“三本の矢”は折れない?三知事は“河川の自治”を取り戻せるか?
滋賀県の嘉田紀子知事が8月23日に、大阪の橋下徹知事、京都の山田啓二知事を誘って琵琶湖で、滋賀県の環境学習船「うみのこ」号に乗って、「淀川水系のダム」について話し合いました。
「淀川水系ダム」については、このブログでも書いてきましたが、私が1988年から反対を続けている長良川河口堰が1995年に完成した時に、産経新聞以外の新聞がすべて社説で反対したにもかかわらず、社会党の野坂浩賢建設大臣が「運用」のGOサインを出した時、現地所長としてゲートを下ろした河川官僚、宮本博司氏が、今は河川局と対抗して、「淀川流域委員会」の委員長として“がんばっている”のです。
がんばっている、とは「闘っている」ということで、彼が最近、朝日新聞大阪版で連載している「なぜ、どうしてもダムなのか」によると、『河川局の中でも自分と同じように考えている近畿地建の部下たちと一緒に、自分は「淀川流域委員会」を、1997年の亀井静香建設大臣の“河川法改正”の賜物として運営した。その結果、流域委の結論が「ダムはいらない」と出たのに、その委員会を諮問した河川局が諮問に従わないのはおかしいのだ』と。
だから彼は官僚を辞め、「民」の側へ入って、流域委員会の委員に自薦で立候補し、委員間の互選で委員長に選ばれ、今のような行動に出ているのです。
河川局は、三重県の野呂知事を入れて、四知事で意見が二分するようにと仕掛けたのですが、「めずらしく」というとしかられるかもしれませんが、産経新聞までが一貫となってこの件を書き続けている関西の新聞社はそれを見抜き、三重の知事を無視してしまったので、河川局の思惑どおりにはなりませんでした。これは日本では珍しいことで、「マスコミもがんばるのだ」という見本に、もっと東京のマスコミも応援して書いてもいいのでは?
そこで河川局は、今度は大阪の橋下知事を一本釣りし、「ダムだけで判断していいのですか?国土交通省に頼まなければならないことは多いのでは・・・?」と、自民党からも、公明党からも手を出してもらい、責め続けたのです。
ところが新聞は連日書き、ウォッチしています。「人気」を一番気にしている橋下知事としては、簡単に河川局の言いなりになる姿をさらすことができず、悩んでいました。
河川局からの様々な圧力と誘惑は、京都にも滋賀の知事にももちろんあるに違いありません。
滋賀・嘉田知事は選挙公約に、「新幹線の駅事業を止める」と、「ダム反対」を“もったいない”と掲げ、当選しました。「ダム」については途中からは「反対しない」と言っていたのですが、今は「流域委」の結論を重視するというようにもどってきました。住民の意見に従うというよりも、「流域委」のがんばりが彼女を励ましたということでしょう。
嘉田知事は、河川局の示した「洪水の頻度」が、自分が学者として流域を歩いて調べてきたデータと異なるということから、反対を鮮明にしました。京都の山田知事は、「河川の地方自治を取り戻そう」。橋下知事は「財政の無駄」をいいます。
船上会議でとりあえず決まったのは、「個別に河川局に対応せず、三人で共同意見を出そう」というものでした。
これにはもちろんマイナスもあります。「反対」と「賛成」に意見が分かれた時、「中庸」を取らざるを得なくなることです。
しかし今は、関西全新聞社注視の中です。おかしなことはできません。衆議院選挙も近い。
皆さんは、和歌山の前・木村知事が汚職で失職したことを覚えているでしょうか。あれは誰でもやっているくらいのことを大きく問題にされ失職に至ったことは問題にされていませんが、国土交通省に逆らったことが原因だったのです。(マスコミは書いていませんが、私の想像です。)
当時、木村知事は“道路の自治”を取り戻そうとしていました。「2車線の道路はいらない。1.5車線の道を、自由に造る、自分で調査して、いらない道路はやめて、本当に必要な道路だけ造る」と、記者会見をして発表したのです。彼の汚職が暴かれたのは、まもなくでした。
中央省庁には、こんなことができるのです。
だから熊本の前・女性知事潮谷さんは、川辺川ダムをすっきり止められませんでした。選挙母体の自民党から「止めれば裁判で訴える」と言われていたからです。
そこで彼女は、他の女性知事、大阪の太田、千葉の堂本に協力を求め、小泉総理を“三本の矢”で説得しようとしたのですが無理でした。
今度の“三本の矢”はどうでしょうか?
東京のジャーナルは、もっとこの「淀川」を書いてほしい。こんなにおもしろいのだから。そしてこんなに、日本をウォッチングできる機会はないのだから・・・。
どうですか。田原総一朗さん、高野さん。
サンデープロジェクトで、特集を組まれませんか?







