問題である」と指摘されました。
当時、私も、そう思い、反対していました。

ところが、この問題は、思わぬところに、別の問題を生んでしまっていたことが、今ではわかります。
それは、私が森に向かい始めた2000年ぐらいに気がついたことです。

ある日、講演会で「人工林の間伐を進めよう」と話すと、お母さんに連れられてきていた小さな男の子が側に来て、「おばちゃん、木は切っちゃいけないんだよ」と言ったのです。

戦後に植えた人工林の間伐が進まなかったのは、林業界に間伐をする予算がなかったからであったと今ではわかりますが、実は"国民世論"もそれを後押ししなかったのは、「国有林」で行われていた「大規模林道」づくりへの批判が、国民に「木は伐っちゃいけない」と思わせていたからだったと思うのです。

そんな時代が数十年もあって、今の日本は、戦後の大造林期に植えた木が45年生くらいになり"使い頃"に育っているのに、それらの木を伐り出して使ってゆく「作業道」とその道を使いこなす「作業システム」がつくれていないという状況なのです。

そのために、「林業」を「日本の成長戦略」の一つと位置づけた新政権は、まず「路網・作業システム検討会」から、次々と五つの委員会を発足されているという事情なのです。


  国交省住宅局にも

もう一つ、私の属することになる新しい委員会は、国土交通省住宅局が3月15日に発足されるもので、「"木の家づくり"から林業再生を考える委員会」という名称です。

小さな予算しか持てない林野庁の「林業再生」を、住宅づくりの側からサポートしてゆくためにつくられ、養老孟司さんが委員長に就任されます。

林業の世界では、山元を"川上"、消費者に近いところを"川下"と呼んでいますが、この委員会は、"川下"を広げてゆく戦略を考えるものです。

林野庁に五つ、国交省に一つ。これらの委員会が「森林・林業再生プラン」を支え、日本林業を再生させてゆく仕事をします。

「今度は、官僚とは闘わないで、一緒に仕事をする」と決めた私。

85歳まで生きるつもりであった立松和平兄は、62歳で逝ってしまいました。

私自身の左脳には「脳動静脈奇形」という血管のこぶし大のからまりを、言語中枢と思考中枢の中間に持っています。この奇形はいつ血管が破裂するかわからないので、子供を生むことも医者からは禁じられてきました。

そのため、「いつ死んでも悔いのない生き方をしよう」と思って生きてきています。
"林業再生"へ、あと数年は、力を尽くしたいと思っています。日本の森が、間伐が進んで生き生きとし、林業が本格的な産業に育ったら、大好きな川に立ちこんで、アマゴやアユの相手だけをする毎日を過ごしたい。

そんな夢を持っているのです。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.the-journal.jp/mt/mt-tb.cgi/6700

コメント (7)

■コメント投稿について編集部からのお願い

《THE JOURNAL》では、今後もこのコミュニティーを維持・発展させていくため、コメント投稿にルールを設けています。はじめて投稿される方は、投稿の前に下記のリンクの内容を必ずご確認ください。

http://www.the-journal.jp/contents/info/2009/07/post_31.html

ご理解・ご協力のほどよろしくお願いいたします。

天野礼子さん

引用【「いつ死んでも悔いのない生き方をしよう」】

  ご覚悟にエールを贈ります、人生を楽しんで!!と。
(私は基本的に、「頑張って!」という表現は使いませんので。)


私もこのことを常々強く意識しています。
天野さんのような特殊な事情を抱えておられる方だけではなく、「全ての人間がこの覚悟を持つ」という前提を置くと、この世の中は格段に住み易いものに激変すると確信しています。本人は、運命や宿命という「無情な非論理」を受け入れる強さが備わるということもある。

此の前提は、人間達が、「人間は間違いなく死ぬ宿命にある。Yes or Noの問題ではない、単にWhenの問題だ。」という如何ともし難い真理を、頭で認識し時折思い出してている間は決して実現されませんが、心で得心すれば実現に数歩近付ける筈。
然もその「When」は、「死」は誰にとっても歓迎するべきことでは決してないので、「遠い将来のこと」、「数日数年の間には起こらない(齢100歳であっても!)」と希望と欲望に素直に従って、「Whenだけ」という厳しい現実を無視している。

天野さんのような覚悟や人生の緊迫感がないと、悪さもする気になるし真摯な生き方をする気も喪って仕舞いますよね。特にそのような無軌道な生き方に誘惑する事象は日常の身辺に山程ありますから、尚更困難なことですけれど・・。

森林・林業再生プランは結構ですが、まちがっても杉やヒノキの新たな植林はやめて下さいね。自然環境が壊れます。

天野様
常々、この分野でご苦労されております事、感謝と慚愧にたえません。私たちの県ではしっかり森林税なるモノを収めておりますが、みな多くの人はその税金を有意義に使ってほしく思っておりますし、個人の資産の充当のために横流しのようなことが無いようにと、強烈に祈っています。最終的には地方からこのような税金をぶんどって整備に使って頂いても結構ですから、是非、林業再生に向け、ご尽力をお願いします。その中で2つほど気になりましたので書きますが、まず、林野庁の分野だけでなく、国交省よりも、環境省、経産省なども今後、縦断的にプロジェクトに参加してもらった方が良いのではないかと思っています。まだ、始まったばかりですから、そう簡単には事は進まないとは思いますが、将来的には多くの分野で成長できるような仕組みを構築できれば良いのではないかと。また、日本の省庁の弱点として、情報開示をしない、縄張り意識が強く横つながりを持とうとしないなどの問題があります。こういう事は多くの人に知ってもらい情報を広げないと、利権がらみのターゲティング政策として、無駄な税金を費やすだけとなってしまうと思います。
事業の構築だけでも大変かと思いますが、是非心に留めて頂ければと思います。

(日本人を止めた)無国籍人さま
覚悟を持つという事は、その人の人生に取って、どこかに換骨奪胎のプロセスがあったからだと思います。また、その要因はおそらく一つではないはずですし、なによりも心が柔らかくないとそれは出来ないのではないか、と私は思っています。欲望に振り回され、利益におもねり、自我に囚われたら人は成長を止めてしまうのでは。
せっかく貴重な命を頂いてきたのですから、良き人として生きるという欲求は、万人の根底に眠っていると私は信じたいと思います。そうでなければ、先に逝った人たちに申し訳ないのでは.....

天野さま
わたしは、この記事についてあまり感じるものが有りません。

わたしは、林業については日本の将来が掛かっていると思っているからです。
予算や資金の事諸々有りますが、林業は日本の生命線です。

政府の委員会に出席されているのでしたら、水の問題を考えて貰いたい。
林業の問題は、ダムに直結するし、一番は農業、畜産そしてそれは食料にも国家予算、人の命にも繫がります。

総括的に見るべき大問題である事をお願いしたい。

堀口雪文さん | 2010年3月 8日 23:00

私の不躾な招待に、ご丁寧にご反応を戴き多謝申し上げます。

私にとっての「覚悟の持たれ方」は、換骨奪胎を通じてでも良いのですが、人々の日常的な知恵の産物として日常生活の身近な処に居場所があることを理想形としています。
そのような社会で構成される国家は、道を誤らないだろうし、乱れることも少なかろうと、また「平和はただ(無償)では手に入らない」と知ることになるだろうと想定しています。

引用【万人の根底に眠っていると私は信じたい】
私は仰る以上に「万人が覚悟の萌芽を持っている」と確信しています。それ故に、引用【せっかく貴重な命を頂いてきた】からこそ、「人生を生きている以上、覚悟を眠らせている場合じゃあないでしょう」と思っている、ということでした。
草々

天野さん
林業に従事していた者の意見です。 山主の問題があります。 以前 間伐する為に2町歩の山を測量するのに地籍を調査すると、山主さんが、14人いることが判明しました。 14人の内5人が地元の人で9人が地元以外の人でした。 一人一人に会い、保安林指定を申請する事を薦めるのは至難の業で、中には、山主である事自体を忘れている人もいたり、山に興味がなく、無関心な人もいました。 こう言った現状を打破するには、一定のルールが必要だと思います。 10年以上山の手入れを放置した者は、権利を放棄させる、一反以下は行政が買取るとかです。 又、山の境界は、ものすごく曖昧でビックリします。 その為、木一本で喧嘩です。 放置林なんかでは、山主は不明で、境界も不明で手の付けようが無い山なんかはザラです。こう言った問題も現状を見つめ解決して欲しいです。 

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)

※[投稿]ボタンをクリックしてから投稿が完了するまで数十秒かかる場合がございますので、2度押しせずに画面が切り替わるまでお待ちください。

Profile

天野礼子(あまの・れいこ)

-----<経歴>-----

アウトドアライター。
1953年、京都市生れ。
中、高、大学を同志社で過ごす。
19才より釣りを始め、文化人類学者の今西錦司博士の主宰された「ノータリンクラブ」に属して、国内外の川、湖、海辺を釣り歩く。
26才より小説家、開高健に師事。
1988年には師と共に長良川河口の堰建設反対に立ち上がり、「ダムは不用」の国民世論に育て上げる。
近年は「川を再生するには森を生きかえらせることが必要」と“森仕事”へ視野を広げて、日本の森から材が出る社会システムを作り直すことを各地で提案している。
京都大学が2003年に構築した「森里海連環学」の普及もお手伝いするため、高知新聞社と山陰中央新報社でカルチャー教室「自然に学ぶ“森里海連環学”」を続けている。
2001年より、高知県・仁淀川の源流にも家を借り、有機農業普及のための「高知439国道有機協議会」を07年に立ち上げて、事務局長を務めている。08年7月に養老孟司氏らと「日本に健全な森をつくり直す委員会」を設立した。

BookMarks

オフィシャル・ウェブサイト
http://www.uranus.dti.ne
.jp/~amago/


長良川河口堰建設をやめさせる市民会議
http://nagara.ktroad.ne.jp/

公共事業チェックを求めるNGOの会
http://kjc.ktroad.ne.jp/

日米ダム撤去委員会
http://damremoval.com/

市民版憲法調査会
http://www.kenpou.com/

-----<著書>-----


『“林業再生”最後の挑戦』
2006年11月、農山漁村文化協会


『だめダムが水害をつくる!?』
2005年10月、講談社+α新書


『「緑の時代」をつくる』
2005年5月、旬報社


『ダム撤去への道』
2004年5月、東京書籍


『日本の名河川を歩く』
2003年7月、講談社+α新書


『市民事業』
2003年4月、中公新書ラクレ


『ダムと日本』
2001年2月、岩波新書


当サイトに掲載されている写真・文章・画像の無断使用及び転載を禁じます。
Copyright (C) 2008 THE JOURNAL All Rights Reserved.