3月15日に、京都大学へ養老孟司先生のおいでを願った。2004年より私が応援している京大の“森里海連環学”「時計台集会」のパネラーとしての登場だ。
今年の時計台集会のテーマは養老先生にちなんで虫。「虫が教える“森里海連環”」というわけだ。
ところで。
養老先生は、自他共に認めるヘビースモーカー。故に長時間タバコの吸えない飛行機がお好きではないということもあるからか、次のようなことをおっしゃる。
「禁煙なんてキャンペーンは飛行機会社が始めたんだけど、あれは大量にガソリンを使う“悪”を隠すためのものだったね。今もへんなことが起こっているよ。地球温暖化問題といってもみんなが“出口”をしめればよいのに、誰もそれを言わない。問題の解決方法は一つ。石油を使わないことでしょ。それを誰も言わない、言えないのはなぜかと、日本人はもっとみんなで考えた方がいい」。
ブッシュ大統領が先日、記者団との夕食会で「思い出のグリーングラス」の替え歌をうたった。
「古い仲間のコンディー(ライス国務長官)とチェイニー(副大統領)は、僕にサウジの石油の話をするが・・・」という一節もあったそうだ。最近、国民1人当たりに6万円ずつを配ることも約束したこのブッシュ大統領も、コンディーもチェイニーも、3人とも石油会社の幹部の経験がある。
武器はイラクで使い果たしてしまい、次の大統領は武器を新調しなければならない。故に「軍事費を使う」といって批判を受けるに違いない。石油の値段は上がり、石油会社はホクホク。その上国民一人一人に6万円も配ったら金庫はカラッポ、次の民主党政権の短命は初めから明らか。
この辺が「ブッシュはアホを装う、頭の悪くない人物」ということだろうが、問題はその後ろにいる黒幕は誰で何を考えているかということを、全く考えずに生きている国民が多いわが日本というところだろうか。
水田一・五町、畑一・五町、山林一・七町。乳牛三頭、鶏二百羽、合鴨(がも)百羽。研修生つねに七、八名と金子美登(よしのり)さん(60)、友子さん夫婦。
これが、埼玉県比企郡小川町にある「霜里農場」の陣容。完熟した堆肥(たいひ)をつくり、牛たちの糞(ふん)尿や生ごみを活用したバイオガスプラントで調理用ガスもつくって“自然エネルギー”を自給していることでも知られる金子さんは、二〇〇六年十二月に成立した「有機農業推進法」を受けて結成された農林水産省の「食料・農業・農村政策審議会生産分科会」の「基本方針」づくりに、生産者を代表して参加した唯一の委員。
一九七一年に、農水省の「農業者大学校」第一期生として卒業後、同じ年に発足した「日本有機農業研究会」に参加し、“有機農業”という言葉が誕生して以来の生みの苦労を、自らも三十六年間も体験し、見てきた人物である。

【写真】金子美登さん(左)と安藤郁夫さん。堆肥の山は、安藤さんが昨年10月から切り返してつくっているもの。麦を刈った6月にみんなで撒(ま)く
夢の実現
金子さんと同じ集落に住む安藤郁夫さんは七十六歳。金子さんとは十六歳違うが、今は金子さんと共に、写真のような堆肥づくりに取り組んでいる。
雑木林の里山風景が美しいこの“武蔵の国”で、安藤さんは、戦後は当たり前のように農薬を使ってきていた。金子さんちの長男坊、美登さんが有機農業を始めた時、安藤さんも集落のほかの農業者も心配した。「あんなことやって、食ってゆけるんかい」と。
小川町の町議も九年前から務めている美登さんの長年の夢は、集落と大地にしっかりと根を張り、「集落丸ごと有機」に取り組むことだったが、六年前まではまだ実現できていなかった。
きっかけは“椎茸(しいたけ)作りの名人”と称される安藤さんがつくってくれた。美登さんに、「有機大豆作りを教えてくれ」と言ってくれたのだ。三十年間ずっと美登さんを見ていたからだろう。
美登さんの著書「金子さんちの絵とき有機家庭菜園」(家の光協会発行)によると、土づくりはこのように書かれている。「山の木々は秋冬に落葉し、小動物や微生物がそれらを分解して、百年に一センチほどの腐葉土をつくって木々を茂らせてくれる。畑の土づくりは、これを人間の働きで十―二十年に早めてやる仕事」。
美登さんは、落ち葉、植木くず、野草、おがくず、籾(もみ)殻、稲・麦わら、生ごみ、野菜くず、家畜の糞尿を積み込んでは切り返して、堆肥をつくる。
「国の政策を受けて町から、二ヘクタール以上の集団で大豆や麦の転作に取り組まないかと話があった。定年になっても働く場所もないのがここらじゃゴロゴロしている。しかし、作ったはいいが大豆は、売り先もなくて、肥料代にもならないで困っていた。そしたら美登さんが『とうふ工房わたなべ』に自分はキロ五百円で買ってもらっていると言うんだ。よし、それなら俺(おれ)がみんなの分も堆肥をつくってやるから、やるべ、と始めたんだわ」と安藤さん。
『とうふ工房わたなべ』の渡辺一美社長は、安藤さんたちの大豆を、一年目は二百六十円だったが、それからは毎年五十円ずつ上げてくれ、今は金子さんと同じ価格で全量買い取ってくれている。
「農薬も、肥料も、機械も、農業は金ばかりかかると、長い間、農家に生まれたのが嫌だったが、今は小麦も、米も無農薬で作れば全量高く売れる。七十歳からは、金子さんのおかげで野菜作りが楽しくなって、幸せだ」
金子さんの三十六年の有機農業が、今は集落全体をこのように幸せにしている。
山下一穂さん(長岡郡本山町)の農園で、とても美しい、そしてどこか懐かしい風景を昨年六月に見た。白い花の咲いている大根畑で、モンシロチョウが乱舞していたのだ。
写真のチンゲンサイの畑のように、山下さんは畑の雑草を全部抜いてしまわずに、野菜の生育を妨げない程度に雑草を残す。野菜目当てにやってくる害虫をやっつけてくれる“天敵”をここへ呼び込むためだ。
これも山下さんが「超かんたん無農薬有機農業」という自著で紹介している手法のひとつ。大根やチンゲンサイを食べる害虫、大きくなればモンシロチョウとなる青虫を、雑草の中を棲(す)みかとするカエルやクモが食ってくれるのだ。
しからば、なぜモンシロチョウが大根畑で乱舞するのか。山下さんの野菜は虫食いがなく、きれいなことで知られている。青虫の被害に遭っていないということだ。カエルやクモは青虫を食い尽くしていないのか。
私が幼いころ、京都北山の自宅近くで見たように、山下さんの畑で大根の花へモンシロチョウが蜜(みつ)を吸いにきていたのは、チョウがその辺りで生まれたからに違いない。
それでも、大根やチンゲンサイが青虫に食われていないのは、これが「自然界のバランス」というものではないだろうか。私の文学的な頭ではそれ以上は分からないのだが、そうに違いないと思うのだ。

【写真】チンゲンサイの間に雑草が見える。害虫をやっつけてくれる天敵を呼び込むために、野菜の生育を妨げない程度に雑草を残す=写真提供/管洋志・週刊現代(講談社)
里山は“最適地”
たくさんの棚田が残り、背後には広葉樹の里山もある本山町は、山下さんの祖母が残した家があるから、ここに山下農園があるのだが、山下さんは「僕が自分で選んでも、無農薬有機農業をやるのなら、ここやったやろね」とおっしゃる。
無農薬農業の強い味方となってくれる天敵が、周囲の里山から飛んで来やすいからだろう(ということは、日本中の里山が“有機農業の最適地”ということでもある)。
農業者にとって一番つらい作業は、草取り。田んぼでも畑でも、植物の生命力も強い夏の炎天下はことさらつらい。戦後、アメリカに教えられた農薬は、このつらい草取りと、害虫退治に役立ったのだが、農業者も含めた人間にも周りの自然界にも、“負の影響”を与えた。農林水産省は、昨夏発表した「生物多様性戦略」に、そうはっきり書き込んでいる。
農薬は使わない。雑草も適当に生やしておく。山下さんの畑には生命(いのち)が蠢(うごめ)く。
「日本を、田舎から変えたいんじゃ。『ふとい(大きい)ことを言うて』と、みどり(奥さま)には笑われるが、僕は本気ぞ」
農水省も昨秋からは「有機農業を行うことが地球温暖化防止に役立つ」という考え方を取るようになったが、山下さんは以前から、有機資材を入れることで、農薬を使っていた畑も洗浄できると言っていた。
経済界も支援?
経済低調の高知でも出店を続けている、大丸さん(と地元の人々は愛称している)が、外商で山下さんの野菜を各戸配達し始めるという。
高知では「土佐経済同友会」の皆さんが昨夏には「“日本一の田舎”を目指して」というメッセージも出されている。デパートの扱う顧客といえば、おそらく経済界の皆さんの自宅だろう。
経済人が動きだせば、社会の“システム”が動きだす。高知県出身の元気な官僚を担いで新知事にした高知経済界。何人の舌が奥さまから知らされなくても、無農薬有機野菜のおいしさに気づくか。これは見ものだ。
山下さんを塾長とする「有機のがっこう」は三月十九日が卒業式で、新入生を募集中。山下さんは塾生に「日本を変える“突撃隊員”になれ」と、いつものように卒業式で訓示することだろう。
「日本を田舎から変えたい」山下さん。「“日本一の田舎”を目指す」高知経済界。「ふといこというたち」、と笑わんでよ。なんしろ土佐は、池でクジラが泳ぎゆう国やき、ね。