11月10日に出版した本書を書いた気分を、「悠々として急げ―まえがきに代えて」に書きました。「悠々として急げ」は、師・開高健の残してくれた言葉です。
悠々として急げ―─まえがきに代えて
森の中の一本の木は、自分の根元に落とした葉から生まれる養分を吸収してまた葉をつけ、それをまた根元に落とす。長い長い年月のそのくりかえしの中でおひさまや雨や周囲の葉たちの力も加わって、木は少しずつ成長してゆく。 人類は、この木と、木にそそがれた地球とおひさまのエネルギーをいただいて生をつないできていることを忘れてはいけない。
わが国で、この木の成長を利用して人工林づくりが始まったのはおよそ五〇〇年くらい昔のことであるといわれ、それは世界中でも早いのだと聞く。江戸時代の終わりころまでにはその技術もかなり高いものになっていたようだ。
しかし二十世紀のおよそ一〇〇年の間に私たち日本人は二度、人工林のつくり方を間違えたのではないだろうか。 一度目は明治維新時に、気候も風土も違うドイツの経済効率一辺倒の森づくりを移入した。同時に天然林は、パルプや産業振興のための燃料として大量に伐られた。
二度目は第二次世界大戦後。大規模一斉造林で、スギ、ヒノキ、カラマツといった成長の早い使い、勝手のよい針葉樹を全国で大量に植林した。この時、本来は広葉樹の領域で治水のための“お留山”(立ち入りを禁じられた山)と過去にはされていたところへまで植えてしまったのも問題だった。
いま、それらの木が好伐期を迎えているが、「日本のスギが世界一安い」という状況にあって過疎の村に放置された人工林は、二〇〇四年や二〇〇六年の山林崩壊や土石流の原因となるに至っている。 「一九六〇(昭和三十五)年に木材が自由化されて関税がゼロの安い外材が輸入され、国産材は駆逐された」という言い方がこれまでされていたが、実態はまだ木材が高値をつけていた時代に「乾燥」に対する努力を官も民も怠った、というのが今日の危機をつくってきたといえよう。
しかしそこにいま、これまでとはちがう状況が出現した。林野庁が「新流通システム」とそれに続く「新生産システム」を誕生させ、これまでは外材を使っていた木材業界人たちに、太いロットでまず自分たちが国有林から人工林間伐材を大量に出してゆくことを約束したのだ。原油の高騰が外国からの船舶の船賃を上げ、それを後押ししている。
これが、「林業を再生させる」と林野庁は張りきっている。一方、“最後のチャンス”かもしれないが「失敗すれば林業はもう立ち直れない」と心配しながらも、挑戦することから逃げないという人たちもいる。この本には、その両方の方々に登場していただいた。とにかく急いで、いまのこの「ピンチはチャンス」(かもしれない?)状況を、日本の多くの市民に知ってもらいたいからだ。
私が尊敬する植物生態学者、京都大学名誉教授の河野昭一先生は、最近の朝日新聞「私の視点」に「天然林伐採反対」と論陣を張られた。水土保全林に指定されている保安林で天然林大規模伐採がいまも進められていると怒る。一九九七年に林野庁の累積赤字三兆八〇〇〇億円のうち二兆八〇〇〇億円を一般会計より補填したのに、残りの一兆円は五〇年の自助努力で返済すると残したために借金は一兆二八〇〇億円まで再び膨らんでおり、「新規借入金なしの収支均衡」が至上命令となってしまっていて“虎の子”の天然林に手をつけられているというのだ。
この、天然林の伐採で得られる年間収益は一〇〇億円に過ぎない。 数百年、数千年と生きてきた“森の回廊”には、森と共存する日本特有の動植物や土の中に生きる植物の種子などが含まれており、この森のつらなりを断絶してはいけないのだ、と河野先生はおっしゃる。
この河野先生などが一九八〇年代には「林野庁解体論」を唱えられていて、多くの日本人は「木は伐っちゃいけない」と思っていたのではないだろうか。私自身も当時そう思っていたし(いまも天然林については変わらない)、いまでも森のことを話すと子どもたちから「オバチャン、木は伐っちゃいけないんだよ。木は植えるんだよ」といわれる。
実は、種の保存のための貴重な天然林は「伐っちゃいけなく」て、人工林は反対に「伐ってあげなくちゃいけない」という教育を、私たちは、まだ六七%もの森林率をかろうじてもつ「森林国」の国民であるにもかかわらず、受けてこなかったのである。数年前には、小学校の教科書から「林業」という記述が消えていた時もあった。
一九歳で釣りを覚えてから今日までの三四年間、私は年間一〇〇日くらい川を歩いてきた。そして五年くらい前からである、自分には川を見ていた右目の他に左目もあって、どうやら森を見て、その行く末を心配していたのだなと気づいたのは……。
二〇〇五年は『“緑の時代”をつくる』(旬報社)を上梓して、わが国はもっと木質バイオマスエネルギーの活用を考えるべきであるとお伝えした。
今回のこの本は“林業再生”そのものをテーマとした。「林野庁解体論」を私はとらない。林野庁の一兆二八〇〇億円までに再び増えてしまった赤字は、国民負担で全額返済し、そのかわりに経済同友会が提案した「グリーンプラン」のように一度やってみてはと提案したい。一兆円は、二〇〇五年の愛知万博の予算とほぼ同額に過ぎず、本当に必要な森林政策ならば、他を削っても支出すべきである。削るべき公共事業はたくさんある。 そのかわり、林野庁の皆さんには約束をしてほしい。急ぎすぎず、しかし「悠々として急いで」(わが師・開高健の遺言)ほしいのだ。今度は失敗しないように。そして一番厳しい人の意見を取り入れて、“林業再生”が国民全体の議論となり得るような動きをつくってもらいたい。
そのために第一章には、「林野庁再生」の立て役者であるお二人に登場をいただき、九州森林管理局長の山田壽夫さんには持論を展開していただいた。しかし、その視点が偏っていないかは、自らも充分点検していただく必要があるだろう。
そして、私たち国民も、林野庁を応援しつつ、次に挙げるような森林国としてなさけない現実を、二十一世紀中葉には変えられるように努力したい。
・使用する木材の乾燥を化石燃料で行っている。 先進国で、こんなことをやっているのは日本だけだ。木の乾燥には材のまわりの、木の皮や枝をきちんと使いきる木質バイオマス乾燥をあたりまえにする国になりたい。
・木のまわりの材を「産業廃棄物」として処理している。 乾燥のための燃料や暖房のための熱量として使える木のまわりの材を、わざわざ「産業廃棄物」として処理するように指導しているのは国だ。これはただちに法律を改正してやめるべきである。
・足元に間伐を待っている森があるのに、使用している材の八割が輸入品である。 森林率六七%の森林国で、これはなさけなくないか。 「日本の森の“ピンチ”を“チャンス”にするために心するべきこと」
・戦後の拡大造林期に植えた木を中心に一〇〇〇万haの人工林が育ち、使いごろになってきている。
・世界では日本のスギが一番安くなっている一方、原油が値上がりして外材が輸入しにくくなってきたため、日本でも山から材を出す「社会システム」の再構築ができれば、林業が産業として甦ることができるはず。
・国民は、「天然林を大事にする」と「人工林の間伐推進」の両方の視点をもつべき。
目 次
悠々として急げ――まえがきに代えて…………2
第一章 “新生産システム”で「山は動く」か?………………13
山が、動き始めた…………14
“新生産システム”で林業は再生する
九州森林管理局長・山田壽夫さん、おおいに語る…………21
[資料]新生産システムとは(林野庁の資料から)
山田壽夫さんが「新生産システム」の計画課長として財務省の説得のために使った資料…………38
“時代”が動いている実感がある
中島浩一郎さん(真庭市「銘建工業」代表取締役)との対話………41
第二章 「林業再生」は“道づくり”と“森の団地化”から………59
“道づくり五〇年”の大橋慶三郎さんに「崩れない道づくり」を学ぶ…………60
「大橋学校」の生徒たち
“人工林のふるさと”五〇〇年の歴史の吉野で道づくり
岡橋清元さん(奈良県・清光林業代表)…………74
妻とつくった作業道が経営を支えた
橋本光治さん(徳島県・橋本林業代表)…………83
“森の団地化”の最先端
日吉町森林組合の皆さんと湯浅勲参事(京都府)…………90
第三章 「二十一世紀の森づくり」を訊く…………97
日本の森は、いま
竹内典之さん(京都大学教授、人工林研究)に訊く…………98
森林組合建て直しが“日本林業再生”のカギ
梶山恵司さん(富士通総研主任研究員)、
湯浅勲さん(日吉町森林組合参事)との鼎談…………121
富士を背負った“壮大なる実験”
「富士森林再生プロジェクト」レポート………………144
忘れちゃいけない、小さな工務店の力
小池一三さん(「近くの山の木で家をつくる」運動宣言起草者)に訊く………………149
第四章 動き始めた“緑の時代”…………167
森の力になりたい
四万十町臨時職員・立谷美沙さん(高知県)……………168
子どもの時からの憧れやった
(株)とされいほく社員・大利猛さん(高知県)…………174
“森の番人”の跡継ぎができた
(株)ウッドピアの皆さん(徳島県)………………181
林業に、誇りをもてる“人育て”
高知県香美森林組合の皆さん(高知県)………………187
森をつくる、家づくり
木材コーディネーター 能口秀一さん(兵庫県)…………192
“くふう”を続ける林業人生
泉忠義さん(熊本県)…………………………198
トップが動く
木村良樹和歌山県知事(和歌山県)…………………204
北海道の間伐材を建築に使う
ハウジングオペレーション(株)京都支社と篠田潤さん(京都府)……211
あとがき…………218