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日本に健全な森をつくり直す委員会・ニュースレター

「山おやじ三号」NO.7 (2010.2.22)

   立松さんが言い遺したこと

立松和平さんが2010年2月8日に62歳で逝ってしまいました。私たち「養老委員会」には一編の彼のメッセージが残されました。2009年12月9日に、「"古事の森づくり"で列島を歩いて」というテーマで、私達が出版しようとしている本の編集者である戸矢晃一さんに立松和平さんへのインタビューを試みていただき、お二人がそれをまとめられた原稿です。まさかこれが、"立松和平"が私たちに残した遺言になるとは思いもしないことでした。立松さんは85歳くらいで往生すると御自分では考えておられたようなのです。

「日本林業は、"再生"するのではなくて、これから始まるのだ」。梶山恵司さんは、最近そうおっしゃいます。

確かに、今、地球を見まわすと、林業国として自動車産業よりも多くの雇用を林業から生み出し得ているドイツなどの西欧諸国は、1970年代に、全土に林業のための作業路網を張り巡らせていたり、「木材サプライチェーン」と呼ばれるような、林業の"川上"から"川下"までの輪(チェーン)が確立しています。日本をそれに比べると、森林率は世界第二位であり、他の技術では先進国であるにもかかわらず、「近代林業」においては30年近く遅れを取っていると見え、「日本林業はこれから始まる」は、戦後に植えた人工林が使い頃に成長した今、一つの見方だと思います。

しかし、立松和平が「古事の森づくり」で光を当てたものは何だったでしょうか。

私たちの"森の国ニッポン"には、千三百年も前からそこに建っている法隆寺が残されて伝承され、伊勢神宮は20年ごとに建て替えられて、「建築の技術が未来へ伝えられている」というすばらしい現実があります。立松さんはこれを知らせ、「誇りを持って日本林業を伝承してゆこう」と、日本人に提案されたように思います。

民間から梶山さんや湯浅さん、林野庁からは山田寿夫さんたちが"林業再生"にチャレンジして、今、新政権が「"林政"を一からやり直す」ことにチャレンジし始めようとしています。この二つのグループがまるで「時代の要請」のように出逢えたところに、日本林業と日本の森の"幸せ"があったと思えます。いえ、この「出逢い」は、偶然なのではなく、日本列島におわす神仏たちが私たちと未来のためにつくってくれたものにちがいないのです。

9月18日に菅直人さんに私たちの提言書を渡したことを立松和平さんにFAXで報告すると、すぐに一通の返信が私に返ってきて、そこにはこう書いてありました。

「日本に健全な森をつくり直す委員会」の一員であることに、誇りを持っています。
私をこの委員会に誘ってくれて、ありがとう。

こういった急速な改革時は、ともすれば小さな視点を見失いがちです。山元でいま生きている人達が、高齢であり、弱小であり、古い技術しか持っておらず、情報も届きにくいことに、国民全体が最大の気配りをしてゆくことを忘れないでほしい。

立松和平は、そう思いながら先に旅立ってしまったのではないかと私は考えています。梶山さんと、新政権と、林野庁には、くれぐれもそれを「心して」いただきたく存じます。

立松和平さんが残した「古事の森づくり」の精神を引き継いでゆくことを、皆様と共に立松さんの墓前に誓いたいと思います。

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ご理解・ご協力のほどよろしくお願いいたします。

天野礼子さん、はじめまして。
私は、過去に某県の森林組合で働いていました。 それはそれはヒドイ労働条件でした。 雨の日は当然、仕事は休みだし、3K(危険 汚い キツイ)どころではなく7K(危険 汚い キツイ 厳し暑さ寒さ 怪我 苦痛 クビ 等)以上でした。 又、日当が低い割りに日雇い月給で林業だけでは、食べていくことが出来無かったのです。
私の職場の人達は、環境問題に興味があり本当に森林を愛し、未来の環境のことを危惧して日々仕事に誇りを持っていた人が大半でしたが、食べていけず、又、怪我で辞めていった人が多かったです。私も、その内のひとりです。
志が高く、興味があっても現実は大変厳しく残念です。
まず、労働条件を良くするのは当然せすが、国が無関心ですし、今の森林荒廃は、60年前の国策(拡大農林)の失敗でしょう。 ハッキリ言って人災だと思います。 
今から数年前にやっていた緑の雇用も中途半端に終わってしまいましたね。 
この国は、第一次産業をナメてます、必ずこのツケは、恐ろしい代償として廻ってくるでしょう。

立松さん、日本を深い所で考えていましたね・・・。

森林、山、山間、農村、里山、地場経済、環境・・・総合的な視点と考察と政策が必要ですね。森林整備は「緑のダム」と密接に絡んでいますね、八ッ場ダムとも。全国で起きている浜欠けと呼ばれる、流入する土砂の現象による海浜の後退現象にも関わる。土砂不足→ミネラル不足で起きる磯焼けによる、各種漁業被害へも。針葉樹から雑木林へ代えて生態系回復を、花粉症対策、補助により林業で生計を立てられるようにして、国産材使用による地場産業振興・・・。これら果てしなく連鎖し関連していきます。

環境でも、文化でも、心でもこの部分への取り組み無しでは日本は再生しない。グリーンツーリズムや医療観光など、これからの時代に必要になる経済分野にも必要な訳で、しっかりと取り組んでいってほしいです。

 素晴らしい話です、ドイツが自動車産業より多くの雇用を林業で産み出しているなんて初めて知りました。
 私も山・森林持ちの建築技師、そして立松さんと同じ時代を特に大学時代に生きた人間、天野さんのご意見に心から賛同します。
 新政権が林業を始め一次産業の振興と再建に手を尽くすことを心から期待します。
 それが国土の保全であり、日本の文化を守ることであると私も思います。

立松という人をあまり信用していません。NHKに出演してるところをよく見たり聞いたりしましたが、子供のときに畑の作物を盗んだことを嬉々として話す人だからです。私は小さいながらも畑を持ち作物を作っています。本職ではありませんので自分で食べるためです。しかしながら、取り入れ寸前の作物をいたずらで盗られる悲しさ悔しさを何度も経験しています。あなたにはよい想い出でも盗られた人はどんな気持ちか作家の癖に想像できないのかとラジオに向かって文句をいったことが再々ありました。この人には年に一度しか収穫できないことを実感として感じられない人なのではないでしょうか。そのような人の自然観など評価できません。

もうすぐ地球温暖化対策基本法案が閣議決定されそうですが、天野さんは原子力発電についてはどのようなお考えですか?民主党はCO2削減のために原子力積極推進にどんどん舵取りをし、ここへ来て急に施策の筆頭に原子力が掲げられる方向になったとか。。
25%を耳にしたときからイヤな予感がしていたのですが、エネ政策の予算の内訳を見たら原発関連にかなりの金額が載っていたし、エネ関連委員等も前政権とあまり代わり映えしていないことからもそっちの方向へ確実に向かっているのがずっと気がかりでした。既にアメリカと提携し、さらにベトナムへも総理自らアピールとは。それでも民主党はそれを目立たない様な形でいままで進めていた事もイヤな感じでしたね。
まさか、民主党が自民党政権時代よりもここまで積極推進派とは、薄々感じながらも違うと思いたい気でいましたが、、結局民主党が推進で、自民もみんなも公明?も推進派だとしたら、反対派って社民と共産くらい?
長崎知事選の時、開門に賛成を唱えていたのは共産候補くらいだったというのも悲しい現実だなと思いましたが(たとえ地方と中央の意見に隔たりがあったとしても)果たしてコンクリートから人へって世迷い言なんですか?って言いたいくらいな今日この頃です。。そのコンクリの概念が元々異なっていたのかもしれないですが。。

天野さんの原子力への考えがわからないまま、記事と関係のないコメントをしてしまい失礼しました。でも、ちょっといろいろな所に訴えなきゃという気持ちになってしまったので。。

「"古事の森づくり"で列島を歩いて」の編集者の戸矢晃一さんと、梶山恵司さんのお二人が3月1日付けの日経ビジネスONLINEに、林業の可能性について出稿されています。世界トップクラスの日本の森林資源は経済の成長戦略に資するという内容です。

梶山さんには林業の可能性について、テレビ東京のニュース番組でインタビュー取材のご協力を頂いたことがあります。「今は林業再生の最初で最後のチャンスの時。」という一言が印象的でした。

作業道整備と皆伐規制などの法整備を急げば、持続可能な儲かる林業は必ず生まれるはず。安定供給の仕組みさえできてしまえば市場は国内に十分ある。

農業や漁業、地域の観光資源と組合せることで、必ず経済の仕組みができて好循環すると思うのです。

昨年5月島根県で行われた「21世紀を森の時代に」と言うシンポジウムは、今年もどこかで開催されるのでしょうか。養老委員会主催のシンポジウム開催の予定があれば、参加したいので上記アドレスまでご連絡頂けますか。

東京世田谷区 藤井裕史

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Profile

天野礼子(あまの・れいこ)

-----<経歴>-----

アウトドアライター。
1953年、京都市生れ。
中、高、大学を同志社で過ごす。
19才より釣りを始め、文化人類学者の今西錦司博士の主宰された「ノータリンクラブ」に属して、国内外の川、湖、海辺を釣り歩く。
26才より小説家、開高健に師事。
1988年には師と共に長良川河口の堰建設反対に立ち上がり、「ダムは不用」の国民世論に育て上げる。
近年は「川を再生するには森を生きかえらせることが必要」と“森仕事”へ視野を広げて、日本の森から材が出る社会システムを作り直すことを各地で提案している。
京都大学が2003年に構築した「森里海連環学」の普及もお手伝いするため、高知新聞社と山陰中央新報社でカルチャー教室「自然に学ぶ“森里海連環学”」を続けている。
2001年より、高知県・仁淀川の源流にも家を借り、有機農業普及のための「高知439国道有機協議会」を07年に立ち上げて、事務局長を務めている。08年7月に養老孟司氏らと「日本に健全な森をつくり直す委員会」を設立した。

BookMarks

オフィシャル・ウェブサイト
http://www.uranus.dti.ne
.jp/~amago/


長良川河口堰建設をやめさせる市民会議
http://nagara.ktroad.ne.jp/

公共事業チェックを求めるNGOの会
http://kjc.ktroad.ne.jp/

日米ダム撤去委員会
http://damremoval.com/

市民版憲法調査会
http://www.kenpou.com/

-----<著書>-----


『“林業再生”最後の挑戦』
2006年11月、農山漁村文化協会


『だめダムが水害をつくる!?』
2005年10月、講談社+α新書


『「緑の時代」をつくる』
2005年5月、旬報社


『ダム撤去への道』
2004年5月、東京書籍


『日本の名河川を歩く』
2003年7月、講談社+α新書


『市民事業』
2003年4月、中公新書ラクレ


『ダムと日本』
2001年2月、岩波新書


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