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2009年11月 6日

ついにダウン!9月18日からの日々

 10月31日朝、高知県仁淀川源流の"水鳥庵(と呼んでいる自分の小屋)"で、ふと手を伸ばしたとたんに腰がギクリ。これが"ギックリ腰"ですか。今11月2日、布団にまだ寝ながらこの文章を推敲しています。

先回の発信は9月15日でした。それからの忙しい日々を振り返ってみます。多分、これが、ギックリ腰の要因なのでしょうから。

 9月18日。菅直人さんとの乾杯。
・「日本に健全な森をつくり直す委員会」の提言書を「林政記者クラブ」にて発表。発表者は養老孟司委員長と、C.W.ニコル副委員長。(後ろに、発表物を掲載しています)
・「養老先生の希望される時間には面会はできないが、大阪へ帰らず、五十嵐敬喜法政大学教授と一緒に会ってくれ」、菅直人さんからこんな電話をいただき、指定された場所に五十嵐さんと午後9時に行きました。

「今日、総理官邸の中に、まず国家戦略室をつくりました。次の国会で法制化されると"国会戦略局"になります。三人で、お祝いしたかったのです。ワインを空けましょう。何のお祝いかというと、これは天野礼子が起こした"市民革命"なのです。だってそうでしょ。あなたが、岐阜の社民連の事務局長の村瀬惣一さんが細々とやっていた「金丸の長良川河口堰」に反対する闘いに、1988年に火をつけ、国会の中に持ち込んで、1994年からは、日本に「日照権」を確立した辣腕弁護士の五十嵐さんも味方につけて、「長良川」を、"公共事業の悪しき図式"と闘う国民運動とした。

今、政権交代が成立して、見てごらんなさい。総理も「ダム反対」と言う、民主党や与党もそう言う、国土交通大臣も、あなたがずっと言い続けてきた「ダム反対」を言っているじゃありませんか。あなたは「建設省」という本丸をついに倒したのです。これが"市民革命"なんですよ。

私は、自分が"国家戦略室"を官邸内に作れたこの日に、誰よりも、あなた方と乾杯したかった。

ありがとう。天野さん、他の誰があなたをほめてくれなくても、僕は知っている。あなたの苦労を。死んだ村瀬さんも、喜んでくれているだろう。ちっぽけな"社民連"から出た私が、副総理になったことを・・・」。

何杯も乾杯を繰り返し、3本のワインがこの夜空きました。

9月19日、島根県高津川へ。
20日、最後のアユ釣り。21日、カルチャー教室「自然に学ぶ"森里海連環学in益田」。25日、「清流高津川を育む"木の家づくり"協議会」委員会。

9月29日~10月1日、対馬へ。
長崎県対馬の森林組合長が、「日本に健全な森をつくり直す委員会」と「京都大学"森里海連環学"」を来年1月に招くシンポジウムを行いたいと希望され、初めて対馬へ渡る。
かつては「対州桧(たいしょうひ)」というブランドがあった対馬からの"林業再生"をめざすための一歩です。

10月4日、高知にて京大のシンポ。
京都大学が仁淀川の森で「間伐をすると森にどのような変化が起こるか」を実験しています。私が顧問を務める「仁淀川の"緑と清流"を再生する会」と京大が、実験の途中経過を報告する共催シンポを行いました。

10月6日、箱根"養山荘"から東京へ。
・「日本に健全な森をつくり直す委員会」の養老孟司委員長と、64銀行でつくる「「日本の森を守る地方銀行有志の会」の幹部銀行である四国銀行の青木泰章頭取に、養老先生の別荘で対談をしてもらいました。11月16日に高知市で行うシンポジウムのための新聞全面広告作成。
・対談後、東京へ。林政の方針、決まる。
政権樹立後に農林水産副大臣となられた山田正彦氏に、梶山恵司さんと二人で面談。
・梶山さんが二年前の正月に、民主党「農業再生委員会」の菅さん、山田さんらをドイツ林業視察に連れ出して以来、その「農業再生委員会」は"林業再生"もテーマと持ってきています。
その縁からこのたび梶山さんは、内閣審議官となられ、菅さんの国家戦略室のメンバーに11月2日より入られることになりました。初めての山田副大臣と私ども、俗称「養老委員会」との「林野行政をどうするか」のミーティングがこの10月6日でした。詳しくは、「日本に健全な森をつくり直す委員会」のニュースレター「山おやじ三号」を参照ください。

10月7日、前原国土交通大臣に会う。
「町の工務店ネット」代表の小池一三氏より託された「若者よ、家を持とう!」という提案を、前原誠司国土交通大臣に手渡しました。詳しくはネット新聞「びお」を参照ください。

10月8日、9日。伊勢神宮へ。
「日本に健全な森をつくり直す委員会」の提言書を、伊勢神宮に奉納しました。

10月10日、「朝市ファーマーズ」を取材。
名古屋の、地下なのに青空が見える市民広場で、有機農作物だけを販売する市場が毎週土曜に開かれているのを取材。
これまでに取材してきた有機農業をまとめて来年1月、朝日新聞社より「有機な人々」の一冊を出版します。

10月11日~13日、島根へ。
12日は、カルチャー教室「自然に学ぶ"森里海連環学"in 益田」で間伐体験講座。この朝には、流域の若者たちとつくる「山仕事ひきうけ隊」との会合も致しました。
13日は、益田翔陽高校で講演。

10月15日、上京。養老さんと菅さん。
「有機な人々」に載せる対談を養老先生にお願いして、収録。
その後、国会へ向かい、10月18日の「長良川救済DAY」に来られない前原国交大臣に代わり、菅副総理のビデオメッセージを会場で流すためにインタビューをさせてもらいました。

10月16日、高知へ。
11月16日の高知でのシンポの打ち合わせのため、飛行機で往復しました。

10月17日、18日。長良川救済DAY。
17日は「水郷水都全国会議in 桑名」が、18日は「長良川救済DAY」が、桑名市役所の5階大会議室で開催できました。
反対派の集会を、市役所の中でやったのは初めてでしたが、長良川河口堰のゲートを下ろした現地所長の宮本博司さんと「日本のダムの点検をどのように進めるか?」を同じ壇上で話し合う日が来るとは・・・。感無量。
宮本さんはパネルディスカッション時に、私の隣で、こう発言されました。
「今日、あれから(ゲートを下ろして)久しぶりに、一人で河口堰の上に立ち、こう思いました。『あの時、俺は、戦争に放り込まれていたんやな。天野さんと金丸さんなるものとの戦争の渦中に』と。公共事業を、"戦争"でやってはいけないんです。公共事業は、パブリック・ワークスなんですから」。
田中康夫さんが、1時から5時までゲストとして座っていてくれました。「皆さんの、"河口堰撤去"をグリーンニューディールにというメッセージを新政権は早く受けとめて、それを雇用対策とすべきだ」としんみり語ってくれました。菅さんのビデオメッセージは、そのあとに流しました。
菅さんは、「"植物で生きる"社会づくりを早くやろう」と語りました。

10月30日、山田正彦農林副大臣に正式面会。
C.W.ニコル「日本に健全な森をつくり直す委員会」副委員長の手で正式に、農林水産副大臣山田正彦氏に「提言書」が手渡され、一般紙へ向けて「農政記者クラブ」で提言書を発表しました。

11月1日、高知へ。そしてギックリ腰に。

11月3日。
明日3日は、「高知439国道有機協議会」(事務局長・天野礼子)の活動をNHKが撮影します。
「日本一おいしいイタリアン」と称される山形県「アル・ケッチァーノ」シェフ奥田政行氏を招いての、高知の山下一穂の有機野菜と勝負させる食事会を、NHKが撮るのです。明日、パジェロを自分が運転して、空港に客を迎え、4時間の食事会の司会の間じゅう、立っていられるかなぁー。

 私の9月15日からの日々を書いてみました。こんな毎日の中で、「長良川河口堰のゲートを上げ、長良川を救済すること」や「林業再生」のために走りまわること」、「有機農業を広めること」に取り組んでいます。1988年から始めた「ダム反対」は、19歳から34歳まで年間百回以上、内外の川や湖や海を見てきて、日本のどこにも、「ダムができて幸せになった山村」がないことを実感したからでした。このブログの書き込みには「人命をこそ守れ」「知事は全員反対なんでしょ」のようなご意見がありますが、「ダム計画があるから堤防が強化されず、新潟水害では多くの死者が出て」います。私のつたない幾つかの著書でもお読みになれば、「ダムが水害をつくる」ことはおわかりいただけると思います。

 脳内に「脳動静脈奇形」を抱えながら、毎日走っています。
「たまには休め」と、神様がギックリ腰にしてくださったのに、またこのように仕事をしてしまいました。バカかなぁー。

 11月4日は、朝7時の高速バスに高知駅から乗り、高津川森林組合長と対馬森林組合長とに岡山県の「銘建工業」で合流。工場視察のあと、車で京都府「日吉町森林組合」へ。翌5日は奈良の吉野「清光林業」を、視察。
6日にようやく1週間ぶりに帰阪というスケジュールなのです。
 やっぱりバカでしょう。誰にも頼まれないのに、こんなに働いて。

Profile

天野礼子(あまの・れいこ)

-----<経歴>-----

アウトドアライター。
1953年、京都市生れ。
中、高、大学を同志社で過ごす。
19才より釣りを始め、文化人類学者の今西錦司博士の主宰された「ノータリンクラブ」に属して、国内外の川、湖、海辺を釣り歩く。
26才より小説家、開高健に師事。
1988年には師と共に長良川河口の堰建設反対に立ち上がり、「ダムは不用」の国民世論に育て上げる。
近年は「川を再生するには森を生きかえらせることが必要」と“森仕事”へ視野を広げて、日本の森から材が出る社会システムを作り直すことを各地で提案している。
京都大学が2003年に構築した「森里海連環学」の普及もお手伝いするため、高知新聞社と山陰中央新報社でカルチャー教室「自然に学ぶ“森里海連環学”」を続けている。
2001年より、高知県・仁淀川の源流にも家を借り、有機農業普及のための「高知439国道有機協議会」を07年に立ち上げて、事務局長を務めている。08年7月に養老孟司氏らと「日本に健全な森をつくり直す委員会」を設立した。

BookMarks

オフィシャル・ウェブサイト
http://www.uranus.dti.ne
.jp/~amago/


長良川河口堰建設をやめさせる市民会議
http://nagara.ktroad.ne.jp/

公共事業チェックを求めるNGOの会
http://kjc.ktroad.ne.jp/

日米ダム撤去委員会
http://damremoval.com/

市民版憲法調査会
http://www.kenpou.com/

-----<著書>-----


『“林業再生”最後の挑戦』
2006年11月、農山漁村文化協会


『だめダムが水害をつくる!?』
2005年10月、講談社+α新書


『「緑の時代」をつくる』
2005年5月、旬報社


『ダム撤去への道』
2004年5月、東京書籍


『日本の名河川を歩く』
2003年7月、講談社+α新書


『市民事業』
2003年4月、中公新書ラクレ


『ダムと日本』
2001年2月、岩波新書


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