比例区の議席を捨ててまで衆議院山口二区補選に立候補をしている平岡秀夫さんは、大蔵省の超エリート官僚の職を捨て「民主党政権樹立」の志を立てた人物。
『リベラルの会』の共同代表も務め、「“憲法九条”を大切にする改憲でなくてはいけない」との想いで、私が事務局長を務める『市民版憲法調査会』(筑紫哲也、高野孟、田原総一朗氏などで構成)とも共闘してくれている。
この4月27日の選挙に象徴されているのは、相手が国土交通省の元審議官であったこともあり、「“官僚の天下り天国”を続ける政治を許す日本でいいのか」ということだろう。「対・官僚政治」の菅直人氏が、連日山口入りをして応援している。
平岡氏は、誠実な人柄で、「日本のために頑固」な論を正々堂々と張れる論客だ。こんな人を落としてしまっていいのかと思う。
最終日の土曜は、山口へ出掛けてみよう。平岡の名演説が、朗々と山口にこだましていることだろう。
祈・当選!
「霜里農場」。埼玉県比企郡小川町の金子美登(よしのり)さん(60)。農園主の朝は五歳の牛の乳搾りから始まる。
金子さんの有機農業は、水田、畑、乳牛、鶏、水田用のアイガモ、山林から出る落ち葉や牛たちの糞(ふん)尿を利用して作る完熟堆肥(たいひ)、生ごみを活用するバイオガスプラントでできる自然エネルギーまでの循環が見事だ。
金子さんは、三歳から乳牛の世話をしていた。当時の金子家は、自給のための野菜、鶏、米、裏作の麦、養蚕と機織りという複合農業で、小さな子どもの手も借りて、将来その子に農家を継がせるための英才教育もなされていたのだろう。
金子さんは農業高校へ進み、畜産を専攻して酪農の勉強をした。お父さんが乳牛を増やして酪農を大規模にやろうと考えていたからだ。
ところが、生まれてきた子牛に無脳症という奇形が発生した。どうやら外国から輸入した飼料の中に含まれていた大豆かすが原因のようで、大豆から油を搾る時に使う化学薬品が発生源のようだった。
頭数増で運動が足りないためか牛がカゼをひきやすくなったり、お産の後にぽっくり死ぬこともあるようになり、金子さんは少し不安を持つようになった。
そのころ、地元の農業改良普及所の所長が耳よりな話を持ってきてくれた。「農林水産省が、農業経験を二年以上した者を対象に大学をつくるが行ってみないか」というのだ。
県と国の試験をパスして、一九六八年に開校した「農業者大学校」にこうして第一期生として入学することができた。
この大学を卒業後は、化学薬品を使う農業ではなく、昔ながらの日本の農業をしっかりやろうと考えて、玉川大学の農学部長をされていた、土壌微生物の研究者・足立仁(ひとし)先生に入門。毎週一回、学部長室で土壌微生物の講義を受けるという数年を続けた。「いい作物ができる土壌は、バクテリアの数と種類が多くて、次に放線菌、次にカビ、次に原生動物という順で、微生物のバランスがとれているんだよ」。金子さんがこれまでの人生で一番大切にしてきたのは、足立先生のこの一言だ。
だから前回のこの連載でも、紙面を飾った写真は、金子さんが年長の友人、安藤郁夫さんと一緒に切り返しを重ねてつくる完熟堆肥とした。有機農業をする人たちにとってはまさに“宝の山”が、完熟堆肥なのだ。
金子農場では母屋の裏に堆肥場がある。日当たりと水の便がよく、搾り水を排水できる所に、縦二メートル、横二メートル、高さ一・五メートルの木枠をつくり、まず炭素の多い、おがくず、もみ殻、落ち葉、麦・稲わら、植木くずを入れ、その上に窒素の多い、鶏・牛糞、青草、おから、米ぬか、生ごみ、野菜くずなどを重ねてゆく。これらを交互に重ねて、五十センチくらいの高さまで積んだら、足で軽く踏み固めて水をかける。この作業を繰り返して、一・五メートルくらいにまで積み上げたら、むしろで覆い、重石をして熟成させるのだ。
写真のトウガラシ苗は、こうしてつくられる堆肥の温床で育てて、鉢上げを待っている状態だ。
有機農業の基本は、「土づくり」。「微生物がたくさんいる、ふかふかの土づくりができれば、農薬のような心配なものを使わなくても、作物は強く丈夫に育ち、病害虫の心配もいらないのが有機農業だ」と金子さんは思っている。

【写真】発酵中の堆肥を温床にして、温室の中に早い春をつくることができる