”アファンの森”訪問
9月11日に、農文協より11月に発刊予定の「“林業再生”最後の挑戦」(仮題)を、高知県仁淀川町の「川の家」(私の高知の家)にて脱稿しました。
それで、晴れ晴れとした気分で、敬愛する兄、C.W.ニコルさんの「アファンの森」を再訪することができました。
「アファンの森」は長野県信濃町の黒姫山のふもとにニコルさんが20年前から買い続けてきた6万坪の二次林(人工林ではない自然林で、人間が手を加えた森を「二次林」や「三次林」と呼びます)。この森をニコルさんが、昔のこのあたりにあった日本の自然林に復元しようとされています。2002年には「C.W.ニコル“アファンの森”財団」もつくられ、自らが亡くなった後も、この森が心ある日本人の手によって保存されるようにされたのです。
ニコルさんは、自称「ケルト系日本人」。イギリスの少数民族「ケルト」の末裔でありながら、1995年には日本国籍を取得されました。
9月12日・13日はあいにくの雨でしたが、森は雨の恵みを受けて嬉しそうに輝いていました。この日同行したのは、「森里海連環塾」の塾生たち。この塾は、屋根に受けた太陽の温かさを家中にまわして暖房や給湯に使う「OMソーラー」の技術を建築に使う工務店の皆さんが、2003年に京都大学が提唱した“森里海連環学”を学んで、「木の文化」を再生してゆこうと始めたもので、不肖私めがその塾長を務めています。
塾頭は、OM技術を世に広めた「OMソーラー協会」前理事長の小池一三さんで、この方は「近くの山の木で家を建てる宣言」の起草者でもあります。「“近山”運動」と略称されたこの運動は、日本で建てられている木の家の二割にしか使われていない国産材をもっと使おうという、おだやかな間伐推進運動でした。
日本の山は、材価が下がりすぎたために間伐が進まず、そのため一昨年や今年のような土石流が発生する一因となっています。
OM工務店の人達は、“森里海連環学”に昨年出会って「これからは森のことだけを心配していても間に合わない、森と川と海とのつらなりやつながりを取りもどさなければ…」と思い始めたのでした。
そこでこの“森里海連環塾”をつくり、第一回の勉強会は高知県仁淀川流域へ、今回の黒姫が第二回、次の第三回は島根県の高津川流域柿ノ木村へと予定しています。森や川や海で生きる達人たちの話を聞き、それを「木の家」に住むことを選択する市民に伝えていこうという試みです。






