柿木村の斎藤君
島根県鹿足軍吉賀町柿木村。六日市町と合併して吉賀町となっても柿木村は、吉賀町柿木村として名を残しています。
この柿木村は30年前から有機農業に村を挙げて取り組んできたことで知られています。
この村の産業課に勤める31歳、斉藤慎吾君は、初めて会議で同席した時に、「僕が通う年寄りしかいない村の奥の人々を幸せにするには、山しかないところだから、林業しかないと思うのです。どうしたらその林業で儲かるようにできるか、考えとんのですが、なかなか知恵が出ません」と言っていました。
5月24日は、その斎藤君らと益田市で、「21世紀を森林(もり)の時代に」のシンポジウムを繰り広げ、養老先生を“人寄せパンダ”にした効果もあって、1000人の観客が午前中は集まりました。
午後は、京都府日吉町森林組合の湯浅参事(NHK「プロフェッショナル、仕事の流儀」に出演した)らが林業者へ向けた講演を集中させ、およそ半分の観客が残りました。(初めから「半分残ればよい」という目論見でした。)
斎藤君を初めとする、島根の山の将来を考えている県、市、町、村の若いお役人や周辺森林組合に所属する若者の中に、やる気のある人たちが出てきて、24日のシンポジウムだけでなく、22日も、23日も、25日もみんなで(養老氏も)山へ行き、議論と行動をしました。
湯浅さんは、「国から安易な公共事業として伐り捨て間伐などが“温暖化対策”として下りてくると、森林組合は本来の林業をきちんとやらんようになってしまう。これがアカンのや」とおっしゃる。
6月7日は、斎藤君ら島根の若者集団を連れて、その日吉町森林組合へ研修に入ります。こうした私の日吉行きは、もう十回近くになります。
湯浅さんは何を言っているか?知りたい方は著者の「“林業再生”最後の挑戦」(農文協)を読んでみてください。







コメント (1)
ビジネス経営手法の薦め
天野さんの前稿へのコメントの続き。
蓮舫さんへの私の投稿と同じような内容で恐縮すが・・
日本の農業が若干ながら動きを見せ一部に元気を取り戻しているように観えるのは、資本主義的要素やビジネス経営の手法を取り入れたからだと、外野の観方をしています。
換言すれば、ビジネスとして客観的で合理的な考え方とこれとMatchした経営手法を取り入れて、困難な問題解決策(Solution)の実施にまで至っているからだと・・。
1.農家が、市場の要求に合わせるだけの「待ち」の姿勢から脱皮を果たしつつある・・・。
1)市場の要求が不合理な点を不合理だと指摘して市場を変えて行く「待ち」ではない「攻め」の発想を持ったこと。
例えば、曲ったキュウリは捨てる他ないなどは元々不合理であった。世の中の自然保護の動きがこの不合理性を浮き出させたとしても・・・。
この脈絡で更に言えば、曲ったキュウリを排除したのは誰か?というFactFindings、AnalysisからSolutionに至る実証的で科学的な経営手法を取り入れたことなどが変化の一つの要素であったろうと・・。市場の末端の消費者なのか、それとも農協など流通段階の都合なのか?
2)一般化は出来ないでしょうが、一部農産物が市場を海外に求め始めたこと。
これも、真に「攻め」です。
2.農業に比べて林業は、同じ第一次産業に属しながらも、厳しさは格段に大きいのではないでしょうか? 謂わば、農業工場という表現が示す通り、農業は第二次産業に転換する途を探し当てたが、林業は未だその域にはないように観えますが・・・。
3.以上の脈絡で天野さんへのエールとして示唆を申し上げれば・・・、
1)人間(=此処では天野さん)の活動が成果を出すには、上記のFactFindingsから最終的に「Solutionの実施が成功する段階」まで行き着くことが必須です。ゴルフのPuttingでボールがホールに届くことが必須であるように・・。
それと、Solutionは可及的に広範囲に解決策となる必要があります。
2)そこで、天野さんご主張の「無農薬」は、①農業の復活と②自然主義とを、この順序で(=人間の生活が立ち行かなくなれば、自然主義活動も立ち行かないと思っての順序です)と重みで、双方を両立させられるのか?
また、天野さんの前回のご寄稿から引用【「新人類」と呼ばれている男・・・「“無農薬”はそんなに難しくない」と彼を見ればわかります。】は極めて例外的な好例であって、「可及的に広範囲」に普及できるのか?が疑問として残ります。 農家が俄かに新人類的になれれば、という悲観的な想定をクリアーできるなら、私がいう「解決策」の深みを備えていることになりますが・・・。
ご活躍を祈りつつ・・。
CrazyDog
投稿者: CrazyDog | 2009年6月 4日 16:12