ドイツ林業から学ぶ
3月に10日間かけて、ドイツの「黒い森(シュバルツバルト)」周辺の林業を勉強しにゆきました。
かつて明治維新時に日本は、森林政策をドイツに、議会や憲法はイギリスに、河川政策はオランダに学びました。
当時のドイツは産業革命のエネルギーの一つとしても「黒い森」のモミの木を使ったことで森林が消滅寸前で、人工林を、経済効率を優先して成長の早いトウヒ(針葉樹)に変えてしまうなどの政策を取っていました。
しかしその後、近年はその政策の見直しがなされ、本来の「黒い森」に一番たくさん生えていたモミの木を植えたり、「エコロジーであることはエコノミーである」という思想が森林経営に生かされています(アメリカでレスター・ブラウンさんがやはり「エコエコノミー」という言葉を使っています)。
ドイツでは、そしてフィンランドやオーストリアでも、「フォレスター(森林官)」が森の管理のマネジメントを行っています。
特にドイツは、州ごとに国の役人である「フォレスター」の局があり、その人達が国有林も民有林も両方の面倒を見ています。(日本は、国有林は林野庁が、民有林は民間林業家や地方自治体や各地の森林組合がバラバラにしかも勝手勝手に経営し、統一も取れておらず、まともな森林計画すらないというのが現状です。)
ドイツの「フォレスター」は、州に数十人がいて、一人がいくつかの地域を十数年くらい見ています。この人物たちは「村長」くらいの権限を持っていて、地域の人達から大きな信頼と尊敬を得ています。
ドイツ国中に統一した森林計画があり、州ごとにその地域の自然の現状とマッチした運用計画がなされていて、その歴史が代々受け継がれている。森林計画は国の役人である「フォレスター」たちが考えて、民有林所有者も指導しているのです。
日本では、国有林は林野庁、民有林指導は森林組合が、ドイツにおける「フォレスター」のような役割を分担していることに形式上はなっているのですが、現実はそうなっていません。
林野庁が第二次世界大戦後に取ってきた政策がうまくゆかず、その仕事を手伝った森林組合の経営が各地で破綻し、林野庁がそれを補助金で救済してきたからでした。
ドイツに行って、統一した森林計画に従って各地の森がきちんと手入れされ、林業が森林国らしく「生業(なりわい)」として成長しているのを見た時、私には日本の林業の病理がはっきりとわかりました。
詳しくは、4月末に発行する「森林組合」(「全国森林組合連合会」の月刊広報誌)とその5月号に私の連載の2回分として掲載します。この広報誌は依頼があれば無料で配布されるので、必要ならば全国森林組合連合会へお申し込みください。






