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2006年6月23日

アユ百万匹がかえってきた

ayu060623.jpg
『アユ百万匹がかえってきた—いま多摩川でおきている奇跡』
2006年3月、小学館

 北海道新聞の6月18日朝刊に、「アユ百万匹がかえってきた—いま多摩川でおきている奇跡」(小学館1470円)の書評を書きましたので、転載します。

 筆者田辺陽一さんは、1972年生まれのNHK現役ディレクター。この本は、2003年に放映された「地球・ふしぎ大自然『大都会にアユ百万匹』」を作ってゆく過程での筆者の研究や心の葛藤をまとめたものです。

 “ダム撤去”以外で、市民が川にできることがすべて網羅されていることや、筆者が参考にした本の中に私の本が一冊も入っていないのも、私にとってはおもしろいことでした。

 私の書評に、北海道新聞社が添えたタイトルは「川はよみがえる 実感」でした。

 私の『ダム撤去への道』(東京書籍)などと共に、読んでみて下さい。

 「2003年に、著者がNHKのディレクターとして製作した「地球・ふしぎ大自然『大都会にアユ百万匹』」が放映された直後、何人もの男女が私に、「番組を見たか」とたずねてきた。普段は釣りや川には興味のなさそうな人物も含まれていたので、私はほくそえんだ。

 それは、かねてより私が立てていた仮説が証明されたと見えたからだ。

 私が立てている仮説とは、「日本人にはアユが特別な魚であると考えるDNAがある」というものである。

 カナダ人は「サーモン」のことを国を代表する魚と考えているが、日本人は四つの海に囲まれ、魚種が豊富なためか「サケ」と「アユ」をそうと意識していないが、昔からこの二種は「税」として納められていた歴史があるように、日本を代表する魚たちである。中でもアユは、アユベルト(日本を含む中国からベトナムにかけてのアユが生息する地球上のベルト地帯)の中でも日本だけに三種のアユ(海産アユ、湖産アユ、リュウキュウアユ)がいるのだから、わが国が生息の中心地といえるだろう。

 そのアユが「百万匹」も「あの東京の多摩川」に溯上したというタイトルと映像。これに反応した日本人が多かったことは、まだ「川をあきらめてはいけない」ことをも証明したのではないだろうか。

 私は、川には、「住む人の心が映っている」と思っている。そして川は、それをあきらめない人が一人でもいるかぎり、必ずよみがえると思っている。

 田辺さんの執拗なまでの調査、推考。この本にも登場する“心の師”ともいうべき俳優の中本賢さんと田辺さんに共通している姿勢は、「できるだけ多くの人を川をよみがえらせる仲間にしよう」というものだ。

 そのために田辺さんは、番組をつくり、そして多忙の中でもこの一冊を上梓してくれた。「多くの人が、一つだけでもこれまでとちがうことを川にすれば、川はよみがえるのだ」とわかってほしいからだろう。

 それが見事に成功している、一書である。」

(北海道新聞・2006年6月18日書評)

2006年6月 9日

公共事業の”質”が変わる前兆が見える

 「道路」を全面見直すといった和歌山知事。「新幹線」も、4月16日の佐賀県鹿島市長選で現役市長が勝ったことで、“立ち往生”に追い込まれています。

 九州新幹線長崎ルートが造られると、在来線長崎ルートは廃止となります。それに反対する市長が2千票以上の大差で、推進候補をしりぞけたのです。以前は一緒に反対していた周辺首長が、地域振興策という“アメ”で県知事の説得を受けて次々と脱落してゆく中での桑原允彦市長のがんばりです。

 全国で進んだ近年の地方新幹線建設。その多くで、新幹線が新たにできたことでかえって駅前商店街がすたれたり、在来線と10分しか変わらないのに巨額な工事がなされた財政赤字が問題となっているのを知っているため、鹿島市民は「賢明な選択」をしたのでしょう。

 桑原市長が特別に過激な人物でないことは、様々な要職の経歴を見ればわかります。「生活に必要な在来線を失くしてしまうようなものならいらない」という市民の“まっとうな”願いに耳を澄ましたら、三選までを公約していたが五選も出馬せざるを得なかったということのようでした。

 「公共事業」をいらないということは、小さな市にとってはキツイこと。国や県から“アメ”がもらえないだけでなく、“ムチ”が用意されているからです。建設業者からは「俺たちが首をくくってもよいということなのか」と泣きつかれ、恫喝もされます。

 しかし、それでも。「道路」も「新幹線」も止まり始めたのは、これが、公共事業の“質”が変わる前兆であると私には思えます。

 九州の下筌ダム反対で室原知幸さんが60数回も法廷訴訟をしたために、建設省河川局は「河川法」の弱点を知り、昭和34年で河川法を大改訂(悪?)しました。

 私が、1988年から長良川河口堰に反対して、河川法がまた変わったのが1997年。すなわち9年かかっています。

 同じように、欧米で河川政策が変わり始めたことを様々な自著で私が書き始めておよそ10年目の今年5月17日。ようやく一紙、朝日新聞が全国版カラーの1ページを使って、2002年のドイツでの大洪水のことを報道してくれました。警鐘を鳴らしてから、それが世に広まるまで、時間がかかるものです。

 20世紀の百年の間、欧米が「治水によかれ」と信じて進めてきた河川の直線化やダムによる治水が、アメリカでは1993年と2005年のミシシッピ川の大洪水で、ヨーロッパでは2002年だけでなく、1995年などの大洪水でも反省され、「川をあふれさせて街を守る」(と朝日記事は見出しで書いています)公共事業が進んでいるのです。

 日本でも、公共事業の変革は、「ダム」、「道路」、「新幹線」と進んできました。今後は石油が枯渇してゆくこともあり、まもなく「空港」も止まることでしょう。
 
 公共事業の“質”が、市民が本当に望んでいるものに変わってゆくのだという確かな前兆を今、私は喜びと共に感じています。

 しかし、それをマニフェストに生かすのが、遅くありませんか、民主党さん。「民は自らにあった政府しか持てない」とはいうものの、民が違う服を着たがっているのに、それを用意できない“政治”にも困ったもんですね。

2006年6月 1日

ラジオ深夜便

 NHKラジオ深夜便に6月10日(土)AM4:00より出演します。

 実は先月5月13日と続いての二話でした。共通タイトルは「“川仕事”も“森仕事”も」で、前回はこれまでの人生の中で続けてきた、川のための仕事”川仕事”を語りました。お知らせをブログで流さなかったのは、体調が悪く、余裕がなかったからでした。マッド・アマノ大兄からいただいたお便りにも返事が出せていません。

 私には、左脳の言語中枢と思考中枢の間にこぶし大くらいの血管のからまりがあり、病名は「脳動静脈奇形」。四国の吉野川でアユ釣りをしている時に突然モーツァルトが聴こえてきて、「なんでこんなとこで聴こえてくるんやろ」と思っていると、次の場面は自分が河原に引き上げられて胸を押され、水を吐かされているというような体験がいくつもあります。

 この時、隣で釣っていた「つりサンデー」の編集長は、「礼子ちゃんて、ほんまに川が好きなんやな、のぞき込んでまで見てる」と思ったんだそうです。そこで、自分にアユが掛かり・・・、取り込んで、横を見ると、私がまだ川をのぞき込んでいる。「これは浮いてるんや!!」と駆けつけて水から引き上げ、水を吐かせたというわけです。

 私が「のぞき込んでいる」のを目撃してから、アユが掛かり取り込む。どう考えても3分以上かかっていますから、普通ならば私は水死しているはずなのですが、そうならなかったのは、先に気を失って次に顔が水につかったために、水をあまり飲まなかったからではないでしょうか。
 
 胸まで水に入って水中の岩の上に立ち、トロ場で9メートルのアユ竿を横にして持っていました。気を失った時、竿が静かな水面に表面張力のように浮き、それに顔がうつぶせになって乗っかかって浮いていたから、流れなかったのでしょう。

 モーツァルトが聴こえたのは幻聴という作用でした。今でも時々、このモーツァルトが聴こえます。今はそれに慣れてきたので、モーツァルトが聴こえると、次には言語障害が起こり、失語(漢字が読めなくなり、次には意味も分からなくなる)したり、次には気を失う、と発作が進む合図と分かりましたから、安静にするようにしています。

 といっても、いろいろな仕事(そのほとんどはボランティア活動)をスケジュールいっぱい入れているので、ことわれず、個人的な便りやブログを更新するということを停止するしか、休む方法はないのです。

 今は、こんな仕事をしています。

 「運用された長良川河口堰のゲートを上げるための世論づくり」。「公共事業チェックを求めるNGOの会・代表」。「川を愛する人たちを増やすための”リバーキーパー”制度づくり」。「国会だけに憲法改訂をまかせないための見張り番”市民版憲法調査会”事務局長」。「森林を”業(なりわい)としてやってゆけるようにするための実業家たちとの社会実験」。「高知県仁淀川町の『”緑と清流”を再生する会』の仲間との、木質バイオマス、近自然工法、水質浄化などをキーワードとする勉強会」。

 昨日は、北海道新聞社に頼まれていた書評の締め切りがあるのに、朝思い立って高知へ伊丹から往復し、帰りのボンバルディア機の中で書評を書くというような一日でした。

 先週までの脳内の不調が治まりつつあるので、先日から書きたかったブログをこの次に書きます。

 そうそう。6月10日のラジオ深夜便では”森仕事”を語りますので、早起きの方は聴いてみてください。
AM4:00〜5:00NHKです。

Profile

天野礼子(あまの・れいこ)

-----<経歴>-----

アウトドアライター。
1953年、京都市生れ。
中、高、大学を同志社で過ごす。
19才より釣りを始め、文化人類学者の今西錦司博士の主宰された「ノータリンクラブ」に属して、国内外の川、湖、海辺を釣り歩く。
26才より小説家、開高健に師事。
1988年には師と共に長良川河口の堰建設反対に立ち上がり、「ダムは不用」の国民世論に育て上げる。
近年は「川を再生するには森を生きかえらせることが必要」と“森仕事”へ視野を広げて、日本の森から材が出る社会システムを作り直すことを各地で提案している。
京都大学が2003年に構築した「森里海連環学」の普及もお手伝いするため、高知新聞社と山陰中央新報社でカルチャー教室「自然に学ぶ“森里海連環学”」を続けている。
2001年より、高知県・仁淀川の源流にも家を借り、有機農業普及のための「高知439国道有機協議会」を07年に立ち上げて、事務局長を務めている。08年7月に養老孟司氏らと「日本に健全な森をつくり直す委員会」を設立した。

BookMarks

オフィシャル・ウェブサイト
http://www.uranus.dti.ne
.jp/~amago/


長良川河口堰建設をやめさせる市民会議
http://nagara.ktroad.ne.jp/

公共事業チェックを求めるNGOの会
http://kjc.ktroad.ne.jp/

日米ダム撤去委員会
http://damremoval.com/

市民版憲法調査会
http://www.kenpou.com/

-----<著書>-----


『“林業再生”最後の挑戦』
2006年11月、農山漁村文化協会


『だめダムが水害をつくる!?』
2005年10月、講談社+α新書


『「緑の時代」をつくる』
2005年5月、旬報社


『ダム撤去への道』
2004年5月、東京書籍


『日本の名河川を歩く』
2003年7月、講談社+α新書


『市民事業』
2003年4月、中公新書ラクレ


『ダムと日本』
2001年2月、岩波新書


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