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高津川の男たちは、林業を再生できるか

「柿木村の斎藤君」(前回紹介)たち21才から55才までの8名を連れて、京都府日吉町森林組合と兵庫県の山田林業へ研修に行きました。

この男たちは全員が、I・Uターンでなく、地元生まれ、地元の森を見て育ってきた男たち。全国のこんな年齢のやる気のある男たちが、今までの地元の林業の常識を打ち破って新しい頭に切り替えられるかに、「日本林業の再生が成るかどうか」がかかっていると思っています。

いえ、富士通総研の主任研究員・梶山恵司さんに言わせると、「“林業再生”じゃなくて、戦後に植えていた木が育って、今これからようやく日本林業が初めて始まると考えればいい」と。

日吉町森林組合は、毎週月曜日に山行きの作業員と事務方が合同ミーティングを行い、毎日の作業後にも合同で報告をし合っています。“高津川チーム”にはまず、この月曜朝のミーティングから同席してもらいました。

島根県吉賀町の町職員、31歳の「斎藤君」。そして後輩の21才、糟谷通輔君は入町2年目。今年からは産業課に配属されて、山へ本格的に入るのは初めてです。

1日目の夜、食事をしながら日吉町森林組合参事の湯浅さんを囲むと、斎藤君らは「自分の目が今日一日で開かれた」ことを口々に語りましたが、糟谷君はまだ「違いがわかる」ところまではわからなかった様子。

ところが、若いというのは吸収も早いのでしょうか。2日目の日吉町の森での作業、3日目の山田林業での山田親子の大橋慶三郎式作業道を使っての「経営をよく考えた作業と道づくり」を見て、糟谷君の目は俄然輝き始めたのです。

最近、日吉町森林組合参事の湯浅さんがこんなことをおっしゃいます。「私は全国の組合へ行って教えていて、『みんなこんなことは知っているやろ』と思ってしゃべってきていたことを、若いみんなは知っていなかったことにようやく今ごろ気がつきました。森林組合の先輩方から当然教えられているべき『暗黙知(暗黙のうちに教えられている知識)』が、日本中の組合にこの数十年間なかったのです」。

私は、それは「日本林業が長く低迷していたこと」が原因と思いました。

一番若くて産業課に入って2年目の糟谷君、31才の斎藤君、48才の津和野町役人の桑原正勝さん、村上久富君、高津川森林組合からは斉藤巧治君、岡崎幹夫くん。素材生産業(株)リンケンの55才の赤松昭二さん、みんなを引率してきた県の林業普及員の大場寛文君。高津川流域のように森に生かされている町の男ならば当然持っているべき森の「暗黙知」を、やっぱりこの男(ひと)たちも持っていなかった。しかしたった三日間の2カ所の視察で、その「暗黙知」が彼ら8人の頭には入ったのです。

その彼らが7月7日には、視察の報告会を準備しています。ついてゆきたくても来ることができなかった(組合や上司から費用を出してもらえなかった)他の若者が聞きにくるでしょうか。

高津川の「林業再生」は、始まったばかり。
この男たちに果たして流域林業が再生できるでしょうか?乞う御期待!

PS.この旅行中に私がみんなに読むことを薦めた本が、高津川流域の林業にかかわる若者たちの間でいま読まれています。

「神去(かむさり)なあなあ日常」三浦しおん(徳間書店)。帯には「林業っておもしれえ~」と書かれています。とてもおもしろく「山(林業)」を知ることができる本です。

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天野さん

『暗黙知』を(暗黙のうちに教えられている知識)と定義しているようでは、立派な仕事は出来ないのでは? 『形式知』は、どう定義するのですか? 気持ちだけでは空回りするだけです。Yamada Seiji

「なぜ日本で暗黙知がないという状態が起きるのはナレッジマネジメントができていないからだと思います」という問題までふみこんでくれたらもっとよかったかも・・・。

私も時として自家用の薪を作るため、又は人手が足りないからと頼まれて伐採や植林の仕事をします。

最初の頃伐採の仕方を自分では分かっていたつもりでも、又本職がきっているのを遠巻きに見て学んだときも、結局は自分自身がチェーンソーを持ち木を切って、耳と眼だけではその技術を身につけることは出来ないと悟りました。

山では皆さんご存じの通りほとんど斜面に木が生えています。斜面の具合も千差万別、「樹木は日射しを求めて伸びる」のですが、それが南に向かって伸びるとは限らない。南に巨木があれば、北や西など成長できる方向に育ちます。
また、広葉樹は針葉樹と異なり幹が曲がりくねったり太い枝がその木の重心をあらぬ位置に置いていたりします。
そういう樹木を伐採するとき、教科書通りに切ることなど出来ません。チェンソーの歯の入れ方一つで木の倒れる方向が変わります。
最初の頃は倒した木の方向が定まらなくて、他の木に引っかかったり切っている木が縦に割れて撥ねたり、何回も怖い目に遭いました。

ある時本職の木こりの仕事を見せてもらい、今までよく分からないでやっていたことの意味が分かりました。又一緒に伐採をしたときチェーンソーを持つ手を誘導してもらい、倒したい方向に倒すときの切り方を実際に習いました。

最初に木を切り倒して30年近く経ち、その本職に教えてもらってからも15年経ち、やっと何とか冷汗を出さないで切ることが、少しは出来るようになりました。
それでも、伐採した後の搬出まで考えて切り倒すことは出来ません。

カナダのように平坦で広大な森林なら機械化作業が出来るでしょうが(事実そのような機械があるし日本でも平坦地では使われています)、急斜面が多い山では手作業に頼るしかありません。

植林もそうです。
急な斜面に新しく苗木を植える。1日に数百本の苗木です。手慣れている人ですと素早く植えてそれでも根付きます。私が植えたのは翌年見ると枯れているのが結構あります。
植え方も教室で教えてもらったことが、そのまま通用するわけではないし、土質によっても植え方・植えた後の養生の仕方など違いが出ます。

私の少ない経験からも、これらの実際の知識は天野さんの言われるように『暗黙知』としか言いようがないと思います。
それらの実際の作業の細かいマニュアルを作ることが出来たとしても、読むだけで膨大なエネルギーを必要となるし、体験が伴わなければ身につかないでしょう。
工場などの作業と自然を相手にした作業の違いですし、山の伝統が廃れるとその技を復活させると言うことの大変さがある理由です。

天野さんもその全てを書き表すことが出来ないのは私は分かります。林業を志す人を天野さんのレポートのように実際に作業して覚えてもらい技を伝えていくと言うことが大事でしょう。

私の住んでいる山村でも、子ども達が林業と離れた生活をしています。林業以前に、目の前の森から離れています。このままですと親たちが育てた木々を子ども達の台になると駄目にしてしまいます。
それでこの冬頃から少し、子ども達にも木を切らせようかと相談しています。
自分の手で切った木がきしみ音を立てながら倒れていく、その時胸の中に起きる野性的とも言える感動を、子どもの時から味合わせたいですね、天野さん。

マニュアルでは出来ない作業が自然を相手にする作業なのでは?

天野様、こんにちは。

貴女が釣りサンデーの今井氏と美山・芦生を訪れた頃.......。
美山川や上桂川の鮎つりの漁師が誰であったか....お考え願いますか。
貴女様の言われることは、重々理解をしている心算です。あの頃の周山の雪害の北山杉を何本か運び出し、大変さは理解をしておるつもりです。
生活の収入という部分で釣りが林業の人間にありました。彼らも50~70代ですか。
今は観光客で溢れている美山なんて、金を払って子供のいる人間の移住を募集をしていた頃です。
その頃の美山には、原風景がありました。

もう一度、天神崎に戻り原点環境やあり方を見直す時期なのではないでしょうか?

企業のCo2の云々は考えなくて、Co2の吸収量を売るという考えなればもっと違う考えも浮かぶのでは?

貴女の師である開高氏がオーパを書いた同時期、アマゾンで釣りをしていた小西氏と何度も一緒に釣りをした人間の感想です。

私が望む林業の形態は力まずとも生活が成り立ち、夏には鮎釣りで小遣い稼ぎが出来る生活です。

暗黙知を実習訓練というか経験をして、形式知などと難しいことは言いません。
周山や美山の川漁師は、何センチに鮎を何匹という注文で鮎を釣ったことをお忘れなく(笑

総数で何匹なら、チョイト上手な人間なら可能でしょう。
でも、何センチの鮎を何本........。
これは、暗黙知以外にありません。年に何度か流されるくらいのことはしてからの事で(笑

難しく考えすぎなのでは?
そういえば、鮎つりをしていた寺の坊主もいたっけ(笑
今は、右京区ですが。

ルポとしては面白く読ませていただきました。これから林業衰退の歴史的背景と国の関わり、現在の国内マーケットの分析とマーケット拡大の施策、それから費用削減(特に人件費と物流諸経費)への
努力等々についてレポートしていただけるんですよね。期待しています。それから富士通総研の方のご意見、全く私の林業に対する理解と180度違うのですが。
現状が分かっての発言なのでしょうか?

富士通総研の主任研究員・梶山恵司さんに言わせると、「“林業再生”じゃなくて、戦後に植えていた木が育って、今これからようやく日本林業が初めて始まると考えればいい」と。・・・・・・・・・・とは言うものの、小生の生まれ育った田舎も林業では全く食べていけなくて、若者は町に出てしまい、過疎はどうしようもなく進んだ。子供の頃各学校各学年が100人前後の3つの中学が廃校になった。昭和40年頃までは何とか木を売ればお金になったが、今では杉では持ち出し、檜でも人件費を払えば手元に残るのは僅かで、定額給付金程度の微々たる額です。自分で下刈り・枝打ちをしない少しばかりの山林所有者は手入れをしないで放置している。やがて山が荒れ、その祟りが来ないか心配です。国でもう少し山林管理に補助をしてくれれば、昔の様に美しい山が戻ってくるものと思います。
 昭和40年頃までは悪いといっても、間伐材を少し売れば、車も、結婚費用も、下宿代・授業料も出せたのに、今は大変です。
 何とかして下さい。林業を生き返らせて下さい。

私の父方の性は河野と言い、親戚が柿木村木部谷部落に住んでいます。本家は以前、柿木村の村長をやっていました。
今回の合併で柿木村の名前が消えるのではと危惧していましたが、このブログで全国的に名前が出てきてびっくりしました。
柿木村は大切な故郷であると同時に親族の生活基盤でもあります。私は東京でITベンチャーを起業しました。故郷の為に何かできることは無いかと思いつつ、応援しています。

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Profile

天野礼子(あまの・れいこ)

-----<経歴>-----

アウトドアライター。
1953年、京都市生れ。
中、高、大学を同志社で過ごす。
19才より釣りを始め、文化人類学者の今西錦司博士の主宰された「ノータリンクラブ」に属して、国内外の川、湖、海辺を釣り歩く。
26才より小説家、開高健に師事。
1988年には師と共に長良川河口の堰建設反対に立ち上がり、「ダムは不用」の国民世論に育て上げる。
近年は「川を再生するには森を生きかえらせることが必要」と“森仕事”へ視野を広げて、日本の森から材が出る社会システムを作り直すことを各地で提案している。
京都大学が2003年に構築した「森里海連環学」の普及もお手伝いするため、高知新聞社と山陰中央新報社でカルチャー教室「自然に学ぶ“森里海連環学”」を続けている。
2001年より、高知県・仁淀川の源流にも家を借り、有機農業普及のための「高知439国道有機協議会」を07年に立ち上げて、事務局長を務めている。08年7月に養老孟司氏らと「日本に健全な森をつくり直す委員会」を設立した。

BookMarks

オフィシャル・ウェブサイト
http://www.uranus.dti.ne
.jp/~amago/

長良川河口堰建設をやめさせる市民会議
公共事業チェックを求めるNGOの会
日米ダム撤去委員会
市民版憲法調査会

-----<著書>-----


『“林業再生”最後の挑戦』
2006年11月、農山漁村文化協会


『だめダムが水害をつくる!?』
2005年10月、講談社+α新書


『「緑の時代」をつくる』
2005年5月、旬報社


『ダム撤去への道』
2004年5月、東京書籍


『日本の名河川を歩く』
2003年7月、講談社+α新書


『市民事業』
2003年4月、中公新書ラクレ


『ダムと日本』
2001年2月、岩波新書

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