Calendar

2007年9月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            

Recent Trackbacks

« 2007年8月 | メイン | 2007年10月 »

2007年9月24日

退院しました。膵臓はコワイ。

 先のブログでは、9月13日に“林政審議会”に出るために高知の病院を退院しているはずでしたが、そうはいきませんでした。
 昨日、9月22日にようやく2週間の入院から退院できました。膵臓は「沈黙の臓器」ともいわれる手ごわい相手のようですが、今回はそれをつくづく体現しました。

 9月7日に高知のいずみの病院に入院し、24時間の点滴、絶食を3日間。そろそろ重湯を飲みながら十二指腸潰瘍と膵臓の薬を口から入れて・・・と薬を飲むと。胸が締め付けられ、胃のまわりが痛み、頭が痛くなり、という三重の痛みが一遍に襲ってきました。

 自分の頭の中では、「なんだ、なんだ、これは」と驚いているし、痛みの方はうなり声を上げないと耐えられない強さです。

 高知での友人である渡辺佐枝子さんに携帯で電話し、「一人で死ぬのはイヤなので仕事を抜け出してすぐに来て。尾崎(夫)にはできるだけ早い飛行機で飛んでくるように言って」と、ようやくの想いで言いました。

 実は、胃腸の調子が悪かったのは8月25日くらいからで、8月30日にはこの病院で検査を受け、十二指腸潰瘍の再発が発見されていたのですが、どうにも痛みが治まらないので、大阪脳神経外科病院(持病の脳動静脈奇形の診察を受けている)へ行って、脳の発作が起きているのではないかとCTスキャンを撮ったり、MRIを撮ったりもしたのです。

 9月7日に高知の病院へ入ることになったのは、近年高知通いが多く、内科の診察は民主党の五島正規・前衆議院議員が理事長をされている「いずみの病院」で受けることにしていたからでした。

 7日の朝は、めざまし時計で6時に起き、自分でタクシーを呼んで、這うようにして乗り、7時の飛行機で飛びました。病院に行くと、「即、入院」となったのでした。

 膵臓が「沈黙の臓器」と呼ばれるのは、病いを発見されるのが遅く、発見された時は急性で死に至ったり、膵臓ガンなどで手遅れになっていることが多いからのようです。
 9月11日の54回目の誕生日にベッドの上であったのは「本当に神様からのプレゼントだなぁー」と思いました。

 13日に退院どころか、途中で2回も容態が急変して、それは膵液が他の臓器へ漏れてのことのようでした。「やっぱり膵臓はコワイ」と実感しました。

 ゆうべは、自宅で夕食を作り、食べました。メニューは“山下一穂”さんから宅急便で届いた有機野菜のラタトゥユ(野菜をいため冷やしたもの)とレバーの燻製少々、うに豆腐、カニサラダ。「酒を飲まずにどうして夕食を食べられるかな」と思いましたが、代わりにスープを飲みました。
 量は、予定した半分しか食べられませんでした。
 年下の友人の松浦秀俊さんからは「これを機会に“食い改めよ”」と、食生活の改善を勧められました。忠告に従います。

 今回は、さまざまに友人たちの愛情を改めて感じた2週間でした。
 ご心配をいただいた皆様。ありがとうございました。

 9月26日には上京して、最上・小国川ダム反対の小国川漁協の皆さんを、①菅直人②田中康夫③辻元清美④川田龍平に面会させる段取りをしています。

 入院中も、11月25日の高知県知事選へ向けての密議をしていました。

 9月28日には、「自然に学ぶ“森里海連環学”」高知新聞カルチャー教室のゲストにC.W.ニコルさんを呼んでいます。

 29日は、そのニコルさんが歌う「“森里海連環学”のためのチャリティトーク&コンサート」を1000人収容の「高知市かるぽーと」で主催。

 10月1日は、「“439”有機協議会」の24名限定の、山形「アルケッチアーノ」シェフと山下一穂の有機野菜のコラボレーション食事会を開催します。

 膵臓に悪いのは、①「酒」②「油っこい食事」③「ストレス」だそうです。
 ③を受けるのはやめられそうにないので、①と②をやめることにしたことを報告します。

2007年9月 9日

すい炎で緊急入院―“林業再生”にかけています

久しぶりのブログ書き込みでごめんなさい。
猛暑の中、この夏は“林業再生”の現場で講演を重ねていましたが、9月に入ってまず第1週に、十二指腸潰瘍が再発。9月8日の本日は、高知市の病院のベッドの上。きのう“すい炎”であることが判明して緊急入院させられ、24時間の点滴を受けています。

しかし、9月12日には退院します。13日には、林政審議会があるからです。

林野庁は今、ものすごいスピードで森林組合を鍛え直そうとしています。
どんなスピードかというと・・・・。

まず昨年11月に、全国12の森林組合が、農林中央金庫の助成で京都府日吉町森林組合に集められ、5日間の集中講義を受けました。日吉町森組といえば「小規模森林所有者の取りまとめ」や「作業改革」の先頭。
そこで5日間みっちり教育を受けた12組合が、今年4月からは、全国156の組合を、教育しているのです。今度は林野庁の費用で。

自らがまだ小学校へ入ったばかりのような12組合が、4カ月後には156の組合を教育する?
そんなことができるかと思うのですが、とにかくやっているのです。
そして、この156が、今度は5年以内に500の組合を鍛えるというメニューが、今の林野庁の森林組合改革です。
 
私も及ばずながら、各地を歩いて講演をしてお手伝いしようと、猛暑の中歩きましたら、ついに倒れてしまいました。

日頃の飲みすぎと、左脳の脳動静脈奇形の両方からのアタックのようでした。医師には“禁酒”を言い渡されました。「飲まない人生」を選択するしか、日本の“山”を救いたいと思うならば、ないようです。とほほ・・・。

とまれ、9月11日に54歳になります。“とんでもない誕生日”ですが、神様の“プレゼント”にもいろいろあると思うことにしました。

Profile

天野礼子(あまの・れいこ)

-----<経歴>-----

アウトドアライター。
1953年、京都市生れ。
中、高、大学を同志社で過ごす。
19才より釣りを始め、文化人類学者の今西錦司博士の主宰された「ノータリンクラブ」に属して、国内外の川、湖、海辺を釣り歩く。
26才より小説家、開高健に師事。
1988年には師と共に長良川河口の堰建設反対に立ち上がり、「ダムは不用」の国民世論に育て上げる。
近年は「川を再生するには森を生きかえらせることが必要」と“森仕事”へ視野を広げて、日本の森から材が出る社会システムを作り直すことを各地で提案している。
京都大学が2003年に構築した「森里海連環学」の普及もお手伝いするため、高知新聞社と山陰中央新報社でカルチャー教室「自然に学ぶ“森里海連環学”」を続けている。
2001年より、高知県・仁淀川の源流にも家を借り、有機農業普及のための「高知439国道有機協議会」を07年に立ち上げて、事務局長を務めている。08年7月に養老孟司氏らと「日本に健全な森をつくり直す委員会」を設立した。

BookMarks

オフィシャル・ウェブサイト
http://www.uranus.dti.ne
.jp/~amago/


長良川河口堰建設をやめさせる市民会議
http://nagara.ktroad.ne.jp/

公共事業チェックを求めるNGOの会
http://kjc.ktroad.ne.jp/

日米ダム撤去委員会
http://damremoval.com/

市民版憲法調査会
http://www.kenpou.com/

-----<著書>-----


『“林業再生”最後の挑戦』
2006年11月、農山漁村文化協会


『だめダムが水害をつくる!?』
2005年10月、講談社+α新書


『「緑の時代」をつくる』
2005年5月、旬報社


『ダム撤去への道』
2004年5月、東京書籍


『日本の名河川を歩く』
2003年7月、講談社+α新書


『市民事業』
2003年4月、中公新書ラクレ


『ダムと日本』
2001年2月、岩波新書


当サイトに掲載されている写真・文章・画像の無断使用及び転載を禁じます。
Copyright (C) 2008 THE JOURNAL All Rights Reserved.