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2009年6月26日

高津川の男たちは、林業を再生できるか

「柿木村の斎藤君」(前回紹介)たち21才から55才までの8名を連れて、京都府日吉町森林組合と兵庫県の山田林業へ研修に行きました。

この男たちは全員が、I・Uターンでなく、地元生まれ、地元の森を見て育ってきた男たち。全国のこんな年齢のやる気のある男たちが、今までの地元の林業の常識を打ち破って新しい頭に切り替えられるかに、「日本林業の再生が成るかどうか」がかかっていると思っています。

いえ、富士通総研の主任研究員・梶山恵司さんに言わせると、「“林業再生”じゃなくて、戦後に植えていた木が育って、今これからようやく日本林業が初めて始まると考えればいい」と。

日吉町森林組合は、毎週月曜日に山行きの作業員と事務方が合同ミーティングを行い、毎日の作業後にも合同で報告をし合っています。“高津川チーム”にはまず、この月曜朝のミーティングから同席してもらいました。

島根県吉賀町の町職員、31歳の「斎藤君」。そして後輩の21才、糟谷通輔君は入町2年目。今年からは産業課に配属されて、山へ本格的に入るのは初めてです。

1日目の夜、食事をしながら日吉町森林組合参事の湯浅さんを囲むと、斎藤君らは「自分の目が今日一日で開かれた」ことを口々に語りましたが、糟谷君はまだ「違いがわかる」ところまではわからなかった様子。

ところが、若いというのは吸収も早いのでしょうか。2日目の日吉町の森での作業、3日目の山田林業での山田親子の大橋慶三郎式作業道を使っての「経営をよく考えた作業と道づくり」を見て、糟谷君の目は俄然輝き始めたのです。

最近、日吉町森林組合参事の湯浅さんがこんなことをおっしゃいます。「私は全国の組合へ行って教えていて、『みんなこんなことは知っているやろ』と思ってしゃべってきていたことを、若いみんなは知っていなかったことにようやく今ごろ気がつきました。森林組合の先輩方から当然教えられているべき『暗黙知(暗黙のうちに教えられている知識)』が、日本中の組合にこの数十年間なかったのです」。

私は、それは「日本林業が長く低迷していたこと」が原因と思いました。

一番若くて産業課に入って2年目の糟谷君、31才の斎藤君、48才の津和野町役人の桑原正勝さん、村上久富君、高津川森林組合からは斉藤巧治君、岡崎幹夫くん。素材生産業(株)リンケンの55才の赤松昭二さん、みんなを引率してきた県の林業普及員の大場寛文君。高津川流域のように森に生かされている町の男ならば当然持っているべき森の「暗黙知」を、やっぱりこの男(ひと)たちも持っていなかった。しかしたった三日間の2カ所の視察で、その「暗黙知」が彼ら8人の頭には入ったのです。

その彼らが7月7日には、視察の報告会を準備しています。ついてゆきたくても来ることができなかった(組合や上司から費用を出してもらえなかった)他の若者が聞きにくるでしょうか。

高津川の「林業再生」は、始まったばかり。
この男たちに果たして流域林業が再生できるでしょうか?乞う御期待!

PS.この旅行中に私がみんなに読むことを薦めた本が、高津川流域の林業にかかわる若者たちの間でいま読まれています。

「神去(かむさり)なあなあ日常」三浦しおん(徳間書店)。帯には「林業っておもしれえ~」と書かれています。とてもおもしろく「山(林業)」を知ることができる本です。

2009年6月 4日

柿木村の斎藤君

島根県鹿足軍吉賀町柿木村。六日市町と合併して吉賀町となっても柿木村は、吉賀町柿木村として名を残しています。

この柿木村は30年前から有機農業に村を挙げて取り組んできたことで知られています。

この村の産業課に勤める31歳、斉藤慎吾君は、初めて会議で同席した時に、「僕が通う年寄りしかいない村の奥の人々を幸せにするには、山しかないところだから、林業しかないと思うのです。どうしたらその林業で儲かるようにできるか、考えとんのですが、なかなか知恵が出ません」と言っていました。

5月24日は、その斎藤君らと益田市で、「21世紀を森林(もり)の時代に」のシンポジウムを繰り広げ、養老先生を“人寄せパンダ”にした効果もあって、1000人の観客が午前中は集まりました。

午後は、京都府日吉町森林組合の湯浅参事(NHK「プロフェッショナル、仕事の流儀」に出演した)らが林業者へ向けた講演を集中させ、およそ半分の観客が残りました。(初めから「半分残ればよい」という目論見でした。)

斎藤君を初めとする、島根の山の将来を考えている県、市、町、村の若いお役人や周辺森林組合に所属する若者の中に、やる気のある人たちが出てきて、24日のシンポジウムだけでなく、22日も、23日も、25日もみんなで(養老氏も)山へ行き、議論と行動をしました。

湯浅さんは、「国から安易な公共事業として伐り捨て間伐などが“温暖化対策”として下りてくると、森林組合は本来の林業をきちんとやらんようになってしまう。これがアカンのや」とおっしゃる。

6月7日は、斎藤君ら島根の若者集団を連れて、その日吉町森林組合へ研修に入ります。こうした私の日吉行きは、もう十回近くになります。

湯浅さんは何を言っているか?知りたい方は著者の「“林業再生”最後の挑戦」(農文協)を読んでみてください。

Profile

天野礼子(あまの・れいこ)

-----<経歴>-----

アウトドアライター。
1953年、京都市生れ。
中、高、大学を同志社で過ごす。
19才より釣りを始め、文化人類学者の今西錦司博士の主宰された「ノータリンクラブ」に属して、国内外の川、湖、海辺を釣り歩く。
26才より小説家、開高健に師事。
1988年には師と共に長良川河口の堰建設反対に立ち上がり、「ダムは不用」の国民世論に育て上げる。
近年は「川を再生するには森を生きかえらせることが必要」と“森仕事”へ視野を広げて、日本の森から材が出る社会システムを作り直すことを各地で提案している。
京都大学が2003年に構築した「森里海連環学」の普及もお手伝いするため、高知新聞社と山陰中央新報社でカルチャー教室「自然に学ぶ“森里海連環学”」を続けている。
2001年より、高知県・仁淀川の源流にも家を借り、有機農業普及のための「高知439国道有機協議会」を07年に立ち上げて、事務局長を務めている。08年7月に養老孟司氏らと「日本に健全な森をつくり直す委員会」を設立した。

BookMarks

オフィシャル・ウェブサイト
http://www.uranus.dti.ne
.jp/~amago/


長良川河口堰建設をやめさせる市民会議
http://nagara.ktroad.ne.jp/

公共事業チェックを求めるNGOの会
http://kjc.ktroad.ne.jp/

日米ダム撤去委員会
http://damremoval.com/

市民版憲法調査会
http://www.kenpou.com/

-----<著書>-----


『“林業再生”最後の挑戦』
2006年11月、農山漁村文化協会


『だめダムが水害をつくる!?』
2005年10月、講談社+α新書


『「緑の時代」をつくる』
2005年5月、旬報社


『ダム撤去への道』
2004年5月、東京書籍


『日本の名河川を歩く』
2003年7月、講談社+α新書


『市民事業』
2003年4月、中公新書ラクレ


『ダムと日本』
2001年2月、岩波新書


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