高知新聞連載 【7】本田廣一さん(下) 草を食べる豚たち
本田廣一(ひろかず)さんが自分の右手の付け根までを母豚の産道に突っ込み、子豚を引きずり出した。タオルにくるんだ命が、ぐったりしている。
すると本田さんは子豚の鼻の穴に自分の口をあて、鼻の中のものを吸い出し、はきすてた。次は鼻の中に自分の息を吹き入れた。小さな子豚の左足がピクリと動いた。
豚の誕生に初めて立ち会わせてもらった私は、この子豚が無事に動きだしてから、本田さんに尋ねた。「あれは何をしたのですか?」。「出産が始まって何時間も経(た)ってるだろう。奥の方の子は母さんの羊水が鼻に詰まっていたりするんだ」
出産を任せていた担当者の戻りが遅いので、本田さんが夕食を中断して駆けつけた。既に母豚のお腹(なか)から出ていた八頭以外にもまだ中にいるのではないかと、考えられたのだ。結局、この母は、一日かけて十二頭を出産した。

【写真】3月24日。豚は冬は日に何度か豚舎の外の運動場へでる。本田さんが干し草をやった。雪が消え草が生えてくると、もっと広い牧草地で24時間過ごし、自分たちで草を根っこごと食べるようになる。草を噛(か)んで唾(だ)液(えき)がよく出ると、内臓が丈夫になり、肉がおいしくなる
牛の次は豚を
北海道標津(しべつ)町の「興農ファーム」で、牛千頭、豚九百頭を飼う本田さんが豚を飼い始めたのは、まだ五年前。子豚を五頭買ってきたところから始めたが今、“ブタさんチーム”は大将の本田さんも含め五名。
「北海道では子どものころのごちそうは豚だった。あの時のおいしい豚をもう一度作れば、豚は牛に比べて草が少なくて済むので、うちの九十ヘクタールの草地でもやってゆけると考えた。地域の雇用の場もつくってあげたかった。まわりの酪農家が苦しくなっているからね。北海道は」
牛の赤身肉がおいしいことで名高い「興農ファーム」。アンガス種の肉牛を雪の中でも外で飼い、健康な内臓を維持できている牛はおいしいことを証明できている。「外国からのトウモロコシがなければ、畜産はできない」と思っている日本の酪農家が、その餌や石油の高騰で経営が苦しくなっているのを心配してあげる心優しい男(ひと)だ。
「興農ファーム」では、豚はホタテの貝殻の粉末、デンプンかす、チーズの搾りかすなどを発酵させたものと草を食べているので、餌代がほかの畜産家より安いだけでなく、豚も牛も内臓廃棄率が30%程度と低いそうだ(日本の畜産の内臓廃棄率は70%程度)。
本田さんは「有機畜産でも、一番大切なものは“土づくり”」と考えて、友人の埼玉県小川町の金子美登(よしのり)さんと同じ方式で完熟堆肥(たいひ)をつくって使っている。材料の元は、牛と豚の糞(ふん)尿。それを熟成させて畜舎の敷き藁(わら)に使うと、前回も書いたように、良質の微生物で畜舎にバリアがつくれる。その微生物は、牛や豚の腸内でも、発酵循環系を元気にするのだ。
◇ ◇
次の朝、本田さんが干し草を持って餌箱に近づくと、豚舎の中にいた豚たちが押し合いへし合い、飛び出てきた。軽やかなステップで走る豚たちを見て、彼らが“ワイルド・ポーク”すなわち猪(いのしし)が家畜化されたものであったことを実感できた。
本田さんは「日本には日本の農業があったことを、“有機農業推進法”ができた今、点検しよう。有機畜産と野菜づくりの二本立てで、少量のおいしい肉を食べて健康に生きていた日本を再生しよう」と目指す。
豚を放して牧草を食べさせた跡地に野菜を植えることを、今年から本格化させるという。大地には豚が置いていった栄養が残っているから、おいしい野菜ができるだろう。
北海道が“有機”で元気になれそうだ。
(2008年06月09日付・朝刊)







