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二つの役所の委員会、始動する »

mont-bell広報誌「OUTWARD」連載 45号・46号

森里海連環学のススメ Vol.1

「サケが、森をつくっていた」

 森の中に、何かが腐ったような異臭がただよっている。歩みを進めると、それが私の探していたものだとわかった。サケだ。ここはカナダのブリティッシュ・コロンビア州、クラッセ川。2002年、9月26日のことである。
 このサケは、クマが川で獲り、森へ運んだ。他のクマと争わないで食べるためだ。
 カナダでは、さまざまなサケの産卵シーズンの40日間に、クマが一年間の食糧の四分の三をサケで得(と)る。40日間でおよそ700匹のサケを、一頭のクマが食べるという。だから一本の川をテリトリーとしているたくさんのクマは、この時いっせいに川に出撃する。しかし隣のクマと争っていたのでは一日18匹のサケは獲れないし、食べられない。冬眠前の貴重な食糧獲得行動である。

 ビクトリア大学のトム・ライムヘン教授は、「サケとクマと森の関係」を調べていて、ある時に、クマが森へサケを運んでから食べることに気がついた。そこで彼は、こんなことを調べ始めた。サケ止めになっている滝がある川の、①滝までの両岸の森で、川岸から50メートル以内の木の年輪、②50メートル以遠の木の年輪、③滝の上流の森の木の年輪。すると、同じ樹齢同士でも①の年輪の幅だけがどれも②や③に比べて太く、そこには同位体元素「N15(窒素15)」が多量に存在していることがわかったのだ。「N15」は、海には多いが川や森には本来少ない窒素だ。それが①地域の木々の年輪に大量に含まれているのは何故か?

 読者はもうおわかりだろう。そう、サケの栄養分がこれらの年輪には含まれているのだ。クマが、川から森に運んだサケ。最初はクマが食べるが、おいしいところ(栄養価の多いところ)だけを食べて森へホッチャレする。すると下位の生物が次々とおすそわけにあずかる。オオカミ、キツネ、トリ...そして最後はウジ虫たちまで。

 私は、サケのまわりにたくさんの米つぶが散らばっているのを目にした。しかし米つぶが動くので目をこらしてみると、それはウジ虫たちだった。彼らが、木の年輪にサケの栄養を運んでいる張本人だろう。

 こんな調査に私を同行してくれたトム・ライムヘン教授は、C・Wニコルさんのカナダでの友人。ニコルさんが私に、「1995年に河口堰のゲートを降ろされてしまった長良川を救いたければ、カナダの森へ行って、トムに会っておいで」とすすめてくれたのだ。ニコルさんは、1989年12月に死んでしまったわが師・開高健から、「長良川と天野礼子を頼む」と遺言されて以来、私と兄妹のようにつきあってくれている男(ひと)だ。

 「サケが、森をつくっていた」ことが、この調査に同行してわかった。調査から帰ると、少数民族が昔から伝えてきた詩(うた)を教えられた。なんとそこには、「サーモンが森をつくっている」と謳われていた。

ライムヘン教授が同位体元素を使って近代科学でようやく明らかにできたことを、昔からサケやクマや森とつきあってきている人々はとっくに知っていたということなのだ。
州は、同国で一番たくさんの木材を世界へ輸出している木材基地だ。このことからも、サケと森の関係は深かったことがわかるではないか...。

 B・C州では、こんなことがわかったので、野党が1997年の選挙時に「森とサケとクマを大切にする」ことをマニフェストにして、政権交代が実現した。そして与党となった勢力は、「切り株税」をつくり、その税金を川の再生に充てるようにした。そうして行われたのが、森の木を川へ倒れ込ませたり、大岩をヘリコプターで運んで川中に置くこと。「N15」を自分の身体で海から森へ運ぶサケが森へ帰ってきやすいように、川に淵や瀬をつくり、サケが産卵床をつくりやすいようにする、"自然再生公共事業"だ。

 1988年には、北海道漁連の"海の母(か)さん"たちが森への植樹活動を始め、翌89年には気仙沼のカキ養殖業者らが「森は海の恋人」をキーワードに森への植樹活動を始めていたのは日本。

 私がカナダの森で2002年に知ったことは、「海も森の恋人」であり、「川はその仲人」だったということであった。
 この2年後の2004年に私は、京都大学の「森里海連環学」の誕生を知ることになる。そして森への「行動」も始めてゆくのである。(次号へつづく)


森里海連環学のススメ Vol.2

「川から森へ」

 「サケが、森をつくっていた」ことをカナダの森で体験した二年後の2004年に私は、京都大学が一年前に"森里海連環学"という学問を提唱していたことを知った。
 ヒラメの研究者・田中克教授と、人工林の研究者の竹内典之教授が「20世紀の百年に研究者は、人間の手によって猛スピードで"森と川のつらなりやつながり"が破壊されてゆくことに手をこまねいていた。森の研究者は森だけ、海の研究者は海だけに閉じこもり、森と川と海に起こっている大変なことの解決法を考えようとしなかった。21世紀も同じことをしたら地球は持たない」と考え、森と川と海のつらなりやつながりを、里にいる人間が取り戻してゆく学問として発案したのだ。

 2004年11月にその学問を田中教授から聞かされると私は、高知新聞社に掛けあい翌春から「自然に学ぶ"森里海連環学"」というカルチャー教室を高知で持つことにした。それは今も続いていて4年目になっている。
 同じ名称のカルチャー教室を今年は、島根県益田市で山陰中央新報社とも開始した。「水質日本一」を二年連続して取った総延長81キロメートル、本流にダムのない高津川をもっと美しくしたいという人達と数年前から"森仕事"を始めているからだ。

 "森仕事"。森を元気にするさまざまな仕事を、私はこう呼んでいる。カナダで「サケが、森をつくっている」ことを知り、日本に"森里海連環学"が出現したことを知った時に私は、「もう声高にダム反対と叫ばなくてもよい時代に日本も入った」と思った。

 また私自身は、2000年に鳩山由紀夫さんが民主党代表であられたときに、彼のために諮問委員会「公共事業を国民の手に取り戻す委員会」を立ち上げ、『緑のダム構想』を一緒につくっていた(今、そのときに事務局長を引き受けていた前原誠司さんが新政権下で国土交通大臣となられ「ダム中止」に動いているのは、その時に約束したことを、鳩山総理も前原大臣も実行しているということなのだ)。

 私たちが『緑のダム構想』を発表した直後に、長野には田中康夫知事が誕生し、翌2001年2月に「"脱"ダム宣言」をぶっぱなしている。それで私は、「天野礼子の川での役目はもう終わってもいい」と思った。1988年からの長良川河口堰建設反対に象徴される日本の川をとりもどす運動は、立派に世論になっていたからだ。

 しかし一方で、森のために働いている人は少なかった。戦後大造林された人工林は手入れがされず、悲惨な状態。私は「自分には川を見ていた右目の他に左の目もあり、それは森を見て悲しんでいたのではないか」と次第に思うようになった。

 そして最初にとった行動は、「全国森林組合連合会」へ行って、「月刊広報誌に書かせて」と申し入れることだった。日本中の山里で一番元気のないのが森林組合だったが、その中でもがんばっている人達を次々と登場させ、まだがんばれていない人に「あなたもこの人達のようにがんばれる」と書いた。それを一昨年にまとめた一冊が、「"林業再生"最後の挑戦」(農文協)だ。

 昨年7月には、養老孟司さんを委員長、C・Wニコルさんを副委員長に「日本に健全な森をつくり直す委員会」を結成し、養老さんとは「21世紀を森林(もり)の時代に」(北海道新聞社)も上梓している。

 民主党の菅直人さんには、2年前にドイツ林業を視察してもらった。民主党が先日の選挙のマニフェストで「作業道づくり」を林業政策としたのは、その成果。日本の人工林に一番必要な仕事は、作業道をつくって森の木を安く市場に出してくること。それがマニフェストに書き込まれたのだ。

 今年の9月18日には、「日本に健全な森をつくり直す委員会」が提言書を菅直人副総理に手渡した。提言書のタイトルは「石油に頼らず、森林(もり)に生かされる日本になるために」で、そこにはこんなことを書き込んでいる。「これから50年、石油使用を毎年1パーセントずつ減らそう」「そのためにも現在の森林率くらいはこれからも維持してゆこう」「10年間で、年間5千万立方メートルの木材を生産できる体制をつくり上げ、林業を2兆円規模のわが国の基幹産業に立て直そう」。

 こんなことが私の"森仕事"である。私は、日本国民の一人一人が自分の"森仕事"や"川仕事"を持って行動することが、20世紀に壊してしまった"森と川と海のつながりやつらなり"をとりもどすことではないかと考えている。
 さて、あなたはどんな仕事をしますか?

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ご理解・ご協力のほどよろしくお願いいたします。

サケが海中のリンを運んでくれて森が潤うらしいですね

NHKでやってました

『私は、日本国民の一人一人が自分の"森仕事"や"川仕事"を持って行動することが、20世紀に壊してしまった"森と川と海のつながりやつらなり"をとりもどすことではないかと考えている。』 

確かにそのとおりだと思います。

明治以来の欧米化によって失われた日本人のライフスタイル。そこには「もったいない」に象徴されるような、小資源国にすむ国民特有の知恵がありました。

それは天野さんのいう森仕事や川仕事は、その知恵をとりもどすことにもつながると思います。

『さて、あなたはどんな仕事をしますか?』

そうですねぇ、わたしはどちらかというとアウトドアは苦手なので、「省エネ仕事」にしますか。


余談ですが、北海道では「ほっちゃれ」は、遡上して産卵後に力尽きた鮭のことをいいます。

起承転結が、新たな起承転結を生む。それが自然の法則の1つと思っています。
本来、人間生活は自然のサイクルに添う形で営まれていた。
それが、ある時から自然のサイクルと異なる生活を始めた。
自らの利便性のみを追及し、自らの快適性を守るために・・・。
大地をコンクリートで覆い。台風や大雨の被害から、築いた財産を守るために・・・。
では、自然回帰にこれらをすべて捨て去ることが、できるだろうか?
確かに、行き過ぎた消費社会、消費が美徳である風潮は、間違いである。そのことに気がついたからこそ、リサイクル・循環型社会に移行しつつあり、低二酸化炭素排出を目指そうとしていると思える。とは言え、地球規模の格差社会の是正問題と難問は山積している。急激な変革は、別の問題を引き起こす可能性もある。
まずは、できることから、不要な照明は消す、無駄使いはやめる。
小さいけど、大きな一歩からでないでしょうか?

これは、今の政治体制と重なっても見えます。

有用な記事があったので書いておきます。知らなかったですが、林業が衰退したのは過去の過剰伐採という仕方ない面もあったのですね。先進国でも林業が盛んな国は多いのに、何故そこまで日本はと前から不思議でした。政策補助は重要だが、やり方次第で上手く回ってくのは間違いないと思います。内外価格差は無くなって来てますし。林業は大型投資は必要ないが、地場産業が活性化するという面で非常に有用。地産地消にも当然ですね。
林業は衰退産業という“ウソ”
http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20100216/212818/?P=2

こちらも農林漁業の地産地域消費で。最近農産物直売所が大流行ですね。農業活性化の1方策が発見されました。片方が日本の頭脳の集積地のつくばにあるのが、また面白いです。やり方次第でどうにかなる、大成功する、これの典型ですね。やれる人が引っ張っていかないと、この国は駄目です。そういう人の足を引っ張らない社会にしないと。
農業よ農民よ!経営者たれ 直売所革命vs「6次産業」化――木内博一・農事組合法人和郷園代表理事/長谷川久夫・農業法人みずほ代表取締役社長(1)
http://www.toyokeizai.net/business/industrial/detail/AC/f6057ea7dcb105514f4632aa382b8df5/

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Profile

天野礼子(あまの・れいこ)

-----<経歴>-----

アウトドアライター。
1953年、京都市生れ。
中、高、大学を同志社で過ごす。
19才より釣りを始め、文化人類学者の今西錦司博士の主宰された「ノータリンクラブ」に属して、国内外の川、湖、海辺を釣り歩く。
26才より小説家、開高健に師事。
1988年には師と共に長良川河口の堰建設反対に立ち上がり、「ダムは不用」の国民世論に育て上げる。
近年は「川を再生するには森を生きかえらせることが必要」と“森仕事”へ視野を広げて、日本の森から材が出る社会システムを作り直すことを各地で提案している。
京都大学が2003年に構築した「森里海連環学」の普及もお手伝いするため、高知新聞社と山陰中央新報社でカルチャー教室「自然に学ぶ“森里海連環学”」を続けている。
2001年より、高知県・仁淀川の源流にも家を借り、有機農業普及のための「高知439国道有機協議会」を07年に立ち上げて、事務局長を務めている。08年7月に養老孟司氏らと「日本に健全な森をつくり直す委員会」を設立した。

BookMarks

オフィシャル・ウェブサイト
http://www.uranus.dti.ne
.jp/~amago/


長良川河口堰建設をやめさせる市民会議
http://nagara.ktroad.ne.jp/

公共事業チェックを求めるNGOの会
http://kjc.ktroad.ne.jp/

日米ダム撤去委員会
http://damremoval.com/

市民版憲法調査会
http://www.kenpou.com/

-----<著書>-----


『“林業再生”最後の挑戦』
2006年11月、農山漁村文化協会


『だめダムが水害をつくる!?』
2005年10月、講談社+α新書


『「緑の時代」をつくる』
2005年5月、旬報社


『ダム撤去への道』
2004年5月、東京書籍


『日本の名河川を歩く』
2003年7月、講談社+α新書


『市民事業』
2003年4月、中公新書ラクレ


『ダムと日本』
2001年2月、岩波新書


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